グラウンドを横切り東門から出ると、道路を挟んだ向かいに工廠や訓練場、出撃用水路のある、艦娘にとっては必須となる施設が揃う区画になっている。
門をくぐり入るやいなや、提督が三千花らに一言注意する。
「ここからは俺が指示した場所でのみ、撮影をお願いします。あなた方も勉強されてきておわかりでしょうが、国家機密・防衛上の機密になる部分が少なからずあるので、くれぐれも注意して下さい。まあぶっちゃけ俺もよくわかっていないんだけど、どれがまずいかは一応聞いておいたから、君たちも気をつけてくれよ。」
機密、という言葉と先ほどとは空気の違う注意をしてきた提督のセリフにより三千花らはゴクリとつばを飲んで気を引き締める。しかし提督が普段のくだけたしゃべりになったことにより、一瞬硬直しかけた雰囲気も砕かれ、三千花らは気が楽になった。
まず提督が案内し始めたのは工廠。
鎮守府Aの工廠では艤装の開発・製造は行われておらず、最大でも艤装で使う装備の開発だ。普段は各機器のメンテナンスがメインである。その他、新装備の研究開発が限定的ではあるが行われる。
そんな工廠の長として紹介されたのは、造船所を持つある製造業の会社の女性社員である。彼女もまた艦娘として採用されていた。その会社は大本営自体と提携してるため、各鎮守府に専属の技師兼艦娘として配属される。ただし戦闘には参加しない、非戦闘員型の艦娘である。
「お、明石さん。ご苦労様。」
「あ、西脇提督!お疲れ様です。」
提督から明石と呼ばれた女性がつなぎ風の作業着の格好のままで工廠の入り口に来て、挨拶を交わす。
「こちら、鎮守府Aの工廠長で、○○株式会社からの派遣で工作艦の艦娘である、明石です。」
「初めまして。ただいまご紹介にあずかりました、工作艦明石です。本名は
「……まぁ、なんだ。彼女は本名も明石といって、読み方は違うが同じ漢字なんです。うちの艦娘たちの艤装のメンテは彼女が面倒みてくれているんだ。那珂はもう何度かお世話になってるからいいよな?」
「明石さん、いつもありがとー!」
「いえいえ。どういたしまして。」
明石と一緒に、その会社からは実際の技師が数名派遣されている。その日は2人ほど来ているため、彼らも挨拶をしてくる。提督以外に出てきた大人たちに挨拶をし返しつつ、書記の三戸が提督に質問ともつかぬ感想を口にした。
「艦娘以外の人も普通にいるんすね。俺てっきり艦娘しかいないのかと思ってました。」
「工廠とか一部の施設ではね。国から預かってる設備では国が提携している団体や企業から派遣されてくる人が職員として担当しているんだ。それ以外の場所では、おおよそ学校と似たようなものと思ってくれていい。学校だって生徒と教師がメインだろ? それが鎮守府では俺、提督と那珂たち艦娘なんだ。」
提督の追加の説明に合点がいった三戸はすぐにメモに書き留める。
「工廠のことは明石さんのほうが詳しいから、彼女にバトンタッチ。明石さん、よろしくお願いします。」
「はい、任されました。」
提督は明石に向かって任せたという意味を込めてハイタッチするような仕草をした。
工廠のことを語る明石の説明は、那珂や三千花らにとっては専門用語が飛び交うちんぷんかんぷんな内容だった。始まって数分で書き留めるのに追いつけなくなった書記の二人はメモを書くのを諦め、動画と音声による録画に切り替えている。
「ねぇ……ねぇ、なみえ。あの人の言っていることわかるの?」
眉間に若干シワを寄せて悩み顔の三千花が小声で那珂に尋ねた。密やかに聞かれた那珂は、三千花に向かってニンマリと笑顔であたまを横に振って返した。
「だったらあの明石って人にもっとわかりやすい説明にしてってお願いしてよ……。これじゃ報告書で工廠のことうまく書けないよ。」
近くにいた書記の二人は三千花のその不満に激しく同意したようで那珂と三千花の方をむいて無言で首を縦に振る。
