同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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カミングアウト

 無事に家についた那美恵は、時間を見るとすでに6時を回る頃だった。事前に連絡を入れていたおかげか、那美恵の母は那美恵が念のためドアのチャイムを鳴らすとすぐに出てきて娘の顔をマジマジと見つめた。娘が仕事とはいえ朝帰りをするなどと、心配に心配を重ねた表情でもって那美恵を抱きしめた。

 

「お母さん~あたしは大丈夫だから。心配しないでって言ったでしょぉ?」

 

 いくら国(の末端の機関)の管理が行き届いたとされる職場とはいえ、怪物と戦う艦娘になって、夜通しで戦っている娘を心配しない親など絶対にいない。前日に提督から連絡を受けた那美恵の両親も、しぶしぶながらも了承した一家のうちの一つなのだった。

 とはいえ那美恵の両親、特に父親はそれほど心配していなかった。

 那美恵の父は昔歴史に名を残しかけた偉大な母親に育てられた息子であり、母親の性格をしっかり遺伝して無駄に明るくお調子者、それでいて母親を超えるなんでも出来るまさに"出来る男"だ。社会に出て、子供ができて脂の乗った年代になった彼は、今や仕事も家族サービスもバリバリこなすダンディなおじさまを地で行く人物となっている。

 那美恵は偉大な祖母、明るくお調子者で何でもできる父親の影響を多大に受けて育った。お調子者で気楽な性格、何でもそつなくこなしてしまう才能の遺伝のため、母親の心配などぞどこ吹く風な態度でこれまでの17年間過ごしてきた。父親はそんな娘の性格や能力をわかっているがゆえ、無駄な心配をしないで那美恵を信じて自由にさせている。

 

 これまで那美恵の母親は心配事といっても、せいぜい学校の行事で遅くなったり、休日に地域のボランティアなどで遠出するときにするくらいであったが、娘が艦娘になってからのこの3ヶ月近く、今までとは比べ物にならないほどの質と量の心配をすることになった。今回の泊まりでの出撃任務で、母親の心配は最高潮に達したのである。

 とはいえ娘が頑として譲らずやろうとしている艦娘の仕事を無下に反対するほど子供の意志を尊重しないわけではない。むしろお国のために働いていることが将来安定した生活の構築につながるかもと密かに期待をかけている。決して娘である那美恵には明かさないでいるが。

 

 親の役目としてとりあえず口をすっぱくしてクドクドと心配を口にする母親に那美恵はハイハイと適当に聞き流しつつ、家に入りサッとシャワーを浴びてまだ少し早い時間のために一眠りすることにした。

 今更娘のやることに反対はしないが、今日び戦死するなどという一般人の生活からはありえない死に方をしないでほしい、それだけが心の底から常にする最大限の心配であった。それから女の子であるので大変なところに傷をつけて将来に影響を残さないでほしいとも。

 

 一方の那美恵は朝の僅かな時間ではあるがすでに寝息を立てていた。護衛艦内での眠り、提督の車の中での眠りとは比較にならないほどの安心した眠りであった。

 そのため、普段学校へ行く時間ギリギリになっても起きてこないことを心配した母親がたたき起こしに来てようやくうっすら目を覚ますくらいである。

 

 完全に安心しきって深い眠りについていたため母親からうるさく言われても半分くらい眠っている那美恵。朝ごはんをのんびり食べながら、時計を見ると、普段なら家を出てだいぶ経つくらいの時間になっていることにようやく焦りを感じ始めた。まだしていなかった登校の準備を慌ててして学校のかばんを持ち、ボタンを留めきってないブレザーを羽織って家を飛び出していった。

 

 那美恵の家からは、地元の駅より電車で2駅のところが学校である。

 

 

--

 

 

「会長、今日はギリギリの登校でしたね。どうしたんすか?」

 

 お昼休み、生徒会室でヘタっている那美恵を見て男女二人いる書記のうち、男子生徒が尋ねた。彼は教室の窓際から、走って登校してきた那美恵を見ていたのだ。

 彼は三戸基助、書記だ。軽い口ぶりと態度でひょうひょうとしたところがあるが、那美恵からの信頼は厚く、気を許す男子生徒の一人だ。

 

「うん。ちょっとね~昨日から泊まりで艦娘の仕事でさ。今朝帰ってきたの。」

「え!?会長艦娘やってるんすか!?」

「そーだよ。」

「よくなれましたね……あれなれる人少ないって聞きますけど?」

 三戸が質問をした。

 

