試練の日。第一の試練がドラゴンであることは、代表選手の間では周知の事実だ。
昨夜あの場に一人連れて来られなかったセドリックにもそれとなく伝えられている。
試練ではライバルとはいえどホグワーツの代表である。彼が一方的に不利なることはロンも望まない。
伝えるように言ったのは、ハーマイオニーであるが。
そんなことよりも酷いことがある。
杖調べの日に行われたリータ・スキーターによる代表選手の取材の記事だ。その記事は取材を行った四日後に発行された。
内容はとにかく酷い。そうとしか言いようがないようなものであった。無論、記事に関して何も嘘は言っていない。
ある意味では聞いたことを聞いたまま載せていると言っても過言ではない。ただその規模が遥かに巨大になっているだけである。
彼女の記事はとにかく巨大だった。嘘はついていない。ただし、巨大に誇張している。
どれほど些細なことであろうともそれが主張の主題、彼の本心であると巧みに記事にしてみせたのだ。
代表選手全員にそれが当てはまるが、特にロンを出汁にしてダンブルドアやバグマン、クラウチ、石神静摩などの審査員にして企画者たちへの攻撃が記事の九割九分九厘を閉めていた。
一人だけ下級生であり、ロンが迂闊にもできることなら参加したかったという発言を利用してあることないこと書いて、そこからダンブルドアへの責任の追及へ。
責任問題を全ての者に広げてから、まったく別の話題を巧みに混ぜてダンブルドアを絶妙に批評。そこで自分の著書を宣伝することも忘れないマスゴミの鑑だった。
その厚顔無恥で凄まじい脚色技術に、サルビアですら一瞬感心したほどだ。
その際のロンの荒れようと言ったらそれはもう酷いものだった。廊下で出会ったセドリックがいなかったらそのままリータを殴りに行っていただろう。
それこそ餌を与えに行く行為である。
だが、そのおかげでロンは燃えた。必ず見返してやると。
「ふぅ」
それでも緊張に押しつぶされそうだった。緊張を紛らわせようと周りを見ている。
フラー・デラクールは『魅了呪文』がうまく目に当たりますようにとぶつぶつ祈っており、クラムは腕を組んで目を閉じていて、セドリックは杖の確認をしていた。
皆がそれぞれのことに集中しているのを見て、ロンはよりいっそう焦る。
「ロン、いる?」
「大丈夫?」
そんな時だ、背後から声がする。ここはテントだ。誰かが外で名前を呼んだ。
テントの隙間からはハリーとハーマイオニーの姿があった。
「ハリー、ハーマイオニー」
「心配で見に来たの、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ」
心配そうなハーマイオニーに向けて気丈に答えてみるが、脚が震えている。顔色も微妙に悪く大丈夫には見えない。
ハーマイオニーは、それに何かを言いかけて、
「絶対勝ってよ。君に賭けてるんだから」
ハリーに遮られる。
「わかってるよ。って、賭け?」
「フレッドとジョージがね。君は大穴だってさ。だから、僕のお小遣いを全部賭けてきた。勝てば大儲けだよ。君にも分けてあげるからさ」
「それは、良いね」
ハリーの言葉にロンは笑う。ひとしきり笑ってからハリーが拳を差し出す。ロンはそれに自分の拳を打ち付けた。
いつの間にか脚の震えは止まっている。きっとやれる。やるだけのことはやった。友達が見てくれている。ならきっと大丈夫だ。
「……男の子って」
そんなやり取りにハーマイオニーは苦笑する。ただそういう友情も羨ましくは思う。
「そういえばサルビアは?」
「僕らの席を取ってくれてるんだ」
「そっか」
正直に言えば来てほしかったけれど、そういう理由なら仕方ない。
「だから伝言を預かってるわ」
こほん、と咳払いをしたハーマイオニーが自らの喉に杖を当てて呪文を唱える。
「この私が貴重な時間を割いて教えてあげたのよ。無様を晒したら、わかっているわね。勝ったら、それなりのご褒美をあげるわ。だから、勝ちなさい」
変身術を応用した声真似でサルビアの声と口調でハーマイオニーが言い切る。
「怖いなぁ」
口調は真似しきれてなかったけれど、声のおかげで脳内で再生できる。もし無様を晒してしまったらどうなるだろう。
きっとそれはもう恐ろしいことになるだろうということは想像に難くない。あのサルビアに頼み込んで色々と教えてもらったのだ。
それはもう色々と。夜遅くまで。もちろんハリーとハーマイオニーもである。
「だから、僕はドラゴンに勝つよ」
