同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

77 / 213
川内型揃い踏み

 鎮守府に到着した那美恵たち3人はすぐさま本館の執務室へと向かった。那美恵はノックをして中から聞こえてくるはずの声を待ってからドアを開ける。聞こえたのは女の子の声。執務室にいる女の子なぞ、那美恵は一人しか知らない。つまりは五月雨だ。

 

「あ、那珂さんこんにちは。」

「五月雨ちゃんこんにちは~。あれ、提督は?」

「今日はもう会社に戻られましたよ。」

「え~!?川内と神通の制服届いたっていうから来たのにさぁ~。もう帰っちゃうなんてそっけないなぁ。」

「提督って会社員なんですか?西脇提督って提督じゃないんですか?」

 五月雨と那美恵はすべての事情をわかっているがために話をどんどん進めているが、まだよくわかっていない流留と幸は提督が会社うんぬんと言われて?な顔をする。

 

「あー、二人にはまだそこまで話してなかったっけ。艦娘制度の提督、つまり管理者ってね、公務員や自衛隊だけじゃなくて、民間人からも選出されるんだって。その大勢のうちの一人が、西脇さん。例えるなら、40年以上前まであった裁判員制度みたいにね。って言っても今はその制度ないから、私もおばあちゃんに昔聞いただけなんだけどね。とにかく、全国民の中から選ばれて運用されるらしいよ。」

 那美恵から説明を聞いた流留と幸はたとえがよくわからんと思いつつも、自分たちがこれから所属する鎮守府と呼ばれる艦娘の基地の総責任者、西脇提督のことをわずかに知り、捉え方を深めた。

 

「へぇ~本業のほうと行き来するなんて、提督も大変だなぁ~。」と流留。

「いないことも多いから私も秘書艦として頑張らないといけないんです。」

「うんうん。五月雨ちゃんはもっと大変だもんね。偉いぞ偉いぞ~。」

 流留は提督に感心し、那美恵は五月雨の頭を優しく撫でて褒める。撫でられた五月雨ははにかんで照れ顔になった。

 大体事情がわかってきた流留はまとめるとともに感想を述べる。

「つまりはこの鎮守府って、マジで西脇提督と五月雨さんの二人で回ってるってことなんだね~。人は見かけによらないねぇ。すごいわ二人とも。」

「エヘヘッ。それほどでもありませんよ~。わたしなんかまだまだですから、みんなの協力がないと。だからお二人の着任、待ち遠しいんですよ私も!」

 照れながらも謙遜と相手を持ち上げる五月雨。素直な期待感が伺えて那美恵はウンウンと頷いて達観してみせたのだった。

 

 

--

 

「そうだ、五月雨ちゃん。川内と神通の制服届いてるって聞いたけど。どこにある?」

「あ、はい。ちゃんと仕舞ってますよ。」

 五月雨は秘書艦席の背後にある棚から紙袋を取り出し、机の上に置いて中身を出した。

「これが川内で、これが神通。はい、内田さん、神先さんどうぞ。」

 五月雨は流留と幸にビニール袋で圧縮して包まれているそれぞれの制服を手渡す。それを受け取った二人は思い思いの感情をもって制服を眺めている。クリーニングしたてのような、新品のような独特の匂いが二人の鼻腔をくすぐる。流留は数秒眺めたあとにすぐにビニールを破り、制服を取り出してバサッと広げて全体を見た。

「うわぁ~これがあたし専用の川内の制服かぁ~!カッコイイなーー!すごいすごい!」

 

 一方の幸は流留が制服を取り出したのを見てから自身もビニールを破いて制服を取り出した。直接感想こそ言わないが、一瞬漏れた笑みから嬉しさが垣間見えた。その様子を那美恵と五月雨も笑顔で見ている。

 

「ねぇねぇ五月雨さん!これ今着てもいい?」

「はい、どうぞ。2階に更衣室あるのでそこで着替えてきて下さいね。」

 五月雨がそう促すと、那美恵が引き継ぎ流留と幸を更衣室へと案内した。

「更衣室案内したげる。こっちだよ。」

 

 更衣室は2階の端、東寄りの階段の隣の部屋だ。執務室や待機室のある3階から東寄りの階段へと向かって降りて更衣室にたどり着いた。那美恵が更衣室の扉を開けて流留たちに入るよう促すと、流留と幸は更衣室のチャーミングな壁紙にまっさきに反応した。