 世間一般的な認識はそうなのか、と那美恵は思った。実際艦娘の試験を受けに行くと、試験が難しいから競争率が高いというよりも、最終試験である艤装との同調のチェックで、波長が合わずに合格できない受験者がほとんどなために競争率が高いという結果となる。

 ただ、世間ではどのみち競争率が高い職業・仕事・イベント事と認識されているのだった。

 

 実情を事細かに話そうと思ったが、疲れていたのでその場では適当な返事だけして、那美恵は机の上でへたり続けた。

「……うん。まぁね~。でも面白いよ~。いろんな人と出会えるし、ストレス発散になるしいろいろ優待もらえるし。まぁ戦うのは大変だけどね……」

「ストレス発散になるっていってるわりには今の会長疲れてるじゃないっすかw」

 

 三戸の鋭いツッコミに那美恵は彼の肩を軽く叩き、少し甘えた感じでぐずって返す。

「う゛う~!昨日今日は特別なの!正しい手順踏んどけばホントなら今日休めるはずだったのに~!完全にあたしのミスだよぉ~。 三戸くんあたしを癒やせよ~!」

普段に輪をかけてボディタッチをしてくる生徒会長たる那美恵につっつかれてドギマギする三戸は反応に困りつつも、

「ははっ、触り返していいなら触っちゃいますけど?」

と言い返し、那美恵からの無言の自発的な拒絶を得た。

 

 那美恵はその後もう一人の書記、女子生徒に向かっても愚痴を漏らした。

「ねぇわこちゃんどー思う!?あたし今の生活続いたら過労死しちゃいますよ?」

 

「はぁ、そう言われましても……そうなんですかとしか……。」

 向かい側に座っているわこちゃんこと、もう一人の書記兼会計で女子生徒の毛内和子は前頭部につけた髪留めあたりの髪を撫でていじりしつつ、適当に相槌を打った。三戸と同じ書記の彼女は物静かな性格だが、仕事などやるべきことに関してはキビキビ動く少女だ。三戸と同じくらいに那美恵の信頼は厚い。

 

「それにしてもミスって言いますけど意外っすね。会長なら艦娘というのになっても完璧にバリバリ活躍して周りの人巻き込んで引っ張っていってるイメージありますけど。」

「あ、さりげなくひどいこと言われてる気がするー。三戸君から見てあたしってどういうイメージなの~?」

「いやいや。会長はミスとは無縁な人なのに何かあったのかなっていう心配をしてまして……。」

 三戸は照れながら那美恵をフォローするかのように返す。

 

「あたしだってミスの一つや二つするよ~。今回のはミスっていうよりも、あたしの努力が足りなかったからで……あ、となるとやっぱりミスでいいのかな?」

 那美恵の言い訳と自己問答をなんとなくただ眺めている書記の二人。那美恵は時折クネクネと身体をひねったりしかめっ面をするなどして、傍から見ると何を考えてやっているのかわかりづらいアクションを起こしている。三戸と和子も会長である那美恵を最初見た時は頭の弱い人か!?と思ったが、それはまったく的外れの感想であることをすぐ後に知った。

 二人は生徒会に入り、那美恵の巧みなまでの仕事っぷり・人さばきを目の当たりにして、一瞬で考えを改めてさらにそれを飛び越えて那美恵の性格や振る舞いにも心酔するようになった。あの性格や振る舞いも、慣れれば別段鼻につくわけでもなく、本気でイラッとするわけでもない。きっと天才であるがゆえの表裏一体の行動なのだろうとあきらめにも似た感覚を覚えたのだった。

 

「ホントに何かあったんですか?私達で良ければ伺いますよ?」

 と和子は心底心配そうに那美恵を見つめる。

「おぉ!?マジ~?」

「完璧な会長が見るからに弱気を吐いていれば、どうしても気になります。」

 

 最初はあの会長のことだから、特に話半分で聞いていてもいいだろうと和子はなんとなく思っていたが、ガチでやるときと普段のおちゃらけのどちらなのか判別がつかなかっため、気になってきたのだった。

 それはもう一人の書記の三戸も同じ様子だった。

 二人が興味を向けてきたのでシメシメと思い、那美恵は話を持ちかけてみた。

 

「せっかく艦娘やってるってカミングアウトしたんだし、ちょっといいかな、みんな。放課後時間ある? 話したいことあるの。」

「俺は別にかまいませんよ。」

「私もです。どのみち生徒会室には来ますので。」

 那美恵の提案に快く承諾する三戸と和子。

「あとは副会長かぁ~。ま、同じクラスだからあたしの口から言っておくよ。二人はじゃあちゃんと放課後、お願いね。」

「「わかりました。」」

 

