ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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第47話 逆襲

 死の呪文(アバダケタブラ)を躱すことが出来たのは単なる幸運だった。段差があって、後ろに下がったら足を踏み外した。ただそれだけ。

 だが、そのおかげでロンは生きながらえた。

 

「運は良いようね。さあ、見せてよ。あなたの力を」

 

 サルビアの口で、サルビアの声で誰かが何かを言っている。やめろと義憤で立ち上がったところでロンには何もできない。

 彼女が放つ呪文は強力無比だ。そのうえで速い。一秒の間に最低でも七つ。最大で二十を超えるほどの呪文が飛翔する。

 

 それを寸前で躱したり防ぐ。第一の試練の前にサルビアとの特訓のように無様は晒さない。あの時は防ぐどころか躱すことも出来ず何もわからないまま吹き飛ばされるだけだった。

 だが今は違う。紙一重とはいえど、全ての呪文に対してなんとか対応して防いで見せている。防戦という体裁を整えて見せていた。

 

「ふぅん」

 

 それを見て彼女は嗤う。なんだ、その程度かと。彼女は桁が違う。いいや、この場合は悪辣と言うべきだろう。

 

「うわあ――!?」

 

 直線の軌道を描いていた呪文が壁に激突して植物が花を広げるように拡散する。その異常ともいえる呪文の改変も問題であり、凄まじいまでの威力を内包しているが問題なのはその直前に行われている行為だった。

 彼女の動きが、呪文の構成が、何もかもがガラリと変わったのだ。まるで別人にでもなったかのよう。もとからサルビアと比べて別人のようであるが、それとは別で今言っているのは戦い方(スタイル)の方だ。

 

 瞬きの瞬間にサルビア・リラータという少女は戦い方を次から次へと変えていく。

 闇払い(ごうりてきに)魔法生物(ふじょうりに)妖精(きらきらしく)老齢な魔法使い(かんせいされたように)若々しく勢力溢れた魔女(あらあらしくせいちょうとちゅう)

 

 次の瞬間にはまた違うものへと変わる。考えて対応など不可能。勝ちへの筋道を立てようとしても次々と手が変わって追いつけない。

 変幻自在に、好き勝手に、節操なく一秒ごとに同じものにはならずサルビア・リラータの中身が切り替わる。一貫してサルビア・リラータというものではあるのだが、そうは思えないほど。

 

 もとよりサルビアが、こんなところにいるはずもなく。あんなにも禍々しい凶兆などでは決してありえないのだから、あれはこの迷路に存在する試練に間違いないのだろう。

 そう試練だ。ロンの前に立ちふさがる試練。まただと思う。三対抗試合なのだから当然だが、ロンは気が付き始めていた。

 

 勝利したからこんなことになっているのではないかということに。例えばドラゴンに勝たなければ、第二の試練に自分は進んでいただろうか。第二の試練で、水の精に勝利したからここに来たのではないだろうか。

 どこかでリタイアしていれば、こうはならなかったのだと思わず思ってしまった。その思考は、止まらない。

 

 そう、勝利からは逃れられない。勝利しなければいいのだとは言わないが、それでも思わずにはいられないのだ。

 勝利することによって状況は悪くなるんじゃないのかと、思わずにはいられない。

 

「ああ、くそ、こんな時に」

 

 考えることじゃない。今考えるべきことはどうにかしてここから逃げること。だが、そうこんなときだからこそ考えてしまうのだ。どうしてこんなことになってしまったのかという現実逃避も兼ねる。

 大切な人と戦うということは、もうそれだけで最大試練であり、当然磨いてきた牙を突き立てることができない。躊躇が生まれるのだ。違うとわかっていても。

 

「サルビアに、勝てるはずがない」

 

 そう勝てるはずがない。凡人でしかないロン・ウィーズリーがどう勝てるというのだ。あれが偽物だとしても、サルビア・リラータにはロン・ウィーズリーは勝てない。

 ありとあらゆる全てに秀でる天才に、凡人でしかないロンが勝てる道理などあるはずがないだろう。

 

 それでも、どうにかこうにか戦えて(いきて)いるのは、そのサルビアの特訓のおかげなのだから皮肉である。

 それにだ、死ぬのは怖い。傷つくのは嫌だ。誰だって傷つきたくない。死ぬのは怖い。そんな普通の感情が大半を占めている。だから、必死に抵抗する。

 

 死の呪文の閃光を見て、ロンの中のスイッチが強制的に入らされた。死にたくないから足掻く。どうすればいいと煩悶する。頭の中はぐるぐるぐるぐる同じことばかり考える。

 どうやればこの状況を打開できる。どうすれば逃げられる。丸く収まる。どうするのが正解だ。

 

