木曾とそんな泊地   作:たんぺい

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第二話:木曾とリンガ泊地の艦娘

輸送船から降り、リンガ泊地の敷地内へ出向いた木曾を迎えたのは一人の女性である。

 

白亜の上着と紅のロングスカートのツートンカラーが眩しい和風のツーピースを身に纏った上品な女性。

腰まで届く黒髪は、まるで絹の様に艶やかで美しい。

そんな黒髪には白いリボンで、紅白の装束は黄金色の装飾品で煌びやかに彩られている。

 

ぺこりと下げた顔から覗いたパーツは人形の要に整っており、『美しい女性である』と言う事を嫌みにすらならないレベルで強調されている。

 

豊かな胸も変にゲスな印象にならず、上記の品の良さを彩るアクセサリーと言って過言ではないだろう。

 

しかし、いらっしゃいと挨拶する彼女には男に媚びるような声色も仕草も無く、仕草には凛とした気品を感じられた。

 

 

「は…はじめまして、俺…じゃなかった、私は大本営の1番隊旗艦、隊長の木曾だ…です」

 

そんな、あらゆる意味で木曾とは対局に存在する彼女に思わず背筋を伸ばし、

普段では有り得ない態度で応答する木曾である。

そんな木曾を見て、苦笑しながら彼女は答えた。

 

「大本営のエース殿が我々リンガの教導の助力になると伺い泊地の案内を任された身です、気を楽になさってください」

「あ…エースなんて……」

「謙遜なさらずに木曾さん、我々の憧れの人が来たとしり、みんな大慌てでしたよ?」

「は…ははは…」

 

世辞も多分に混じってはいるだろうが、彼女の言うことは本当の話であった。

 

大本営の顔の防衛・強襲隊の隊長格である木曾。

それが、(あくまでも表向きは)海外泊地の教導と一時的な戦力補強と言う形で出向してきたのだ。

その影響はやはり少なくとも、海軍の中での電撃的なニュースにはなるレベルではあった。

 

まして当事者たる泊地の者への衝撃は計り知れないだろう。

どこぞの実業団の野球チームにいきなりイチローが加入して来た、例えるならそんな話だったのだ。

 

しかし、それはそれとしてほめ倒される側はひたすら恥ずかしい限りと言う話でもあった。

 

 

「いや…もうお世辞はよしてください……貴女は、確かお名前は…」

「ああ、申し遅れてしまいすみません、私は出雲丸って申します!」

 

勢いよく返事した「出雲丸」と言う女性。

しかし、木曾の艦としての記憶にも、艦娘時代の資料にも。

出雲丸と言う名前の艦は存在しなかったハズだった。

 

 

「え、ああ出雲丸…いずも……そんなやつ海軍に居たか?」 

「…じゃあ無かった、飛鷹です」

 

木曾の突っ込みに今度は素でへこんだ和風美人のこの少女。

その正体は「飛鷹」と言う、軽空母をモデルにした艦娘の女性であった。

 

 

「ごめんなさい、私達姉妹は元が商船だった記憶が強くて…」

「出雲丸、貴女の商船の為の名前だったのですか」

「はい…気を抜くと、こっちの名前が出ちゃうんです…」

 

なんともやるせなさそうな顔で木曾に昔の自分の名前の由来を説明する飛鷹。

その姿には、先ほどまでの完璧な美しさはどこにも無くて。

生来の品の良さはともかくも、その情けない姿は年相応の普通のハイティーン前後の女性でしか無かった。

 

それがなんとも木曾には可笑しくて、思わず吹き出して、声を上げて笑ってしまう。

そんな木曾を見て、思わずムキになり不機嫌な顔になる飛鷹。

…恐らく、間抜けな面と気の強い面も上品さと両立させたソレが、彼女の素なんだろう。

 

「わ、笑わないでよ貴女、何様の…って、しまった……大本営のエースの方に私何タメ口を…」

 

…しかし、ムキになった相手は飛鷹の遥か格上の艦娘である。

ざっくり言えば新入社員のミスに吹き出した部長に、その新入社員が逆ギレで喧嘩をうった様な話で、

しかも知らずの話なら最悪笑い話で済むだろうがお互い知っての出来事で。

色々と真っ白になる飛鷹であったが…、

 

しかし、当の木曾はゲラゲラ笑うばかりで全く怒りはしなかった。

 

 

「あっはっははは、良いやタメ口!お互い疲れるだろ、ソレ!」

「でも…」

「俺はなんであれ、リンガじゃ外様でこれから少し世話になる新入りさ、あんたが遠慮する事は無いよ」

 

