木曾とそんな泊地   作:たんぺい

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第二十一話:木曾とその首の意味

「…なんで?なんでわかったんです、木曾…」

 

 

自分の首を狙えという木曾の言葉。

その言葉に最初に答えたのは、赤城であった。

赤城は手を思い切り握りしめ…爪が肉に食い込んで血が流れている事にもかかわらず、赤城はその右手を緩めようとはしない。

そして…なによりも、一番隊の全ての艦娘が、悔しそうで辛そうな表情をしている。

 

その赤城の言葉に応えるかのような表情をしつつ、木曾はとりあえずレ級を風呂に入れて、みんなにごめんなさいしてからだと睨む。

 

 

その刹那であった。

 

「すまなかった!」

 

武蔵が謝罪する。

 

「ご、ごめんなさい、でち…」

 

ゴーヤも、震えながら言う。

 

「ゆ、許して欲しいれす…」

 

雪風が申し訳なさそうな声で言う。

 

「あの、ごめんなさい」

 

阿武隈が涙をこらえながら言う。

 

「も、申し訳…有りませんでした!」

 

神通が…その、教導としての仮面を脱ぎ捨て絶叫する。

 

「…なんて、償えばいいか…」

 

そして、鉄面皮の赤城でさえ、頭を下げる。

その姿には、凶獣レ級をも蹂躙する、大本営最強の艦隊の姿はどこにもない。

まるで、イタズラが先生にバレた時の女生徒のような、そんな表情だ。

 

そんな謝意を向けられて、リンガ泊地の皆は何がなんだかわからない。

ほっぽですら、あっけに取られていた。

 

 

だが、そんな彼女たちの呟きを聞き、更に首を傾げてしまうので有った。

…じゃあ、どうしたら良かったのよ、と。

 

 

「きちんと説明するのです!」

 

レ級を入渠させている間、1番隊のメンバーはリンガ泊地の執務室で、正座させられていた。

その姿は実に小さい…まるで、怯えているかのよう。

その中で、彼女たちは電に問い詰められていたのだ。

 

何故あんな事をした?そもそも木曾がターゲットとはなんなのだ?

電は、そう問いつめていた。

 

 

今にも泣き出しそうなメンバー達を見つつ赤城はゆっくりと、その疑問に応えるので有った。

 

 

「最初は、木曾の作戦の正否の確認の為、密かに派遣された特別編成の潜水艦部隊…彼女たちがリンガ泊地へと偵察しに行ったのが、そもそもの発端でした」

 

赤城は続ける。

 

その中に、木曾とは幾度も同じ戦場を渡り歩いた、ゴーヤも居た。

そして、まるゆ…陸軍所属の、かつての木曾の教え子も居た。

 

そして彼女たちは、偶然にも、木曾が深海棲艦の姫、北方棲姫と仲良く遊んでいる姿を、目撃してしまったのだ。

  

その衝撃は計り知れないものがあった…自分の尊敬すべき相手が、敵の姫と仲良くしているのだから。

だが…その姿を見ていたゴーヤは、まるゆは…否、イムヤもしおいも8も19も、木曾が裏切ったとは、思えなかったのだ。

…きっと、何か、訳が有るのだろう。

 

彼女たちは、「異常無し」として報告し、そっとしてやろうと決意していた。

…だが、潜水艦部隊のメンバーは全員知らなかったのだ。

自分たちの行動を、その録画データをリアルタイムで撮られていた事に。

 

 

そして、かつて抹殺指令を出して、数多の犠牲者を出しながら…しかし、殺せなかった北方棲姫。

その扱いはいかにすべきか、海軍・陸軍共に数日間昼夜問わず話し合った結果…みなかった事にする事にしたのだ。

 

まあ、再殺部隊を出すなら大規模になるだろう…予算もそうだが、やぶ蛇が嫌だったのと、かつての作戦の失敗を知られたくないという体面の問題が大きかったのだ。

だが、そうなったら、邪魔になる獅子身中の虫が居る事になる。

 

木曾だ。

 

自軍の秘密を抱えて、しかも立場上行動の自由度が高い木曾。

暗殺部隊を派遣して、大本営から消してしまえ、それが指令だったのだ。

 

そして、ソレに選ばれたのが…木曾以上の実力を誇り、木曾が最も油断する部隊であろう…1番隊だったのだ。

 

 

「…あの、誤解しないで下さい!木曾さんの提督さんや、赤城さんや武蔵さんの元帥様…そして、私たちの司令官さんは、最後まで木曾さんの暗殺なんて反対してたんです!」

 

神通がフォローするが、とにかく、陸軍がまるゆやあきつ丸の海軍派遣を盾に強行採決された木曾の抹殺指令。

…だが、どうしたら良いのだ?どうしろという?

 

同僚を、隊長を、そして…戦友を、命令一つで殺せと言うのか。

 

 

雪風は眠れぬ夜が続き、ゴーヤは飯も喉が通らない。

阿武隈は巻き込まれ…泣き続けて、目からクマが取れなくなったぐらいだ。

神通と武蔵に至っては、あまりの非道さに陸軍相手に2人だけでクーデターまで画策しだす次第だった。

 

赤城は、決意した。

例え…木曾にどんなに罵られても構うものか。

木曾と仲良くしているというその深海棲艦の首を、取ろうと。

木曾が死なないといけない理由を、自分たちが殺さないといけない理由を…消そう、と。

 

 

だって、他に木曾を救う手段は…どこにもないじゃないか。

 

 

「…話は、以上です……巻き込んでしまい、すみませんでした……」

 

 

赤城の独白の後、場にいる全員が絶句する。

 

馬鹿じゃないのか、上層部の体面の為だけに…どんなに、人の心を踏みにじれば気が済むのだ。

ただ臭いものに蓋をしたいというだけで、味方に暗殺を命ずるなんてどんな了見なのだ。 

しかも、そんな汚い仕事を長年連れ添った仲間に対して命ずる?

