同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 自身の高校と鎮守府の提携が決まり、制度に則って堂々と艦娘部を立ち上げるという目的を果たした那美恵。ようやく那美恵の、那珂の、そしてまだ見ぬ川内型の艦娘仲間の本当の物語の始まりが目前に迫りつつあった。
 喜んでばかりもいられない。本当の戦いはこれからである。那美恵たちは艦娘部の勧誘活動をせねばならない。そのための準備の一環として、艦娘と艤装の話を詳しく提督らから聴くためにまずは三千花とともに鎮守府に赴くことにした。



艦娘部勧誘活動1
艤装の持ち出しについて


 校長と提督の打ち合わせから1週間と3日ほど経った。いざ艦娘部を設立できるとなると準備が忙しくなり、那美恵はその間生徒会の仕事・部設立の学内の準備・鎮守府への掛け合いの3つをほとんど並行して行う日々を過ごす。

 提督から艦娘としての通常任務や出撃任務は控えられていたのと、もともと鎮守府Aは出撃任務自体が少なかったのが那美恵にとって救いであった。学生の身であるため、実際の作業は放課後の数時間で行うことがほとんどである。ため息をつく暇もない時間が続く。

 そんな忙しくなる日々の前、打ち合わせがあった翌々日のこと。

 

 

--

 

 那美恵は高校の授業が終わったあと、生徒会室への顔出しを軽くしてからすぐに鎮守府Aに向かった。目的は、以前質問した艤装の持ち出しに関する回答を聞くためだ。なお、学校側の代表として三千花も連れて行こうと思い提督に連絡すると、OKが出たので二人揃って学校を発った。

 

 その日鎮守府にはめずらしく全員が揃っていた。五月雨たちと五十鈴らは艦娘の待機室に、先日那美恵の高校に来た妙高は提督とともに執務室にいる。那美恵はノックをして執務室に入り、二人に挨拶をして提督に近寄った。三千花は執務室の前で待たせている。

 

「提督、昨日言ってた質問の回答聞きに来たよ。あと三千花連れて来たんだけど、入れていーい?」

「あぁ、どうぞ。」

「みっちゃん、入っていいって。」

「失礼します。」

 

 三千花が執務室に入ると、提督と妙高はにこやかな顔で彼女を迎え入れた。三千花は来賓扱いということで提督はソファーに案内し着席を促す。ほどなくして妙高がお茶を出してきた。

 

「あの、私ここまで案内されてもよかったんでしょうか?那美恵、那珂の関係者とはいえ一応部外者ですし。」

「いやいや、那珂の関係者だからこそいいんだよ。それにこれから伝える話はあなたにも一応知っておいてほしいからね。」

 

 三千花ははぁ…と返事をして、提督が話しのため準備が終わるまで待つことにした。

 その間那珂は何かすることはあるかと提督に尋ねたが、特にないので三千花と一緒に座っているようにと提督から指示を受ける。その提督は妙高に何か指示を出していた。

 

「提督。今日は五月雨ちゃん秘書艦席にいないのね。どーしたの?」

「ん?あぁ。今日は俺は朝から鎮守府勤務でね。五月雨は学校で外せない用事があったみたいだったから、急遽妙高さんにお願いしたんだよ。」

 その日は妙高が秘書艦なのであった。その妙高が内線で呼び出したのは工廠長の明石だ。

 

 明石は数分後、執務室にやってきた。メンツが揃ったので提督は明石を那美恵と三千花の向かいのソファーに座らせ、自身も明石の隣に座って話し始めた。

「さて、那珂から預かっていた質問を大本営、つまり防衛省の鎮守府統括部に問い合わせてみた。その回答が来たよ。」

「うん。」「はい。」

 那美恵と三千花は頷く。

 

「条件付きでOKとのことで、その条件とは……。」

「条件とは……? もったいぶらずにサクッと教えてよぉ~」

 那美恵は提督にやや甘えた声でせがむ。提督は少し溜めた後その条件の内容を口に出した。

「本人が同調して使える艤装ならOKとのことだ。」

「自分が?」

 那美恵は片方の眉を下げて怪訝な顔をして、提督の言葉を聞き返した。

 三千花は明石の方に視線を向けて言った。

「それって……?」

 それに気づいた明石は三千花のほうをチラリとだけ見てすぐに提督の方を向き、続きを促すべく小声で催促する。それを受けて提督は小さく咳払いをしてから続きをしゃべりはじめる。

