同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 戦場を観客のいる堤防近くに移し最終決戦。那珂と鳥海の戦いの決着やいかに。そして最後に戦場に立つ艦娘とは。


決着

 那珂たちと鳥海たちが急に戦闘を止めて戻ってくる光景を見て観客はもちろん、提督らとすでに轟沈した艦娘達は訝しんだ。

 

「あ、あれあれ?なんで那珂さんたち戻ってくるの?それにあっちの人たちも。ねぇ暁何か知ってる?」

 堤防の石壁に寄りかかって見ていた川内は暁に尋ねた。その暁は川内のいる位置の海側、消波ブロックに乗り上がって見ていた。その少女もまた同じような疑問を口にして驚きを隠さない。

「ううん。鳥海さんってば何も言わないからわからないわ。ぜーんぶ上の人だけでお話終始させてるし……。」

 暁の愚痴に傍にいた響雷電はそれぞれの声量とともに頷いた。他鎮守府の艦娘の様子を堤防の上から視線を下げて見ていた川内は、眉をひそめたままその視線を那珂たちが戻ってくる海上に戻した。

 

 戻りながら那珂は提督に、鳥海は鹿島に事の次第を報告することにした。

「そ、そうなのか。わかった。今回は観客やテレビ局も来てる手前確かにもうちょっと近くて見やすいほうがいいだろうしな。今更だろうけどこちらとしても特に問題はない。あと少ししかないから、頼むぞ。」

「うん、りょーかい。」

 

 提督は隣にいた鹿島にこの事を伝え、相手からも同じ内容を聞いたため話はすぐに互いの鎮守府の代表同士で承認された。

 ただ一つ提督が心配したのは、近いがゆえに流れ弾が観客に飛んでこないかという点であった。それは鹿島も同じ心配をしていた。そこで、すでに退場した艦娘らに念の為の防壁代わりになってもらうことが指示として両鎮守府の艦娘に発令されるに至った。

 

 

--

 

 堤防の先、約50mの位置に20m程の距離を開けて那珂達と鳥海達は改めて対峙した。今までよりも堤防も突堤も近い。観客も近いため流れ弾を懸念したがそれは提督らが対策を考慮してくれたため気にせずにいられる。

 その防壁を担う鎮守府Aの艦娘達、神奈川第一の艦娘達はある意味特等席での観戦だ。

 

「うおああ! 那珂さーん頑張れー!」

「さみー、時雨ー頑張ってね~~!」

「不知火と神通のことは心配しないで頂戴! 村雨と長良、名取に面倒は任せてあるから!」

 川内、夕立そして五十鈴の掛け声が響く。神奈川第一からも天龍や暁達、霧島の掛け声が発せられていた。

 

 雰囲気はいよいよ最終決戦という空気を嫌でも感じてしまう。那珂がそう感じた空気は鳥海も感じとっていた。どう決着を付けるかに思考を張り巡らせる。

 近距離での戦いはとにかくスピーディーに動き回り、敵の攻撃を避け攻撃を命中させなければならない。そして砲雷撃戦だけではなく肉弾戦の可能性も頭に入れておかねばならない。とはいえ鳥海も那珂も格闘技の経験なぞあるはずもない。艤装の外装を活かした肉弾戦も、先程の自身らの咄嗟の行動で危険性を覚えたばかりなので最悪最後の手段だろうと互いに思っていた。

 

「せっかく近距離で戦うのです。ルールを決めましょう。」

「いいですね~それ。じゃあ、場所は長さ堤防のあそこから河口のあそこまで、幅は突堤のあそこまで。いわばリングです。いかがでしょう?」

「えぇ、良いでしょう。その位であれば適度に動けていいと思います。それでは、こちらからもお願いよろしいでしょうか?」

「えぇどーぞ!」

 

 せめてものルール決めだ。近距離での戦いとはいえ、ある程度の広さを確保して自分だけでなく時雨と五月雨両名の回避の確実性を担保しておきたい。

 那珂はこの後の展開と作戦を雑に考えながら鳥海の提案を待つ。

 

