ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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第11話 賢者の石

 サルビアは、ついにこの時が来たのだと思っていた。部屋にかけられたスネイプの魔法を終わらせて、彼女は先へと進む。すでに試練が突破されたためか、魔法が弱くなっていたのだ。

 だからこそ、サルビアでも容易く破れた。その先の部屋の中央には見覚えのある大きな姿鏡が置かれており、そこでハリーが一人の男と対峙していた。

 

「へぇー、クィレル先生だったんだ」

 

 その男とは闇の魔術に対する防衛術の教諭クィレルだった。まさか彼が狙っているとは。しかも、ダンブルドアがいない隙を同じく利用するとは。

 本当に気がつかなかった。それは別にサルビアが間抜けであったわけではない別に興味がなかったからだ。あんなおどおどした塵屑など欠片の興味も浮かぶはずない。授業も同じだ。一年生で習う程度の防衛術などサルビアは余裕で使える。

 

 もしそれも使えないようならこの年まで生きていない。のたれ死んでいただろう。そもそも許されざる呪文を使えるのだから当然のように他の呪文も使える。

 唯一使えないのは守護霊の呪文。幸福など感じたことのないサルビアにとって、幸福な気持ちや過去が必要となるあの呪文は使えるはずがないのだ。

 

 まあいい、そんな話は。重要なのは賢者の石だ。どうやらクィレルはハリーを前にしても余裕を崩さない。勝ち誇っているようだ。

 

「せいぜい勝ち誇っておきなさい。最後に勝利するのはこの私。お前たちの勝利なんてものは、ありはしない。早くしなさいハリー。そして、賢者の石を探し出すの。あなたの価値なんて、それだけなんだから」

 

 役に立ちなさいよ。そう思いながらこそこそと柱の陰に隠れて気配を最大限、もはや死んでいるのと変わらないようにして状況を見るのであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「この鏡こそが、賢者の石を手に入れる手掛かりなのだ」

 

 コンコンと鏡の縁を叩くクィレル。ハリーは困惑しながらもクィレルと対峙ていた。なぜなら、今まで石を狙っていたのはスネイプだと思っていたのだ。

 それが、スネイプではなくクィレルで? しかも、クィディッチの際、守るために反対呪文を使っていたという。到底信じられない話だった。

 

 スネイプは嫌な奴で、理不尽な奴だった。だが、今の状況が自分が間違っていたことを伝える。相手はクィレル。いつもとは様子が違う男が相手だ。

 それでも逃げるわけにはいかなかった。ここに来るまでにみんなの力を借りてきた。みんなのために石を絶対に守るのだ。

 

「なにをしても無駄だ。あなたが石を探している間に、ダンブルドアは帰ってくる!」

「誰のおかげか知らないが、彼は今はロンドンに行っている。私がおびき出す手間が省けて何よりだ。ともかく、帰ってくる頃には私の姿はない」

 

 ハリーの言葉に適当に返しながら、クィレルは鏡を見つめる。

 

「石を持っている私が見える。それをご主人様に差し出している私も。だが、どうやって手に入れるのだ」

 

 クィレルが困惑している。その時、声が響いた。低い声だ。

 

『その子供を使え』

 

 しわがれた声。闇の奥底から響いていくるような亡者の声。亡霊の声だ。

 

「はい、ご主人様。――こっちに来いポッター!!」

 

 肩を掴まれそのまま鏡の前にハリーは引きずらていく。ハリーには見えた。鏡の中の自分が赤い石をポケットの中に入れるのを。そっと、ポケットを彼が触る。そこには確かに何かが入っているようだった。

 はっとした。なぜだかはわからないが、これが賢者の石だとわかる。自分が手に入れてしまったのだ。驚きが表情に出そうになるのを必死にこらえる。

 

 バレたら奪われる。気がつかれないようにしなければならない。

 

「なにが見える」

「ぼ、僕が見える! クィディッチで優勝して、だ、ダンブルドアと握手してる」

 

 咄嗟に嘘をついた。みぞの鏡。この鏡が己の心の中の最も深い望みを映し出すことをハリーはクリスマス休暇中に知っている。だから、ある意味で自分の望みを語って見せた。

 だが、

 

『嘘だ。ソイツは嘘を付いている』

 