 約束を取り付けると那美恵は再びぐったりとだらしなく机に突っ伏した。その様子をみた和子は無駄とわかってはいたが一応注意してみた。

 

「会長…そんなふうに机にビッタリ頬を当ててるとだらしないですよ。それから顔に跡ついちゃいますよ。」

 和子の心配は一応受け取りつつ、突っ伏したまま手をひらひらさせて適当な相槌を打った。

 

 

 

--

 

 その日の放課後、生徒会室には那美恵の他、副会長の女子生徒と書記の二人という4人が集まっていた。その日は生徒会の仕事はなく、付き合いのある別の友人と帰ろうとしていた副会長の女子生徒だったが、会長からのお願いということでその友人には断りを入れ、しぶしぶながら生徒会室に姿を現すことになった。

 

 一番最後に入ってきた副会長の女子生徒はバッグをテーブルの足元に置き、一息ついたのちに口を開いた。

「で、話ってなに?」

 副会長の女子生徒がぶっきらぼうに質問する。それに対しタイミング良く連続で頷きながら那美恵は答えた。

 

「うんうん。実はね、書記の二人には話したんだけど、あたし実は艦娘やってるんだ~」

「ふぅん……って!?なみえあんた艦娘やってるの!?」

 副会長は那美恵を名前で呼んで素で驚く様子を見せた。

 

「清々しいまでの驚き方ありがと~みっちゃん!実はそうなんだよぉ。」

 

 那美恵がみっちゃんと呼んだ副会長の女子生徒は、実は那美恵の親友である中村三千花という名の少女である。想定通り驚いてくれた彼女に対して那美恵はペロッと舌をだして親指を立ててグッ!のポーズをし、軽くツッコミ混じりの返事を返した。

 

 親友の那美恵から艦娘という存在の名を聞いた三千花。決して全く知らないわけではなく、三戸や和子と同程度の認識であったため、物珍しいと世間的には評価される艦娘に親友がいきなりなったことに本気で驚いたのだった。しかしそこは那美恵のことを知ってる親友である。すぐに友人としての納得の様子に反応を切り替えた。

 

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「よく艦娘なんてやれるわね……ってなみえなら不思議でもなんでもないか。でもなんで?どうして急に?」

「急ってわけでもないけど、始めてからもうすぐ2ヶ月経つよ。」

「私に相談もなしに……少しくらい打ち明けてくれたっていいじゃないの。」

 親友である那美恵がこの2ヶ月近く、自分に黙って物珍しい艦娘として活動していたことに心配の気持ちを多分に含んだ憤りの念を抱いて三千花は那美恵に食って掛かった。

 それを受けて那美恵は両手を合わせてオーバーリアクション気味に謝るポーズをした。

 

「ゴメンって。これから話してあげるから許して~。」

「はぁ……。今回呼んだのは艦娘のこと話したくてしょうがなかったのね?」

 三千花が那美恵の気持ちを察するかのように発言すると、那美恵は特に口を開かずコクリと頷いて肯定した。

 

 その後那美恵は事の発端と、これまでの艦娘としての活動をかいつまんで3人に説明しはじめた。

 

「ふーん、なるほどねぇ。艦娘って人たちが戦ってるとはなんとなくわかってはいたけど、そういう風になってるんだ~。」と三千花。

 

「海が危険だとは結構前から言われてましたけど、海なんてめったに行かないし普通に俺らには影響なかったから知らなかったっすね。」

「そういえばうちの母が以前言ってました。20年位前とは比べ物にならないほど海産物の値段上がってるって。私達の生まれてない時代からだから……。これも深海凄艦という化け物のせいなんでしょうか?」至極真面目に状況を分析する和子。

 

 三千花と三戸、和子は三者三様の反応を示したが根本の驚き様は一緒だった。彼女らは那美恵という身近に艦娘になった存在を通して、改めて昨今の海の状況とそこから影響してくる日常生活について思い知ることとなった。

 

「あの、会長。艦娘らしいなんか格好とか活動?の様子の写真見せてもらえないっすかね?」

「おぉ!三戸くん乗り気だね~。実はあるんだよぉ~。」

 

 三戸は艦娘としての那美恵の様子を知りたくてたまらなかった。那美恵はもともと見せたくてたまらなかったため、三戸の反応は想定していた通りの嬉しい反応なのである。つまりお互いの欲求が一致したのだ。

