同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

71 / 213
二人で行く鎮守府

 那美恵は神通の艤装のコアユニットを、流留は川内の艤装のコアユニットをそれぞれ紙袋に入れて手に下げて、高校から駅までの道をテクテクと歩いている。高校~駅間は、歩きでおよそ10分。途中にはアーケード街があり、通学路の一つはその中を突っ切って設定されている。様々な店が構えるアーケード街、学生たちにとっては誘惑も多い。買い食いはもちろん、ガッツリと買い物をして帰宅の途につく学生も多い。

 

 すっかり仲良くなった那美恵と流留は、ペチャクチャとおしゃべりをしながらアーケード街を進む。趣味は全然異なるものの、感性はどことなく似ているとお互い直感した二人。

 流留はもっと早く艦娘に出会っていれば、この素敵な生徒会長、先輩ではあるが友達になれたのかもと、少しだけ後悔した。

 

「ねぇねぇ会長。何かちょっと食べて行きましょうよ!」

 流留は、よく男友達と行っていた店とは違う店の前で那美恵を誘いかけた。それは、今まで同性の友達がいなかった流留にとっては行きたくても行きづらい、憧れとも言える、女子高生に人気のあるスイーツショップだった。しかし那美恵は頭を振ってそれを拒否する。ちゃんとした理由がある。

「だーめ。今日は鎮守府に行くんだから。早く行かないと帰っちゃう人もいるんだよ。内田さんにはなるべく多くの艦娘に会ってもらいたいの。我慢してね。」

「え~。会長はここ寄ったりしないんですかぁ?JKに人気だって聞きますよ。あたし、女子高生の集まる店、憧れてたんです。今まで男友達としか一緒にいなかったから。」

 

 最後のセリフを耳にすると、那美恵は心臓をキュッとつままれる感覚を覚えた。流留の人となりの一片を知った気がした那美恵はそれとなく話題に乗りかけた。

「入ったことあるよ。オススメメニューは○○で……って。今は鎮守府が優先!これからはいろんな年代の人と鎮守府で付き合うことになるんだから、これから、これからだよ。」

「はーい。」

 流留は那美恵のフォローの意味に気づかずに、ただ不満気味な返事をするだけだった。

 

 

--

 

 電車に乗り数分。となり町の駅にて二人は降りた。ちなみに那美恵達の学校へはこの駅からもバスが出ており、この駅の周辺に住む学生もいる。ただ基本的には学生向きの街ではなく閑静な住宅街のため、駅前には取り立てて目を引くものはない。

 

「鎮守府はこっちだよ。」

「へぇ。商店街のある改札とは違う方に行くんですかぁ。」

「そ。歩いて大体20~30分程度。時間があるときは歩くけど普段はバス使うかな。」

「はぁ……。だったらバス使いましょうよ。」

「そーしたいんだけどぉ、今日は内田さんの案内記念ってことで、この街案内を兼ねて歩きましょー。」

「え~~、面倒くさいなぁ。まぁいいや。途中でなんか面白い店とかなんですかねぇ。」

 

 てくてくと鎮守府への道のりを歩きながら話す二人。

 

「途中にレストラン、それからコーヒーショップの○○があるよ。あとは……駅から離れちゃうと、せいぜい鎮守府の近くにある小さめのショッピングセンターくらいかなぁ。」

「ゲームセンターとかTVゲームの店は?」

「あたし興味ないからわかんなーい。」

「くっ、ぬぬぬ。いいですよ。あとで明石さんに聞きますから。」

 

 流留の質問や不満を適当にあしらいつつ那美恵は先頭に立って歩いていると、バスの停留所から見知った顔の少女が降りてきて、那美恵たちと視線が絡まった。

「あ!凛花ちゃん!! おひさ~!!」

「那珂。お久しぶり。……あら、そちらの人は?」

「うん。うちの学校の後輩。んでね!なんと、この度軽巡洋艦川内に合格した子なんだよー! ほら内田さん。艦娘の先輩に挨拶挨拶!」

 突然知らぬ少女と話しだした那美恵をポケーっと見ていた流留だが、急に挨拶をふられたのでとにかく挨拶をすることにした。

「はい。あたし、内田流留といいます。○○高校1年です。艦娘部に入りました。えー、この度、川内っていう艦娘に合格しました。よろしくお願いします!」

「初めまして。私は○○高校2年、五十嵐凛花よ。鎮守府Aの軽巡洋艦五十鈴を担当しています。よろしくね。」

 凜花は丁寧な仕草と言葉遣いで流留に挨拶を返した。

 

