ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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アズカバンの囚人
第23話 湖岸の病魔


 干からびた木乃伊のようなナニカがそこにはあった。辛うじて人の形をしているが、もはや憐れみすら通り越して酷い。

 これでは木乃伊の方がまだましに思える。それほどまでに、そのナニカの状態は酷かった。一体何が、あればこのような惨状になるのか。ハリーにはまったくと言ってよいほど想像がつかない。

 

 上から下まで、見ていく。見たくないのに自らの意志に関係なく、自分の視点は動いた。見れば見るほど、目の前の何かの状態が分かって行く。木乃伊の方が遥かにマシだった。

 頭髪は抜け落ち、一片たりとも髪の毛は残っていたりはしない。禿上がった頭は、内部から圧迫されているように、まるで風船のように膨れ上がり触れば破裂してしまうのではないかと思うほどだ。

 

 現に頭皮はその圧力に耐えられず破れてだらだらと血を流している。その血は赤くなかった。異臭を放つ黒い血。膿み腐りきり、もはやどす黒い黒に変色してしまった血がだらだらと流れて血溜まりを作っている。。

 眼は濁り切って、今にも飛び出してきそうなほど眼孔から出てきている。焦点の合わない瞳は、光を受容することなどないのだろう。

 

 鼻は、もはやその名残すら見られない。潰れて、砕けて見るも無残な姿をさらしている。顎もそう。口もそう。歯なんて抜けていて一本も残ってやしない。

 頭だけでこれだ。身体もまた酷い。ぐちゃぐちゃだ。手足は正常な形をしていない。指など全部そろっているのが奇跡に思えるくらいだ。

 

 肌はどす黒く染まっていて、正常な色が見つからない。膿み、腐り、病魔が侵している。ありとあらゆる癌が併発し、肉体を殺しているのだ。壊死しているのかもしれない。

 そんな状態ですら、ソレは生きていたのだ。死んだ方がましかもしれない。だというのに、生きていた。燃えるような白濁した瞳の輝きは衰えていない。

 

 そこに誰かの姿を幻視したような気がした。這いずるように、ソレは手を伸ばしてくる。

 

――役に立てよ

 

 思わず、あとずさってしまう。けれど、伸ばされた手はハリーの足を掴んだ。その瞬間、莫大な痛みが、ハリーを突き抜けた。

 

 目の粗いおろし金でもみじおろしにされているかのような痛み。酸に浸され全身を溶かされているような痛み。牙で噛まれ獣に生きたまま食われているかのような痛み。

 火であぶられているような、氷づけにされているかのような痛み。あるいは無痛であることの精神的な痛みすらもそこにはありとあらゆる痛みがあった。

 

 まるで、痛みの万国博覧会。これが、目の前のナニカが感じている痛みだとでもいうのか。意味がわからない。何が起きているのかわからない。

 もはや意識を保っていられなかった。耐えられない。耐えられるわけがない。こんなものに耐えられるのは化け物くらいのものだろう。

 

 きっと、ヴォルデモートですら耐えられないに違いない。なぜならば、奴は闇の帝王ではあるが、人間なのだ。ダンブルドアですらきっと。

 深い、深い絶望。意識が切れる。

 

「う、うわああああ!?」

 

 そこで、ハリーは目を覚ました。ベッドから飛び起きる。ダーズリーによって与えられた部屋に自分がいることを確認して安堵する。

 汗をびっしょりとかいている。何か恐ろしい夢を見た。そのはずだが、ほとんど覚えてない。夢を見てはいたが、詳しい内容はわからない。ただ悪い夢だということはわかる。

 

 どうしてそんな悪い夢を見てしまったのだろう。

 

「きっと、ダーズリーの所にいてストレスが溜まってるんだ」

 

 ロンとハーマイオニーから電話が来て話せたとはいえ、少しだけであるし根本的なストレス源と一緒にいるのだから堪ったものではない。

 誕生日だというのに最悪の目覚めだった。けれど部屋の中に落とされた便りが気分を良くしてくれた。ロンとハーマイオニー、それとサルビアからの手紙と誕生日プレゼント。

 

 親友たちからのプレゼントで、まだまだ頑張れる。ハリーはそう思うのであった。夢のことはすっかりとその頃には忘れてしまった。

 これ以降思い出すこともない。マージおばさんを膨らませたりと、トラブルに見舞われて思い出す機会をハリーは失ってしまったのだ。

 