 那美恵はその言葉待ってました!と言わんばかりに早速携帯電話を取り出し、今回の出撃の際に依頼元の東京都と隣の鎮守府の艦娘から出撃の記録としてもらっていた写真や動画のいくつかをスクリーンに映しだして三戸たちに見せた。

 

「はい。これがあたしの艦娘としての格好だよ。それからね~こっちは同じ鎮守府っていうところに所属している娘たちで、こっちは今回一緒に活動した隣の鎮守府出身の艦娘。○○高校の人で、同学年の子だったんだよ。すっかり仲良くなっちゃった。」

 那美恵は次々に写真を見せる。三千花・三戸・和子はそれを興味津々に覗きこんで食い入るように見つめた。

 

「へぇ~艦娘ってこんな感じで活動してるんだ~。なみえカッコいいじゃん!」

「会長かっけぇ~!あ、それとこの娘かわいいっすね?この娘も……」

「会長の着てるのって艦娘の制服なんですか?かっこ良くて可愛いです。私は一番好きかもしれません。」

 

 三千花、そして書記の二人はそれぞれの反応を見せた。おおむね好印象だ。携帯電話に映しだされる写真に見入る3人の様子に鼻高々にして少しふんぞり返り、控えめな主張しかしない胸を強調して那美恵は誇らしげな顔をした。

 

「話も聞いたしあんたの活躍もわかった。けど、それだけじゃないでしょ?」

「さっすが副会長兼親友のみっちゃん。わかってくれてる~?」

 阿吽の呼吸のように反応のやりとりをする三千花と那美恵。二人の様子を見て三戸と和子はワンテンポ遅れて「え?え?」とキョロキョロして二人の様子を確認した。

 

「長年友人やってりゃわかるわよ。あんた、お願いごとしたいんでしょ?」

 

 書記の二人も決して那美恵とは浅い関係ではない。生徒会メンバーとしても、普通の先輩後輩の関係として健全で、わずかな付き合いではあるが頻繁に接するためかなり密な関係だ。しかし三千花と那美恵は10年来の友人関係であるため雲泥の差。

 三千花は那美恵の行動が何を表すものなのか、察しがつきやすい。

 

 

 

--

 

「うん。実はさ、鎮守府Aとうちの学校を提携させて艦娘部を作りたいの。」

 ストレートに内容を伝えた那美恵。

 その一言で済ませた内容を聞いて、どう反応すべきか3人は途端に困って黙りこむ。数分とも感じられた約1分の沈黙の後、副会長の三千花が口火を切って指摘してきた。

 

「部活ねぇ。普通に先生に許可もらって作ればいいだけなんじゃないの? なんでそこで鎮守府っていうのが関わってくるの?」

 

 またしても想定したとおりの反応を三千花がしてきたので那美恵は勢い良く頷いた。

 

「その言葉待ってました!このあたりのこと、簡単に説明するね。」

 那美恵は改めて調べておいた、学生艦娘の制度について説明をした。

 

・学生艦娘制度自体について

・普通の艦娘、職業艦娘それらと学生艦娘の違い

・鎮守府や国にとって学生艦娘を取ることのメリットとデメリット

・学校側のメリットとデメリット

・学生(生徒)のメリットとデメリット

 

 那美恵はこれらを簡単にまとめて三千花らに説明した。泊まりの出撃任務の翌日および朝慌てて登校してきて一切準備をしていない那美恵だったが、何も知らない一般人になんとなく知ってもらえる程度の説明は出来たと心のなかで自負した。

 

「……という感じかなぁ大体。出撃から帰ってきたばっかりで全然資料ないから、今度提督に相談してもっと詳しく教えてあげるね。」

 

 本当にざっと説明しただけだが、三千花たちはなんとなく理解できた様子を見せた。確認するように三千花は内容を反芻し始める。

「なるほどね。学生艦娘ねぇ。国から艦娘専用の装備が出てるからおいそれと勝手に人を増やしても行き渡らない。自由に艦娘を増やせないのね。だから鎮守府が学校と提携して、まとめて人を採用したり適切に人数を調整するってことなのね。」

「そうそう、そんな感じ。」

 那美恵は頷いた。

 

次に和子が質問してきた。

「ところで……高校生はなんとなくわかるとしても、中学生が戦うってどうなんでしょう? それに深海凄艦という化け物と戦うことって、会長も含めてみなさん怖くないのでしょうか?」

 和子は艦娘自体の年齢・年代のことや深海凄艦の怖さを気にしている。

 那美恵は彼女の質問に対して、自身の体験も交えて答えた。

 