「言葉通りの意味だよ。本人が同調して使える艤装なら持ちだしてもいいということだ。」

「いやいや、同じこと2回も言わなくてもわかってるって。あのさ、それじゃさ。意味……なくない?詳しく教えてよ?」

 那美恵の語気が荒くなり始める。提督の言い方にやや苛ついる様子が伺えた。

 

「今現在の艤装装着者に関する法律では、鎮守府つまり深海棲艦対策局および艤装装着者管理署の支部・支局外への艤装の持ち出しについては特に明記されていないんだ。」

「へぇ~そうだったんだぁ。じゃあ今は問題ないんだよね?」

 那美恵が期待を持って言うと提督と明石は明るくない表情になった。

「それが……そうでもないんだよ。だから持ち出していいよという簡単な話じゃなさそうなんだ。」

 とバツが悪そうな提督。提督の言葉の続きは明石が続けた。

「いわゆるグレーっていうことなの。艤装の任務以外での鎮守府外への持ち出しについては艦娘制度当初から特に定められてなかったみたいなの。」

「うん。そんでそんで?」

 那美恵は軽いツッコミで聞き返した。明石はそのツッコミ混じりの相槌を受けて続ける。

「ちょっと歴史のお勉強になるけどゴメンね。付き合ってね。……20年前に誕生した艦娘こと艤装装着者。彼ら彼女らの使う艤装は武装としても内部で使われている電子部品としても一級品のいわゆる金のなる木のような存在で、初期の数年では一部の鎮守府で国外への持ち出しがあったのが発覚したの。それを重く見た当時の政府は国内はまだしも国外に技術A由来の日本独自の設計による艤装が国外に渡って不意な技術流出があってはならない、ということで国外の無断持ち出しは禁止にと、法改正で決まったの。国外への持ち出しこそ禁止になったけど、法の施行当時まで、鎮守府外・国内の非戦闘地域への持ち出しについては特に誰も問題視しなかった。というよりもすっぽり抜け落ちていたらしいの。その後問題提起されたんだけど……。今回提督が防衛省に行って確認して、それでお偉いさんも思い出す羽目になって慌てて提督に臨時で言い渡したらしいのよ。」

 

「でも国内はおっけぃなんでしょ?」

「うーん。どうでしょね。提督からお話聞いて私も気になってうちの会社の艤装開発設計部の上司や関係部署にその辺りの法律関係のこと聞いてみたんだけどね。そのことについては取り決められてないから製造担当の企業である自分らでは判断しかねるって誰もが言うのよ。」

 

 続いて提督が説明を引き継いだ。

「銃や刀など、一般的な武装・武器なら銃刀法に照らし合わせるのが当然なんだけど、艤装はあまりにも特殊なケースすぎて従来の銃刀法に合わせるのはどうかという議論がその後あったそうなんだ。その議論を持ちだしたのは艤装を開発した当時の企業の集まった団体だそうだ。一般的な銃刀法には当てはまらないことと関連して国内の非戦闘地域への持ち出しについても問題提起がなされたらしい。与野党全政党、関連団体他巻き込んで相当揉めたそうで、現在まで何度か艤装に関する法の改正が持ちだされたんだけど、結局国内の戦闘・非戦闘地域への持ち出しの規定については見送られたらしいんだ。俺も法律について詳しいわけじゃないから、知り合いの弁護士事務所に頼んでやっとこさ調べてもらって知ったことなんだけどさ。」

 提督は手元の資料から一旦顔を挙げて那美恵たちサッと眺め、そして再び資料に目を向けて再開する。

 

「もともと日本国における艦娘……艤装装着者と深海凄艦に関する法律は20数年前の成立当時に大揉めに揉めてやっとこさで強引に成立させた、今にしてみれば結構穴の多い法らしい。なにせ今までありえなかった人外との戦いに対応するものだからね。とはいえ明確に敵に対して軍事力を行使するってことに敏感な人達が騒いだことも影響したそうで、結局2度目以降の法改正も見送られて議論も続いたまま。だから日本国の法としては国外禁止止まりということ。でもだからといって国内の自由持ち出しが公的に認められたわけではないんだ。非戦闘地域への持ち出し禁止の根は張られているかもしれない微妙な状態ということ。今は国内外の情勢の別問題もあって表沙汰にならなくなったけど、実は現在も関係各位と話をすりあわせて議論を続けている議員さんもいるとか。」

