三年目。ホグズミードに行くべく、ハリーはバーノン叔父さんの命令に嫌な顔せず従っていた。笑顔で返事をして爽やかさで良い子ですよアピールしてみたら気持ち悪いと言われた。
それはともかくとして、なんとか頑張ってホグズミードへ行くための許可証にサインをしてもらおうとしたわけなのだが、
「どうして僕は夜中の公園にいるんだろうね」
夜中の公園でトランクなどの荷物をもって一人ハリーは黄昏ていた。正確に言えばヘルがいるが、他人には見えないので一人といっても過言ではない。
「おまえは家族のことになると我を忘れるからな。それも当然の気持ちだろうが、自業自得だな」
やはり家族をろくでなし呼ばわりされたのに我を忘れてまたやらかしてしまったのだ。大人になったと思ったけれどやはりまだまだ自分は子供なのだと思わずにはいられない。
でも譲れないことはあるのだ。絶対に譲ってはいけないことはあるのだ。それが家族のこと、それから友達の事。だから、ハリーは後悔はしない。
「あ、でも今年はサルビアがいないのか」
そうなれば一人でホグワーツに居残りである。それは寂しい。どうにかしていけないものか。
「フレッドとジョージなら抜け道を知ってるかな?」
「あの双子ならば知っていてもおかしくあるまい」
「聞いてみようかな。さてと――」
杖腕をあげて
彼は気が付かない。彼を見る黒い犬の姿に。
その後は特に変わりはない。ダイアゴン横丁でひと夏を過ごす。
ファイアボルトという箒を毎日見に行って、教科書を買いそろえたり魔法の練習をしたり。
シリウス・ブラックがアズカバンから脱獄したことは日刊預言者新聞を購読していればわかった。ファッジ大臣にも言われたが、危険なのは変わりない。
退屈ではあれど何も問題のない夏を過ごし、再びホグワーツへと行く日がやってきた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
サルビア・リラータは、盧生というものについて考える。
盧生。
サルビア・リラータは急速に盧生というものから興味を失くしていた。それは、この邂逅。ある少女との邂逅が思い出させていた。
自分と似た少女だ。緋衣南天と彼女は名乗った。
あの場では、単純に柊聖十郎という男が気に入らないがゆえに盧生になるだなどと言ってみせたが、あとになり冷静に考えれば盧生などというものになんの価値があるというのだろうか。
あの男、柊聖十郎はかつての己である。それはまず間違いない。同類だ、見ればわかる。
ゆえに彼は盧生になろうとした理由もわかる。
生きるためだ。夢を持ち出し生きる為。
夢を現実に持ちだせる。
相性の良い神格を召喚できる。
それで? だから?
そんなものに価値はない。いや、あるいは盧生を頂点と据えるがゆえに彼はそこに至ろうとしたのだろうともいえる。
そう考えるとあの男もまた破綻している。
治療、生きることが目的であるならば、盧生になどなる必要はないのだ。
眷属という奴にでもなって誰かの下でも生きられれば目的は達成だ。それを己の
柊聖十郎は目的を間違えている。
盧生となり生きることが目的。
ああ、それは確かに正しい目的だろう。
だが、違うのだ。
違う。目的はそうじゃない。
正しくは、生きるだ。
生きる。生き残る。例えどのような手を使ってでも生き残る。
それが正しい目的だ。盧生となるなどという言葉は必要ない。
しかし、そうは考えられないのが柊聖十郎。逆十字という人間の性。
見下すなよ、俺が上だ。
誰よりも強い自負。その強い意志があったからこそ病魔に侵されながら生きることが出来た。
それは己にも良くわかる。
だが、それでも盧生になることの意義は感じられない。
なぜならば、盧生を頂点と誰が決めたのだ。
「つまり、そういうことでしょう」
「ええ、そうよ同類」
そう目の前の緋衣南天という少女は言った。
「盧生は、サルビア・リラータが出来ないことができる」
そうそれは紛れもない事実であると彼女自身も認識している。
柊聖十郎が語った盧生という存在の話からも事実であるとわかっている。
だが、それが事実だとして問題があるのかと目の前の緋衣南天は嗤う。
「なにも問題なんてあるわけないじゃない。だって、鳥が空を飛べることは当たり前でしょう? 魚が息継ぎしないで泳ぎ続けられるなんて当たり前でしょう?