「その辺の艦娘の年齢問題は、私達がまだ生まれてない頃の艦娘制度の初期に結構論争になったらしいよ。どう解決したかはあたしは知らない。今度提督にもっと聞いておくよ。それから艤装つけてるとね、不思議とそういう怖さがなくなるんだぁ。あたしも他の艦娘から聞いたときはにわかに信じられなかったけど、実際体験すると確かに怖くなくなったの!」

 

 机に身を乗り出してその時のいわば不思議体験を力説する那美恵。3人がビクッとしたのに気づくとすぐに座席に戻り、普通のテンションと口調に戻って言葉を続けた。

「ま、別に接近戦するわけじゃないし、遠くから砲雷撃するっていう環境のおかげもあるんだろうけどね。」

 語りながら、その怖さが減る・なくなるという感情の操作について気にかかるものがあるが、今は触れるべきではないとして心のなかで思うだけにしておいた。

 

「ふぅん。他の人も?」

「うーん。ま、そこは人それぞれだと思うな。」

 

 三千花の一言の疑問にも答えると、那美恵は再びその場に立って机に両手を付き、前のめりになるように乗り出して3人に、自身の目的を改めて語りだす。今度は先程よりも勢いを弱めに立ち上がった。

 

「それでね、私が所属してる鎮守府Aってまだ出来て間もないの。別にそれだけってわけでもないんだけど、とにかくそこに協力してあげたいの。」

「それが、部を作ってその鎮守府っていうところと提携結ばせたいってことなんすね?」

 書記の三戸が確認してきたので、それに頷く那美恵。

 

「なんとなく興味持ったから始めてみた艦娘だけどさぁ。有名になって目立てるんだよ?それに今なら自分たちが鎮守府の運用に大きく関われるって、なんかワクワクしない? ただの学生がだよ、国や世界を守る鎮守府に大きく役に立って、世界的に有名になれるかもしれないんだよ?」

 

 熱をあげて語る那美恵だが、三千花の反応は思わしくない。

「理想が高いなぁ。なみえ自身はそれでいいかもしれないけど、他の人を誘うんだったらもうちょっと砕けないとみんなついていかないと思うよ。」

 

 決して全て否定されたというわけではないが、自身もまずいと感じている点を親友に突かれたのは痛かったので、那美恵は少し弱めに出ることにした。

「うん、それは自分でもわかってるの。だから協力してほしいの! 別にみっちゃんとか書記のあなたたちに一緒に艦娘になってほしいとかそういうことは言わないよ。強制するものでもないし、これは完全に私のわがままだから生徒会本来の仕事とは関係ない。ぶっちゃけ私利私欲のために生徒会を利用しようとあたしがしてるだけだから、無視してくれてもいいよ。」

 

 那美恵は何段にも重ねて断りを入れてさりげなく協力を求めた。

 そんな那美恵に対して先ほどの三千花とは違う反応を見せたのは和子だった。

「でも、学外の団体との協力っておもしろそうです。生徒会の活動としても、うちの学校の名を広める、課外活動の一環としては良いんじゃないでしょうか。バックに国が関わってるということなら、その鎮守府っていうところも信頼できるでしょうし。私個人としては会長に協力したいです。」

 

 書記の和子は少し協力的な方向に向いてきた。しかし見つけた問題点も指摘してきた。

「けど、このことをどうやって学校に伝えて説得して、なおかつ生徒にもわかってもらうかですよね。」

 

 那美恵は和子の指摘することにウンウンと頷く。

「そうなんだよ~。前に鎮守府Aに見学に行った後ね、教頭と校長先生に提督とじかに会って話してもらったんだけどさ、その時はダメだったんだよね。」

 那美恵が最初の説得に失敗していたことを暴露すると、まさかと思った想像を三千花は口にして確認する。

「あんたまさか一人で校長に話しつけに行ったんじゃないでしょうね?」

「うん、そーだよ。」

 さも当然かのように返事をする那美恵。三千花は右手で額に手を当てて呆れた様子をする。

 

「さすがのなみえでも単独で教頭と校長相手は無理よ……。なんでその時せめて私に話してくれなかったの?」

「うーん、その時はまだ艦娘着任前だったし。正直みっちゃんに話しても状況変わると思わなかったから話さなかったのよ~」

那美恵は対親友であってもサラリと悪びれもなく言い放つ。

「……あんた、変なとこでものすごくクールに振る舞うよね……まぁいいけど。」

 三千花は親友のそんな態度に深くツッコむのを諦めて、彼女の次の言葉を待った。

 

