ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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邯鄲の夢
第49話 夢


 夢とは何か。

 それについては個々人色々と思うところがあるだろうが、大抵の場合。そう一般常識においてという前振りを付けるならば、夢とは記憶の整理ということになる。

 

 ああ、将来の希望とかそう言ったものもまた夢になるが、そちらを連想したのならば申し訳ないがもう一つ前振りを足しておくとしよう。

 大抵の場合、夜眠る際に視る夢とは何か。こうするのが一番正しいだろう。正しい認識において答えるならば、もう一度言うが、夢とは記憶の整理ということになる。

 

 少しばかり難しい話になるが、神経生理学的研究において、夢というものは主としてレム睡眠の時に出現するとされている。

 眠っていても大脳皮質および辺縁系が起きている時と近い水準で活動しているにあるために、外的あるいは内的な刺激と関連する興奮によって記憶の中から過去の記憶映像が再生されつつ、記憶映像に合致するストーリーをつくってゆく。

 

 それが映像を伴って睡眠中に再生されたものを人は一般的に夢という。荒唐無稽でありながらどこか理路整然としていて、ここではなんでも出来るがある一定のルールに縛られているとも感じる。

 それはそうだろう。所詮、夢なのだ。前述したとおりであるならば、過去の記憶の切り貼り。そこからある程度の想像力が加味された上で成り立つ夢の領域。

 

 現実のルールと想像のルールが混同しているから荒唐無稽でもあるし、理路整然としたルールを感じることもある。

 夢とはあいまいなもので、大抵の場合自分の思い通りにはならない。いや、これだと少し語弊があるか。

 

 夢は自らの無意識から来る。興奮という意識的に内在する無意識化の働きによって人は夢を見るのだから、そこには確固として人の意識が介在しているのだ。

 気が付かないだけ。夢を見ようと考えていなくても、無意識化で願望を具現している。だから、夢は思い通りにならないというのは語弊がある。

 

 正確を言うのならルールに縛られると言うべきだ。無意識が構築したストーリーに沿ってでしか行動できない。意識がルールにとらわれている状態だ。

 その状態では思い通りになんて動けないし、ただ見ているだけだ。だが、もちろん物事の常として例外が存在する。それが明晰夢と呼ばれるものだ。

 

 明晰夢とは、睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のこと。無意識の構築したルールに縛られることなく自由に夢をコントロールできる状態の事だ。

 睡眠からの半覚醒状態で視るものだとされているが、実際のところはよくわかっていない。わかっているのは夢を意識的に自在にコントロールできるということ。

 

 ハリー・ポッターは明晰夢を視ていた。誰もいないリトル・ウィンジングプリベット通り4番地。がみがみうるさいダーズリー叔父さんはおらず、ことあるごとにハリーに対して小姑の如く文句を言う叔母さんもいない。

 最近ボクシングを習い出してそれを試したいとことあるごとに突っかかってくるダドリーも同じく。ここには誰もいない。

 

 初めこそ何が起きたのかわからなかったが、次第にこれは夢だと理解し始めた。なぜならば、ここではできないことができるのだ。

 空を飛ぶこともできるし、ありえない力で建物を壊すことも出来れば、直すことだってできる。神様にでもなったかのような感覚。

 

 魔法なんかよりもよっぽど凄いと思うのは夢だからだろうか。この空間の支配者は自分であるということの優越感は筆舌に尽くしがたい。

 休みになれば鬱屈した日々を過ごすと覚悟していたハリーであったが、眠りという人生の半分を自由にできるようになってからは余裕をもてるようになってきた。

 

 起きている時に何かあれば、こちらで解消すればいい。それはとても素晴らしいことのように思えた。自分だけが持っている特権のように思えてダドリーに対しても優しくなれそうであった。

 

「今日は、何をしようかな」

 

 空を飛ぶのも良い。ここならば誰にも何も言われず住宅街を飛ぶ回るという経験が出来るし、何より休みの間は出来ないクィディッチの練習もできるのだ。

 ブラッチャーやスニッチも作り出してしまえば本格的な練習ができる。ただ、相手がいないというのが悲しかったが。

 