「3対3、お互い艦種も丁度良いことですし、それぞれ1対1というのはいかがでしょう?」

「えぇ、いーですよ~~……へっ!?」

 一旦戦闘を中断して那珂は気が緩んでいた。軽快さと安堵感が底辺で支配する会話の雰囲気と流れで思わず即答してしまったのだ。

 後悔とはまさにこのことだなと思って慌てて言い直そうと一文字発しようとしたが鳥海の言のほうが早かった。

「その返事は承諾として確かに受け取りました。これで安心して駆逐艦二人に任せ、私も本来の目的を果たせます。」

「う、うぅ~~……ずるいですよぉ~今の流れぇ!」

 高い声ながらもくぐもった那珂の文句は鳥海には届かなかった。メガネの奥の表情はきっとしてやったりといった感じなのだろうと那珂は妄想する。その妄想が現実にどうなのかは鳥海の口ぶりからは感じ取れないが、冷静に感情を隠しているのだろうと思うに留めた

「騙すような言い方で申し訳ございません。けれど、最後にあなたのような艦娘と戦えることが……いえ、まだ戦いは終わってないですね。時間ももう限られているのでそれでは行きましょう。」

「最後? そーいえば始まる前もそんなこと言っていた気がしますけど、何かあるんですか?」

「いえ。こちらの問題です。お気になさらずに。」

「はぁ。そんじゃまぁ、覚悟を決めましたのでこっちもOKです!」

 

 那珂は通信を終えて、未だ脳裏をもやもやした感情で支配されながら振り返り五月雨達にルールを知らせた。せめてもの反抗でわざとらしく大げさに鳥海のセリフを再現してみせ、駆逐艦二人の笑いを大いに誘う。

 きっかけや原因はどうであれ、お互いの心は温まって精神状態は回復し、覇気を得た。

 

「というわけだから、時雨ちゃんは秋月って娘を、五月雨ちゃんは涼月って娘をお願いね。ヤバかったら入れ替わってもいいから。もし撃破できたら片方を手伝いに言っていいよ。」

「はい。頑張ります。」

「はい! か、勝ちたいです!」

「うん、勝とう。あたしも腹をくくったよ。」

 

 二人から意気込みを聞いた那珂は自らも意気込みを語る。途中で前方を向き、そして締めくくった。

「自分の限界まで動いて一瞬でケリをつける勢いで、やっちゃうよぉ~。」

 言葉の末尾は那珂の普段調子だが、語り口調の奥に秘める攻撃的な鋭い感情を察して時雨と五月雨はその身を引き締めた。

 

 

--

 

「それじゃあ散開!」

「「はい!」」

 

 那珂は中腰になった後、かつて鎮守府で一度見せたことのある、激しく波しぶきを立てて爆走してまっすぐ突っ切った。真正面で待ち迎えるのはもちろん鳥海である。五月雨達二人の行動の行く先を見ることなく、動きはまるで一瞬だった。

 

ザバアアアァァ!!!

 

「速い!? くっ……!」

 鳥海は那珂の突進のスピードに目を見張った。今までとは異なり近距離のため、先にスピードを出されては進むも戻るも対応できなくなる。どうにか右側に倒れ込むように体を動かしてこれから予測される突進してくる那珂の物理的な一撃をかわそうと目論む。

 どちらも格闘のプロというわけではなく、機械的に身体能力が強化されたただの少女と女性であるため、相手の動きに完璧に対応するのはよほど元々の運動神経が良くなければ可能とは言えない。

 一応学校の体育でも成績は良い那珂は、疾走中ながらも鳥海を逃がすまいと追随した。

 そして那珂の砲撃が鳥海を狙い撃つ。

 

ドドゥ!

ベチャ!

 

 そのまま突っ込めば鳥海と物理的に衝突してしまうところだったが、那珂は高速航行の勢いを利用して海面を思い切り蹴って鳥海の左舷の宙に半月を描くように飛び上がって避けた。

 一方の鳥海は命中の衝撃を物ともせずバランスを取り保ち、バランスを取った右とは逆、左腕を飛翔中の那珂へと伸ばし、反撃に転じた。

 

ズドンッ!

 

バシャ……ザアアアアアァァl

 

 那珂はフィギュアスケートのジャンプ・回転のような流れるような動きで鳥海の攻撃を回避し、海面に着水したと同時に体の回転を止め高速航行を再開した。そこはまだ航行を始めていない鳥海の背後を取る形になった。

 

ドドゥ!ドゥ!