 

 いつの間にか視線は下、つまり手持ちの資料に向いていて、眉間にしわを寄せて難しい顔をして話していた提督だが、那美恵らのほうに視線を戻して表情を和らげた。

「……ま、そのあたりの詳しい事情は又聞きになってしまうからツッコまないでくれ。だから黙ってやろうと思えば、どこにだって持って行けてしまうんだ。」

 那美恵は法が絡んだ内容に興味なさそうな反応をし、提督をただからかうのみ。一方の三千花は内容に少し興味がある様子を見せる。

「艦娘と深海凄艦に関する法絡みの話って大変だったんですね……。知らなかったです。今回西脇提督が防衛省に聞いてわかったことですけど、もしかしたら艤装を黙って自由に持ち出してる鎮守府は今でもあるかもしれませんよね?」

「多分、あるだろうねぇ。」

 提督は予想を答えた。

 

 法律でその部分に言及する条文がなければ、抑止力がないために倫理的には禁止と思える行為を堂々とする輩は少なからずいるのが世の常である。艦娘の艤装は他の機器とは違い、技術A由来の同調という人と機械のいわゆる相性診断で明確に使用者を判別するため、持ちだされても使えない可能性が大きく悪用される危険性は低い。ただし分解されればその価値はまったく違うものになる。横流しして海外に艤装を持ち出すのに一役買っている鎮守府もある。そうして流れた先では、結果的には他国の役に立つ場合もあるが大抵は闇の世界行きである。つまりは分解され貴重な部品として売られてどこかの団体の財布を潤したり軍備の増強に繋がるなどだ。2080年代の今でも闇の世界は昔からあいも変わらずなのだ。

 表沙汰にならないのは、艤装があまりにも特殊なケースすぎるため、鎮守府が隠してしまえば鎮守府を管理する国(政府)としては法律にないがために調査し、情報開示さす強制力がないのである。

 

 鎮守府Aを任されている立場の西脇提督としては、法にないとはいえさすがに勝手に持ち出すようなことはしたくない、仮にでも大本営からそう言われたなら筋を通してそう扱いたいという考えである。

 

「まぁ法改正まわりは議員の先生方に任せておくとしても、実際の法律がどうであれ一度問い合わせた以上は従いたいというか従わないと気まずいからさ。俺らとしては防衛省のお偉いさん方から急の言いつけとはいえ、それにキチンと従って成果を出しておけばさ、持ち出しをうまく容認してくれる勢力の議員の方々の力にもなれるだろ?だから……」

「だからつまり、あたしは那珂の艤装しか持ち出せないってことだよね?」

「あ……。まぁ。そうなるな。」

 苛つきがさらに強まっていた那美恵は先程よりも言葉の勢いが荒々しくなっていた。それに気づいた提督は気まずそうに返す。

 提督からの返しの一言を聞くと、那美恵はソファーから急に立って激しくまくし立てた。

 

「それじゃあ意味ないじゃん! 那珂はあたしが使ってるんだよ!?他の艦娘用の艤装じゃなきゃ!」

「いやまあ、そうなんだけどさ……」

 提督は那美恵をなだめようとするが、那美恵は収まる気配がない。

 

「これから配備される艤装勝手に持ち出させてよ!法律にないんだったらいいでしょ!?政治家さんの事情なんてあたし知らないもん!これから艦娘になってもらえそうな人のための艤装を持ち出せなかったらまったく意味ないよ……。」

「一応大ほんえ……防衛省のお偉いさんとの決まりだからさ・・」

「だから法律にないそんな口約束なんか反故にしてうちらも持ちだしちゃえばいいって言ってるの!」

 

 那美恵が激昂する理由。それは同調できる艤装、つまり自身の担当である那珂しか持ち出せないという本来の希望とはかけ離れたことをその場しのぎで適当としか思えない条件をしてきた大本営に対して、そしてそれを承諾してしまった提督の甘さに対してであった。那美恵の中では法や政府のやりとり云々は眼中になく自身の目的のためということで、提督や明石にとっての向いている視野が異なっていた。

 

「那美恵、落ち着きなさいって。西脇提督もきっと立場上つらいはずなんだから。」

「そんなことわかってるよ。」

 三千花の制止も一言で振りほどき、那美恵は再び提督に詰め寄る。

「提督さ、大本営からそういう条件の言い方されて、はいわかりましたって下がってきたの?」

 