 3人は停留所の真中で会話していたので一旦道の端に行き、会話を再開する。

「凛花ちゃん今日はどうしたの?」

「私? 私は昨日今日と出撃任務だったのよ。これから帰るところ。」

「あー。凛花ちゃんのとこは艦娘部ないから、じゃあお休みして……?」

「えぇそうよ。このために学校2日も休んだのよ!ねぇ那珂、聞いてくれる!? なんかね、不知火のところとも学校提携してたっていうのよ提督!知らぬ間に! なんなのよ!私のところは無視かよって話よ。ったくもう。立て続けに休んじゃうと授業に追いつけなくなるから困るのに言うに言えないこの気まずさ、あなたならわかるでしょ!?」

「アハハ……うんうんわかるよぉ~」

 

 堰を切ったように凛花は愚痴をこぼし始め、那美恵と流留にぶつけまくる。相当溜まっている様子が伺えた。学校提携してやっと軌道に乗りだした那美恵は不満を吐き出す凛花の手前上、色々言い返しづらい状況だった。

 凛花の愚痴の嵐のまっただ中にいながらふと、那美恵は不知火のことが気になった。自分の着任式のときにいたのを思い出した。彼女も中学生とのことだが五月雨たちとは違う学校らしく、鎮守府Aには一人で来ていた。どうやら同じ学校の艦娘仲間はいないとの話だった。那美恵は不幸にも彼女と出撃任務をする機会がなくこの数ヶ月過ごしてきたため、不知火のこと、彼女の学校のことはまったくわからない。

 

「まぁまぁ。きっと提督は順番決めてるんだよ。うちの高校でしょ?それからその不知火さんの学校でしょ?きっとこれから凛花ちゃんのために動いてくれるんだよ。期待して彼を待っててあげたら?」

「へ? 私の……ために!? も、もし考えてくれてたんなら、まぁ、もう少し待っててあげないこともないわね。えぇ。提督もお忙しいでしょうし仕方ないわ。」

 那美恵の言い方により凛花は妙に提督を意識し始め、モジモジしながら自分で納得した様子を見せる。

「そーそー。」

「ふぅ……。そういえばあなたはどうしたの?まだ任務はないんじゃないの?」

 落ち着きを取り戻して冷静になった凛花が那美恵に質問してきた。

「うーんとね。川内の艤装をこれから返しに行くところなの。提督に頼んで学校に持ちだしてたから、そろそろってことで。」

「ふぅん。艤装って外に持ち出せたんだ。」

「まー色々あってね。というわけでこれから、艤装を返すのと合わせて川内になる内田さんを連れて、提督と明石さんに会いに行くの。」

「なるほどね。あ、でもね。今日午後提督いなかったわよ。午後は五月雨が提督の代理でひーこら言ってたわ。行くなら明石さんだけじゃなくて五月雨のところにも顔出してあげたら?」

 

「あちゃー。提督いないのかぁ。せっかく新たな美少女を紹介してあげよーかと思ったのにぃ。ね、内田さん?」

「へっ!? な、なに言ってるんですか会長!」

 後頭部に手を当てておどけて残念がったかと思うと、隣にいた流留の方へ上半身だけ振り向いて視線を送る。自身が意識していなかったタイミングで話を触られ、途端に顔を真赤にして慌てふためく流留。彼女は、那美恵がこういう人をからかうお調子者なところの真髄をまだ把握しきれていない。

 流留のその様子を見てアハハと笑う那美恵と、どう反応したらよいのかわからず戸惑いの表情を見せつつ苦笑いする凛花。からかわれてると流留は気付き、那美恵に文句を言って怒る。