 

ベチャチャ!

 

「くっ!」

 

ザアアアアアァァ……

 

ブン!

 

 背後を撃たれた鳥海は低速ながらもようやく安定した航行をし始めて那珂の方向に回頭する。しかし那珂は反時計回りに弧を描くように移動し、鳥海のこれからの砲撃の射線上からすでに逃れていた。そして那珂は低姿勢になって高速で蛇行しながら鳥海に迫る。

 

「また速い!!」

 

 蛇行に惑わされ鳥海は狙いを定めることができずにまた那珂の砲撃の餌食になった。

 

ドゥ!ドゥ!ドゥ!

 

 蛇行しすれ違いざまに鳥海の右腕・腰を白濁に染めさす。那珂の主砲の砲撃による衝撃程度ではよろけないが、外装が大きいため対応に若干の時間差が生じる。

ブン!

 

「追いつけなっ……!」

 

 鳥海が右へ振り返り砲を構える頃、那珂は蛇行から通常航行に戻りすばやく時計回りに小さく半周してまっすぐ突っ切る。完全に有利な丁字になった。

 そして……

 

ドゥ!

ドドゥ!

ドドゥ!

 

 

 移動しながら続けざまに連続砲撃。たとえ那珂とはいえ移動しながらの砲撃では威力が落ちるが、そんなことはお構いなしにとにかく当てる。当てられるだけ当てる。

 

 

「くっ、小賢しい!! えっ!?」

 

 鳥海が那珂の方を向き直すとやはりすでに那珂は鳥海の視界から消えていた。

 

((なんて速い。そして恐ろしい運動能力。先程までとはまったく違う。さっき垣間見たあのときの速さ迫力強さには劣るけれど、とても対応しきれない。これが……これが軽巡洋艦那珂の本気の力なの!?))

 そう分析する鳥海は止まらぬよう速力をあげて小刻みに動き始め、続けて那珂を考えた。

((いえ、これは私が知る艦娘の単なる力ではない。この娘……の最も得意とするフィールドにわざわざ飛び込んでしまったということなの?それだけじゃない。だとすると私は……。))

 

 那珂の間合いに入ってしまったことをようやく理解した鳥海は、もはやこの近距離戦で素直に追いかけていては勝てぬことを察した。気づいたら中破の耐久度に達してしまっていた。

 幸い那珂の先程からの砲撃一発一発は大した威力ではないし、追いかけられぬならば自分の艦種の能力を生かすしかない。

 

 那珂は左舷に旋回し、距離を開けて鳥海と対峙した。鳥海はところどころをペイントで白濁に染めてはいるが、至って平然とまっすぐ立っている。

((やっぱ小さな砲撃だけじゃ轟沈判定はまだまだ遠いかぁ~。雷撃をしたいけどこの距離だと反則気味だし、避けられたらあっちの川内ちゃんたちや消波ブロックに当たって危ないもんなぁ~。立ち位置が逆になるよううまく動くしかないか。))

 

 那珂は鳥海に近づかないよう右40度に移動を再開した。鳥海を左舷に見ながらの動きだ。それをされる鳥海は右舷に那珂を見て構える。しかし互いに砲撃はしない。

 那珂は気づいたら弾薬エネルギーが少なくなっているため、もはや無駄な数打ちゃあたるやり方をできないと悟っていた。やるべきは残りのエネルギーを全部費やしての高出力の砲撃がベストと考えていた。対して鳥海は那珂を警戒しているがゆえ、そして強烈な反撃を食らわすためにあえて温存することにした。

 互いに思いは違えど結果として無駄な砲撃合戦をしたくないという点では一致していた。

 

 

--

 

 そんな二人の一方で、時雨と五月雨は秋月・涼月と戦っていた。決して見ごたえのある激戦ではないが、一進一退の攻防を繰り広げて観客をハラハラさせていた。

 

 大破である秋月を追い回す時雨も大破していた。しかし互いに相手のそんな状態は知らない。お互い、目に見える形で状態が見えるペイント弾の付着を見て想像するしかない。

 時雨の連続砲撃を辛くもかわし続けていた秋月だったが、ようやく反撃に転じる。

 

ドゥ!