「なんか……更衣室えらくカラフルですね。」

「そーでしょ?これね、五月雨ちゃんがデザインしたんだって。」

「へぇ~。あの子こんな壁紙作りも出来るんですね~。」

「もちろんやったのは業者さんだよ?」

 那美恵からツッコミが入って流留は焦りつつもごまかそうと手をパタパタと仰いで言い訳をする。

「ンフ! も、もちろんそんなのわかってますよ~。こういう、デザインを考えるのすごいなぁ~~。」

 焦り具合から多分本当に勘違いしていたのだなと気づいたが、那美恵は突っ込まないで着替えを促した。

 

「さ、二人とも着替えちゃって。」

 そう言いながら那美恵が更衣室のロッカーを見渡すと、自分のロッカーの隣にあるロッカーに、流留と幸の名札が入っていることに気づいた。どうやら更衣室の準備もできているようだとわかってホッとする。

「はーい。じゃ早速。」

 そう言って流留は自身のロッカーに寄り、着替え始めた。幸も同様に自分のロッカーに近寄る。しばらくロッカーを眺めた後、扉を開けて制服をひとまず掛け、自身の学校の制服に手をかけた。

 二人が着替える間、那美恵は鏡の置いてあるテーブル傍のイスに腰掛けて二人の様子を眺めることにした。

 

 流留が学校の制服のシャツを脱ぎ、ブラを露わにする。

 でけぇ。でかいぞこの娘。もしかしなくても普通にあたしよりでけー!と那美恵は顔は涼しげに、内心発狂するくらいに驚く。着痩せするタイプかい!とも思った。見たところフルカップブラ。明らかにかなりでけぇ証拠。

 冷静に分析する那美恵の眉間には皺が寄っていた。

 一方の幸もシャツを脱いで上半身を露わにする。ブラジャーならば必然的に飛び込んでくる肌の割合は少なく、代わりに薄いピンク地が目に飛び込んでくる。那美恵は幸の胸元からスカートの中へと仕舞われているソレを舐め回すように見た。ふぅ……と一安心。流留のブラに対し、幸は肌着、ニットインナーだ。その膨らみはわずかに見える程度。

 那美恵は1/2カップブラ。世間的にも主流で、最近買った黄色地のデザインの可愛いヤツ。ふふ、サイズでは流留ちゃん“には”負けてるけど、センス的やその他総合的には後輩たちに勝ってるぜぃ!と謎の思考を張り巡らせる。

 正直暑さで頭が参っている感も否めない。

 

【挿絵表示】

 

 

--

 

「流留ちゃん胸おっきいね~。あたし負けたわ。」

 那美恵は思わず口に出してしまった。それを聞いて流留はとたんに真っ赤になり、胸元を腕とこれから着ようとしていた制服で隠す。

 

「ちょ!ちょっと何見てるんですかなみえさん!! あたしの見たって仕方ないでしょ~!」

「いやいや流留ちゃん。あなたそんなにスタイル良くて、めちゃ可愛いならさ、ちゃんと流行のファッション覚えて服とか着こなせば、同性からも絶対モテるようになるよ。」

「うーーあんま女子女子らしいことは苦手なんですよぉ。スタイルだってあんま気にしたことなかったし……。」

 言葉を濁し始める流留に対して那美恵は視線をジッと向けて言った。

「流留ちゃん私服のセンスも結構いいよね? 流留ちゃんの私服姿一度見たけどさ、実は女子力密かに磨いてたり~~このっこのっ!」

 那美恵からフォローという名の茶化しを受けて、釈然とした態度を崩そうとしない流留。困惑の表情を浮かべたままの流留は思いを吐露し始めた。

「いやいや。そんなことないから。スタイルはまぁ……ふつーに運動とかしてるだけだし、甘いもの好きじゃないから間食しないとか一応食生活は気をつけてるだけ。ファッションだって雑誌に載ってるのでピンと来たもの選んでるだけだし。それに可愛いファッションしても男子にモテるだけでしょ?」

