木曾とそんな泊地   作:たんぺい

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第十五話:木曾と信じたものの裏切り

「大丈夫か!」

 

 

羽黒が深海棲艦の攻撃により、右手の肉を失う大怪我をしたと言う報告が入るや否や、

艦隊が帰投した瞬間、木曾と海里は一目散に飛び出していた。

 

ほっぽとレ級も心配そうにしている中で、かえって来た艦隊のメンバーは一様に暗い顔をしている。

特に電がそうであった。

 

 

油断、そして慢心。

 

自分たちの勝てた戦い、いや勝った戦いだったハズだった。

しかし、それに浮かれた瞬間、地獄に突き落とされたような話である。

 

もし、電が敵の警戒を怠らなかったら?

もし、周囲のフォローが早かったら?

もし、イ級から目をはなさなかったら?

 

…闘いにたらればは無いが、幾つもの「もし」が艦隊のメンバー全ての頭をよぎる。

 

 

一方、木曾や海里もそんな気分であった。

 

敵を生かすと言う事は、敵に選択肢を与えると言う話である。

…敵を生かそうとして、しかし敵に背中を撃たれるなど、考えてみたら当たり前ではないか。

なぜ自分たちはそれを伝えることができなかったのか。

 

 

それらの答えは決まっていた、一足飛びに艦隊が成長し過ぎていたのだ。

 

成長をほめ、それに指揮官も指導者も兵士も浮かれた結果、こうでしかない。

むしろ、腕一本は奇跡的な被害である…本当なら、電が死んでもおかしくはなかったのだ。

特に、電は意気消沈している。

 

そんな空気と、実際に眼に見える被害の大きさから、レ級も目を背けほっぽに至ってはわんわん泣き出してしまっている。

 

 

そんな中で唯一、平気な顔で平然としている人物がいた。

 

「…あー、報告とかはすぐやりますから…とりあえず、ドック開けてください、司令官…」

 

腕を喰われた張本人、羽黒ただ一人であった。

 

 

ジュウウ、と言う音を上げて、ドックに入渠する羽黒。

するとどうだろう、失われた筋肉が、血管が、皮膚が、ひびの入った骨でさえ、

その全てがみるみる修復されていく。

 

それを見て、やっぱり高速修復材は違いますね、といいながら、自分の腕が治るのを嬉しそうな表情で羽黒は眺めていた。

 

その治った右腕をぶんぶん振ると、羽黒は全裸のままで、目の前で泣き伏せる少女に声をかけた。

 

 

「電ちゃん…怒ってないから、大丈夫」

「羽黒さん…ごめんなさい、なのですぅ…」

 

そう、電に対してであった。

 

 

ドックから出てもなお、ごめんなさいごめんなさいと何度も電に頭を下げられる羽黒。

それどころか、ドックから出た瞬間、自分の同僚達や提督にまで頭を下げられてしまった。

 

まあ、気持ちは理解できますが…と、羽黒は前置きすると、にこやかな表情でこう言った。

良かったじゃないですか、と。

 

 

何が良いものかと、飛鷹に問い詰められ、痛かったでしょと阿賀野が泣きそうな表情で言った中、しかし羽黒は笑顔を全く崩さないままこうつづけた。

 

「確かにみんな、最後の最後で失敗しちゃったけど、私たちの体は首から下が無くなるか心臓が無くならない限り…取り返しがつきますよ、なら失敗の代償が私の痛みで取り返しの利くものなら…満足できるものですよ」

 

何が満足できるものなのか…と、皆は一様に言うが、くすくす笑いながら羽黒は続けた。

 

「みんなが死なないなら、私は満足できますから」

 

そう言うと、間宮のアイスと秘蔵のブランデーが待ってますので、と言いながら、一目散にその場から離れるのであった。

 

 

後に残された面々は、もう、心配が一周して、羽黒への怒りに震えていた。

 

「死なないならって何よ…あの子、馬鹿じゃないの!」

 

そう、飛鷹が言った瞬間に、一斉に羽黒への悪口大会が始まる。

 

「そうねぇ…人の気持ちを踏みにじる事が生きがいの癖に、人のことばっかり気にして…」

「阿賀野を散々バルジでいじくったりして…後で、ダイエットにわざわざ付き合ってくれたりして…」

「いっつもそうなのです!電の盾にばっかりで、大怪我して…」

 

 

しかし、悪口の後に出てきたのは、決まって羽黒の人格への評価だった。

 

何のことはない。

羽黒は、まるで皆のために道化となり、皆の為に影に生きていたようなものだった。

口に出せば、それは如実に現れる話である。

 

「流石に、私の秘書官だよな…」

 

海里も、しみじみと呟き、皆も黙ってうなだれるのであった。 

 

 

一方、木曾とレ級は遠巻きに、それを見ていた。

 

木曾は、非常に暗い面もちになると、はぁ…と肩を落としながら言った。

 

「羽黒は…あれが、アイツの問題かよ……」

 

なんともやるせない表情になる木曾。

懐かしがるような、寂しがるような、そんな表情であった。 

木曾は続けた。

 

「なんだか、神通を思い出すな…アイツも、昔からそんな感じだったよ」

「例の同僚さんデス?」

「そう、自分以外の皆が大好きで、自分はその盾になれれば良い…子供っぽい英雄願望さ」

 

そりゃバッサリ過ぎデス、とレ級は笑うが、しかし木曾はと言うと首を振ってレ級に話を続けた。

 

「俺達の記憶の元になっていたもの、それは『先の世界』…艦娘、それが存在しない、俺達と同じ名前の艦が沈んだ過去からの平行世界の記憶から俺達の世界へと呼び出されたものなんだ…だから、本当は、『先の世界』にみんな帰りたい、俺達は笑えてるよって、もし生き残った乗組員の人たちがいたら、伝えてあげたい…!」