 

「くっ……!」

 

 時雨は左舷に向かってきたその砲撃を速力アップ+宙で身を捩って回転してかわす。しかし、その後かわし続ける体力が切れてしまった。それは2度も海中に身を落としていたことも影響していた。

 一回転半して一度バランスを崩しながらも航行に移行した時雨に2撃目、3撃目の秋月の砲撃が迫る。

 

ドドゥ!

ドゥ!

 

ベチャ!

 

「うっく……まだまだ!」

 

 

「千葉第二、駆逐艦時雨、轟沈!」

 明石の声が聞こえてもすぐに停止することをせず時雨は反時計回りに移動して秋月を捉えようとする。それを止めたのは提督の声だった。

「時雨、轟沈判定だぞ!今すぐ停止しなさい。」

「えっ、提督!? 僕は……え? あ……。」

 

 時雨はようやく現実を直視し、姿勢でもハッキリ肩を落として緩やかに速力を落としてやがて停まった。

「はぁ……多分、もうちょっとだったのになぁ……。」

 

 時雨が視線を秋月に戻すと、彼女は主砲を一旦下ろして別の方向を向こうとしているところだった。その方角には涼月がいる。そして彼女と戦っている五月雨も。

 どちらかといえば秋月が見ていたのは、五月雨の方だった。

 

((まずいな……さみ。気づいてないや。教えたいけどもうダメだしなぁ。まだ耐久度的にはギリギリで中破行っていなかったって言ってたし、頑張ってもらうしかないか。))

 

「頑張ってね、さみ。」

 

 時雨は小さく一言を数十m離れた海上にいる友人に投げかけ、回頭して堤防へと向かっていった。

 

 

--

 

 涼月と戦う五月雨は、時雨より危なげという点では観客をハラハラさせる攻防を繰り広げていた。闘争的という概念など程遠い性格をしている五月雨である。1対1となるとどうしても相手に気後れしてしまっていた。相手の涼月もまた穏やかな性格をしていたが、彼女はリアルでも姉である秋月とともに真面目に黙々と訓練に励み堅実に成果を積み重ねてまずまずの評価を得ていた。姉妹揃って多少なりとも戦闘センスがあり必要なケースで強気になれる性格だ。

 この今の戦闘で優位に立っていたのは涼月だった。

 

ドゥ!

 

バッシャーン!

「きゃっ!」

 

 五月雨は善戦していたがとうとう背後に涼月を迎えてしまい、続けざまに飛んでくるペイント弾をかろうじてかわして逃げ続けていた。立ち位置的に反撃ができない状態だ。

 

((うぅ・・・・・・せっかく思い切ってみるって神通さんと決心したのに、涼月さんの砲撃が怖くてどうにもできないよぅ。))

 

 どうにかして相手と面と向かって対峙したいがタイミングが掴めない。大なり小なり被害を気にしないで思い切れば急速回頭して反撃することも不可能ではないことは頭の中のシミュレーションで答えは出ている。しかしせっかくここまでギリギリで中破に到達せずに来たのにという思いが拭い去りきれないのだ。

 とはいえそのようなみみっちい考えがいけないのだということも十分理解している。

 五月雨は様々な要素を天秤にかけまくり、逃げ惑いながら考えを整理してようやく決断した。

 

((よし、次の砲撃をやり過ごしたら海面をジャンプして強引にむき直してみようっと。そうすれば涼月さんもビックリして砲撃をやめちゃうはず。))

 

 五月雨は逃げの姿勢を活かすことにした。わざとらしくならないよう、少し速力を落として肩で息をする仕草をした。あとは後ろからする航跡を作る音で涼月との距離感を計る。視線の先では時雨と秋月が戦っている姿が見えた。しかしその光景もぐるりと旋回し続けることで見えなくなる。友の奮闘が励みになり、五月雨は下腹部から太ももにかけて力を入れる。

 そして……

 

 

「えいっ!」

 

 

ザパアァッ!!