 謎の声には通じない。まるで全てを見透かしているかのように、声は嘘であることを見抜いた。

 

「ポッター! 本当のことを話すんだ!」

『クィレル、俺様に変われ。直接話す』

「ですがご主人様、まだ貴方は力が……」

『話す程度には回復している』

 

 幾らかの問答のあと、分かりました、とクィレルは答えた。そして頭に何重にも巻きつけていたターバンを、渋々と云った様子で解き始めた。その光景を見た途端、傷跡が痛み出す。

 過去最大の痛み。頭が割れそうになる痛みの中で、ハリーはそこにある何かの存在がなにであるかを悟った。そうそこにあるのは顔だった。見覚えのない顔だ。醜い顔だ。

 

 だが、何よりもその顔が誰だかわかった。

 

「ヴォルデモート……」

 

 かつて、魔法界においてその名を知らぬ者などいないとされた悪の魔法使い。自らを闇の帝王と称すある意味で偉大な魔法使い。誰よりも強く、誰よりも強大で、魔法界を震撼させた一人の男。

 ヴォルデモート卿。その人だ。人相など知らないし、声を聞いたこともなければ、誰かに教えられたわけではない。だが、理解した。肌が、頭が、心が――傷跡が。

 

 その全てで理解した。この哀れな者こそが、かつて魔法界を恐怖のどん底に陥れた大魔法使いヴォルデモートであると。

 

『ハリー・ポッター。また、会ったな』

「そんな、お前は、死んだはずだ!」

『ああ、そうだ。だから、こうなっている。この有り様を見てみろ。もはや残滓としか言えない惨めな姿を。かつて闇の帝王とまで呼ばれたこの俺様が、誰かの助けを借りなければこうして存在することすら叶わないほどに弱りきっている。

 この数週間は、忠実なクィレルがユニコーンの血を飲んでくれたおかげで、ここまで俺様を強くしてくれた。だが、これではまだ足りぬ。お前が持っている賢者の石さえ手に入れば、俺様は再び甦れる。お前のそのポケットの中にある石を俺様に渡せ。そうすれば、俺様がお前の両親を蘇らせてやろう。会いたいのだろう、両親に』

 

 バレている!? それに両親を蘇らせるだって?

 

「…………」

 

 ハリーは思わず、ポケットの中の賢者の石を取り出していた。

 

『そうだ、それを俺様に渡せ』

 

 そうすれば両親に会える。鏡には今も両親が映っている。だが、それだけでなく。ロンも、ハーマイオニーも、サルビアもだ。みんなで笑っている。

 そうだ、みんなと一緒にここまで来たんだ。これを渡せば両親を生き返らせてくれるのかもしれない。

 

――でも、それでも!!

 

「やるもんか!」

 

 絶対に賢者の石をやるわけにはいかない。

 

『殺せ!』

 

 ヴォルデモートの圧倒的呪詛のような命令と共にクィレルがハリーへと飛びかかってくる。クィレルが両手でハリーの首を絞める。それと同時に刺すような痛みが傷を貫く。

 もがき苦しみから逃れようとクィレルの手を掴んだその時、クィレルがハリーの首から手を離した。そして、悲鳴をあげた。見れば、クィレルの腕が石像のように色を失い、ひび割れ崩れていたのだ。

 

 なにが起きたのか誰も理解できず、クィレルは痛みに悲鳴を上げた。

 

「なんだ、なんの魔法だ!? 私の、私の手がぁぁ!」

『早く殺すのだ!!』

 

 それでも命令に従うあたり凄まじい忠義だ。だが、ハリーはすでに動いていた。なにが起きたのかわからない。それでも自分が触れればクィレルにダメージを与えられる。

 だから、彼は突っ込んだ。両手をクィレルの顔に押し付けたのだ!