 強い剣幕で迫る那美恵にあっけにとられ提督は無言で頷く。それを見て那美恵は呆れたという意味で大きくため息をつき、ソファーに倒れこんだ。

「はぁ……甘い人だとはなんとなくわかってはいたけどさ、しっかりしてよぉ! あたし……たちの頼みの意味をもっと理解してから大本営と交渉してよ! もしここで余計なこと聞かなきゃ、ううん。うまい条件を取り付けられれば、あたしの高校だけじゃなくて、今後他の学校に対しても正しい手続きで持ち出せて、もっと効率よく艤装とフィーリングが合う人を探し出せるかもしれなかったんだよ?提督が言うところの味方になってくれそうな議員さんの力にだってもっと適切になれるかもしれないんだよ!?」

 

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 若干ヒステリックな口調で詰め寄られ、提督は一言で謝した。

「すまなかった……。」

「せめて大本営に話に行く前に私たちにもっとちゃんと意見を求めて欲しかったよ……。」

 那美恵のその消え入りそうな覇気のぼやきを聞いた提督はもはやはっきりとした言葉が出ず、ただただ態度で謝ることしかできずにいた。那美恵はその様子を見て怒りが通り過ぎたため、一旦深呼吸をして気持ちを落ち着かせることにした。

 

 那美恵は、提督に対してこう思った。

 自分と同じように根元では責任感があって物事に対して真摯に取り組む人だが、詰めが甘い。あと基本的には議論が苦手な人なんだろう。以前親友が評価していたように、この提督の運用の仕方で果たして大丈夫なのか。親友の言っていたことは当たりなのかもしれない。この提督のもとで艦娘が安心して働けるようにするためには、細かいところでしっかり立ち居振る舞えるようにさせないとダメだ。そのためにも自分が、そして自分ではわからない分野ではこれから採用される別の艦娘で補ってあげるようにさせないといけない。

 

 提督の頭の中でぼんやりと浮かんでいる、様々な仕事を多くの艦娘たちにさせて分担して運用させたいとしていた考え。それは提督の代わりに、那美恵の頭の中でその意義と形がはっきりした姿で生み出されつつあった。それは今後、多くの鎮守府の内、鎮守府A独自の運用にまでなる。

 

 

--

 

 那美恵は思考を切り替えてある考えを提督と明石に打ち明けることにした。座りながら前のめりになり、テーブルに手をついて提督たちを上目遣いで見るような体勢になる。

「言われちゃったもんはしょうがないや。今回は提督の顔を立ててあげる。今後どこかでまた大本営にきちんと交渉してもらうとして、今さっき思いついたことがあるの。明石さんも聞いてください。いーい?」

「え?あーはい。なんですか?」黙っていた明石は一言返事をする。

 

「まずこれから配備される予定の艤装は何があるの?それ教えて?」

 提督は後ろにいた妙高と隣にいた明石と顔を見合わせる。しかし妙高はわからないので頭を横に軽く振る。明石は直近では確か神通が……とだけ言い、それ以上は自分まで情報が降りてきていないのでわからないとつぶやいた。その辺りの情報は正規の秘書艦たる五月雨に管理を任せているためだ。その資料にあたるものがどこにあるのか五月雨以外は誰も知らない。

 しかたなく提督は五月雨を呼び出す。ほどなくして五月雨が執務室に入ってきて、秘書艦席からある資料を取り出して提督に渡した。

 

「ゴメンなさい。そういうお話になるとは知らなくて、この資料わかりづらい場所にしまってました。」

「いやいい。大丈夫。」

 五月雨を優しくフォローした提督は彼女から手渡された資料を確認し、そしてそれを那美恵に伝えた。

「1週間後に軽巡洋艦神通、その後同じく軽巡洋艦長良、名取。未定となっているが夏までに駆逐艦黒潮、重巡洋艦高雄。直近ではその5機が配備される予定だ。今うちにある誰も担当していないストックの艤装が川内だけ。だから直近では川内と神通がうちに配備されるぞ。あくまで予定であって、時間的な話は多少ずれるかもしれないけどな。」

 

「あとは神通かぁ……。」

 それを聞いた那珂は小声でひとりごとを言い、その後思いついたことの続きを語り始める。

「率直に言うとね、川内と神通の艤装、あたしにちょーだい。」

 