 

 五月雨は前方に航行する力を瞬時に止め、後方右80度に向けて飛び退く形にジャンプし、空中で身を捩って方向転換をした。後を追ってきていた涼月とは狙い通りあっという間に距離が縮まり衝突の危険性が一気に高まる。

「えっ!?あぶな……!」

 涼月は五月雨をかわすべく左に身体を傾け思わずのけぞりバランスを崩しかけるが前進を保った。その結果、五月雨を右舷に一瞬見て通り過ぎた。

 わざと追い抜かせることに成功した五月雨は空中での回転を海面へ着水して止めた。先についた右足を軸にすぐさま回頭して涼月を追いかける構図に持ち込みたかったが、姿勢のバランスはそれを許してくれなかった。

 

「あうっ!!」

 

ザッパアァーーン!!

 

 

 先に付いた右足に続いて左足をつけて踏ん張ろうとしたが五月雨は耐えきれずに左側面から海面に飛び込んだ。その音を聞いた涼月は大きめに旋回して向きを変えて五月雨を再び視界に収めた。

 その場で五月雨が浮き上がってくるのを待って狙えばよいものだが、涼月はそれをせず、わざわざ五月雨の近くまで移動した。一方で沈んだ五月雨はもがきつつも浮き上がる際、主砲を装備している腕を先に海面から上げ、偶然にも涼月がこれから向かってくる方向に向けた。そして後から浮き上がらせるその拍子にトリガーを押してしまった。

 

ドドゥ!

 

「!?」

 

 

ベチャ!ベチャ!

 

 

「うえっ!? な、何・・・・・・? あれ、ペイント?」

 

 涼月はこれからまさに五月雨に向かおうと必死に前進していた矢先に突然の砲撃とその命中を受けて呆気にとられた。そしてザパァと勢いよく浮き上がった五月雨に対して何もできずただ呆然としてしまった。五月雨の形勢立て直しを許してしまったのだ。

 

 そのとき自身の視界の左端、五月雨からすると後方の戦闘の結果が放送された。呆然とする中で涼月は数秒経ってから遠くから姉である秋月が向かってくるのを見た。呆けた顔がやがて自然と喜びと自信の表情に移り変わる。

 一方で五月雨は浮き上がる際の様々な音と自身の集中力の一時喪失のため、たった今の放送が頭に入ってこなかった。

 

「ケホッ、ゴホッ・・・・・・せっかくのチャンスだったのに~。」

 

 海面に全身を出してすぐ前進し始め、涼月をきちんと狙うべく構える。対する涼月は五月雨とは違う方向を見ていたのだが、五月雨は若干の距離もあったためかその視線の動きと先に気づかない。わずかなチャンスを捉えるのに夢中だった。

 

ズザアアアァ……

 

「えーい!」

 

ドゥ!ドドゥ!

 

ベチャ!

 

「くっ!」

 

 姉の来る方向に気を取られて五月雨の砲撃を再び食らってしまった涼月は頭をブンブンと振って思考をリフレッシュさせて五月雨を見定めた。そして左45度に向けて移動を再開する。その際秋月に通信を取り、五月雨を挟み撃ちにしようと目論んだ作戦を進言した。妹のアイデアに秋月は乗ることにし、大破のその身を奮い立たせて速力を上げた。

 五月雨は涼月を右舷に見ながら時計回りに近づく。そのとき、涼月のその先から秋月が向かってくるのにようやく気づいた。

 

「あれ!?あれあれ!?なんで秋月さんがぁ!? 時雨ちゃんは……あ!」

 

 五月雨は移動しながら時雨の行方を探すと、彼女はすでに退場して堤防に向かっていた。愕然としたが友人を暗に責めても自身の境遇を嘆いても仕方ないと感じ、目の前の敵二人に意識を戻す。

 

((敵が増えちゃったから、もう背中は見せられないよね。もう誰にも頼れないんだし……!))

 

 まだ涼月と秋月が合流していないこの時がチャンスだと感じ、五月雨は両腕から砲撃した。右腕は自身の右50度の方角に移動しつつある涼月を、左腕はこれから向かってくる秋月に向け、同時砲撃した。

 

ドドゥ!

ドゥ!

 

ペシャ!

バッシャーン!