 ただ、今日はどこかおかしかった。誕生日を迎えた日。今日もまた夢の中でなにをしようかと考えているとふと雰囲気が違う事に気が付いた。

 そうどこか古いような、そんな気配。見慣れた街並みがどこか古いような雰囲気を感じる。完全にではなくまじりあっているというべきだろうか。

 

 そして、一番の違いは人がいたことだった。

 

 美しい女性であった。そう美しい女性だ。漆黒の軍装を身に纏い、豪奢な金髪をなびかせながら不敵な笑みを浮かべた女性。

 貴族然とした雰囲気を醸し出す女性だった。それも本家本物。王や貴族ですら、一級の戦士でなければ通用しなかった。いいや、成立すらしなかった硬骨とした世界観を感じさせる雰囲気。

 

 それを醸し出す存在を見た時、ハリーは思わず息を呑んだ。

 有体に言って輝く金の髪に翡翠の瞳はとても、そうとても美しかった。軍属ながら完璧な容姿を持つ女の姿にハリーはただ見惚れた。

 

 美しかった。完成された兵器を思わせるこの女がとても美しかった。

 

「迷い込んだか、少年」

 

 そんな女性はハリーに気が付くと、そう優しく語りかける。彼女にとって優しくという意味合いであって、ハリーが感じる優しさとはだいぶ違う。

 古いというか硬いというか。女性的な柔らかさを感じる優しさではなかったが、敵意などは感じない。少なくとも敵ではないのだろう。

 

 その存在感は自分と同じだと直感させる。夢の登場人物ではないのだと直感的にハリーは感じる。

 

「あ、えっと」

「ふむ、表層に誰かいる気配を感じて来てみたが。何も知らないようだ。何かに巻き込まれたのか。施術も杜撰であるし、術式もあいまい。だが、根本だけは間違えていない。酩酊しているようで、しっかりとした執念も感じる。さて、原因はあれなのだろうが、法則が違いすぎて私が手を出すとどうなるか読めないな。ああ、すまない少年。こちらの話だ。さて、迷い込んだのか少年?」

「えっと、たぶん?」

 

 迷い込んだのがどういう意味かはわからないけれど、たぶんそうなのだろうからハリーは頷いた。

 

「そうか。ここには良く来るのか?」

「いえ、えっと、はい。毎日」

「…………そうか。なら誰かに会った経験は?」

「今日が初めてです」

「……盧生ではない。だが、かといって正式な眷属というわけでもなさそうだ」

 

 彼女はハリーにはわからないことを喋る。何のことを言っているのだろう。それを理解しようとしてもなにもわからない。

 

「あのあなたは?」

「私の名か。そうだな。可惜、名を名乗ることもできないが――ヘル。そう呼ぶと良い。親しい者にはそう呼ばれていたし、それくらいなら良いだろう」

「えっと、じゃあヘルさん。僕は、ハリー、ハリー・ポッターです。あの、ここはどこなんですか。あなたは知ってますか」

 

 この人は何かを知っている。だから、ハリーは聞いてみた。この場所のことを。

 

「ここか。夢の中だ少年。おまえも気が付いている通りに、ここは夢の中だ。夢界(カナン)と私の知り合いは言っていた」

「夢界……」

「さて、ここの場所を聞いたということは。次に君が知りたいのはどうして僕がこんなところに、だろう。至極当然の帰結だし、場所が分かれば次に思うのはどうしてそんな場所にいるかだからな。

 それは私にもわからない。おまえが盧生に合っていて、その者が許可を出したのかもしれないし、別の理由かもしれない。これに関しては私の阿頼耶でも答えようがない。人類の無意識につながっているとはいえ、私は全知ではないし、私が知らぬことを探すのは阿頼耶でも難しい」

 

 いわば窓だから、と彼女は言う。

 