「いや~それは偏見というか間違ってるというか。ステキなファッションして、それに憧れるのは男の子だけじゃないよ。私もああなりたい!って、一種のアイドル的に憧れるのが女の子だよ。」

「アイドルですか?」

「そーそー。憧れね。だ~か~らぁ~。スタイル実はめちゃ良かった流留ちゃんに、あたしもたった今憧れちゃいました~!」

 わざとらしく自分の胸を寄せて強調する那美恵。その直後流留の胸を指差して言った。

「う~、なんか違和感しかないなぁ。やっぱ、女子らしくとか苦手。てか、女子男子って意識すると調子狂いそう。ゴニョゴニョ…… 」

「ん、おお!? なになに?」

 ぶっきらぼうに言い捨てる流留に、那美恵は身を乗り出すように近づいて問うた。

 

「あたしは趣味とかでバカ話できる人と適当にやれればそれでよくって。ぶっちゃけ男子だろーが女子だろーが誰でもよかったんです。ただ、あたしのコアな趣味についてこられたのは男子だったってだけで。性別意識の意識はないつもりでした。そこで性別を意識して振る舞っちゃうと、なんか違うんだよな~って気がして。」

「うーん。なるほどねぇ。それじゃああえて男子側の意見を解説してあげます。……あぁ、これは三戸くんから聞いた意見ね。」

 那美恵は心の中で(話しちゃうけど三戸くんゴメン! )と謝りつつ、述べ始めた。その突然の打ち明けの方向性に首を傾げる流留だが、聞く姿勢は保っている。

「流留ちゃんみたいに可愛い子が自分たちに話を合わせて接してくれるから、嬉しくてつるんでた面もあるんだって。でもね……」

「やっぱそうなんだ~~~。はぁ……。思い返すと今まで接してくれた男子って、あたしの思いとは関係なく結局あたしが女だからチヤホヤしてたんですかねぇ。……そう考えるとあたしの求めてた日常ってなんだったんだろうなぁ~。」

 那美恵が言葉を続けるのを遮るように流留はため息を吐いてすぐさま反応した。思わず飛び出る小愚痴。

 

 流留は小さいころ従兄弟たちと遊んでいた頃のことをふと思い出した。あの頃は男女の違いなぞ意識したことがなく、周りの人間と接することができていた。

 しかし今は違った。那美恵の言葉を受けて思い返すと、たしかに男子は自分に対してチヤホヤしていたのかもしれない。流留としてはチヤホヤされることに悦を感じていたこともあるが、決して自分のルックス面としてではなく、趣味で気が合うためでしかないと思っていた。自分が美貌に恵まれている、とはまったく思ったことがないわけではない。男子と接する上での態度、そして話はほとんどしなかったが女子からの羨望の念でなんとなく感じていた。しかしそれを得意げに武器にしたつもりはまったくなかった。

 心身ともに成長して中性的な美少女になった流留に日常接する男子は、思春期であるがゆえに否が応でも意識してしまっていたのが実情であった。女子も、流留のような美少女が男子をまるで手玉に取るかのようにはべらせて遊んでいる、そう勝手に思い込みそう信じて嫉妬の念を蓄積させていたことが現実だった。

 流留自身としては趣味での交流を広げた結果、内容が濃すぎたのか、流留の周りには男子しかいなくなっていただけなのだが、周りはそうは思っていなかった。流留はそんな周りからの念に気づいていなかった。

 

 結果として構築した、気のおけない男子たちとの付き合いは流留にとって生命線ともいえる日常の根本であった。それがギクシャクして、消滅してしまう事態だけは避けたい。 だから極力男子に合わせる。男子の気持ちを察する。そう思い込むことに徹し、無意識で男子とつるむようにしていた。自身さえ気をつけておけば、周りはきっと自分を見捨てないでいてくれる。いつまでも気軽に付き合えるかもしれない。

 そう心がけて頑張ってきたはずなのに、気づいたら同性から疎まれ、イジメを仕掛けられ、一番懸念していた事態になった。結局、自分が気をつけたところで、それは自分勝手なだけで、周りには伝わっていなかったのかもしれない。

 流留に告白してきた吉崎敬大、そしてよくつるんでいた男子生徒。今にして流留が思うところによると、普段とは違う視線を感じていたが、そういう思いは一切をシャットアウトしてきた。あくまで自分が大事。相手がどう思っているかなど、考えてこなかった結果が先の出来事。