 いや、そもそもどういう風にしたいのかという具体的な理想すらないのだ。煩悶しながら今でもどうしてこうなったと現実を認めたくないと叫んでいる。

 詰んでいる。その事実に気が付いていながら、見えないふりをしているだけ。まだどうにかできるのだと前向きになれるほどロンは自分に自信がない。

 かといって諦めて死を選ぶという強さもない。ただ死にたくないその一心で、ひたすらその臆病さから来る危機感センサーをフル稼働して相手の魔法を知覚して刹那で盾の呪文や衰え呪文を駆使して防ぐ。

 

「教えたことはできるんだ。少し評価をあげてあげようかしら。ほうら、もっと頑張りなさいよ。役に立ってくれるんでしょう? ほら、足掻いて見せなさいよ塵屑から屑くらいにはなれるかもしれないわよ」

「やめてくれよ」

 

 その姿と声でそんなことを言わないでくれよ。そんなことを彼女は言わない。そういう義憤が逃げることを邪魔する。友達を侮辱されているような気がしてロンは逃げられない。

 

――僕は、逃げたいんだ。

 

 一刻も早くこの場から逃げ出したい。降り注ぐ巧緻な魔法の一発一発の威力なんて想像したくないし、どこに死の呪文が混じっているか気が気でない。

 とにかく逃げたい。逃げたい、無事に帰りたい。本物のサルビアの所へ行きたい。死にたくない、怪我もしたくない。

 

 サルビアの偽物が前に立ってから戦闘意欲なんてとっくの昔に萎えているし、勝とうという意気なんて発生の仕様がない。ほとんど条件反射で躱しているにすぎず、いや、生かされているのか。

 どちらでも良いが、状況は最悪というほかなくこういう場合とにかく体勢を整えるために逃げるのだ。だが、それも出来ない。

 

 友達を侮辱されてロン・ウィーズリーが逃げるわけがないのだ。

 

 それをサルビア・リラータは良く知っている。なんとも読みやすく浅ましいのだと馬鹿にしながら最大限利用するのだ。

 ロンは逃げられない。サルビア・リラータからは絶対に。なぜならば、彼女が本性を露わにすればするほど、彼の中のサルビアを侮辱したとして逃げることが出来なくなるからだ。

 

 義憤という自らの怒りを正当化して、逃げるという選択肢がとれない。なんと愚かなのだろうか。

 だが、そんな相反する状態でサルビアの本気を防いでいるというのは、特訓の成果と視るべきか。火事場の馬鹿力ととるべきだろうか。

 

「でも、屑くらいにはしてあげてもいいかしら」

「やめろよ」

 

 死にたくないから必死に逃げるにはどうすればいいのかを考えているというのに、そんな風に誰かを馬鹿にするような絶対にサルビアが言わないようなことを彼女の姿で言われて、

 

「だから、だからやめろよ!!」

 

 考えられるわけがない。

 

 駆けだした。半ば八つ当たり気味の駆けだしだが、そうしなければ駆けだせなかったのだ。ここに来てロンの初めての反撃だ。

 チェスの駒のような複数の台座を盾替わりにして接近する。狙いは手首、足首、膝、肘、首、心臓。相手の身体駆動を制限する為の関節各所と相手を絶命せしめる急所だ。

 

 ナイア先生から教えられた格闘技術。成長期の男子であるロンにとって、格闘技術というものは魔法よりも幾分かは性に合った。

 だから大きくなりかけの身体を持て余すことなく使用して、ロンは病的なまでの臆病さで相手の魔法を防ぎながらサルビアの懐へと飛び込む。

 その瞬間、ロンの顎をサルビアの拳が撃ちぬいた。

 

「接近戦ならいけると思った? か弱い女だから組み敷けると本当に思っていたのかしら。そうだったとしたら、どれだけ馬鹿なのかしらあなたは。あなたが出来ることくらい簡単に私にできる。生物としての出来が違うのよ屑」

 

 そこからは魔法と格闘が入り混じったインファイトだ。もはや杖なんていいかと言わんばかりに杖を放り投げたサルビアが指を鳴らすだけで魔法を行使して、更に殴る蹴るだ。

 いいや、ただの殴る蹴るじゃない。きちんとした武術の型。しかも、魔法と同じく一秒ごとに切り替わって行く。

 

 一撃必殺から一撃離脱、変幻自在な攻め手はどれもこれも達人の領域だった。必然として、凡人で付け焼刃の素人でしかないロンにまともに防げるはずもなくぼこぼこにされる。

 そんな中で少しだけロンは安堵していた。なぜならば、こんなにサルビアは動けないのだから彼女はサルビアではないということになるから。

 