 

涙ぐみ震える木曾。

その言葉を聞き、レ級も神妙な面もちになる。

そんなレ級を見据えながら、木曾は最後にこう言った。 

 

「だけど、それは絶対出来ない…時間も飛び越えられない…だから、せめて、俺達は目の前にある全てを、背中にいる人たちを守りたい……!羽黒は、あれは純粋過ぎるだけなんだ!だって、俺達は、大日本帝国海軍の所属艦隊は…その為に、生まれたんだ……!」

  

 

そう言うと、嗚咽を吐きながら、レ級に向かって一筋の涙を見せる木曾。

 

情けない姿を見せたなと、取り繕うように木曾は苦笑するが、レ級は首を振ると、木曾に向かって答えた。

 

「情けなくなんて無いデス、あなたたちの強さの源がわかったデス…なるほど、羽黒さんの異常な自己犠牲的な笑いは魂に刻まれた本能のようなもので、あなたたちの心の支えなのデスネ…それが、羽黒さんは極端に強いタイプだト」  

 

そうだ、と木曾は笑いながら返すと、寂しくないデス?辛くないデス?とレ級に聞かれる。

木曾は、それに対して答えは出せなかった。

 

 

そんな会話を全て聞いている者もいた。

扶桑である。

 

扶桑はほっぽを肩車しながら、瑞雲を適当に飛ばしつつ、全ての会話を盗聴していた。 

そして、くだらないわ、と吐き捨てた。   

 

電たちに対して、扶桑は呆れていた。

 

扶桑に取ってみたら、あれは仕方ない話であり、いちいち後からあーでもないこうでもないと言い合うのは愚かな時間の無駄だ。

そもそも、羽黒の言うとおり、取り返しが付くのだから、反省点を見つけて訓練した方が現実的ではないか…そう考えている。

 

木曾に対してでもそうだ。

 

そもそも、羽黒が早死にするタイプなのは扶桑も思ってはいた事だった。 

だが、電が無鉄砲だったり如月が無茶しやすかったり阿賀野が怠惰だったように飛鷹が世間知らずで短気なように、

そして自分自身が空気が読めず暗い性格なように。

 

それはきっと、羽黒が持って生まれた、言うなれば「業」だろう。 

それは…死んでも治らない、自分の癖なのだ。

 

別に悪い事をしている訳では無いのだから、いちいち悪し様に言うことも無いだろうに。

それが、扶桑の中での結論である。

 

 

しかし、羽黒のこの過度な自己犠牲的な悪癖を治さないと、どうにも、皆が不幸らしい。

それは、扶桑にとっても、気持ちが悪い話だった。

 

 

どうしたら良いかな、扶桑は何気なく考えて、ふと思いついたように言った。

 

「そうよ、馬鹿は死なないと治らないらしいわ…なら、羽黒を殺してしまいましょうかしら?」

 

両手を、ポンと叩いて一人得心するかのような扶桑。

そんな彼女を、何言ってるんだお前?とでも言いたげな表情で、ほっぽは扶桑へと怪訝な表情をするのである。

 

 

そして、その翌日の深夜0時を回ったころだっただろうか。

 

ドグォン、と羽黒が寝ている寝室の近くで轟音が鳴り響いた。

何事かと、羽黒は慌てて自室を飛び出して、僚の外を確認する。

 

そこには、艤装を展開した扶桑と、elite状態のオーラを纏ったレ級が立っていた。

…夜戦訓練のつもりなのだろうが時間を考えて行動しろ、羽黒の頭の中でそんな言葉がよぎる。

そんなおり…羽黒に向かって、レ級と扶桑の砲撃が、仲良く羽黒へと襲いかかった。

 

 

「い、いきなり何をするんですか!?」

 

羽黒の当然の疑問。

そんな言葉に答えるかのような態度で、レ級は指パッチンをして、右手を高く掲げる。

 

そうするとどうだろう。

 

いきなり闇から、雷巡チ級が2績に戦艦タ級が2隻が現れる。

そうすると、その深海棲艦は、羽黒に砲を向けながら殺気を放った。

 

そして…その深海棲艦の一隻の傍らには、簀巻きにされて身動きが取れない海里が居た。

 

何で司令官が…と、羽黒が混乱するなかで、レ級は挑発するかのように吐き捨てた。

 

 

「我々は、今からこの司令部を乗っ取リ…深海棲艦が支配させていただク!これは北方棲姫様のご意志デアル!」

「ば…馬鹿な事を言わないで、あなたたちは…」

「北方棲姫様ハ、気まぐれなのだョ…!ハハハ…楽しかっただけに、残念デス!」

 

そう言われ、羽黒の頭の中が混乱する。

何故だ、何故自分たちは見限られたのだ…と。

だが、それ以上に扶桑が何故深海棲艦の側に立っていたのか、それも羽黒には気がかりだった。

 

 

しかし、絶望的な答えが、扶桑からかえってきたのだ。

 

「ふふふ…私はね、提督やあなたたちより、自分が拾った…ほっぽちゃんの味方なの、だからね、提督を簀巻きにして深海に売ったら、みんな快く私の事を受け入れてくれたわ…」

「な、なんですって!?」

「それに…馬鹿よねぇ…」

 

羽黒の驚愕も意に介さず扶桑は何かを羽黒に向けて投げつけた。

それは、火薬で焼け焦げた、ベレー帽とマントであった。

 

「提督さんを人質にとって、後ろからバッサリ……木曾さん、大本営のエース様もかわいいものだったわ…!」

「あ…貴女………ふざけないで、ふざけないでよ!ふざけるな、扶桑ぅぅぅぅ!」

 

 

木曾の遺品を前に、羽黒は絶叫したのだった…。


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