同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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着任式

 那珂がふと時計を見ると、あと2~3分で14時という時間になっていた。ほどなくして近くの階段を提督と阿賀奈を連れて五月雨が降りてきた。

 

「みなさーん。お待たせしました。これから着任式を行います~。内田さんと神先さんはこっち来てくださーい。」

 

 ロビーに足を踏み入れた五月雨が号令をかける。提督は五月雨に合図をして着任式の行われるロビーの一角、先ほど五月雨たちが準備をしていたテーブル付近に立つ。

 そこは、那珂が着任式をしてもらったときと同じ場所だった。

 

「流留ちゃん、さっちゃん。さあここからはあなたたちが本気の主役だよ。あとは提督と五月雨ちゃんの指示に従ってね?」

「「はい。」」

 

 那珂は二人に声をかけて背中を押し、ロビーのある一角に集まった皆の中央に誘導する。全員の前、つまりその場の真ん中に今回の主役が姿をあらわすと、ざわついていたその場が静かになった。

 流留と幸の周りにはさきほどまで一緒にいた那珂、三千花、三戸、和子の同高校の生徒、教師の阿賀奈。五十鈴、不知火、そして少し遅れて工廠よりやってきた明石。その面々の向かいには五月雨、時雨、夕立、村雨の白露型の4人。そして懇親会会場の会議室より遅れてやってきた妙高がその後ろに4人の保護者かのように立っている。なお、手伝いに来ている大鳥親子は関係ないのでそのまま会議室で懇親会の準備続けていた。

 

 学校の行事と違う空気が張り詰める。流留も幸もその普段しないレベルの空気により強い緊張感を抱いている。そんな流留と幸の正面には提督が立っている。流留と幸はいよいよこれから、艦娘になるのだという意識を改めて持った。

 提督はニコリとわらいかけ、そして口を開いた。

 

「それでは内田流留さん、神先幸さん両名の、着任式を行います。」

「「はい。」」

 二人は真面目に、そしてハッキリと返事をした。返事を聞いて、西脇提督は艦娘たちの管理者・上官として真面目な面持ちで着任の儀を進める。

 

「内田流留殿、神先幸殿。あなた方を軽巡洋艦型艤装装着者、通称艦娘川内、神通としてここに任命し、着任を許可致します。そして……光主那美恵殿。」

 提督は最初の一文の最後に突然那珂の本名を口にしてその場の全員の視線を那珂に集めさせた。さすがの那珂も突然のことで慌てふためく。

 

「へ?へ? なんであたし?」

「光主さん、二人の後ろへ来てください。」

「? は、はい……。」

 

 困惑した様子の那珂が流留と幸の間の真後ろに立った事を見ると、提督は言葉を続けた。

 

「あなたの尽力により、我が鎮守府と○○高校の提携が成りました。もちろんあなただけでなく、そちらにいらっしゃる○○高校生徒会の皆さんのお力添えもあってのことです。あなた方のおかげで、大事な生徒さんが二人も艦娘として着任していただけることとなりました。まこと感謝に絶えません。鎮守府……もとい正式名称、深海凄艦対策局および艤装装着者管理署千葉県○○支局・○○支部、支局長および支部長、西脇栄馬より正式に感謝を述べさせていただきます。」

 提督は鎮守府と提督と呼ばれるものの正式名称で丁寧なお礼を述べた。それは国が決めた長くて味気ない名称だった。しかしあえてそれをこの場において正式名称に触れることで、目の前の少女達がどういう組織に入るかというのを現実のものにさせたい目的を持っていた。現場の各責任者および艤装装着者はほとんどのケースで通称で呼ぶものであるため聞き慣れない言葉ではあるが、艦娘になった者は自然と身が引き締まる思いをする。

 

「これからあなた方3人には侵攻止まぬ深海凄艦という怪物との戦いに従事していただくことになります。……大人としてあなた方のような少女たちに戦ってもらうのは非常に心苦しいものがあります。テレビのヒーローのように私があなた方の代わりに戦って守ってあげられればと思うこともあります。ですが私は艤装を使えず戦うことができません。だから私にできるのは、艤装に選ばれて怪物と戦うことになるあなた方をあらゆる手を使って支援、つまりバックアップすることです。

 私を無責任な大人だと思うかもしれません。ですが外に出て戦うあなた方を、疲れて帰ってきたあなた方を、優しく迎え入れて心身ともに癒やしを与えられる場所、そして安心して皆と交流できる日常の延長線上たる場所を提供することはできます。あなた方の戦い、そして生活を助けたいのです。それだけは心の奥底に留めておいてくれると幸いです。

 

 軽巡洋艦川内になる内田さん、神通になる神先さん。あなたたちには五月雨、那珂、そして五十鈴とともに鎮守府Aの中枢を担っていただきたい。俺があなた達に望むのは、すべてをまとめあげる統率力、恐れず果敢に立ち向かう勇気、冷静な立ち居振る舞い、皆を励まし元気づける明るさ、そして知恵と策を生み出す豊かな発想力です。どれか一つ欠けてもいけない。5人がそれらすべてを持ってくれるなら助かりますが、無理に求めません。足りない部分を互いにかばいあって運用していければと思います。