 那美恵は気を取り直し、空気を変えるために3人に目的のためすべきことを語った。

「ともかく。あたしがやらなきゃいけないことは2つあるの。一つは校長の許可を取り付けること、それからもう一つは艦娘になってくれそうな生徒を2人以上集めること。」

 三千花らはやることと言われた2つのことを聞いて相槌を打った。

 

「その2つの問題はわかるけど、生徒を集めるのって言っても普通に集めてたんじゃダメなんでしょ?」

 三千花が改めて問題点を確認する。

 

「うん。艦娘になるには同調のチェックで合格しなきゃいけないの。なりたいって思ってもなれるわけじゃないし、その逆だってありうるんだ。だから、数撃ちゃ当たるやり方で、なるべく多くの人に興味をもってもらって、とにかく大勢の人を集めなきゃダメだと思う。」

 

「なんか……聞く限りだと艦娘になってくれる人集めのほうがめちゃくちゃ大変じゃないっすか?」

「うん。そうだと思うよ。」

 那美恵は三戸の感想に頷いた。

 

「相当運というか相性が良くないとってことですよね?」

「そーそー。あたしはほんっと運と相性がよかったってことなんだと思う。いわゆるラッキーガールってやつ?」

 

 和子の感想にも頷いて真面目に肯定する那美恵。最後におどけてポーズを取りながら言葉を締める。3人ともサラリとスルーしたことに那美恵は少しだけグサッとキた。

 コホン、と咳払いをして那美恵はお願いの言葉を口にする。

 

「無理強いはしないよ。でもどっちかだけでも協力してくれたら、嬉しいな。」

 

 腕を組みながら数秒間誰にも聞こえないくらいの唸り声を発して考えこむ三千花。顔を上げて那美恵の方をまっすぐ見た。その表情は、那美恵がこれまで何度も見てきた表情だった。

 

「仕方ないわね。親友の頼みじゃあ無視なんてできないわよ。それに面白そうだし。」

 那美恵のやることに度々振り回されてきた三千花だったが、そのたびに彼女のやることに間違いはなくむしろ正しく、そしておもしろい経験ができていたことを思い出したのだ。

 今回も口では渋りながらもやる気を見せて彼女に協力することにした。

 

「みっちゃん~!」

 ぱぁ~っと顔をさらに明るくして素直な喜びを見せる那美恵。

 

 

 那美恵の話を聞いて少し考え込んでいた三戸がふと提案してきた。

「あのー会長。その試験って鎮守府でやらないといけないんすか?」

「およ?どーいうこと?」

 三戸の質問の意図がつかめず聞き返す那美恵。三戸は那美恵の反応を見た後説明し始める。

 

「えーっとっすね。たとえばその鎮守府ってところの人に学校に出張してもらって設備とか持ってきてもらって、興味ある生徒に受けてもらうとか?」

 妙なところで機転の利く考えを発する三戸。それに賛同したのは和子だ。

「あ、それいいと思う。もしそれができるなら、チラシ作って学内に貼れば自然と人集まるかもしれないし。会長、いかがですか?私も三戸君の案に乗ろうと思うんですが。」

 チラリと三戸の方を見て頷いた後、賛同の意を表した。

 

 那美恵もその案は頷いた。しかしそれと同時に気になる問題があった。

「確かにその案いいね~。だけどそれができるかどうかはあたしじゃ判断つかないなぁ。今度鎮守府行った時に提督に聞いてみる。」

 

 三戸の最初の案は保留になった。そのため三戸はさらに別のことを提案した。

「……となるとあとやれることは、俺たちで先にチラシでも作っておきましょうか?」

 それには副会長の三千花が冷静に答えた。

「いえ、まだしないほうがいいと思う。どう転ぶかわからないし、私達今なみえから艦娘の話パッと聞いただけだもの。もうちょっと情報ほしいわね。」

「あー確かにそうっすね。」

 三千花が書記の三戸の先走ろうとする案に待ったをかけ、自身らの持つ現状の問題点を挙げる。三戸はそのことに納得した様子を見せた。

 

 

 

--

 

 そこで那美恵は3人に提案した。

「ね、ね!みっちゃん! それに三戸くんと和子ちゃんも、まずは一度鎮守府に見学しにこない?百聞は一見にしかずだよ!」

「えー!私達が鎮守府に!? ……部外者だけどいいの?」

 突然の那美恵の提案に、三千花が当然の心配をする。

「マジっすか!?ホントにいいんっすか!?」

 三戸は急にハイテンションになり聞き返した。

 