 細かく考えないようにしていた。そんな思いから逃げても問題ないと考えていた。それが流留の振る舞い方だった。

 

 影を落とし始める流留に那美恵が遮られていた言葉を続ける。

「ちょっとまってまって。話を最後まで聞いてよ。確かに流留ちゃんがすごく可愛い女の子だから接してたってのあるかもしれない。けどね。三戸くんもそうだと思うけど、今まで男子が流留ちゃんと仲良くやれてたのは、可愛い女の子が自分たちに親しげに接してくれるってだけじゃないと思うの。」

「それって……?」

 

「流留ちゃんがただ可愛いだけじゃない。趣味やフィーリングが合うから、流留ちゃん自身に魅力が揃ってたからこそ、みんな接してくれてたんだと思う。それが人望とか、そういうたぐいのもの。それが大事なポイントなんだよきっと。普通に可愛いだけだったら、あたしやさっちゃん含め他の女子生徒と同じ接し方しかしなかったはずだよ。」

 

 流留は那美恵の言葉に頷くなどのリアクションを取ることをせず、ただひたすら耳を傾けている。

「ただね……あなたのお友達関係が男子だけってのはちょっと極端すぎて女子からは良い感情持たれてなかったのかもしれないのは事実だね。ちょっとつらいかもだけど、言うよ。流留ちゃんは、今まで偏りすぎてた。それはハッキリ言える。」

「う……。」若干俯く角度を深める流留。

「あなたの学校生活はあんなことになってしまったけど、これはある意味チャンスだと思うの。」

「チャンス?」

「うん。艦娘部に入るって決めたことも合わせてね。リセットされたって思えば、新しい環境で、新しい交友関係を築けるチャンスなんだよ。ただそのためには、流留ちゃんは一度ちゃんと自分の女子力を磨いておかないと。」

 一拍置いて那美恵は続ける。

「艦娘の世界って圧倒的に女性社会らしいし、今の流留ちゃんにとっては同性と付き合わなくちゃっていうまだ不安があり得る世界だと思うけど、 趣味が合う明石さんや男の人だけど西脇提督がいる。自分の得意分野で艦娘の世界でも交友関係を増やしていくのもアリだけど、もっと同性が憧れる女の子として、自分を磨いて生きたって、誰も何も文句は言わないし、気にしたりしないよ。流留ちゃんにはそれができる、そうあたしは信じてる。自分の魅力を増やして成長することで、今後の学校生活を持ち直せるかもしれない。当然艦娘としても強くなれるかもしれない。これからは男子だけじゃなくて同性、ううん。もっと色んな人にステキな貴方を見せてもいいと思うの。」

 流留は那美恵の言葉を聞く傍から強く噛み締めていた。

“偏っている”

 同性の友達が今までできなかったことから、それは痛感した。けれど、趣味で繋がれるのはどうしても捨てられない。

 自分にとって交友とは何か。女子らしくってなんだ。キャピキャピすればいいのか。いや、さすがにそれは違うのはわかる。

 自分らしく生きた結果が今までの人生ならば、どうするのがこれからのためになる?

 

 難しい。何かしようにも、女子らしくするための知識も材料も足りなすぎる。

「わかりません。何をどうすればいいのか、今のあたしには。だから……」

「だから、教えてあげる。もちろんあたしだけじゃないよ?五月雨ちゃんたちもいるし、これから入ってくる人たちもいる。流留ちゃんは社交性高そうだから、とにかくいろんな人にガンガンアタックしていくのがまずは大事かなって思う。きっとみんな、親身になってくれるよ!」

「……はい。あーーー!変に小難しく考えるのはあたしの性に合わない! なみえさんの期待を裏切るようだけど、あたしはやっぱ趣味が合う人がいい! まずはそれで切り込んでみて、他の事はそれから考えます。とにかくアタックすることだけはわかりました。」

 片手で髪の毛をくしゃくしゃと乱し、思考をリセットすべく頭を振る。流留は那美恵に今まとめた思いを告げる。すると那美恵はニッコリと微笑んで言った。

「うん、まぁ。切り口はそれでいいと思う。とにかくこれからだから……ね?」

 うっすらと苦笑いを浮かべてはいたが、那美恵は流留の決意たる言葉に相槌を打つのだった。

 