決意を前に二人へと拳を突きだす。
「素敵ざんすわ」
その瞬間、冷や水がかけられた。
そこにいたのは、リータ・スキーター。
その登場に三人は表情を険しくする。彼女の本性、彼女がやったこと。それは余さず知っている。
だからこそ、この場で一番見たくなかった女だ。
「帰れよ!」
「あらん……別にいいざんしょ、誰もが知りたいことを広めること。それこそがあたくしの使命ザマス。だから、色々と取材させて――」
そう言おうとした瞬間、圧力がリータ・スキーターを襲う。
目の前にいつの間にかビクトール・クラムが立っている。鍛えられた体躯はリータ・スキーターを見下ろしている。
怒りという名の圧力が彼女を襲う。
「ここヴぁ選手関係者以外、立ち入り禁止のはずだ。友達は例外だがな。出ていけ。不愉快だ」
鋼の肉体には鋼の精神が宿る。圧倒的なまでの覇気。
しかし、それをうけてなおリータ・スキーターは不敵な笑みを浮かべている。学生にはやられないそんな大人としての自負だろうか。
それも良いだろう。だが、
「ダンブルドアを呼ぶぞ」
「――チッ」
クラムの言葉にリータ・スキーターは露骨に舌打ちした。
ダンブルドアにバレるとまずいのだろう。彼ならば、子供の心を護るためという理由で一切の取材を認めず出入り禁止を言い渡すことくらいやる。
それは彼女の望むところではない。彼女は引き際を知っている。肩をすくめて、彼女は退散した。
それと入れ違いにやってきたのは、ダンブルドアとクラウチだ。
「選手諸君。競技内容を発表する」
ダンブルドアがそう宣言する。ハリーとハーマイオニーの存在は黙認するようだった。
「選手諸君らには、まずこの袋の中にあるミニチュア模型を手に取ってもらう。それが君たちの戦う相手じゃ」
ダンブルドアの言葉と共に、クラウチが持っている袋がフラー・デラクールの前に差し出される。
「レディファーストだ」
開けられた袋の口からはなにやら小さな鳴き声が聞こえ細い煙がゆらゆらとあがっている。
何が入っているのか想像したくない。ミニチュアなのだろうが、魔法使いのミニチュアなんてものが大人しいわけないのである。
それを察してフラー・デラクールは少し笑顔を引きつらせながらも、なんとか余裕の表情を取り繕い袋にその手を滑り入れる。
手を袋から出せば小さなドラゴンがその手の平に乗っていた。
それは緑色の鱗を持つ竜。吼え声はどこか音楽的でもあり、時折吐く炎は細く噴射するように吐いていた。
「ウェールズ・グリーン普通種。臆病な種だが、今回もそうとは限らんぞ」
クラウチが脅し文句のような言葉を残す。それから次にセドリックへと袋を差し出す。
セドリックも少しばかり顔が引きつり気味ではあったが、それでも堂々と袋に手を突っ込み、ミニチュアドラゴンを引っ張り出した。
現れたのはシルバーブルーの鱗。ミニチュアが小さく吐いた炎は、青く美しいものだった。
「スウェーデン・ショート‐スナウト種。美しい炎に見とれていると焼かれるぞ」
クラウチは次に、クラムのもとへ近づいて袋を差し出した。
「チャイニーズ・ファイヤボール種。まさに東洋の神秘だな」
奇妙な形をした深紅の鱗を持つドラゴンが、クラムの手の平の上でとぐろを巻いていた。鱗は深紅で、目は飛び出して、獅子鼻。
まるで蛇のようだが、長い胴体のところどころに生えた手足と黄金に輝く角が竜種であることを主張している。吐く炎はキノコ型で、ロンはサルビアに聞いたあるマグルの兵器を思い出してげんなりした。
だが、とうのクラム本人は短く鼻を鳴らしただけだ。ただ黙って自分の元居た場所へ戻る。
何が在ろうとも勝つのは己だという強い自負が感じられる。
「さあ、最後だ」
といっても残り一匹。そして、最後の一匹をロンは知っている。
「ハンガリー・ホーンテール種だ。一番凶暴だ」
ハンガリー・ホーンテール。その名の通り、ハンガリーを原産地とするドラゴンであり鱗は黒く、目は黄色、角はブロンズ色のドラゴンである。
炎は最大15mまで吐けることが知られており、尾からブロンズ色の棘が生えている。
ロンはサルビアに言われたことを思い出していた。ある日の深夜。眠くて不機嫌な彼女が言ったそれぞれのドラゴンの対処法。
ホーンテールは、
『一番凶暴なドラゴン。その武器は当然、炎、爪と牙、それから尻尾の棘。この四つよ。これを無効化してやれば、あなたでも勝てるでしょ』
武器がなければ相手は何もできないのだから。