「だって、ここまで話したんだもの。みんなにも実際の鎮守府とか艦娘とか見てもらわないと協力する実感湧いてこないでしょ?」

「まぁ、それはそうだけど。」なおも良い反応をしない三千花。

逆の反応をするのは三戸だ。客観的に4人を見ても、テンション高く反応しているのは三戸だけだ。

「ほぉ~! 直接色々見せてもらえるなら最高っす。生艦娘とか、くぅ~!ワクワクだ~」

 あまりにテンションが変わっているので和子が一言でツッコミを入れた。

「……変な考えてますね?」

 三戸の(男としてはある意味当たり前な)反応を、和子は敏感に察知してギロリと睨みをきかせた。

 

 3人を代表して三千花が改めて那美恵に返事をした。

「提督って人や艦娘の皆さんのお邪魔にならないんであれば、行ってみましょうか。ね?」

 三千花は三戸と和子に視線で同意と確認を求めた。二人は「はい。」と返事を返した。

 

「じゃあ今度鎮守府に行った時に、あなたたちの見学のことも話しておくよ。それまではこの話はこのメンバーだけの秘密ね。いいかな?」

 

「わかったわ。」

「了解っす。」

「はい、わかりました。」

 

 

--

 

「はぁ~。疲れた~。」

 3人から賛同をもらった那美恵は緊張の糸が途切れたのか、昼間のように力なく机に突っ伏すようにへたり込んだ。それは、同じ学校内でようやく協力者を得た喜びと安堵感、そして今朝方まで出撃任務で外出していたがゆえの疲れが複合的になったものであった。

 親友の様子を見るに、本気で疲れているのだと気づいた三千花はねぎらいの言葉をかける。

 

「本当につらそうね。お疲れ様。そんなにハードワークだったの?」

「いや~今回は特別だったんだよぉ。昼間三戸くんと和子ちゃんにも話したんだけどさ、ちゃんと手順踏んで学生艦娘になっておけば、今頃は家でゆっくりのんびりお休み中でしたってことですよみちかさんや。」

「なみえが弱音を吐くなんて……なんというか珍しいわ。でも嫌ではないの?」

 三千花の質問に那美恵はテーブルに突っ伏しながら口をわずかに動かして答える。

「嫌じゃないよ。むしろ好き。なんだかんだで楽しいもん。学校外のいろんな人と出会えるのがいいかなぁ。」

「へぇ~。」

 疲れを見せてはいるが、本気で嫌ではなく表情や態度の端々で肯定的な様を見せる親友を見て、三千花は静かに興味をたぎらせるのだった。

 

 

 その後30分ほど生徒会室でおしゃべりしあう4人。最初に三戸が帰り、次に和子が友人と帰り、最後に那美恵と三千花が残った。

 

「お~いなみえ。本気で寝ないでよ!そろそろ帰ろうよ?」

「う~~~ぃ~~~~。」

「コラっ!女の子がヨダレ垂らしながら唸り声出すな!」

 しゃべるのも億劫になっていた那美恵は気づいていなかったが、声を出してなんとか反応を示そうとしていたら、よだれを少し垂らしてしまっていた。三千花はそんなだらしなくなっている親友にピシャリと注意をして彼女を起こした。

 

 普段の那美恵の行動の仕方を知っている三千花が怪訝に思うくらいの動きでその後もダラダラと歩いて那美恵は生徒会室を出る。鍵を閉めて三千花と二人で帰路につくことにした。

 

 下駄箱までの道のりも那美恵の足元はふらふらとしている。

「ねぇなみえ。ホントに大丈夫?なんだか飲んだみたいに千鳥足になってるわよ?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。別に飲んでるわけじゃないよ。疲れてるだけだって。」

「…にしても急にあなたフラフラになってない?身体大丈夫?」

 

 親友のしつこいくらいの心配の言葉に那美恵は普段の調子で三千花の背後に周り、髪の毛を引っ張って茶化す。

「ちょ!なみえ!何すんのよ!」

「心配性のおじょーさんはこうするとやわらかーくなるんだよねぇ~そりゃ!」

「ふぁ……!あっ……やめっ!」

 校門を出るまでの道のり、那美恵は三千花をいじってイチャイチャしながら進む。一瞬三千花は小走りになるが、那美恵は歩幅を合わせないでわざと歩き、彼女の髪を指と指の間に挟み込んでサラサラっと撫で回す。校門までの間は部活動をしている生徒くらいしかいないので人は少ない。その寂しげな空間に三千花の嬌声が一瞬響いた。

 似合わぬ声を上げてしまったと気付き、三千花は那美恵の方を振り向いて割りと強めのげんこつで彼女の頭を小突いた。

 

コツン!