 

 連装砲だった右腕の砲撃の一発が涼月の耐久度をまた下げた。秋月に対して当たらずもきょうさだ。さすがに何度も違う方角に対して同時砲撃をできるほどマルチタスクな脳ではない五月雨は右腕だけを構えて狙いを定めることにした。

 その狙いはこれからやってきてさらに近づいている秋月である。必死になっていた五月雨のやる気は彼女に素早く鋭い砲撃をさせた。

 

ドドゥ!

 

「きゃあ!」

 

 再びきょうさになって驚き蛇行する秋月。そこに五月雨は装填が半分終わって一つの砲身から撃てる状態の連装砲から間髪入れず砲撃した。

 

ドゥ!

 

ペチャ!

 

「!!」

 

 秋月はペイント弾の付着に左の頬をゆがめて気まずい表情をした。蛇行のバランスを取り戻しようやくまっすぐの移動になった時、自身についての放送を聞いた。

 

 

「神奈川第一、駆逐艦秋月、轟沈!」

 

 

 たった一発で秋月は轟沈判定になってしまった。しかしたった一発ではない。最終決戦が始まって時雨が当てた数発が効いていたのだ。そのため五月雨からの一発で轟沈判定を得た結果である。

 

 敵を倒した五月雨は秋月の轟沈に喜びを沸き立たせたが、その感情の増大を途中で止めて意識と視線を涼月に戻す。

 ギリギリの戦いで油断してはいけない。ゲーマーたる川内から、何かのゲームに喩えられてそう教わった。記憶力のよい五月雨はその教えを思いだし、素直で律儀なため忠実に守ろうとした。

 

 涼月はせっかく姉と一緒にしようとしていた挟み撃ち作戦に至ることができなかった。姉が加勢してくれるという安心、そして秋月は妹と助けてあげられるという慢心。その二つの要素が涼月と秋月の共闘を阻んだ形になった。一気に意気消沈する涼月。そこに同調率ではなく、速力低下という目に見える油断が生じた。

 さすがの五月雨もその変化を見逃さなかった。航行を涼月に向けて一直線にし、移動しながらの砲撃の安定を図って命中率を高める。ペイントの装填が完了した両腕の主砲をほんの少し間隔と角度をつけて涼月に向けて定め、そしてトリガースイッチを押した。

 

 

ドドゥ!

ドゥ!

 

ペシャ!ペシャシャ!

 

「あ……。」

 

 

 涼月は飛来するペイント弾を避けられなかった。五月雨の放ったペイント弾は見事に彼女の胸元と腹に当たり、耐久度判定を一気に下げた。

 

ドゥ!

 

ペシャ!

 

「まだ……まだだよ!」

 五月雨は一発だけ装填を待ってからダメ押しですぐさま発射した。そして本当に突進しないよう身体を左に傾けて左に旋回して涼月を左舷に見るように距離を開け、様子を見る。

 

 

「神奈川第一、駆逐艦涼月、轟沈!」

 

 

 明石からの放送を聞き、五月雨はやっと胸を仕草的にも気持ち的にも撫で下ろした。

「や、やった……私、一人で勝てたんだぁ~!なんだかすっごく久しぶりな感じ。うぅ~~嬉しいよぅ~~!」

 

 安心して自然と停止した五月雨は半泣きした。そして後方を見てその先の堤防のそばにいる時雨に向かって小さく手を振った。

 対する時雨、そして夕立は五月雨に向かって声大きくエールを送って返した。

「さみー、よく頑張った!偉いよ!」

「やったじゃん~さみぃ!あと少しっぽ~~い!」

 

 友人二人からの声援を受け、五月雨は頬を伝い始めた涙を左手でぬぐい取り、視線をこれからの方向に向け直した。

 その先には、那珂と鳥海がグルグルと弧を描いて航行し続けている。

 

 

--

 

 素早い動きで鳥海を翻弄し続けていた那珂は僚艦の時雨と五月雨の戦いの結果を耳にしても思考や感情に一切影響を及ぼさなかった。那珂の集中力の向く先は完全に鳥海に絞られていたためだ。

 対する鳥海もまた、結果的に負けに至ってしまった秋月と涼月に対し、口ではもちろん心の中でも労いの言葉をかけなかった。そんなことよりも目の前の好敵手との戦いに専念したかったためだ。

 