よりによってなんて残酷な真似をさせるのだ。

 

…そりゃ、赤城達も筋を通せる範囲で命令違反ぐらいするだろう。

ほっぽを狙いレ級を傷つけたこと自体はまだ許せないが、それ以上にリンガに集う者達の怒りは…軍の上層部へ向かっていた。

 

 

「ふざけないで…ほっぽが、木曾達が一体何をしたのよ!」

 

飛鷹が絶叫する。

 

「電、こんな許せない話、生まれて初めてなのです…」

 

電も全身を震わせる。

 

「木曾さんも、ほっぽちゃんも…元を辿ると、悪いことして無いじゃないのぉ!」

 

如月も言葉を詰まらせる。

 

「阿賀野、キレて良いよね…!」

 

阿賀野ですら、普段見せたことの無いトーンで喋る。

 

「ここまでキレると、頭が冷えてくるとは初めて知りました…」

 

羽黒も、むしろ冷徹な口調になっている。

 

「フフフフフフ…ハハハハハ!」

 

扶桑に至っては、逆鱗からか、目を見開いて哄笑している。

 

「私程度の力では…」

 

海里も、肩の力をがっくり落とし、うなだれるしかなかった。 

 

 

だが、当の木曾と言うとどうだろう。

ただただ、神妙な面もちで…なるほどなぁ、と頷いていただけだった。 

 

そして、木曾は、そう言えば、バレた理由言ってなかったよななどとのたまうと、

泣きそうになっている赤城に向かって優しい口調で答えを教えたのだった。

 

 

「お前が、ほっぽ…北方棲姫を狙うなんて、わざわざ宣言するからだ、馬鹿」

「木曾…それが、何故…… 」

「自分で気が付かないのか…3番隊の連中や4番隊の連中がいないと、そもそも姫クラスの抹殺指令は成功しない…援護や、サポートの無い長距離移動からの遊撃が有るか馬鹿、それで気が付いた、消去法だよな…姫やレ級の抹殺指令じゃないし、海里提督は言い方悪いが一山いくらの提督さんだ…なら、自然にターゲットは絞られる、よな」

 

 

あ…という顔をする1番隊のメンバー達。

少し考えたら、直ぐわかった事であった。

 

そんな事にも思い至らないほど、彼女達は追い詰められて居たのだ。

 

 

それを見て、リンガ泊地に存在する艦娘たちから、1番隊のメンバーへの怒りは消えていた。

レ級を襲ったのも、ほっぽを狙った事も。

…ここまで憔悴するほど、木曾へ思いを寄せていたのだから。

自分たちが彼女達1番隊の立場なら、きっと同じか…それ以上の強硬策に出ただろう。

 

だが、リンガ泊地の艦娘にしてみれば、レ級もほっぽも大事な仲間なのだ。

 

 

何が正しい答えなのか…誰にもわからなかった。

そして、ふいに、武蔵が漏らした。

 

 

「羨ましい、羨ましいよ貴様らリンガの連中が…おまえ達は、私の望んだ平和な海を手に入れて…私たちは、私の望んだ友の無事を、あるいは友が大事にしたものを…奪わなきゃならんのだ…」

 

 

その通りである。

だが、木曾は、武蔵を慰めるように、笑いながら言った。

 

 

「嘆くなよ…ああ、そうだ…武蔵」

「なんだ、木曾?」

「…おまえは一番力持ちなんだ、骨ぐらいは拾ってくれよ?」

 

おい!と、武蔵が制止するのを無視して、木曾は視線を…赤城に向けた。

 

 

「なあ、お前は…俺の為に、ほっぽを殺そうとした…でも、有り難迷惑だ、俺が首を差し出したら、きっと丸く収まる、そんな話なんだろ?」

「…ふざけないで!私から…私たちから、これ以上奪わせないでください…!あなたの首と北方棲姫の首、私たちに取って…」

「それは、わかるよ赤城…特にお前は昔から、馬鹿の癖に責任感が強くてさ、何でも一人で抱えやがる…」

 

そういった後、木曾は遠い目をする。

それは、慈愛から、そして…友情からであった。

 

 

「まあ、だからさ!賭けをしよう…訓練生時代の、早食い対決やら早起き対決やらみたいな…」

「…有りましたね、神通に『Mっぱげ』って渾名付けて、どっちが先に同期に広めるかなんて、アレいつ思い出してもわらえますね…」

 

他愛ない、まるで学生時代の会話のようなやりとり。

 

「ちょっと待ててめえら、ブッコロス…アイツ等、同期を何だと思ってるんですか……!」

「神通さんちょっとステイれすぅ!」

「話の腰を折らないで欲しいのです!」

 

…脱線は有りつつ。

 

 

そして、木曾は、赤城に向かってこういうので有った。

 

「演習してさ、勝った方が言うことを聞くんだ…実弾使ってさ」

「木曾…!」

「お前が勝ったらほっぽ討伐でも何でも手伝う、俺が勝ったら…俺の首を、かけるよ」

 

 

司令室に、木曾以外からの絶叫が響き渡った。 

 


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