「ゴメンゴメン。今日のところは五月雨ちゃんと明石さんで我慢してね。」

「もー。どーでもいいですってば。」

 

 まだ頬を赤らめつつそっぽを向く流留と、彼女の肩に手を置いて弁解する那美恵。凛花はそんな二人の様子を見て、ため息混じりの笑いをこぼす。

「やっぱり、同じ学校の生徒同士って、いいわね……。」

「ん?なんか言った凛花ちゃん?」

「ううん。さ、二人はさっさと鎮守府行っちゃいなさい。早くしないと五月雨も明石さんも帰っちゃうわよ。」

「うん。いそごーいそごー。」

「はぁ。雑談で時間取られた気がする……。」

 

 自分で話を広げておきながら急かして鎮守府に行こうとする那美恵に、流留は少し呆れたという表情でツッコミにも満たない返しを口にするだけにしておいた。

 

「じゃあまたね。」

「うん。またね、凛花ちゃん。」

「失礼しまーす。」

 

 数分間雑談をしていた3人は別れ、那美恵と流留は鎮守府への道を急いだ。

 

 

--

 

 那美恵たちが鎮守府についたのは17時を回った直後であった。まだ外は明るいが、夕方の雰囲気が人々を家に帰る雰囲気にさせる。まったく逆方向に歩いてきた二人はなんとなく気まずさを感じたが、それもすぐに気にしなくなる。

 

「さ、着いたよ。ここが、鎮守府だよ~。」

「へぇ~!ここが艦娘の基地なんだ!! うわぁ!うわぁ!すっごーい!」

 

 何がすごくて流留を興奮させるのかその勢いに若干引き気味の那美恵だが、その喜びがまったくわからないわけでもない。

 那美恵自身は鎮守府にも確かに最初驚いたが、それよりも本気で驚いてワクワクしたのは、出撃任務、そして初めて深海凄艦と対峙したときだ。鎮守府自体は割りとすぐに冷静に見られるようになってたなと、ふと思い返した。

 

「じゃあまずは執務室にいこ。今日は提督いないっていうから、代わりに五月雨ちゃんに会ってね。」

「その五月雨って人はなんなんですか?その人も艦娘?」

「うん。うちの鎮守府の一番最初の艦娘だよ。これがまた可愛らしくていい子なんだよ~!あとね、秘書艦っていって、提督を色々サポートしているの。鎮守府内では提督の次に偉いんだよ。」

「はぁ~じゃあ会長みたいにすごい人なんでしょうね。」

「すごいっていうかね~まぁある意味ドジっ子臭はすごいけど。おっとりやだけど頭良いし可憐で可愛いし、きっとこれからすごくなるかもしれない子。年下だけど仲良くしておいて損はないよ。」

 

 熱を込めて五月雨を紹介する那美恵だが、流留の反応はいまいちよろしくない。

「私はどうせならその提督って人に会ってみたかったのになぁ。」

「アハハ。まぁ内田さんとしてはやっぱりまだ男の人のほうがいい?」

「そうですね。まだ同性はちょっと。」

 仕方ないねと頷きつつ流留に理解を示し、那美恵は鎮守府本館に歩を進め、扉を開けて入る。そのあとに流留も続く。

 

 夕日が差し込む時間帯、ロビーは室内の明かりが強く辺りを照らし、夕日はグラウンド寄りの窓から差し込んで数m分床の見た目の色を変えるのみだ。ロビーには誰も居ない。

「誰も、いないですね。」

 ポツリと流留がつぶやいた。その一言は閑散としたロビーの雰囲気に寂しさをプラスする。すかさず那美恵は言い訳のようなフォローをする。

「まあ、まだ人少ないしね。内田さんを入れてやっと9人だし。あ、明石さん入れると10人かぁ。ともかくね、人少ないし艦娘以外の職員って言ったら工廠にいる整備士さんとか技師さんくらい。あと、たまに清掃業者の人がくるくらい。」