「へっ!?」

「えっ!?」

 提督と明石はほぼ同時におかしな声をあげた。そして提督は反論する。

「な、何言ってるんだ!?光主さんには那珂の艤装があるだろ!」

 

「うん。けどあたしは川内にも合格しているんだから、川内になってもいいでしょ? あたしさ、実は最初に艦娘の試験受けに来た時に、同調のチェックで川内の艤装に91%で合格していたんだ。」

 最後の説明は三千花に対しての言だ。

「え?そうだったの? じゃあなみえは川内でもあるんだ?」

 三千花が率直に尋ねると那美恵は頭を振ってそれに答える。

「ううん。あたしはあくまでも艦娘那珂だよ。試験の時あたしはその後那珂の艤装と同調のチェックしてもっと高い数値で合格したからそっちを選んだの。」

 

「そうか。川内の艤装とも同調で良い数値出してたのか。那珂の同調の数値に注目しすぎてすっかり忘れてた。というか一人で複数の艤装に合格するのってありえるのか?」

 提督は明石の方を向いて彼女に質問する。明石は片頬に手を当てて悩むポーズをしつつ答える。

「えぇと。ありえないことではないと思いますけど、多分まれです。」

 そう一言言った後に続けた明石のは説明を続けた。

 

 艤装にインプットされる艦の情報は膨大なものである。人格を有することができるほどに高密度な情報がインプットされたメモリーとそれを処理する基盤が搭載された艤装とフィーリングが合い同調できた場合、姉妹艦であったりその艦と深く関わりのある別の艦の情報がインプットされた艤装でもフィーリングが合う可能性は少なからずありうる。

 ただ一般的には一つの艤装で同調して合格したら、その艤装装着者=艦娘として採用されて試験は終了する。そのためそれ以上別の艤装でチェックされることは、本人がはっきりと望んで言い出すかその他特別な条件下でないかぎりは行われない。

 とはいえほとんどの受験者は、用意された艤装の同調すべてに不合格となるのが常であるため、1つに合格するというスタート地点に立てない。そもそもの可能性がない。

 受験時、川内の艤装で合格した後に那珂の艤装をも願った那美恵は最終的に両方で同調できたので、まれだと判断されるのである。

 

 

--

 

「百歩譲って川内はいいとしても、神通はまだうちに正式配備されていない。だからくれと言われても……。」

 提督は尻窄みの言葉になりながらも反論し続ける。那美恵は現状を踏まえて、妥協案を提示した。

「ま、神通の艤装はまだ可能性の域出ないから半分冗談として、川内は欲しいな。そのあたりの法律だったり規約はないから判断できない?」

 

 判断に困ってうつむきがちな提督の代わりに明石が答え始める。

「えぇとですね。艤装の装着者と艤装の担当に関することは別に法律じゃなくて、あくまで制度内で定められる運用です。各鎮守府に向けて推奨される運用であって、厳密に制限されていることはなかったはずなんです。だから鎮守府で独自運用したとしても、大本営は大目に見てくれると思うんです。」

 

 希望的観測で明石は言うが、最後に付け足した。

「……私今なんの資料もなくものすごく勝手なこと言ってますから、あまり真に受けないでいただきたいですけど。ただ技術者側から見たら、那美恵ちゃんみたいな例はどんと来いって感じですね。むしろ那美恵ちゃんをあれやこれやいじったり解剖したり調査したいくらいですよ~。」

 付け足しがやや危ない方向に行きつつあったので、最後の方のセリフについては提督たちはあえて無視しておいた。明石は提督らの反応に気づいたのか、顔のニヤケをやめて続きを語る。

「……コホン。提督、推奨されているというだけの以上は、うち独自の運用を適用してもいいと思うんです。今さっき言いましたけど、那美恵ちゃんみたいな一人で複数の艤装と同調できる例は冗談抜きで、私達艤装開発・メンテする立場としては、嬉しい存在なんです。」

 明石は技術者的な面で、那美恵の今回の提案を認めて欲しいと暗にほのめかした。

 

 

「明石さんがそこまで言うならいいか。ただし神通は届いてから同調のチェックで合格できなかったらすまないがナシだ。そこだけは守ってくれ。」

「やった!! うん。おっけーオッケー!」

 那美恵は提督の言葉を聞いて両手でパンッと手を叩いて声を上げる。

「ただ俺が少し気になるのは、複数の艤装を同調して使いまわして本当に大丈夫かという点なんだが……。」

「まぁ、使う本人は異なる艤装の同調をするので精神的に疲れるかもしれませんから、その点は那美恵ちゃんは気をつけて那珂ちゃん、そして川内ちゃんになっていただくべきかと。」