『だから、そのためにあなたは筋道を立てなさい。どうやったら勝てるかを必死に考えるのよ。あなた、チェスが得意でしょ。それと同じよ。できないなら死ぬだけね。ふわぁ、それじゃ寝るわ』
具体的な対策を聞いても教えてくれなかったけれど、やり方は分かった。
「競技内容はこうじゃ。各々その手の中にいるドラゴンが守る金の卵を手に入れること。
無論、彼奴らとてタマゴを奪われそうになれば抵抗くらいする。それを潜り抜けて出し抜いて、どれほど鮮やかに金の卵を手中にできるかが問われる競技なのじゃ」
奪うこと。完全に倒さなくても良いから隙を作り、そこで卵を奪えば良いのか。
「良かった」
倒せと言われたらかなり難しかっただろう。けれど、奪うならばまだ何かやり様があるかもしれない。
「諸君らの無事と健闘を祈る。大砲が鳴ったら呼ばれた者から行っ」
――ズドン。
気の早い誰かが大砲を鳴らしたようだ。ダンブルドアの話を遮るかのように大砲が鳴った。
大音量と共に観客となった生徒たちの歓声があがる。
肩を竦めたダンブルドアは、
「最初はフラー・デラクール嬢からじゃ」
いよいよとなったフラーの顔色は悪い。彼女は何度かロケットの中の写真に祈ると、意を決した顔でテントから出て行った。
それから何やら歓声が響いたり悲鳴が響いたりしながら、試合は進んでいく。セドリック、クラムと続きついにロンの番が来る。
「い、行ってくる」
声が引きつらせながらもハリーとハーマイオニーにそう何とか言って、ロンはテントを出た。ここからは本当に一人だ。
賢者の石の時は仲間がいた。けれど、今回は一人。一人になると足に震えが来た。
けれどその度にサルビアの事を思い出す。それから、自分が来ている制服が目に入る。
黒い軍服のような衣装。戦と真の字が刻まれたその制服。
石神静摩は言った。この制服はかつてニホンという国を救ったいや、世界を救った英雄が来ていたものだと。
英雄の名は柊四四八。ハーマイオニーに聞けば、起こりかけた大戦を止めた大英雄だらしい。
文字通り世界が戦争という名の地獄に落ちかけたのを救った英雄だ。そんな彼が来ていたのと同じ制服を着ている。
それがロンを奮い立たせる。
サルビアも言っていた。もはや、自分は一人ではないのだということを。自分は日本の魔法学校の名を背負っているのだ。
本来ならば背負う必要のないもの。けれど、背負ってしまった。ならばその名に恥じぬようにするのだ。
「それに、ご褒美あるって言ってたし」
どんなものだろうか。思春期の男であるから、色々と想像してしまう。
だから頑張ろう。そう己を奮い立たせて舞台へと上がる。
観客の歓声は今までと比べると低い。それの方がありがたいともロンは思った。
だって、その方が随分と声が聞こえやすいのだ。
ハリー、ハーマイオニー、ネビル、シェーマス、ディーン、フレッド、ジョージ。彼らの声が聞こえる。
そして、サルビアの姿も良く見える。
彼女の髪は綺麗な空色をしている。とても珍しい色だ。だから、この観客の中でもすぐにわかる。
絶対勝つという視線をそちらに向ける。
それに気が付いてくれたのだろうか。視線を向けてはくれなかったが、軽く手を振ってくれた。
気合いが入る。たったそれだけで気合いが入るのは現金だろうか。いや、男だということだ。
「良し、勝つぞ」
そう息巻いて、そして、ホーンテールを見た。
『GRAAAAAAAAAA――――!!!!』
その刹那、咆哮がロンを直撃する。黄色の瞳がロンを射ぬく。
呼吸が止まる。恐怖で。
息を吸っても、吐いても、空気が肺に入って行かない。苦しさを感じる。息をするという生物が普遍的に行う呼吸が止まって、苦しくない生き物はいない。
視界が、歪む。我知らず喘いで、強烈な眩暈がロンを襲う。
「む、無理だ――」
その時、ロンが心の中に積み上げていた気合いとやる気が折れた。
ロンの試合にいけるかなと思ったらいけなかったので、次回第一の試練へ。
さあ、ロンよ、へたれている場合ではないぞ。
そして、ホーンテールさんですがその咆哮がクリッターボイスになってますが気にしないでください。ただのクリッターボイスですから。
一瞬、ここで釈迦の掌発動しようかなとか思ったけど静摩だからやめました。
ちなみにやってみたらロンが猛牛でホーンテールは銅将、ダンブルドアが金将、サルビアが獅子、ハリーは堅行、ハーマイオニーが横行。
生徒連中を軒並み強化してホーンテールを弱体化させてます。
まあ、本編には関係ないんですけどね。