「なんか、思ってたより現実的な基地なんですね、鎮守府って。」

「どんなの想像してたの~?」

「いやぁ、アニメとか漫画のヒーローたちの基地のようなものっそメカニックな施設があったり、いっそ地下にあるのかと思ってました。」

「アハハ。現実はこんな感じだよ~」

 

 那美恵は歩きながら手を広げてクルリとまわり、辺りを指し示す。那美恵と流留はおしゃべりしながら階段を上がって上の階に行き、そして執務室の前に来た。

 

 

--

 

 コンコンとノックをする那美恵。すると中から女の子の声がした。

 

「どうぞ。」

「失礼します。」

 那美恵は真面目な口調で返し、そして扉を開けて中に入った。

「あ!那珂さん!数日ぶりですね!」

 流留は執務室なる部屋に入って真正面ではなく、脇にある机と椅子にいるちんまい少女を目の当たりにした。彼女は那美恵に気づくと、席を立って小走りでそばに近寄っていく。

 那美恵はというと、相変わらずの愛らしさを放って近づいてくる五月雨を那美恵は抱きしめたい衝動を抑え、右手で敬礼するように前に出して普通に挨拶を返した。

「やっほ、五月雨ちゃん。元気してた?」

「はい!那珂さんこそ、あれから艦娘部の展示いかがでしたか?」

 

 五月雨がいきなり核心をついてきたのでそれならばと、那美恵は本題に入ることにした。

 

「うん。今日はね、うちの後輩を連れてきたの。さぁ、五月雨ちゃんに挨拶して?」

「○○高校1年、内田流留です。川内と同調できたから、これからは艦娘としてよろしくお願いします!」

「はい!私は○○中学校2年の早川皐月(はやかわさつき)って言います。この鎮守府では駆逐艦五月雨を担当しています。それと秘書艦です。よろしくお願いしますね!」

 

【挿絵表示】

 

 

 元気よく深々とお辞儀を流留にする五月雨。長い髪が両肩からサラサラと滑り落ちて前に垂れる。髪が肩口までしかなく短い流留はそれを見て、長くて綺麗だけど手入れが大変そうだなぁとどうでもいいことを頭に思い浮かべていた。

 その前に、流留は握手をしようと手を前に出していたのだが、五月雨が先にお辞儀をしてしまったので手が宙ぶらりんになる。五月雨が上半身を揚げて姿勢を元に戻すと、彼女はやっと流留の手に気づいて慌てて手を差し出して握手を交わす。彼女の顔は少し朱に染まっていた。

 

 挨拶した五月雨は那美恵と流留をソファーに促した。二人とも座らず荷物だけをソファーに置き、那美恵は五月雨に確認しはじめた。

「あのさ、うちの学校の子が一応同調できたわけだけど、提携してる学校の生徒を艦娘にするのって、具体的にはどういう手順を踏めばいいの? あたしは普通の艦娘として採用されたからわからなくって。」

 那美恵の質問を聞いて、五月雨は少し得意げな表情になって解説し始めた。

「そうですね。学生艦娘制度で提携してる学校から艦娘を採用するときはですね、いつもやってる筆記試験はありません。同調できたという証明さえあればOKなんです。」

「なるほどね。一般の艦娘とは試験がないってところがポイントなのね。」

 

「はい!それでですね、ここからが大事なんです。同調できたということを、提督か工廠の人たちが同調率を確認して初めて、艦娘になる正式な許可を貰えるんです。」

 五月雨の説明の数秒後、那美恵はゆっくりとしゃべりながら確認する。

「ええと。つまりあたしが内田さんの同調率を確認したところで、それは正式な判定ではない、意味がないってこと?」

「はい。」五月雨はサラリと肯定した。

 

 それを聞いた那美恵は、額に手を当て、しまったぁ!という表情をした。流留は二人のやりとりをポカーンと見ている。つまりよくわかっていない。那美恵はそんな呆けている流留のほうを向き、説明した。

「内田さん。つまりね、提督か明石さんの前でもう一度同調してもらわないといけないの。」

「ふぅん。そうなんですか。」

「ゴメンね。二度手間三度手間になっちゃって。」

「いいですって。もーあんな恥ずかしい感覚がないなら何度だって試しますから。」

 