 もとより、覚えてもいない夢の出来事。何の意味もない。そう、意味などないのだ――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 サルビアの故郷である廃村は、名をオーランドステットという。かつては、湖の近くにある魔法使いたちの保養地として有名であった。

 有力な魔法使いたちが、ここにやってきては夏を過ごしたという。大いににぎわい、リラータの屋敷もその名残の一つであった。

 

 それもかつての夏の話であり、現在(いま)のオーランドステットの夏というのは、実に何もない。廃村であるのだから当然だった。村の住人は全て、入口のアーチにて首を吊るされている。

 昔はよく肉をついばみに来ていた鳥も今では珍しい。からからと乾いた骨になったのだから当然だろう。その村の近くには村の名前であるオーランドステットの由来となる湖が存在している。

 

 妖精郷に続いているとされており、時折、妖精種が遊んでいるとされた湖。そのほとりにサルビア・リラータの姿はあった。

 

「暑い……」

 

 パラソルで影をつくって、召使い(ドビー)に風を送らせる。どこかの貴族のような優雅な休み。去年までならば地下室にこもっている頃であるが、バジリスクの毒が過剰反応して爆発してしまったのだ。

 過剰な毒を過剰な薬に変えようとしたツケと言える。それでできた薬はかなりの劇薬で、常人なら数日は死んだ方がましの苦しみを受けるだろう代物だった。

 

 無論、効果は比例して高い。あの糞塵屑(ダンブルドア)が持ってきた薬よりも効能で言えば上だ。副作用がでかすぎるのが珠に傷だが。

 そんなわけで、使える屑(ルシウス)を利用して屋敷を立て直す間、暑いので湖で涼んでいるわけである。

 

 かつては、この湖に生息しているケルピーを使ってレースが行われていた。無論、それはサルビアの先代までの話であり、今では見る影もない。

 だが、今でもケルピーは生息しており、今も水面を走っている。馬に魚の尾、藻のたてがみを持つ。歩き疲れた人間の前に現れて、その背に乗せて水の中へと突っ込み、水深が深いところで潜る。しかし、懐かせれば何者にも負けない馬になるという。

 

 ただし、それ以外に役に立たない為、サルビアからしたら役に立つ蟲以下の塵屑でしかない。可愛らしいので、生きているのは許容するが。

 先ほど手懐けようとしてが、逃げられた。死ね。

 

 湖のほとりで、サルビアは日刊預言者新聞(役に立たない塵)を読む。

 

「あのウィーズリーがガリオンくじグランプリを当てたか」

 

 サルビアも送っていたが、当たらなかった。

 

「エジプト旅行か。糞の役にも立たんことを記事にするとは。ウィーズリーの動向など砂塵以下の事象だろうが」

 

 それから次の新聞を手にする。纏めておいたのを読んでいるのだ。

 

「シリウス・ブラックアズカバンから脱獄。あのアズカバンから脱獄するなんてね。ぜひ、その方法が知りたいわ」

 

 アズカバン。魔法使いの監獄。吸魂鬼(ディメンター)が守っているという難攻不落の監獄だ。今回、ブラックが逃げ出したおかげでその信頼は揺らいでいるが。

 重要なのは吸魂鬼の方だ。人間の心から発せられる幸福、歓喜などの感情を感知し、それを吸い取って自身の糧とする。そして、彼らにキスをされてしまえば、魂を吸われる。だからこそ、吸魂鬼なのだ。

 

 幸福や歓喜などの感情を吸え、魂すらキスによって吸収できる。その生態、実体、理屈を知ることによって、サルビアは自らの新呪文を完成させられるのではないかと考えている。

 そのために、アズカバンに行くのは有効な手段だ。真っ当な手段で訪れるには捕まるのが早い。侵入するのも、出るのも困難だが、少なくとも出れる人間がいるのだから出るのは不可能ではない。

 

 その方法さえ知っていれば、入ってしまえばあとは出るだけ。魔法省に捕まる前にシリウス・ブラックとは話しておきたいものだ。

 あるいは服従させてその方法を聞きだし、彼の代わりにアズカバンに入るか。その場合、その場で吸魂鬼のキスを受ける可能性もある。

 

 そうなればそうなったで、逆に好都合ともいえる。

 

「エクスペクト・パトローナム」

 