 

--

 

「それじゃーつぎはさっちゃんかなぁ。」

 今まで蚊帳の外で話題に入れなかった(というよりも流留の話題だったため入る必要がなかった)幸は、那美恵から急に振られて焦った。すでに神通の制服のインナーウェアを着ていたが、下半身は学校の制服のスカートを脱いでまだ下着という状態である。

「え? え? ……私?」

「そーそー。さっちゃんのことまだなーんも知らないし。わこちゃんからそれとなく聞いてはいるけど、それも全てじゃないだろーからね。本人の口から、きちんと聞きたいでーす。」

「そうですねぇ。さっちゃんのこと色々知りたいな。例えば……どうして艦娘になろうって思ったの? あたしはイジメがきっかけで逃げてきた口だけど。」

 

 那美恵と流留から畳かけられるように急かされた幸は眉を下げて困惑の表情を浮かべる。二人は期待の眼差しで幸を見つめる。どうしようか迷っていると、那美恵が自身のことを言い始めた。

「まー、さっちゃんだけに言わせるのもなんだから、あたしがどうだったか教えてあげるね。あたしはね、学校のこと、生徒会のことばかりの毎日で飽き飽きしてたんだ。夢だったアイドルになることも毎日の忙しさでぜーんぜん近づけなかったし。どうにかしたいなーって思ってた時に、たまたま雑誌で鎮守府Aの艦娘の募集広告を見つけたの。そしたら、川内と那珂の両方に受かっちゃった。それで、なんか惹かれた那珂になって、今現在も邁進中です!」

 非常に軽い口調で自身の身のうちを明かす那美恵。そして最後の締めの言葉も軽い口調、テンションで発した。

 

「だから、高尚なこと考えて艦娘になったわけじゃないんだぁ。どお?普通でしょ?てへ!?」

 那美恵の告白を聞いた幸は最後の問いかけには愛想笑いをして返答を濁す。那美恵が艦娘になった経緯を噛みしめるように脳に刻み込む。それなら自分の目的はきっと恥ずかしいものじゃない、この人たちならきっと笑わない、粗相をしてしまった自分のことを一切茶化さずに片付けを手伝ってくれた那美恵たちを、信じて打ち明けても良いかなと幸はそう思い、口を開いた。

 

「わ、私は……今の自分を、変えたくて……」

 幸ははっきり言ったつもりだったが、自信の無さと不安げな感情が表れてしまい言葉の最後にいくにつれて声がくぐもってしまう。当然最後の方の言葉は那美恵も流留も聞き取ることはできない。

 ただ、二人とも急かすことはせず、期待に満ちた眼差しを向けるのみだ。ひとまず口をつぐんでしまったが、仮にも同じ艦娘という存在になるために集まった者同士。幸は勇気を出して再び口を開けて続けた。

「今までの自分が嫌で嫌で……変えたいと思ったんです。」

 やっとはっきり伝えられた幸の言葉は、少し離れた場所で座っている那美恵にも確かに聞こえた。幸の言葉を聞いて那美恵は具体的な事を聞き出そうと優しく聞き返した。

 

「自分を変えたくてかぁ。うんうん。なんかわかるよその気持ち。で、どうしてそれが艦娘だったの? 何かきっかけがあるのかな?」

「えぇと。……はい。私は……これといって趣味もないし、運動も得意なわけじゃなくて、得意といえば学校の勉強くらいで。普段の生活で自分を変えられるようなものが……今の生活で思いつかなかったんです。」

 那美恵と流留は相槌を打つ。流留は着替えを進めながらの相槌だ。

 

「近所で艦娘になったという人がたまたまいまして……その人は艦娘になってお給料がものすごく高くなって、いろんな地方場所に行けるようになって、前のその人とは雰囲気が見違えるようになったんです。うちの近所だけじゃなくて町内でも有名人になるくらいになったんです。」

「へぇ~。じゃあその人に憧れて?」

 那美恵が質問すると、幸は頭を振った。

「はい。その人はもともと明るくて近所でも優しくて気の利く女性だったので、憧れといえば憧れでしたけど……私は別に有名になりたいわけじゃないし、お金ももらいたいわけでもなくて。その艦娘というのが、自分を変えるのに良い方法なのかなということをなんとなく感じたんです。」