 流留のその発言を聞いて、那美恵だけでなく五月雨もウンウンと頷かざるを得なかった。

「アハハ…同調の試験はもう一度受けてもらいますけど、身体は一度同調できてるからもう大丈夫だと思いますよ。」

「ねぇ。五月雨さんもやっぱり初めてのとき、あの感覚あった?」

「……はい。」

 流留のカラッとした聞き方に、五月雨は恥ずかしそうに答えた。

 

「そっか。艦娘になる人はホントにみんな感じちゃうんだ。はぁ……」

 同調の仕組みは全然わからない流留だが、みな同じ経験をするのかとわかると、なんとなく自分が本当に艦娘の世界に足を踏み入れていることの実感が湧き始めるのだった。

 

「も、もうそれはいいよね? さて、あとは明石さんのところに行って続きをはなそっか。内田さん、行くよ?」

「え? あぁ、はい。」

 初同調のときの感覚の話題を自身が望まないタイミングであまり続けたくない那美恵は早々に本来の話題に矛先を戻そうと流留の服の裾を軽く引っ張った。それに気づいたのと、先輩が話題を変えたので流留はおとなしくそれに従うことにした。

 五月雨は二人が出ていこうとする後ろ姿を軽く手を振って見送った。

「はい、行ってらっしゃ~い!」

「そういえば五月雨ちゃんは何時までいるの?」

 執務室の扉のノブに手をかけ、開ける寸前に那美恵は五月雨のこの後の予定を尋ねてみた。するとン~と小声で唸った後に五月雨は答えた。

「あと20分くらいしたら帰ります。実は待機室に時雨ちゃんたちを待たせるので。本館は私達で戸締まりしちゃうので、那珂さんたちは工廠に行くんであれば、忘れ物無いようにしてくださいね。」

「おっけぃ。わかった。じゃあそっちはお任せしちゃうよ。」

 特に用事はないのだが、五月雨たちしかいないとなると本館の戸締まりのことが気になる。那美恵はその心配で尋ねたが、時雨たちもいるとなれば問題無いだろうと察して執務室を後にした。

 

--

 

 本館を出て工廠まで来た那美恵と流留。工廠の入り口はまだ大きく開いている。夕日が差し込んできているが、工廠の入り口付近はまだ電灯がついていない。

 那美恵たちはスタスタと工廠に入っていき、いまだ作業中の整備士たちに迷惑がかからないよう避けて中を進む。那珂として那美恵はすでに顔を知られているため、夕方の挨拶をしてくる整備士もいた。那美恵は挨拶し返し、彼(女)らに明石の居場所を聞いてさらに進む。

 明石は工廠内の一角にある事務所のような部屋で数人の技師と話していた。会議中かと思い、那美恵と流留が外から彼女らを眺めていると、外に見知った少女2人がいることに気づいた明石が話を中断して戸を開けて出てきた。

 

「あら?二人とも。どうしたの?」

「はい。川内の艤装を返しにきました。」

「あーはいはい。そうでしたね。そういえば神通の艤装はどうなりました?」

 当然聞かれるであろうことを聞かれた。先の体験により少し言いよどむ那美恵だったが、黙っていても仕方ないので、答えることにした。

「あたしは93.11%で神通と同調できたんです。ですけど……」

「え!?那美恵ちゃん神通とも同調できたんだ!!すっごいわね~。でも、なに?」

 軽く深呼吸をしたのち、那美恵は意を決して続きを口にした。

「それがですね。2回同調を試しまして、1回目にちょっとおかしな現象になったんです。2回めは問題なく同調できたんですけどね。」

「おかしな現象?」

「はい。」

 

 那美恵は神通の艤装との1回めの同調のときに起きた異常を事細かに説明した。途中で突然思考が乱されるくらいの脳への情報の流れ込み、そして激しい頭痛。途中で入り混じった那珂と川内の記録の情景のことも覚えていることはすべて話した。