 

 先の5人だけではありません。時雨、夕立、村雨、不知火、妙高。そして将来あなた方に続く新たな艦娘たち。あなた方もうちの鎮守府の大事な一人ひとりです。俺一人だけでは鎮守府を回すことはできません。作戦をミスすることもあります。あなた方に理不尽に厳しく当たってしまうこともあるでしょう。俺はあなた方が思っているほどできた大人・人間ではないのです。だからこそ、みんなの力が必要なのです。

 あなた方は一人で戦うわけではありません。今だってこれだけの艦娘仲間がいるのです。助け合い、励まし合い、時には厳しく衝突してお互い競い合って精進していってください。そして人々の生活を脅かす深海凄艦を、根絶やしにして平和を取り戻そうではありませんか!皆で一丸となり、暁の水平線に、勝利を刻みましょう!!」

 

 最後に発した掛け声は、その場にいた艦娘なら誰もが己の着任式のときに聞いたことのある一言であった。それは西脇提督という人物が気に入っている言い回しでもある。

 おっとりしていてドジだが純真で優しく聡明、周りを癒やす存在感の五月雨、少々幼いが天真爛漫で恐れを知らない夕立、物静かで思慮深く慎重派、皆の陰のまとめ役である時雨、鋭い指摘をして皆を現実と向き合わせる事が多い、結構なお金持ちの家のお嬢様な村雨、寡黙で冷静沈着な不知火、真面目で努力家な五十鈴、近所の主婦で提督と近い年代の、おっとりしているが皆を優しく包み込む母性を醸し出す最高齢艦娘の妙高、皆立場も性格も感じ方も異なる。

 提督の言葉は特段寒くもなくバカ受けしているわけでもなかった。しかしほどよくロマンに浸った彼のその言い回しは、艦娘としての彼女らの上長である西脇という者の人間性を好意的に捉えさせる一つの要素となっていた。

 

 一拍置いた後に提督は締めた。

「この言葉を持ちまして、川内と神通の着任式とさせていただきます。ただ今回はそれだけではありません。二人が加わったことで、当鎮守府の所属艦娘は10人超えました。一つの節目として、この時、この日を、このメンバー同士で大切にしたいと思っています。……これからもよろしく頼むよ、みんな。」

 

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 提督からの非常に長い言葉だった。長かったが、流留と幸は慎重な面持ちで飽きることも眠くなることもだれることもなく、提督の発するセリフをしかと耳に詰め込んだ。二人ともその長い言葉から、目の前にいる西脇という男性の持つ思いを感じ取ることができた。

 場所が場所なら、おそらくこの人は生徒のあらゆる思いに応えてくれる熱血教師にもなったであろうとか、自分の弱点を認められる素直な人、それを踏まえて自分らに協力を求めてくるほど頼りなさそうだが純粋で人の良い人だなど、感じ方は異なるが流留と幸の感じ取り方が向かう先は共通していた。

 提督の言葉を受け、川内となった流留、神通となった幸は深くお辞儀をして返事を返す。

「よろしくおねがいします!この川内に任せて下さい!」

「……新参者ですが、軽巡洋艦の艦娘として精一杯頑張ります。よろしくお願い致します!」

 二人の返事は強い決意がこもっていた。今回ばかりは幸も可能な限りの声量で勢い良く返事をする。

 二人の言葉の後、自然と拍手が湧き上がった。

 

 

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 そして二人の間におり、位置的には提督の真正面に立つ形になっていた那珂は自分の時とは違うそのセリフを聞き、新鮮に感じつつも今まで彼に対して感じていた感情を思い返してより一層たぎらせる。

 提督はカンペ等は一切見ずに長いセリフを発し、視線は言及したその人らにしばしば向けられた。が、基本的には那珂、川内となった流留、神通となった幸の3人に向けられており、主役は川内と神通だけではなく、那珂を含めた川内型3人としていたことが伺えた。そんな捉え方の中で、那珂は言葉の一つ一つをかみしめていた。

 素直で純粋に突き刺さった言葉。しかし悪く言えば自信がなさげで考えが幼稚なところがあるがゆえにストレートに伝わってしまう言葉。自分ら艦娘となった少女たちを鼓舞し、大切な人と思ってくれているような言葉。

 言葉の一つ一つが那珂の心に突き刺さってくる。

 

 着任してからの今までのことが思い出される。自意識過剰かもしれないが、今こうして提督の言葉を聞けるのは、自分の行動があってのことかと那珂は思った。見ず知らずの後輩だった流留と幸がここで自分の前に立ちこれから人々と世界のために戦おうとしているのも、自分の行動が縁になってのことなのだと自信を持って言える。