 

「あああああああ――!!!??」

 

 ぼろぼろと崩れていくクィレル。それでもハリーに向かってきたが、その前にその前に崩れて砂になってしまった。

 

「やった」

 

 ハリーは、改めて落とした賢者の石を拾う。守ったのだ。その達成感に感じ入る。だから、背後から迫る幽霊のごときヴォルデモートに気がつかなかった。

 それが体を貫く。その瞬間、ハリーは凄まじい傷の痛みを受けて気を失いヴォルデモートは炎の向こう側へと消えていった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 サルビアはその瞬間、駆け出していた。一目散に賢者の石へと走り、それを手に収める。

 

「やった! ついに、ついにやった!」

 

 手に入れた賢者の石を。その石からは水が滴っている。これが命の水。もう我慢できそうになかった。それに口をつける。効果は、劇的だった。

 

「あ、ああ――」

 

 飲めば飲むほど、

 

「身体が軽くなる!」

 

 身体に巣食う病魔が消えていくのがわかる。ダムが崩壊するように、ありとあらゆる全てを飲み込むように、身体の中の病巣が小さくなり、弱まっていくのを感じる。

 

「空気の味がする!」

 

 めちゃくちゃだった感覚が正常なそれになる。感じたことのない感覚も多いが、もっとも感動的だったのはいつも地獄の炎としか思えなかった空気が、

 

「空気が、うまい!!」

 

 美味しかったことだった。これが、これが健常者の世界!

 

「ああ、ああああ! これが、これが死病(絶望)の消える感覚か!」

 

 快楽による絶頂とすら思えるほどの恍惚。なんという幸福感。これが、幸せか。これが幸福というものか。これが、世界か。めちゃくちゃだった真っ黒な世界に色がついていく。

 匂いが鮮明に感じられる。音が聞こえる。世界とはこんなにもうるさかったのか。不快感すら感じかねないほどの音の本流。今まで感じたことのないそれだが、もはやそれすらも感動を与えるものでしかなかった。

 

 これこそが、生。死を乗り越えた生の喜び。せきを切って涙が流れ出す。感涙。これぞ感嘆の涙。おそらくは世界でもっとも感動に打ち震えた涙だ。

 彼女以上に、感動を感じたものなどいるはずがないだろう。恍惚、絶頂。おそらくは、人生において最良の時間だ。

 

「私は、今、生きている!」

 

 もっと、もっとだ。賢者の石。もっと命の水をよこせ! じれったいほどゆっくりと溢れだす水を一滴ずつ飲んでいく。その度に、ゆっくりと、ゆっくりと病が癒されていくのを感じる。

 その感動は何者も理解できないだろう。彼女と同一の存在以外に理解すらできないはずだ。それは、今の状況すら忘れさせるほどの快楽であり、感動だったのだ。

 

「何をしておる。サルビアよ」

「――!?」

 

 ゆえに、見逃す。己に時間がないことを。普段の彼女ならば余裕で気がついただろう。だが、気がつかなかった。人生において、初の快楽、快感、感動に打ち震えていた彼女は気がつくことはなかった。

 もし気がついていれば、先に脱出していれば、この結果はなかっただろう。だが、彼女もまた11歳の少女であった。目の前の誘惑に抗うことはできなかったのだ。

 

 今まで耐えてきた反動とも言える。耐えてきたからこそ、健常者になるという誘惑に耐えきれなかったのだ。

 

「だ、ダンブルドア、こう、ちょう、なぜ」

 

 しまったという表情。だが、もう遅い。運命は決した見つかった時点で、終わりだ。

 

「ハリーが心配でのう。急いで戻ってきたのじゃ。ルシウスに止められたが、それも断ってのう」

「そ、そうでしたか」

「そうじゃ。そういうわけでのう。その石を渡してくれんかの」

「石を、どうするのですか?」

「ヴォルデモートがまだ生きておるとわかった以上、悪用されないように砕くつもりじゃよ」

 

 ふざけるな。砕くだと? 渡せるわけがないだろうが!

 

 渡せるはずがない。ならばどうする? 勝負する? それは馬鹿のやることだ。今世紀最大最強にして最高の魔法使いと謳われるこの男を前にしてただの11歳の少女が勝てるはずがないだろう。

 しかもサルビアは病魔に犯された状態だ。この状態で勝負しろ? 馬鹿も休み休み言え。最強のラスボスを前にして1レベルでしかも、初期装備縛りをしているようなものだぞ。

 

「君の事情はわかっておるつもりじゃ。君と似た者をわしは知っておる。あの時は、助けられんかった。じゃが、今度こそ助けたいと思っておる」

「…………」

 

 やるしかない。やるしかない。やるしかないのだ。幸い、相手は油断している。不意を突けばいけるかもしれない。

 可能性は低い。限りなく0だ。だが、諦めろと? ふざけるな。諦めるはずがない。サルビア・リラータは、諦めたことなどない。杖を引き抜き、呪文を唱えようとする。

 