「そうですか」

「だが、そうだな。ただ迷い込んでいるだけならば良いが、これ以上深いところに行くのであれば危険もある」

「え?」

「ここはおまえが思っているほど良い場所ではないからな」

 

 それからハリーはここのルールを聞いた。どういう力が使えるのかそういうのは明確にわけられているという。体系化されていると言った方が良いか。

 明晰夢の特性としてイメージの力が現実では有り得ない超常能力を発現させる。大別すると五種、細分化して十種の夢に分類される。

 その得手不得手によって個性が出るものの、あくまでにこれは基礎技能にすぎないため、誰でも十種――一つは例外だが――の夢を使用可能である。

 

 そんなことをハリーは説明された。

 

「――良い時間だな。今日は帰ると良い。そろそろ夜が明けるだろう」

「……あの、また会えますか?」

「なんだ私にまた会いたいのか? 奇特な奴だ。ただ話をしただけだろうに」

 

 どうしてかハリーはもう一度この女性に会いたくなったのだ。

 彼女から感じる不思議な気配。どこかで感じたことがあるような、されどどこかもっとも遠い気配。それがなんなのか知りたいとも思った。

 

 単純に何も気にせず話せるというのもある。だから、もう一度会えるなら会いたいとそう思った。

 

「だが、まあそう言われるのは悪くないのだろう。会えるかはわからんが、会えたのなら話の続きでもしてやる。ここが私の知る夢界ではあるが、邯鄲の施術が違うからまた会えるかはわからんがな」

 

 夢から覚めるようにハリーの意識は薄れていく。気が付けば、いつもの部屋だ。ダーズリー夫妻の声で、目を覚まして、新しい一日が始まる。

 そして、また夢を見る。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 何かが血反吐を吐いた。ただそれだけのことで、肋骨がへし折れ、内臓全てに律儀に万遍なく突き刺さる。それでまた血を吐けば、痛みに耐えるために噛み締め続け変形した顎が砕け散り、その衝撃でまた身体のどこかの骨が折れ骨が内臓や肉に突き刺さる。

 

 無限にループする螺旋のように血を吐いては骨が折れて血を吐くの繰り返し。数度繰り返せば、顎の骨が折れるところなどもうないほどに折れ、手足の骨も全て折れきった。腐りきり変色したどす黒い肌から流れる血は赤を通り越して黒であり、膿み、糞のような腐臭を撒き散らしている。

 

 そんな状態にありながらその何かは声一つあげない。声が出せないわけではないだろう。顎が折れているからでも、歯がないからでもない。そんなものなくとも叫び声くらいはあげられる。

 何かは叫びをあげられないのではない。あげないのだ。頭が倍以上に膨れ上がり、眼球が飛び出て頭蓋骨がめきめきと音を立てていたとしても。脳がどろどろに溶けて、そのうち穴と言う穴から出てくるのではにかと思うほどに沸騰していたとしても声をあげない。

 

 ただただ嗤うばかりだ。なぜ、叫び声をあげる必要があるのだろう。なぜ、声を上げる必要があるのだろう。この程度のことで、何かする必要があるのだろうか。

 これは祝福なのに。与えられる病は、湧き出す病は祝福だというのに。人の生とは苦である。ゆえに、苦しみこそが人類を人類足らしめる。

 

 苦しみを失った人類のなんと堕落したことか。かつて闇の帝王がいなくなった時がいい例だ。それから人は、何をしただろうか。

 何もしていない。堕落している。苦しみのない平和な時代は人間を堕落させる。

 

 夢の中でそれを見た。闇の帝王が復活した。それを見たと証言してもひと夏の間にはそんなことはありえないという風潮が蔓延した。

 栄光の光は陰り、それでも対抗しようと不死鳥の騎士団を以て挑もうとした。

 

 結果、多くが死ぬことになった。最初から対策していればそんなことにはならなかっただろう。それが平和を享受し、苦しみを忘れた結果だ。

 それでいいのか。そんな結果をもたらしてもいいのだろうか。良いはずがないだろう。だからこそ苦しみを与えるのだ。苦しみがあるからこそ、人は輝く。

 