 だが、それだけだ。

 

「あああぁぁぁ――」

 

 爆熱がロンを焼く。ドラゴンの息吹(ブレス)よりも強烈な、酸素だろうが、二酸化炭素だろうが、窒素だろうがその全てが不条理(まほう)に従って燃焼し爆発する。

 サルビアの放った魔法だった。それで終わりではない。爆裂の向こう側からやってくるのは小さな手、されどそれは死神の手だ。

 

 握られた拳。硬いと思えないそれは、異常な硬度を以てロンの腹を討ちぬいていく。その上、焔の中を通ってきたことによって焼き鏝のようになっているというおまけつき。

 当然、肉の焼ける臭いが鼻を突く。ならば相手の拳もどうようなのではないかと言えばそういうことはなく至って、無傷。

 

 鳩尾から九の字に折れ曲がり、更に逃がさないとばかりに抉られ五臓六腑がかき回される。

 それが小さな女の子の手で行われたと信じられないが、怪物なのだとしたら当然の結果。つくづく安堵させてくれる。少なくとも完全にサルビアではないことが証明された。

 

 こんな時に何を考えているのだと思われるかもしれないが、重要なことだった。そう重要なことなのだ。サルビア・リラータだけは汚したくない。

 

――彼女でなくて本当に良かった。

 

 ぼろぼろにされているというのに、思考だけがどういうわけか澄み渡っていた。おかしくなってしまったのだろうか。

 たぶんそうだろう。痛みでおかしくなったのだ。だって、さっきまで必死扱いて逃げよう逃げようと必死だったのが、嘘のようになにもなくなって、義憤もなにもなくなって、ただあるのは一つの感情だけだったのだ。

 

 本物でないと確信した瞬間、ある意味で最悪の感情が湧きあがった。もはやそれは止められない。

 

 そして、声が響くのだ。サルビア本人が、語りかけてきているようだった。

 

――何をすべきかわかっているでしょう。

 

「ああ」

 

 勝利ではない。

 敗北ではない。

 逃走ではない。

 

 ロン・ウィーズリーやるべきことは一つだ。

 

 もはやそれを止めることなんてできない。

 願うことは栄光の崩落。素晴らしきものを奈落の底へと引き摺り下ろす負の悦楽に他ならない。

 

 主役となり光となって駆け巡ることはできない。その器ではない。なのに、その光を追い求める愚か者。

 その責任の重さを知ってすぐに放り出したくなる凡夫であるがゆえに、その重みで沈んでしまう。

 

 ならばこそ、願うのだ。己と共に、栄光よ、沈んでしまえ。彼女は誰よりも輝いているから、やるべきことは――。

 

 逆襲を――。

 逆襲を――。

 逆襲を――。

 

――そう、そうよ。

 

 誰よりも求める女の声が響く。ロン・ウィーズリーの選択を肯定する。

 それが逆襲の本質。弱者が強者を滅ぼすからこそ成立する概念であるがゆえに、弱者でなければ起こすことはできない。

 

 一度でも栄冠を頂けばもう逆襲という甘露を飲むことはできない。なぜならば、逆襲とは弱者が強者を滅ぼすことだから。

 暗く醜い者が、輝く者を引き摺り下ろすからこそ、何よりも強い快感を得られるのだ。

 

 そう窮鼠が猫を噛むように。自らは窮鼠であり、痩せさらばえた害獣。1人きりの呪われた狼。

 ずっとずっと感じていた暗く、ほの暗い感情。誰でも感じたことのある、栄光を踏みにじってしまいたいという暗い欲求を自覚する。

 

 それがどんな結末をもたらすのかわかっているのにやめることはできない。次にやってくる狩人が更に凶悪になっていくというのに、己の宿命から逃れることなどできはしない。

 だって、輝く者を踏みにじる快楽を知ってしまったから。もう知らない頃には戻れない。勝利からは逃れられない。

 

 ゆえに――。

 

――さあ、逆襲(ヴェンデッタ)を始めよう。

 

 お前に期待している女がいるのだ。

 役に立て。

 最高の栄光(アルバス・ダンブルドア)を零落させる為に、お前が役に立つと教えてくれ。

 




頑張って更新。
てなわけで、ロン覚醒。
完全にルート入りました。

こんなロンで良いのか。ロンファンの皆さんごめんなさいと土下座しながら、輝く全てを天墜させる狼に覚醒。
このロンは衰え魔法特化型です。
しかし、下手したらネビルがこれやってたんだよな。
そのバージョンも面白そうではあるなぁ。

さて、次回で四巻も終わりかな。平和でしたね(棒)

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