 呪文を唱えると、サルビアの杖先から銀色のドラゴンが現れる。

 守護霊というにはあまりに巨大。凶悪で禍々しく守護霊というよりは悪魔か、地獄の使者、邪神、廃神と言った方が良い。

 

 守護霊の呪文(パトローナス・チャーム)。守護霊を作り出す呪文であり、非常に高度かつ古い魔法である。サルビアが使えない魔法の一つであった、二年前までは。

 守護霊とは一種のプラスのエネルギーであり、混じり気のない幸福感や希望を魔法で凝縮させることによって作り出す。

 

 幸福を感じたことのない、希望など持てない彼女はどうあがいたところで守護霊の呪文を使えなかった。だが、一年生の時、命の水を飲むことによって、幸福感と希望を感じた。

 最上にして、最高。おそらくは全人類の中であの瞬間、彼女ほどの幸福感と希望を感じた者はいないだろう。それゆえに、それからの絶望はより深いものだったが、今も、その感覚は消えることはない。

 

 だからこそ、守護霊の呪文が使えるようになった。

 

「これで、捕えて、解剖して確かめてやる」

 

 あとは、吸魂鬼を手に入れる為にシリウス・ブラックを捕まえる。奴が何を狙っているかを考えなければならない。

 

「いや、明らかか」

 

 奴は役に立たない屑(ハリー・ポッター)を狙っている。調べた限りでは、塵の夫妻(ポッター夫妻)の殺害に関与および塵の帝王(ヴォルデモート)失踪直後に大量殺人を犯してアズカバンに収監された。

 ヴォルデモートの手下であるならば、脱獄してやることは一つだろう。ポッターを殺すのだ。

 

「使えない塵屑を囮にして、ブラックをおびき寄せて捕まえる。それから、吸魂鬼の餌にしてやればいい。魔法省の役人どもを相手にしなければならないが、爬虫類共を消しかけてやればいいだろう」

 

 爬虫類(バジリスク)はこの夏の間に増えた。現在は成長促進の魔法で促成栽培中である。役に立つ蟲(ドビー)が時々ホグワーツに戻って世話をしているので、戻る頃にはもっと増えているだろう。

 コツがわかれば量産など簡単だった。無論、生まれた時から呪文をかけてサルビアに絶対服従にしているので、反逆される心配もない。

 

「うん?」

 

 その時、ふくろうが手紙を運んできた。ホグワーツからの手紙とルシウスからの小包だった。まずはホグワーツのいつもよりも封筒が分厚い。封を切って読む。

 

 拝啓 リラータ殿

 新学期は九月一日に始まることをお知らせいたします。ホグワーツ特急はキングズ・クロス駅、9と4分の3番線から十一時に出発します。

 三年生は週末に何回かホグズミード村に行くことが許されます。同封の許可証にご両親もしくは保護者同意署名をもらってください。

 来学期の教科書リストを同封いたします。

                     敬具

 

 副校長 ミネルバ・マクゴナガル

 

「ホグズミードね。興味もない。で、役に立つ屑はなんだ毎度毎度」

 

 役に立つ屑(ルシウス)から送られて来たのは必修の教科書セットだった。手紙にはホグズミード行きの許可証でも同封したかったらしいが、保護者でも親でもない塵屑にそんな真似が出来るわけもない。

 だが、関係などない。ホグワーツには隠し通路が山とある。秘密の部屋の存在もその一つ。あの塵屑双子を使えばホグズミードに勝手に行くこと術もあるだろう。癪だが、あの塵屑双子はその方面に関して実に有用だ。

 

 色目でも使ってやれば秘密を吐くだろう。吐かないなら吐かせるまでだ。

 

「さて、行くとするか」

 

 学用品を揃えに彼女はダイアゴン横丁へと向かうのであった――。

 




というわけで第三巻目の開始でございます。

なんというか、プロット的な何かを組んでみた結果、原作が途中からさらばしそうな予感が。
というか、確実にさらばします。序盤、ブラックを捕まえるとか言っていたけど、タイムリミットでなりふり構ってられなくなります。

どうなるかはさておいて、これからもがんばります。四年目行けるといいなぁ。

あと、Fate/Grand Orderとても楽しいです。先日、現在無課金ながらヴラド様に続く星5サーヴァントであるアルテラさんをお迎えすることが出来て非常に充実しております。

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