 明石はそれを聞いてしばらくは呆然としていたが、眉間にしわを寄せて那美恵たちから視線をずらして何かを考え始めた。そして彼女は那美恵に近づいて口を開いた。

「ちょっといい?神通の艤装と一度こちらで通信するよ。」

「通信するとなにかわかるんですか?」

 まずは神通の艤装のコアユニットを那美恵から受け取ろうとする。

 

「うん。コアユニットにはね、数回分の同調の記録がされるの。そこで正常だったか、エラーがあったかをチェックできるようになってるのよ。」

「へぇ~。でもあたしたちが借りたタブレットのアプリではその時のエラーしか見られませんでしたけど?」

「そりゃあ、同調の連続した情報は一応機密に近い情報だもの。管理者権限のないアプリでは履歴は見られないようになっています。那美恵ちゃんたちに貸したのは一段階低い、利用者権限のものなのよ。」

 そう言いながら明石は那美恵たちを事務所に案内し、事務所内においてあったタブレットを手に取り神通の艤装のコアユニットを近づけて画面を操作しはじめた。

 同調の履歴情報を参照し始めると、最新より一つ前の履歴がUnknown Errorとなっていた。本来参照されるべきログが、アルファベットにもかかわらず、激しく文字化けを起こしてまったく読めない状態になっていた。それをまじまじと見た明石はため息を一つついた後、側にいた自社の技師に指示を出し、何かを持ってこさせた。

 それは、神通の艤装のコアユニットと同型の箱であった。接続するためのケーブルがついている。それを見た那美恵は何をするのか聞いてみた。

 

「一旦このコアユニットの情報を全部コピーします。神通を形作ってる艤装の情報もコピーするから少し時間かかるから、ちょっと待っててね。コピーし終わったら、申し訳ないんだけど、また那美恵ちゃんには神通の艤装と同調してもらいたいんだ。いい?」

 もともと神通の艤装との同調を見せびらかす目的もあったので那美恵は快く承諾したが、明石からの要求は少々数が多かった。

「いろいろテストケース、つまり試すパターンを増やしてやりたいから、時間かかると思うの。今日はもうこんな時間だし、那美恵ちゃんたちもあまり遅くなる前に帰りたいでしょ?私達も定時退社したいし。それでね、もし那美恵ちゃんの都合がつくなら、明日午前中付き合ってくれない?」

 

 那美恵は自身の想像よりもおおごとになりそうな予感がしてきて不安がのしかかってくる感じがしたが、仕方なしに承諾する。学校へは阿賀奈経由で、艦娘部の大事な仕事があると連絡することにした。

 艦娘部としても、顧問の阿賀奈としても、学校との折衝を含んだ艦娘関連の初作業であった。

 

 

 

--

 

 那美恵はもう一つ話さなければいけないことがあった。

 それは川内の艤装と同調できた流留の、本当の試験のことである。学生艦娘の同調の試験について五月雨から聞いたことを明石に伝えると、明石はそういえばそうだったと笑いながら口にした。

 

「あ~そういえばそうでした。学生艦娘でも普段は鎮守府に来て試験してもらってたからすっかり忘れてました。今回は外に持ち出すっていう初の事例だから運用がまずかったですね~。」

「やっぱり外持ち出しっていろいろ問題あるんですね……。あたしとしたことが、もっと色々確認してから言い出せばよかったなぁ。」

「でも事前に同調できたかどうかがわかるのは良いポイントだと思いますよ。私達や提督の業界でいえば、単体テストと運用テストみたいなもんでしょうね~。」

 

 明石は業界でしか使われないような単語を言い出し、那美恵たちの頭に?を浮かばせる。が、那美恵たちは彼女が伝えたいことはなんとなく分かる気がした。

 

「じゃあせっかくなので、明日は流留ちゃんにも午前中来てもらいましょうか。それで改めて同調の試験。いいですか、流留ちゃん?」

「はい!全然問題ないです!」

「じゃあ明日は駅で待ち合わせしよっか、内田さん。」

「はい。」

 

「じゃあ二人とも、9時過ぎに鎮守府に来てください。多分明日は提督いらっしゃると思いますので。」

「ホントですか!?」

 