飛鷹を気遣うように、気さくな態度で和ます木曾。

その優しさに飛鷹は泣きそうになるが、それをこらえて険しい顔を無理やり作り、

そして、木曾をしっかり見据えてこう言った。

 

「あ…ありがとうね木曾、コレでいいんです…コレでいいのよね」

「ああ、まだぎこちないけどな…とにかく、これからよろしくな、飛鷹!」

 

こう言って差し出した木曾の右手をがっしり掴む飛鷹。

軍人らしく無い、爽やかな邂逅であった。

 

 

そんな彼女と話を進めるウチに、木曾は気づいた事がいくつかあった。

 

まず、第一に「飛鷹の不思議な雰囲気」である。

 

戦場、あるいは鉄火場に慣れた艦娘の纏う雰囲気はみな物々しい。

大なり小なり戦意を隠さずに、何か独特な、刺す様な空気がある。

ピリピリする空気とギラギラした瞳は、大本営の艦娘は特にだが、

戦場の艦娘なら等しく存在するソレであった。

 

あるいは駆逐艦の一部にはそうじゃない艦娘も居るには居るが、

むしろ殺意や戦意とは違う空恐ろしさと同居させた空気がある。

雪風が、例えばそういった典型だ。

 

 

しかし、翻って飛鷹はどうだろう?

 

纏う雰囲気は普通の女性、それも年相応の感情を隠せないソレだった。

品の良さも、よくよく考えてみたら箱入り娘とかそういった類だ。

戦い慣れた艦娘のソレとは対局に存在する。

 

あまりに反応が木曾には新鮮で、ゲラゲラ笑って許したが…赤城や神通ならばキレだしかねないモノだ。

 

それは艦娘として大丈夫なのかと木曾は心配になり、

同時に自分たちが無くしてしまったソレを無くさない飛鷹が、少し羨ましくなった。

 

 

そして、もう一つが泊地独特の緊迫感が0であったことだ。

 

前述の通り…海外の領地を半ば警護を縦に奪い取ったのが泊地と言うものだ。

現地人からしても、そうじゃないその地の国民にしても面白くない存在に違いない。

 

唯一深海に対抗出来る艦娘を狙う国ぐるみの組織も少なくなく、

逆に泊地ごと艦娘を排除する事を企む組織もまた珍しくない話であった。

 

そういった内部からの、深海以上の脅威に対抗する為に、練度に関わらず海外泊地の艦娘は好戦的になりやすい。

武器を常に携帯するのは当たり前、場所によれば艤装を就寝と風呂以外の時間外すことを禁じたものも珍しくない。

 

 

しかし、どう見ても飛鷹がそういった敵意を持った艦娘には見えない。

むしろ彼女を含めた、リンガ泊地全体が呑気な空気に包まれている。

 

あるいは、飛鷹が飛び抜けて世間知らずなお嬢様なだけと言う可能性も無くはないが、

そんな艦娘を果たして、大本営の艦娘最強の一角を張る木曾の応対に出すとも思いにくい。

むしろ、飛鷹はここで一番マシな艦娘なんだろう。

 

実際、憲兵も殆ど出払っており、飛鷹を遠巻きにしかも眠そうに監視している憲兵が一人確認出来る程度である。

 

 

「まるで、ここはテーマパークだな」

 

 

飛鷹に聞こえない程度の声で、木曾は一人ごちる。

 

こんな呑気な泊地、世界中探してもここだけだろう。

こんなんが世界中の危機だと考えて、頭を悩ませ眠れぬ夜が続いた自分たちが馬鹿みたいだと感じた。

 

深海棲艦も、もしかして単に危機管理不足から泊地に乗り上げただけで侵略は関係無かったのだろう、と木曾は一人結論付けた。

 

 

しかし、幸いに、どうにも軍として緩そうではあるが悪そうな所では無さそうだとも木曾は感じた。

適当に報告したらバカンス代わりの長期休暇として、のんびり過ごそうか…などと考えていたら…

 

 

「あ、司令部に付いたわよ!」

「ああ、ありがとう飛鷹…って?!」

 

司令部のある本館の玄関先に付いた瞬間、木曾の顔がこわばった。

そう、そんな甘い話は木曾の幻想に過ぎないと、全身が知らせてくれた。

 

 

背中を嘗めるような悪寒。

鼻腔に響く海の匂い。

一瞬で3度は下がったかのような異様な低温。

 

そこから導き出された、思い出したくもない、木曾の脳裏に蘇る悪鬼達の記憶…

 

「深海棲艦…しかも、姫か鬼クラスの最上級の深海の連中の気配……!」

 

 

睨みつけるかのような険しい顔、戦士の姿として、

木曾は艤装を身に纏った…!


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