 互いに無駄な砲撃は避けるようになった。弾薬エネルギーが残り少ないためでもあるが、互いに機会を窺っているためだ。鳥海の重巡主砲ではもちろんのこと、那珂の軽巡主砲であってもエネルギーを溜めに溜めた強力な一撃ならば、あと一撃で敵を倒せる耐久度に二人ともなっていた。

 那珂は後半戦開始時点で中破、鳥海は最終決戦が始まってみるみるうちに耐久度を下げられて今や大破に近い中破。互いに疲労も溜まっていて、次の砲撃が最後になる、実質勝敗が決まると考えていた。それだけに隙を窺う集中力も半端なものではない。先ほどまでの距離ある戦いとは違い非常に近いために一瞬の隙が敗北につながる。そのことを重々理解していた。

 

 那珂は鳥海の狙いがカウンターであるということを察していた。今までは腕を掲げて砲撃をしていたため、そこに隙があると思い込まれていたのだ。しかし川内型の砲は、別に腕を向けなくとも、砲塔と砲身さえ適切に向いていれば腕の構えなど全くの不要なのである。そこを突くことにした。

 もし失敗してトドメの砲撃をできずにカウンターを食らってしまえば自分は確実に負ける。ブラフの砲撃をすることで倒せるだけのエネルギーが足りずにトドメの砲撃をしてもその先に待つのは敗北。後を託せるのは唯一残った五月雨だけ。しかし彼女では鳥海の迫力に対し完全に気後れしてしまうのは容易に想像が付く。作戦を言い渡したいがそんなことをしてしまえば隙ができる。那珂は心の中だけで頭をブンブンと振る仕草をして集中力を戻した。

 

 鳥海とまるでランデブーを踊るようにさきほどからクルクルと旋回して円を描いていた。それはまだ変わらないが那珂は左腕を身体に隠しつつ手首から先、つまり1番目の端子に取り付けた主砲のみ顔を覗かせて待機させた。鳥海から常に見えている右腕はずっと腰にあてがって海面に対し水平に向けていた。アクションスイッチを押して角度を調整しそれを先ほどから続けている旋回の最中、バレないように小刻みに行う。

 そして意を決して動いた。腰に当てて水平にしたままの右腕をあえて肩の高さまで掲げてトリガースイッチを押し下げた。

 

 

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!

 

 ギリギリの出力で右腕の全砲門から一斉にした砲撃。それらによるペイント弾は鳥海を捉えて彼女の服や艤装に命中した。

 

ペシャペシャ!

 

 しかし鳥海はそれらが見せかけの砲撃だと見抜いていた。それ故のけぞったり回避したり相殺するといった動きを一切せずに食らうがままにしておいた。耐久度に大きく影響があるほどではない。

 そしてその直後に来るであろう一撃を待った。

 

 那珂は鳥海が素直に砲撃を食らったのを見て、自信があるのか狙いがあるのか避けないのを見て確信した。

 川内型の砲の特徴に気づいていない。

 

 最初の砲撃から数秒経ち、互いに4分の1周をしたタイミングで那珂は左腕の手の甲つまり1番目の主砲から砲撃した。

 しかしその動きは身体をピクリともさせずだ。

 

ズドオオオオォ!!

 

「!!?」

 

 ベッシャアアァ!!

 

 那珂の腹の先から何かが発射された。そう気づいた時には遅かった。鳥海は右胸元から肩、そして右腕の主砲パーツにかけてびっしりとペイント弾を食らってしまった。彼女の視線は右腕の主砲群に向いていたため、那珂の身体に隠れていた左腕のことなど頭から抜け落ちていたのだ。

 強烈な一撃の衝撃でよろけた自身の被害状況を確認する前に鳥海は急いて左腕の主砲で反撃の一撃を発射した。

 

「つああああ!!!!」

 

 

ズドゴオオオオオォォォ!!!!

 

 

「やばっ……うあっ!!!」

 

バッシャーーーーン!