 

「……いったぁ~。ぐーはやりすぎじゃないですかね、ぐーは……みちかさんや。」

「人がせっかく真面目に心配してあげてるのにそんなことするからよ。」

「それにあたし疲れ気味なんですが。」

「そんだけ元気なら心配ないわね。」

 親友の突き放すような態度に本気ではない怒気を含んだ声で言い返す那美恵。当然、三千花はそれを見破って、あくまで冗談を諌めるように言い放った。

 

「ふぅ……ゴメンねみっちゃん。」

那美恵は一息ついたあと、ふいに真面目に返す。

 

「まぁ、冗談は置いといて、疲れてるってのはホントだよ。」

「ほらやっぱり無理してる。ふざけてないで真面目に帰りましょうよ。」

「うんまぁ、それだけじゃないんだけどね。なんだかさ~、安心しちゃったってもあるかなぁ。」

「安心?」

 

「うん。今までいろんなことやってみっちゃんには助けてもらったけど、今回のこの艦娘のことだけは、きっと今までとは比べ物にならないくらい大きなことになる予感がしたから、言い出せなかったんだ。」

 急に真面目に返されて三千花は内心慌てたが、表面上は冷静に返した。

「……にしたって、ずっと付き合いのある私にもわからないくらいに黙ってるなんて。いくらんなんでもやりすぎよ。」

「ゴメンって。みっちゃんは常日頃真面目だし変に心配症なところあるから、余計な心配かけたくなかったの。でも今回打ち明けられてよかったよ。ずっと黙ってるなんてやっぱあたしには無理だわ~。話せて、安心したってこと。」

 

 真面目に三千花に話していたかと思うと、途端にいつもの調子に戻る那美恵。顔と上半身は進行方向に戻っていた。

 

「まぁ、なみえにはなみえの事情とか考えあるのわかってるし、私達に打ち明けたんだから今まで溜めこんでた分、これからは私達を頼ってよ?」

 眉をひそめた心配顔から、表情を解きほぐす三千花。彼女は那美恵が急に疲労困憊になった理由がなんとなくわかった気がした。

 普段茶化されているので、たまにはと思い三千花は那美恵の頭に手を伸ばして軽く撫でてみた。

 

「おぉ!?みっちゃん!?どしたの突然?」突然のことにビクっとしてのけぞる那美恵。

「なんとなくね。たまにはあんたを労ってあげる。」

「んふふ~。みっちゃんに頭ナデナデしてもらうのすんげー久々。」

 ニンマリと笑顔になった那美恵は、三千花のするがままに上半身を少しかがめて三千花のするがままにさせた。ただその表情は隠しきれていない疲れもあってか、普段より硬いものであった。

 

 お互いの酸いも甘いも知っている二人は、基本的には那美恵がまず何かを思いついて突っ走り、三千花がその後を追いかけて周囲を気にかけフォローをし、時には突っ走りすぎた那美恵を諌めるというパターンでともに過ごしてきた。那美恵は三千花がいるからこそ、必ずいつかは現れてくれると信じてるからこそ突っ走る事ができ、三千花は那美恵がそういう性格だったからこそ、そんな親友を制御できる出来る人間になろうとし那美恵に近い成績や運動神経の良さ、そして人間関係を手に入れてきた。

 二人の行動パターンはもはや何物にも代えがたい関係を築き上げていた。

 

 

 その後二人は学校を出て駅へと向かい、電車に乗る。歩幅が狭くなったりと安定しない那美恵を気遣ってか、三千花はペースを常に合わせて歩く。

 家は同じ駅で降りて改札口を出て、別々の方面だ。那美恵の様子を心配に感じ続けていた三千花だったが、那美恵がどうしても一人で大丈夫と言い張るため、不安を残したままであるが駅前で別れた。

 

 那美恵は確かに疲れてはいたが、俄然やる気になってきた。一人ではどうにもならない。協力してくれる仲間がいればやれる。その限界は限りなく広がる。それは生徒会の活動を通してもわかっていたが、今回改めて思い知った。

 今の自分の生活もこのまま泊まり含めた出撃任務があるとさすがに辛くなる。それはこれから部を作って艦娘になってもらう生徒も同じはずだと那美恵は思った。

 だからこそ、鎮守府と学校の提携はきちんとせねばならない。自分が実情を体験して初めて提携することの大切さを理解したのだ。


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