「――!」

「エクスぺリアームズ。やはりこうなるのか。残念じゃよ。本当は、したくないのじゃが。少しばかり我慢しておくれ。フィニート・インカーターテム」

 

 しかし、驚異的な速度で振るわれたダンブルドアの杖。一瞬にして杖はサルビアの手を離れ、そして、化けの皮がはがされた。変身術が解ける。少女の肉体は、木乃伊のような干からびたそれに変わる。

 サルビアにとって変身術さえ解かれなければどうにかする手段はあった。石を呑み込む。自らの身体を盾に使い、ハリーをたたき起こし泣き落としをする。

 

 ああ、いくらでも手段あった。だというのに、ダンブルドアは一手目から最善手を打ってきた。そう、肝心要。サルビアの弱点となる変身術。それをまず剥がしたのだ、杖を飛ばしたうえで。

 こうなってしまえばそこに残るのはただの重篤患者ただ一人。

 

 多少マシになった程度。未だ、病魔はその肉体の中で未だ増殖を続けているのだ。完全なる治療にはまだ命の水を飲まなければならない。

 その前に化けの皮を剥がされればもはや、彼女に何かできる力など残されてはいないのだ。

 

「ごはぁっ――――」

 

 自重で足がへし折れた。膝が明後日の方向にへし曲がり筋肉は折れた骨によってぐちゃぐちゃにかき回され皮膚は引き裂け破れ、はじけ飛ぶ。

 地面に倒れればそれだけで全身の骨が砕け散った。内臓に飛び散り、刺さり喀血する。その動作を行うだけで全身がねじ曲がり腹膜を突き破って内臓が外へと飛び出す。

 

 それでも賢者の石を握り続けていた。だが、賢者の石の重さで指の骨が折れ、更には腕の骨すら折れる。賢者の石がその指から零れ落ちていく。

 希望が、救いが、その手から零れ落ちていく。

 

「ぁぁぁあぁあああぁあぁあぁぁあ!」

 

 手を伸ばす。無理矢理に。全ての痛み。全ての苦痛。へし折れた腕など知るか。そんなもの意志でねじ伏せて手を伸ばした。賢者の石へと。

 声をあげたことで、口が裂け脳の血管が切れる。構わない。目が圧力で爆裂する。構わない。自重で伸ばした腕がへし折れる。構わない! 神経がちぎれる。構わない!! 構わない構わない構わない!!!

 

 ただ手を伸ばした。もはやその手が原型すら留めておらず。もはやその眼が赤い石以外に移さなくなっても。耳が聞こえなくなっても。

 もうこれ以外にないのだ。実際に効果を示した。劇的な。もうない、これ以外に救いなんてない。だから、手を伸ばした。

 

 だが、

 

「アクシオ――君にこの石を渡すことは出来ん。じゃが、君の為に命の水を渡すことは出来る。いずれ砕くじゃろうが、それまでに君が生きるのに必要な分を確保すると約束しよう。安心すると良い。わしは君を絶対に見捨てんよ」

 

 その手は、何も、つかめなかった。目の前が真っ暗になる。賢者の石を、サルビアは、手に入れることが、出来なかった。

 死病(絶望)の淵から這い上がった少女は、再び、死病(絶望)の底へと墜落した。いや、わずかでも健常(希望)を知った今、その闇はより深い。

 

 もはや光すら届かぬそこへと、彼女は落ちた。そして、彼の憐みは、彼の言葉は、彼女の心にある最後の柱を、完全に折ってしまった。

 

 ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな。

 

「ふざけるなあああああああああああああああ!!!」

 

 何かが完全に切れてしまった。だが、誰もそのことに気が付かない。ダンブルドアも、ハリー・ポッターも。

 

 誰も、誰も、誰も――。

 

 




逆十字の伝統。あのセリフを言うと負けフラグがたつのはなぜなのか。少なくとも負けはせずとも逆転はされるといういつもの台詞です。
というわけで、ダンブルドアに寸前のところで逆転されました。

賢者の石編終了まであと一話。
どうか最後までよろしくお願いします。

二巻の内容は少しばかり休みが欲しいので11日スタートの予定でいきたいと思います。予定は未定ですが。

ではまた次回。

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