 提督は装着者である那美恵をやや心配し始める。明石も心配ながらも艤装の技術者らしいフォローの言葉を発した。そんな提督と明石から承諾の意を受けた那美恵は頭を振って、自身の狙いの真意を話し始めた。

「あー、二人ともちょっと勘違いしてる? あたしね、別に本気で川内や神通という艦娘になる気はないよ。」

「「?」」

 提督と明石は?な顔をして那美恵を見る。

「自分が使える艤装じゃなきゃダメって防衛省の偉い人が言うならさ、一度同調してあたしのものにしておけばあたしが自由に持ち出せるでしょ?」

 

 提督らはなるほどと相槌を打った。

「そーやって理由付けできるなら、糞真面目で律儀な提督だってすっきりOK出せるでしょ。」

 言葉の最後の方はゆっくりねっとりとした口調でもって皮肉気味に提督に視線とつきだした唇を向けて那美恵は言った。提督はその仕草の真意に気づいてかいおらずか、こめかみをわざとらしくポリポリと掻いて口を開いた。

「……さすが光主さん。わかってらっしゃるわ」

「エヘヘ~。提督の真面目さなんてすーぐにわっかりますよぉ~~だ。提督の顔立ててあげるんだから感謝してよね?」

 那美恵は、提督が何か物事に対して正当な理由、筋がはっきり見いだせないと動けないという、誠実であるがゆえの融通の効かない点を察していた。

 

 

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 那美恵と提督が話している姿を、妙高と並んで後ろに立って見ていた五月雨がポツリとつぶやいた。

「提督のことわかってるなんてすごいですね~。私なんか最初からいるのにあまり……。」

 それが聞こえたのは妙高だけだったので、妙高は五月雨の肩を抱いて、彼女に顔を横から近づけてささやく。

「五月雨ちゃん、人それぞれなんだから。あなたはあなたのペースで提督のお側で一緒にお仕事をして、彼の役に立って支えてあげればいいのよ。」

 と小声で、まるで母親が娘に言い聞かせるような雰囲気を出して言葉をかけていた。

 

--

 

 そんな五月雨たちの小さなやりとりに気づくはずもない提督は、那美恵をべた褒めして彼女を照れまくらせていた。

「光主さんはすごいわ。機転が効くというか発想がすごいというか。ほんっと助けられてる。」

 横髪をくるくるいじりながら那美恵は言葉を返した。

「いやだなぁ~提督ぅ~。あたしおだてても何も出ないよぉ~?ちょうきょ…支援してあげてる甲斐あるなぁ~」

「……おい待て。今調教って言いかけなかったか?」

「気のせい気のせい。」

 

 那美恵の冗談で言った一言を問い詰めようとした提督はツッコミを入れる。そんな提督からのツッコミに那美恵は手のひらをブンブン振って一応否定するのだった。

 

 

--

 

「そうだ。今日時間まだあるか?」

 提督は那美恵に尋ねた。

「うん。あるよ。みっちゃんも大丈夫だよね?」

「えぇ。大丈夫。」

 

 那美恵たちの返答を受けて提督は続ける。

「今から工廠に行って念のため川内の艤装の同調チェックしてみるか?」

「え!?今から持ち帰っていいの?」

「……いや、確認するだけだよ。それに今から持ち帰っても大変だろ。」

「そっか。エヘヘ~」

 提督がもう持って帰れる手はずをしてくれるのか素早いなと那美恵は勘違いしてしまった。提督の言葉を受けて明石は準備してきますと言い、先に工廠へと戻っていく。

 

「じゃあこの場での打合せはお開きとして、工廠に行こうか。光主さんたちは当然行くとして、五月雨、付いてきてくれるかな?」

「え?私も行っていいんですか?」

「あぁ。今日の秘書艦の仕事は妙高さんに全部任せてるからさ。五月雨には後学のために一緒に見ておいてほしいんだ。」

「はい。わかりました。」

 元気よく返事をする五月雨。那美恵はそれを微笑ましそうに眺めた。

 その後荷物をまとめて那美恵と三千花も執務室を出る準備をする。数分後提督、那美恵、三千花、そして五月雨は遅れて工廠へと足を運んだ。

 


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