「自分を変えたいねぇ~。さっちゃんは口数少ないし何考えてっかわかんなかったけど、結構アグレッシブだなぁ。意外と熱血?」

 流留がそう感想を述べた。それを受けて幸は言い返す。

 

「そんな……私、そういうつもりじゃ……。」

「自分が嫌だったから変えようと艦娘部の展示見に来て、同調何度も試して合格勝ち取ってここにいる。さっちゃんは今の時点でも十分変われてると思うな。」

 那美恵がそう評価する。それは的確なものであったが、幸の表情は曇ったままだ。

「それじゃ……まだダメな気がするんです。近所の女性のことがすごく印象強かったので、自分もそのように変わりたいんです。私の今までの生活だと無理でも、まったく接点がなかった艦娘になるなら、今こうしている自分もまったく違うものになれるかもと思ったんです。そんな気がするから、今のままじゃまだまだ嫌なんです。」

 

 饒舌に語る幸の内に秘める思いを知った那美恵と流留。自分らと経緯とやり方は違えど、実は彼女は熱い人物なのだと認識するのにもはや時間がいらなかった。

 幸をフォローすべく那美恵が再び口を開いた。

「そっか。じゃあこれから、自分の思うままに艦娘の世界で動いてみるといいよ。基本的なことはあたしも教えるけど、五月雨ちゃんたちも提督も教えてくれるし、慣れてくればさっちゃんの望みはきっと叶うと思うなぁ。」

 那美恵がそう希望を含ませて言う。そしてさらに続ける。

 

「でもねさっちゃん。性格から何からなにまで変わる必要ないと思うな。なんていうのかな……自分らしさ? 自分じゃ悪くて嫌だと思っても、他の人からすればその人の良さかもしれないでしょ? まー、それを見極めるのはさっちゃん自身も、あたしたちだけでもダメだろうから、それはのんびり見出して必要なところだけ変えていけばいいと思うよ。」

 

 幸はコクリと頷いた。

 幸の話が一段落する頃には、流留はすでに着替え終わっていた。あとはベルトを締めてアウターウェアを整えるだけである。一方の幸はこれから橙色のアウターウェアを着るところである。幸が話している間に流留は着進めていた。

 

 

--

 

「なるほどね。二人のことやっとわかってきたよ。あたしたちこれから仲良くやれそうって確信得たよ。なんたって同じ学校の生徒で、なおかつ川内型っていう似たような艦に選ばれた繋がりだもん。これで仲良くできないわけがないよ。ね!ね!そう思わない?」

「はい! なみえさんの言葉、ありがたいです。信じてついていきますよ。」

「……私も、です。」

 流留と幸も、身を乗り出さんばかりの勢いで語る那美恵と同じ気持ちそして確信を得ていた。

 

 幸も着替え終わり、流留と幸は背格好や体型はやや違えど、二人ともほぼ同じ姿になった。それは、川内型の艦娘の制服のなせる効果である。ここで那美恵も着替えれば3人揃うが、那美恵本人はその日着替える気はさらさらなかった。

 着替え終わった二人の様をマジマジと見る那美恵。着慣れていない感も相まって流留と幸は恥ずかしがっている。

「ハハッ。いざ着替えると、まーだ恥ずかしい感じしますね。なんかコスプレみたい。」

「まだ……しっくりこないです。」

 流留は胸元を隠すように両腕で自身を抱きしめるような仕草をし、幸はもともと引っ込み思案で自信なさげな態度がさらに悪化したように身をかがめて姿勢を悪くしてしまう。

 そんな二人を見て那美恵はフォローするついでに提案をした。

「いやいや似合ってるよ二人とも。これで艤装すべてつければ完璧だけど今日は制服までね。さーて、その姿でいっちょ出歩いてみますか!」

 

「えっー出歩くの!?なみえさんに見せたからもういいんじゃないですか!?」

 流留が拒否を訴え出ると幸もコクコクと素早く頷く。しかしそんなわがままを許す那美恵ではない。那美恵がニンマリと嫌らしい笑顔になっていくのを流留と幸は見てしまった。

「あたしだけ見たって仕方ないじゃん。ホントは提督に見て欲しかったけどいないし、せめて五月雨ちゃんには見てもらお? ほらほら、試着なんだからフィット感を秘書艦さまにお伝えしないといけないでしょー?」