 

 那珂はたった今の砲撃で弾薬エネルギーを使い果たし相殺叶わず、また鳥海への命中確認をしたところで体力が限界だったことに気づき、回避ができなかった。自身の主砲の砲撃よりも衝撃が強い重巡の砲撃の衝撃により那珂は左に思い切り吹き飛ばされ、海面を二度ほど跳ねて海中に没した。

 

「那珂さん!」

「「那珂さぁーん!」」

「那珂!!」

 

 二人の戦いの空気に入り込めなかった五月雨が叫ぶのと同時に外野たる堤防沿いからも口々に叫び声が発せされる。

 

 程なくして、誰もが聞きたくなかった発表が明石の口からなされた。

「千葉第二、軽巡洋艦那珂、轟沈!」

 

 那珂は海面に顔を出した直後にその放送を聞いて落胆した。やはり、鳥海を倒す一撃に足りなかったのだと悟った。もし倒せていたら、先にその旨放送がされるはずなのだから。

 

「う~~~ハァ……ダメだったかぁ~~~。」

 

 そう口を真横に大きく開いて愚痴をこぼした。そして事態は那珂が心配していた通りになってしまった。どう考えても勝てない構図、鳥海VS五月雨である。

 

 しかしその後見たのは意外な光景だった。それは那珂自身起こしたことのある状態だったが客観的に見られなかった光景、そして鎮守府Aで最初に同調率の動的変化を起こした初期艦の本気モードだった。

 

 

「う……ああああぁぁあぁぁ!!!」

キイィーーーン……

 五月雨の発する悲鳴じみた雄叫びのごとき叫び声。

 浮き上がった那珂は腰のコアユニットから痺れるような感覚をおぼえた。それは鳥海も同じであるが彼女は二度目だった。そしてその感覚は先程の那珂のように素直に畏怖しつつも称賛し、好敵手として喜べるものではなかった。

 

「な、これは……!」

 

 背筋にゾクリとくる、純粋無垢で得体のしれぬ恐怖。那珂はその恐怖を発する存在とその原因を察することができたので恐怖を軽減できたが鳥海はそうではない。

 この演習試合何度目かわからぬ仰天をし動けない。そして……

 

ズドドゥ!

 

ベシャ!

 

「うっ!」

ザッパァーン!ズザザアアアァ……

 

 突如食らった砲撃に鳥海は吹っ飛ばされて右舷から着水した。慌てて身を浮き上がらせて砲撃の元の方向を見ると、その先に立っていたのは隣の鎮守府のただの駆逐艦でありながら、先刻の飛びかかってきた那珂以上の妙な迫力と気配を感じる一人の少女であった。

 

【挿絵表示】

 

 

「神奈川第一、重巡洋艦鳥海、轟沈!」

 

 

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 自身の敗北を理解した鳥海はたった今起こったことに対して戦慄を覚えた。演習用のペイント弾とはいえ、ただの駆逐艦の砲撃で重巡洋艦である自分が衝撃ではじき飛ばされるなどあり得ない。きっと傍から見ればただ単に砲撃がまぐれ当たりしたようにしか見えないのだろうが、当事者の艦娘達にはハッキリわかる反応。

 鳥海は自分の鎮守府で訓練として駆逐艦からの最大出力の砲撃を食らうシーンを咄嗟に思い返した。先ほどの五月雨が放ってきた砲撃はそのどれとも比べ物にならぬ大出力だったように思える。まるで自分のように重巡洋艦レベルの重い一撃だ。

 もしかして違う鎮守府では駆逐艦でも高性能の主砲を装備でき、それが許されているとでもいうのか。自分のところよりも人が少なく練度も低いと提督や鹿島から教えられていた弱い隣の鎮守府にこのような艦娘がいるなどいうことがあり得てよいのか。

 

 いや、那珂ばかりに気を取られていた自分を悔いた。そして井の中の蛙になっていたことも反省した。違う鎮守府には艦娘の異なる成長がある。最後の最後にそれを思い知らされた鳥海の眼鏡の奥の表情は、どこかすがすがしい笑顔だった。

 

 

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 最後まで海上に立つ艦娘は鎮守府Aの五月雨一人になった。そのため複雑な判定確認なく、西脇提督と鹿島は揃って発表した。

 

「「今回の演習試合、千葉第二鎮守府の勝利となります!」」

 

 その瞬間、観客席たる堤防沿いと消波ブロックの前に並んでいた艦娘たちは大いに歓声を上げた。

 


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