それでイコール私たちよりも格上だなんて頭でも湧いてるんじゃないのあんた。そんなんで私の先輩名乗ってんじゃないわよ虫唾が走るわ」
緋衣南天という少女はそう言って嗤う。
当たり前というのは重要だ。
例えば、日常的に誰もが銃や剣なんて武器で武装していたとする。
普通に考えればそれは異常事態だ。明らかにおかしいと言うことができるだろう。現実の常識で考えれば。
しかし、もしそれが当たり前で誰も彼もが銃や剣で武装していることが普通であるのなら誰も疑問を抱かない。
例えば死人が立って歩くのが日常でそれが普通のことならだれもそれに疑問を抱かないだろう。
誰もが超能力を持っていれば誰も持っているということに疑問を抱かないはずだ。
だって、それらは当たり前で普通の事だから。
当たり前は常識的でもあるということだ。
たとえ、それが現実的に見てどんなに
誰もドラマの中で人が飛んだり変身したりすることをおかしいとは言わないだろう。それが羨ましいとも思う者は少ないだろう。
つまりはそういうことだ。
盧生が如何に超人であったとして、それは一側面からの話である。
かつて第二盧生と呼ばれた男が言っていた。
――盧生は決して大したものではない。
たとえば、サルビア・リラータが盧生と勝負をして負けるとすればそれは夢だのなんだのの話だろう。
だが、現実的なステータスで勝負をしたらどうだ。どれくらい負けるだろうか。
否だ。負けるはずがない。
胸の大きさだとか、背の高さだとか、体重の重さであればサルビア・リラータは勝ちようがない。無論、それは今という現状においてはだ。
将来的には誰よりも美しく成長することは既定事項で微塵も疑っていない。それでも体重の重さでは一生涯勝てないだろうが、それは良い。どうでも良い。
今のサルビア・リラータは健常である。ああ、認めよう。枷を嵌められながらも健常であることには変わりない。
成長をするだけの時間もサルビア・リラータにはあるのだ。
そして、それ以外ならばサルビア・リラータに負けはない。
学力、魔法技術、その他ありとあらゆる全て。
サルビア・リラータは天才である。
ありとあらゆる全てのことなど常人が如何に時間をかけて真剣にやろうとも片手間でやってしまえる。万能の王なども足元にも及ばぬ天才。
それがサルビア・リラータだ。
この世界の全ては容易い。それだけの才覚を持っている。
生き残るために病の中で磨かれた天稟は、病の中で磨かれて漆黒に輝いている。
だったら腕力ならどうだ?
馬鹿か、女に腕力で挑んで何が誇らしいのだと言ってやればいい。女相手に腕力を振りかざす男など今の社会に晒されてみろ。死ぬだけだ。
脚力は? 足の速さは?
そうね、それで?
女相手に体力勝負だなんてみっともないと思わないのかと言ってやればいい。
屁理屈じゃないか? 勝負から逃げているですって?
はっ――。
勝負というものは本質的に同じ土俵に立てるもの同士で成立するのだ。
男と女。性差ゆえに当然として存在する体格差と筋力差。それがある限りサルビア・リラータを真の意味で同じ土俵に立たせることなど不可能。
これも鳥や魚と同じことだ。どれだけ力が強かろうが、脚が早かろうが、空を飛べようが泳げようが、人間と同じ土俵に立つなど不可能。
全てがサルビア・リラータよりも劣っていることは事実なのだ。
そして、
「私に足りないものはない」
サルビア・リラータに足りない
その肉体は健常なものになっている。もはや何を慮る必要があるというのか。
ダンブルドアの枷がある。ああ、それは確かに忌々しいだろう。
だが、ダンブルドアとて無敵ではない。
その魔法技術は確かに強敵だ。それでもサルビア・リラータが克服できぬはずがないだろう。
盧生になれば勝てる。楽になる。
今にして思えばそれは、
「この私が、盧生にならなければあの塵屑に勝てないとそう言っているのと同じだ」
盧生になれば楽に勝てる。
つまり盧生にならなければ楽に勝てない、あるいは負ける。
「――負けるわけない」
そう盧生にならずとも勝てるのだ。サルビア・リラータだ。勝てないはずがない。
百年を生きた魔法使い? 今世紀最も偉大な魔法使い?