「大体の役割がわかればいいわけで、別にすべてわかって書く必要もないと思うけどなぁ。まーでもさすがにこんだけわからないとちょっとね~。」
そう言って那珂が明石に向かって文句を言おうとすると、先に提督が口を挟んだ。
「ちょいちょい、明石さん。話が専門的な内容になってきてるぞ。相手は学生さんなんだからわかりやすい説明で頼むよ。」
「え?あぁ……失礼しました。つい熱が入ってしまいまして。……もしかして提督もご理解が?」
「俺はIT関係だもん。近い技術職だからってくくらないでください。製造業の内情なんて知らないよ。」
「わかりました!じゃあ提督とは今夜コレしながら、技術談義に花を咲かせまsh」
「それはいいから!今はお客様の前だろ……。」
くいっとお猪口で酒を飲む仕草をして提督をさり気なく誘う明石、それに真面目に提督は突っ込んだ。
何やらただならぬ発言を聞いた気がするが、脱線して見学の時間を長引かせたくなく、また提督と明石さんを変に困らせるつもりもなかったので、那珂はその場では二人の様子をじっと見てるだけにした。
--
「コホン! それでは説明を噛み砕いてさせていただきます。」
そう言って明石が改めて始めた説明は先程よりも幾分わかりやすく、書記の二人もその場でのメモが少し捗ってきた。
工廠の役割について聞いた三千花ら3人。三戸がこんな質問を投げかけた。
「あの、明石さん。この工廠で、艦娘の装備とか以外のものも作ったりするんすか?」
「え?どういうことかな?」
三戸の質問の意図が見えず明石は聞き返す。
「あーえぇと。艦娘の艤装以外の機械も作れるなら、周りの会社や市民の役に立てるんじゃないかな~って思っただけなんっす。あまり深い意味はないっす。」
自分でもパッと思いつきで言ったことだったらしいが、そのアイデアは明石と提督に響いた。
「なるほど。例えば機材の修理を請け負うとかそういうこともできれば、この工廠を変に遊ばせておかずに済むな。明石さんの会社というか、明石さんたちって、艤装以外のものも取り扱いはできる?」
「えぇ。私は艦娘の艤装専門ですけど、会社に言ってその分野の技師を集めて担当させることならできるかと。実際ここに来てる私以外の技師って、彼らの専門って別の機器だったりするんですよ。
ですから彼らの専門的な機材の取り扱いができるなら、私達のモチベあがりますし、実地研修にもなって会社にも話を取り付けやすいかもしれませんね。」
思わぬアイデアに乗り気な提督と明石。明石は三戸に感謝を伝えた。
「ありがとうね、君。さすが男の子だね! こういう機械いじりとか、コッチ方面もしかして好き?」
「あ……はい! わりといろいろと好きです!」
那珂・三千花・和子の3人は、そう言う三戸の視線が明石の首から下の体のボリュームのある部位を泳いでいるであろうことが容易に想像できたので、左右後ろから鋭い視線を送りつけておいた。が、三戸はそんな視線なぞ気にしていない。大人の女性がいたので少々舞い上がり気味なのだ。
明石はゆったりした作業着にもかかわらず膨らみを隠し切れていない自身の胸が、目の前の青年に対する武器になっていることなぞ微塵も意識していなかった。色気よりも食い気(技術や機械)。そのたぐいに興味がありそうな人には純粋に迫ろうとするのが、鎮守府Aの明石担当、明石奈緒であった。
「そっか! 就職するときはぜひうちの会社に……」
「コラコラ。こんなところで無関係な青年を勧誘しないでくれ。」
提督は説明が脱線している明石を諌めて元に戻させた。三戸がニヤケ顔で那珂や三千花らのほうに戻ると、やっとこの段階で鋭い視線が激しく突き刺さってきて気まずさを感じ取った。
「提案したところまではよかったんだけどね……」
「三戸君はああいう大人の女性が好きなのか~そうかそうか~」
鋭い視線のあとに続いたのは、三千花と那珂からの嫌味混じりの言葉だった。