 那美恵は流留と幸の手を引っ張った。着替えも終わり、見せに行かなければならない。気恥ずかしかった流留と幸だが、やや諦めの表情を浮かべ引っ張られるがまま、那美恵に付き従って更衣室を後にした。

 

 

--

 

 再び執務室に来た3人は早速中にいた五月雨に、流留と幸の川内と神通としての姿を初お披露目した。入ってきた3人の姿、特に流留と幸の姿を一目見て沸き立つように五月雨は席から立ち、跳ねるように机を迂回してトテトテと駆け寄ってくる。

「うわぁ~!すごく似合ってます! 那珂さんもよかったですけど、お二人もいいですね~。」

 二人の艦娘の正装の様を喜び素直に褒める五月雨。

「寸法は大丈夫ですか?なんかあったら測りなおして制服直してもらうので遠慮せず言って下さいね。」

 

 流留と幸は服をところどころクイッと引っ張ったりだぶついたところ、きついところがないかどうかをひと通り確認する。

「うん。大丈夫かな。」

「私も……大丈夫です。」

「二人ともこれでバッチリ~」

 那美恵が二人の背中をポンと叩きながら一言念押しした。

 

「それじゃあ写真とろ?五月雨ちゃんも入ってさ。」

 那美恵はそう言って学校のブレザーのポケットに入っていた携帯電話を取り出して流留たちにプラプラとかざして見せる。二人ともそれぞれの友人に見せる約束をしていたので快く承諾した。

 流留だけ、幸だけ、流留と幸、那美恵・流留・幸、五月雨・流留・幸、4人は思い思いの組み合わせで写真を撮った。

 

「よーし。満足ぅ~。」

「なみえさん。あとであたしの携帯にも写真送っといてくださいよ?」

「あ……あの、私もお願いします。」

「あ、那珂さん。私にもください!」

「おっけぃおっけぃ。それじゃあ早速送っちゃうよぉ~。」

 そう言って那美恵は流留、幸、五月雨3人のメールアドレスにさきほど撮った写真を添付して早速送信した。流留と幸は携帯電話を更衣室に置きっぱなしのためすぐには確認できなかったが、五月雨は秘書艦席の上に置いてあったためすぐにピロロロと通知音が鳴り、写真を確認できた。

 

 写真を送った那美恵は流留たちを連れて更衣室へと戻ろうとしたが思い出したことがあるので扉の手前で立ち止まり方向転換して五月雨に問いかけた。

「あ、そうだ五月雨ちゃん。一つ聞いていい?」

「はい。なんですか?」

「あのね、二人の着任式にみっちゃんたち、つまりうちの高校の生徒会のメンバーも参加させたいんだけど、ダメかな? 記念に同席してもらいたいんだけど……。」

 那美恵から問い合わせを受けて五月雨は数秒考え込んだ後答えた。

「わかりました。提督にあとで確認しておきます。多分大丈夫だと思いますから、中村さんたちには先に連絡しておいてもらってかまいませんよ。」

「おぉ! さすが秘書艦さんだ~頼もしいぜぃ~。」

「エヘヘッ。那珂さんに頼られるってなんだか嬉しいですっ!」

 

 那美恵の言葉を額面通り素直に受け取り、素直に満面の笑みで喜ぶ五月雨。茶化し混じりの五月雨への言葉は、彼女の自尊心を満足させるものになった。

 聞くものも聞いたので那美恵たちは五月雨に別れの挨拶をし、流留と幸を連れて更衣室へと再び案内した。途中にある艦娘の待機室に寄ろうと奈美恵は思ったが、もし全員いようものなら今日中に二人の制服姿を見てしまうことになり、着任式の楽しみを減らしてしまう可能性があるためあえて寄らずにまっすぐ更衣室へと戻った。

 当初の恥ずかしさはどこへやらと、騒ぎたい気分になっていた流留が案の定寄ろうと言い出したが、那美恵は彼女の要望を却下した。

 

 

--

 