 息を吸うだけで鼻と口腔粘膜は剥がれ出血するか、腐り落ちてどす黒い液体が気道も食道も塞ぎ溢れたそれらが口から、鼻から流れ出す。

 心臓は止まっているのかと思えば、突如として異常な速度で鼓動を続けては止まり、また動き出すのを繰り返す。その圧に耐え切れない血管がはじけ飛び身体を内部から圧迫して限界を迎えた風船のように破裂させる。

 

 肺、胃、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸、十二指腸、膀胱その他。体内に存在するありとあらゆる臓器には無事なところなどありはしない。

 まるで、全て取り出してから猛毒に浸して味付けしたよと言わんばかりの状態にして、体内を切り開き所定の場所ではなく、滅茶苦茶な場所に戻したかのようにただそこにあるだけで身体を蝕んでいく。

 

 ありとあらゆる病魔の痛みが、蝕んでいくのが分かる。免疫系はその仕事を放棄したのか数万を超す病原菌の侵入を赦しあまつさえ、悪事を黙認するどころか幇助すらしている。体の主人に対して自滅してしまえと言わんばかりに免疫は容易く主人の細胞を破壊し、病原菌、ウイルスはありとあらゆる疾病を合併させる。

 もはや、自分の身体すら自分の味方ではなく、全てが凄まじい痛みを発している。それでいて同じ痛みなど一種類もありはしない。ありとあらゆる責め苦が襲っている。

 

 それでも生きおうという意思が身体を駆動させる。魔法力は高まっていく。

 苦しみこそが人類を輝かせることの証拠だ。それで輝いた人類を知っている。ゆえに、

 

(しゅくふく)を失ったか、リラータ」

 

 それを奪った怨敵(ダンブルドア)を許すことができない。

 

「だが、まだだ」

 

 怒りはある。しかし、それはダンブルドアが祝福を知らないからだ。彼にも祝福を与えなければならない。魔法界が存続するために。

 此れから先も全ての人類が輝けるように。

 

「そのために、俺様は――」

 

 夢へと潜るのだ。

 

 かつて賢者の石を奪取しようとして失敗し生死の境をさまよった時、その存在とその概念を理解した。

 生死の境において、阿頼耶と呼ばれるものに接近し、そこで全てを見たのだ。

 

 そしてそこに散らばる欠片の一つより、何をすべきかを悟った。

 

 ゆえに、ヴォルデモートは救済の帝王となろう。

 苦しみの中でこそ人類は輝くがゆえに、全てのものに苦しみを与えよう。

 

 平和な世界で生きがいを感じられぬものたちの代表者。

 苦しみがあるからこそ、生を実感できる者、苦しみがあるからこそ輝ける者たちの代表者となるべく、ヴォルデモートは夢へと潜るのだ。

 

 




ハリーとヴォルデモート、夢へと潜るの巻。
ただし、邯鄲の施術がセージのものと違うためそのルールも違います。

ヴォルさんの思想は、大幅変化。苦しみがあるからこそ人は輝けるのだというもの。
苦しみは病であったり物理的な脅威であったりです。
予定では一年後に全てが始まるでしょう。

で、微妙に出てきた我が愛しのヘル。ハリーを導く者として設定しております。
ハリーがひかれる理由は、アバダケタブラを受けて生き残った為。
まあ、正確には受けてはないけれど、アバダほど明確な死を感じられるものもないと思ったのでヘルが水先案内人です。

これより先、ハリーは夢の中で自らの人生に挑むことになります。
具体的に言えば、原作の一巻から七巻までの内容を追体験して行こうかなーとか思ったり思わなかったり。
これほどハリーを鍛えられるものもないでしょうし。
ご意見などあれば言ってもらえると嬉しいです。

おまけ
ハリーの才能はこんなイメージ。
熟練度Lv.1
 戟法 剛 6
    迅 7
 楯法 堅 2
    活 1
 咒法 射 10
    散 8
 解法 崩 10
    透 6
 創法 形 5
    界 1

では、また次回。

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