知ったことか。
「このサルビア・リラータ以上の存在なんているはずない」
そう、存在するはずがないのだ。
誰が万を超える病の中で生き残る為に足掻くことができる。
誰が万を超える痛みの中で病床を抜け出し足掻くことができる。
誰もできるはずがない。
逆十字だからこそ。サルビア・リラータだからこそできたことだ。
そこに一点の曇りもない。それこそ最も誇るべき我らが性。
「羨ましい? 羨ましがれでしょう」
そう目の前の緋衣南天は嗤う。
そうそうなのだ。逆十字であることを誇れよ、先達共。
お前ら、誰よりも優れているのだろうが。
盧生になりたい? ふざけるのも大概にしろ。
ひよってるんじゃないぞ馬鹿ども。
治療し、癒されればそれでいい。生きることが出来ればいいのだ。
柊聖十郎がやるべきことは治療の夢を顕象させることだった。
奪う夢ではない。彼自身の手で彼自身の救済を顕象させればよかったのだ。
そのために協力を惜しむものなどいないだろう。それを顎で使えば良い。全てを見下して道具として使ってやればいい。
感謝? する必要ないだろう。
見下し? そんなもの被害妄想だ。誰よりも優れた天才たる逆十字を羨んでいるに過ぎないのだから。
これを堕落と呼ぶか。あるいは、向上と呼ぶかは人それぞれであろう。
逆十字としてみれば堕落であるが、人として見れば向上と言えるのかもしれない。
それは良いのだ。彼女にとってはさほど意味のあるものではない。他者から見れば意味のあることであっても彼女にとっては意味のないことだ。
「ふん、なんで私がこんなことを。はぁ、信明君ったらどこにいったのよ。役に立てっていっているでしょう」
そんな緋衣南天の呟きは、夢に消えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
莫大な密度を持った夢がぶつかっていた。
その密度は異常ともいえる領域。夢界自体を破壊してあまりあるほどの夢の奔流。
その中心で、己の夢を回すのはヴォルデモートに他ならない。
破段を越えて急ノ段。
己の夢を際限なく、ヴォルデモートは回し続けていた。
その範囲は今や世界の半分にまで達している。
故にその強度は過去最高にまで高まっていた。
交錯する呪文と呪文。
相手の夢もまた何よりも強大だ。
それは人類救済の光。誰よりも強く、誰よりも偉大な男の夢が今まさにヴォルデモートを食いつぶさんとその圧倒的な覇気をぶつけてくる。
杖を振るえば山が砕ける。凄まじい杖捌きに風が巻き起こり、ただそれだけでヴォルデモートの配下の魔法使いたちを戦闘不能へと落としていく。
これが今世紀最強の魔法使いの実力だった。
否、こんなものではない。ただ杖を振っただけだ。その真価はその先にある。紡がれた極大の魔法がヴォルデモートを襲う。
その魔法は単純な引き寄せ呪文だ。だが、引き寄せたのは月だ。ここが夢であると初めから理解していたダンブルドアの判断は非常に合理的だ。
何を利用しても現実に被害がない。
であれば、ヴォルデモートを滅することに躊躇などあるはずもなし。
「アルバス・ダンブルドア――!」
月が降ってくる。そんな天変地異規模の魔法を前にヴォルデモートがひくはずもない。
己の自負と共に杖を握り締め、呪文を構築し魔法を放つ。
ダンブルドアの攻撃をいなし、振ってくる月を消し飛ばす。
そんなものはまだまだ序の口であったと知るのは直ぐだ。
「行くぞい」
ダンブルドアが言ったその瞬間には彼の姿は空中へと浮かんでいる。そして降り注ぐ岩の槍。砕かれた月の破片は彼の莫大なまでの魔力と創法によって槍へと変化し圧倒的な咒法によってヴォルデモートに当たるまで飛翔する。
ただ一人の槍衾。当たれば最後、全身を穴だらけにされるだろう。
「俺様は、逃げん」
だが、ヴォルデモートは一歩たりとも退かない。
咒法の散にて広げた妨害魔法。同時に広げる解法によって相手の魔法を解いていく。
やっていることは単純であるが高速飛翔する槍を躱しながら、その一個一個を解いていくのだ。
並大抵のものではなくまさしく絶技と言える。
ゆえに、
「まだじゃぞ」
飛翔する守護霊。不死鳥の守護霊がヴォルデモートへと飛翔する。
創法による掛け合わされた実体の守護霊。その性能は一時的であるが、盧生の第六法と呼ばれる力にまで匹敵する。
槍と不死鳥。
絶体絶命。誰もが敗北を想起する。
「――まだだ」
だが、ヴォルデモートには、闇の帝王としての自負がある。
負けるわけにはいかない。己こそが、誰よりも優れた魔法使いだ。
何より、救わなければならない。この魔法界も、この世界も救わなければならない。
病で、全てを救うのだ。
ゆえに、ここで立ち止まる道理などありはしない――。
ハリーは三年目へ。
サルビアは、盧生病治癒の為に緋衣セラピーへ。
ヴォルデモートは超絶阿頼耶さんによる強化を施されたダンブルドアとの対決。
そろそろね、殴り合いというか魔法なしの近接戦闘が書きたくなってきた。
ダンブルドアとヴォルデモートの殴り合いにさせようかと思ったけど、こいつら蛇とか不死鳥のスタンド背負っての魔法合戦しか出てこなかった。
ハリーが殴り合いするのはまだ先だし、ロンさんにはもっと逆襲させたいし。
ハーマイオニーとサルビアの殴り合いでも書くか。
盲打ち不思議ちゃんの活躍か、英雄クラムか、辰宮フラーか、三千倍ルーピンか、幽雫ネビルか、バジリスクセージの奮闘記か。
色々書けそうだけどやめとこう。うん。