 更衣室に戻る途中、唯一会ってしまったのは夕立こと立川夕音だ。ちょうど女性用トイレから出てきたところを那美恵たちは見つかってしまった。

 

「あーー! 那珂さんのお友達が制服着てるー!」

 

 指さしながら夕立は大声で叫んで小走りで那美恵たちに近づいてきた。那美恵はそれを人差し指で内緒の仕草をしながらそれ以上叫ばせるのを静止する。

「夕立ちゃん!しーっ!しーっ!みんな来ちゃうでしょ!?」

「え~、別にいいじゃん!川内さんと神通さんになるんだっけ?カッコいいっぽい~!那珂さんもよかったけど二人とも決まってるよ!」

「アハハ。ありがとう、夕立ちゃん。」

「あの……ありがとうございます。」

 

 流留と幸は苦笑しながらも感謝を述べる。一方の那美恵はこれ以上知られてしまうとまずいとヤキモキしながら夕立に説明する。

「あのね夕立ちゃん。流留ちゃんとさっちゃんのこの姿さ、みんなには着任式の日に見てもらいたいの。今この場で見ちゃうとさ、みんなの楽しみが減っちゃうでしょ?」

「え~そうかな~?あたしはいいものは何回見ても楽しめるっぽい。気にしないよ?」

 夕立は思ったままのことをスパスパ口に出す。が、それは那美恵の思惑にはそぐわない。

「夕立ちゃんが良くても、他の人は違うかもしれないでしょ? あたしは皆を驚かせたいの。だから皆にはまだ内緒ね?」

「うー。まぁ那珂さんがそこまで言うならわかったっぽい。」

 

 口では理解したことを言っても、頭では納得いってない様子の夕立。那美恵は夕立が本当にわかったかどうか不安になったがとりあえずよしとしておいた。

「それじゃあ二人を連れて行っちゃうから、夕立ちゃん、また今度ね。」

「はーい。」

お互い手を振ってそれぞれの場所に歩を進めて別れた。

 

 

--

 

 更衣室に戻った3人は誰が早いか、大きく息を吐いて安堵の表情を浮かべあう。

「はぁ~なんかどっと疲れちゃった。」と那美恵。

「それはあたしらのセリフですよ。たった二人とはいえ、違う学校の子たちに艦娘の制服姿見られるなんてドッキドキでしたよ~。」

 幸もコクコクと連続して頷いて流留の意見に賛同した。

「でも見られることの練習にはなったでしょ?」

「あ~まぁそれはそうですけどね。」

 那美恵の指摘はズバリ当たっていたので歯切れの悪い言い返し方で反応する流留。

 

「あたしの計画ではまずは提督と五月雨ちゃんに見てもらって、他の子たちには着任式の時に初めてすべて見て知ってもらうっていう考えだったの。」

「はぁ。あたしはどっちでもよかったですけど。」

「私は……見られるのは一回で済ませたい……です。」

「結果的には提督じゃなくて夕立ちゃんに見られちゃったんだけど、あの子結構口軽いらしいから、ちょっとだけ心配なんだよねぇ。」

「いいんじゃないですか?どのみちもうすぐ見られるんですし。」

「あたしにはあたしの考えがあるんだけど……流留ちゃんたちがいいって言うならいいや。」

 

 那美恵が納得の意を見せたので、流留と幸は艦娘の制服を脱ぎ、ロッカーに閉まってある学校の制服を取り出して着替え始めた。

 夏本番の夕方。日は少し落ちたとはいえ暑さは辺りを支配している。更衣室内はさきほど那美恵たちが来た時にエアコンを付けておいたので涼しく快適だったが、廊下を歩いている間に那美恵たちは汗をかいてしまっていた。

 

「汗かいちゃったし、今日どこか寄って涼んでく?それともまっすぐ帰る?」

「なんか飲んで帰りたいですね~。さっちゃんはどう?」

「私も、賛成です。」

 二人の賛同を得られたので、那美恵は号令をかけた。

「よっし!じゃあ着替え終わったら途中のファミレスに寄っていこー!」

 流留と幸が着替え終わった後那美恵は執務室にいる五月雨に一言行って鎮守府を発ち、途中にある、普段鎮守府Aの面々がよく使うファミリーレストランで30分ほど飲みながら涼んで3人はそれぞれの家へと帰っていった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。