 明石の想像で言った言葉にすぐさまに反応したのは流留だった。だが明石は提督のスケジュールを知らないので、そんな期待の眼差しで見られても困ってしまう。一応明石は流留にすぐさま断っておくことにした。

「あ~、提督のスケジュールは五月雨ちゃんが覚えてるはずですのでそれはあとで確認しましょうね。」

 結局その日は那美恵たちは神通の艤装を預け、翌日の約束を取り付けるだけに留めることとなった。その後工廠の入り口で明石と別れ、本館に戻った二人だがすでに鍵がかかっていた。あれから確認やら話し込みで、すでに30分経っているのに那美恵は気づいた。

 連絡はあとでメールかメッセンジャーですればいいと思い、特段やることがなくなったため那美恵は流留に提案してみた。

 

「ねぇ内田さん。もー誰もいないけど、鎮守府の他の場所見ていく?」

「いいですねぇ!夕方の海ってなんかかっこ良くて好きなんですよ!見ましょう見ましょう!」

 

 

--

 

 閉まっている本館を離れ、工事現場の隙間を抜けて倉庫群に来た二人。鎮守府に来た時よりも強く朱が辺りを支配していた。二人ともなんとなく無言でテクテクと歩く。向かう先は倉庫群の先にある海だ。

 小さな港湾施設の手前に辿り着いた二人。那美恵が口を開いた。

「ここはこの地元の浜辺・海浜公園だよ。あっちがね、鎮守府Aの港だよ。近くの会社や団体とか海自、あとは……たまに民間人にも開放されてるらしいよ。」

「へぇ~! 海自って聞くと、なんか身が引き締まりませんか?」

「え?」

 

「だってさ、あたしたち、と言ってもあたしはまだ正式には艦娘じゃないですけど、艦娘が本当に国に関わる組織なんだなって実感湧いてくる感じです。海自と関係深いんですよね?」

 流留の素朴な質問だった。一度艦娘として海自と連携したことあるので、両者がなんだかんだいっても切っても切り離せない関係なのかもと思うところがあったので、那美恵は素直にその気持ちを流留に伝える。

 

「多分ね。あたしもそんな詳しいわけじゃないけど、一応海自の人と出撃任務したことあるし。」

「え!?マジですか!?すっごーい!」

 素っ頓狂な声を上げて驚きを見せる流留。周囲に人はいないので響き渡った叫び声がなんとも夕暮れ時の海辺の寂しさを増長させる。那美恵はそんな驚きを見せる流留に一言伝えた。

「あのさ。展示の説明の時、一度説明してるんだよ。覚えてない?」

 那美恵から指摘されると、恥ずかしそうに申し訳なさそうに流留は弁解した。

「あの時はすみません、ぼーっとしてて頭に入ってこなかったもんで覚えてなかったです。」

「あ、そっか。そうだったよね。ゴメンね、嫌なこと思い出させて。」

「ううん。いいですって。もうどうでもいい過去のことですし。」

 

 思わず触れてしまった、先の流留の問題の発端たる告白直後の出来事。那美恵は流留がまだ心のどこかでその時の心の乱れを気にしているのだろうかと、なんとなく心配をしていた。しかし、流留の口ぶりからはそのような不安げな様子は見られない。あまり裏表がなさそうな彼女のこと、おそらく本当にもうどうでもいいのだろうと、那美恵は納得することにした。

 

「はぁ~!気持ちい~! 早く海に出たいな~!!」

 突然流留は背伸びをして叫び声を上げた。夕暮れ時の静かな海、叫びたくなる気持ちもなんとなくわかる気がする。那美恵は後輩のはしゃぐ姿を見てクスリと微笑んだ。

「アハハ。正式に艦娘になったら、一緒に外に出てみる?」

「はい!その時はお願いします!」

 女二人の夕暮れ時の海辺での会話はそのあと数分続いた。鎮守府を離れる頃にはすでに18時を回っていた。遠目から見て工廠にはまだ明かりが灯っている。まだ誰かしらいるのだろう。

 あえてまた立ち寄る気もなく、二人は駅に向けて歩き帰路についた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。