 那珂として、光主那美恵としての行動一つ一つが、西脇提督率いる鎮守府Aを形作ってきた。自分の行動が役に立ったのかもと思いを巡らせた途端感極まり、提督を見る彼女の瞳はいつの間にか潤んでいた。茶化す者が茶化されてはいけないと、目の潤みを指を使わないで必死に抑えようとする。

 

 那珂の真正面にいる提督が那珂の様子に気づくが、彼はそれを見なかったかのように視線を逸らす。那珂はすぐにうつむいて左手の人差し指で潤んだ目をこすって拭いとった。そのおかげか、それとも流留と幸の死角となったため皆が気付かなかっただけなのか、那珂の感極まって涙を浮かべた表情は提督以外の誰にも気づかれずに済んだ。

 

 

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 着任証明書を流留、そして幸に手渡す提督。二人が定位置に戻ったのを見届けると、両手でパンッと威勢のよい音を出して掛け声をかけた。

 

「さて、堅苦しい式はこれで終わりだ。みなさん、お付き合いありがとうございました。」

「ありがとうございました!!」

 全員周りの人それぞれに向かって感謝の言葉を掛け合い、川内と神通の着任式は締められた。

 

 ガヤガヤと全員声を出し始める。

 

 川内はおもいっきり背筋と腕を伸ばしてストレッチする。神通は胸に手を当ててホッと溜息をついて安堵の表情を浮かべる。那珂はそんな二人の肩を叩いて自分のほうに振り向かせた。その後二人に声をかける。

 

「お疲れ様、川内ちゃん、神通ちゃん!さ?張り切って色々頑張ってこ~ぜ~!」

 振り向いた二人は那珂に微笑みかけた。川内に至っては那珂にヒシッと抱き着いて現在の心境を暗に伝えようとしている。那珂はその気持ちを察したのか、川内と神通の手を握りしめグイッと引っ張りお互いの顔を近づけさせた。そして3人だけに聞こえるくらいの小声で励ましの言葉をかけた。

 

【挿絵表示】

 

「これでゴールじゃないからね。これから始まりなんだよ?あたしが引っ張りこんだんだから、あたしが責任持って二人を立派な艦娘にしたげる。あたしはね、川内型のあたしたち3人が揃ってこの鎮守府の裏の顔になることが狙いなんだ。」

 励ましの言葉のあとに、いきなり野望にも似た目標を語られて戸惑う川内と神通だったが、この生徒会長の言うことだからそのまま受け入れ、信じてもよいだろうとふんだ。

 

「裏の顔って?」川内は何気なく尋ねた。

 すると那珂は何か企んでいますよと誰が見てもそう見える表情をした。

「うん。表の顔は提督と五月雨ちゃんの二人。これはきっと今も昔もこれからも変わらないと思うの。変えてはいけないものだとあたしは思ってるのね。だからぁ、私達は裏で好き勝手やらせてもらって、二人を陰で支える最強の存在になって周りをアッと言わせてやろうと思ってるの。」

 

 那珂の狙いがある一つの思いにつながっているとなんとなく気づいた川内と神通。ただ今この場で深く突っ込んで話すことではないとして相槌を打つだけにしておいた。だが那珂の考えは活発な性格の川内、そして自分を変えようとして艦娘の世界に飛び込んできた神通の琴線に引っかかった。

「いいですね~。なみえさ…那珂さんの考え、あたしは乗りますよ。面白いことが待ってそうだし!」

「……私も、どこまでもついていきます。」

 那珂は二人の反応を見て満足気にコクリと頷いた。

 

 

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 その場で各々がおしゃべりをしはじめやや収拾がつかなくなってきたため、提督は次のプログラムを発表すべく再びパンッと手を叩いて全員に促した。

 

「それではみなさん。今回は特別、一つの節目ということで、懇親会の場を設けました!会議室に飲み物や軽食ですが食べ物を用意いたしました。そちらに移って歓談を楽しんでいただければと思います。」

 提督の言葉に夕立や村雨は率先して黄色い声を上げて盛り上げ、五月雨と時雨も控えめながらその空気に乗る。那珂たちも提督の方を振り向いてやいのやいのと声をあげる。妙高は会議室にいる大鳥親子に伝えるために一足先に会議室へと向かっていった。それを提督は見届けた後、再び音頭を取った。

 

 提督を先頭に、五月雨たちや那珂たちはロビーから移動し始めた。懇親会の会場である会議室は、ロビーに一番近い部屋だ。提督は会議室と呼んでいるが、実際はオフィス用品店から長机を取り寄せて並べただけの多目的ルームといったほうが正しい。施設の広さの割には人も使い道もまだまだ不足しているため、使い切れていないのが現状なのである。

 

 そんな鎮守府Aの本館のとある会議室の一室で、総勢11名+αによる懇親会が催され、その日はすでに見知った者同士、初めて会う者同士、まだあまりお互い知らなかった者同士食事を取りながら交流を深め合った。

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=59765870
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
ttps://docs.google.com/document/d/1GYVIk6nW689WpZE7-FBXM0-S3yhMEiF69NMX84If5V4/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)

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