同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 那珂・時雨VS鳥海・秋月・涼月の戦い。軽巡と重巡の違いはあれど、那珂と鳥海の実力はほぼ拮抗していた。一進一退の攻防が繰り広げられる・・・。


那珂VS鳥海

 五十鈴や神通たちが奮闘している中、那珂は時雨とともに鳥海らと一進一退の攻防を続けていた。雷撃合戦をなんとか切り抜けて耐久度を中破ギリギリで収めた時雨をかばうように那珂は彼女の背後を位置取り、鳥海たちから距離を開ける。

 

「時雨ちゃん、状態の報告をお願い。」

「はい。まだ中破です。大丈夫です、まだやれます。」

「うんうん。女は根性だよ~。中破同士がんばろ。とはいえさすがにこのまま普通に砲戦してたら、これ以上は切り抜けられそうにないかも。」

 那珂が不安を若干含めて愚痴を漏らすと、隣を併走していた時雨が口を噤んだまま不安そうな視線を向けた。那珂は彼女に顔は向けずただ視線をわずかばかり動かしてその表情を確認した後、若干速力を上げ時雨を追い抜いた。その際、指示にも懇願にも取れる言葉を投げかけた。

 

「うまく距離を取って、五十鈴ちゃん達に支援砲撃してもらおう。射線上に入って巻き込まれないよう、しっかり付いてきて。」

「了解です!」

 

 言い終わると那珂は速力をスクーターよりわずかに上まで出力した。時雨も置いてかれまいと前傾姿勢になってスピードに乗る。

 鳥海たちがようやく体勢を立て直した頃、那珂と時雨は反時計回りに大きく距離を取り回って再び鳥海たちを遠目ながら正面に迎える位置取りをした。

 

 その時、那珂の視界の左端から右端へと上空を横切る存在があった。それは隼鷹の艦載機である。その方角と向かう方向からして、五十鈴達を狙っていると那珂は容易に察しがついた。

 それは時雨も気づいたようで、那珂に急いた声で言った。

「あの!今のってもしかして!?」

「・・・・・・うん。ちょっとヤバいかも。」

 

 そう一言だけ発して那珂はすぐに通信した。相手はもちろん五十鈴である。

「ねぇ五十鈴ちゃん、そっちに

「えぇ見えてる。すぐに迎撃態勢に入るから、私たちのことは気にしないで。それからそっちを支援できそうにないからもうしばらくあんたはあんたで頑張って。」

「アハハ・・・・・・さいですか。五十鈴ちゃんたちの支援もらいたかったけど、自分の身が最優先だもんね。うん、そっちも気をつけて。」

 長々と話していてはあっという間にたどり着いた敵航空機に狙われかねない。那珂はそう察し、五十鈴も同じ懸念を抱いていたため互いにややぶっきらぼうに通信を終え、それぞれの戦闘態勢を継続させた。

 那珂は反時計回りをやや角度鋭く針路を変え、鳥海たちに向けた。

「時雨ちゃん、魚雷はあと何本残ってる?」

「ええと、右ゼロ、左4本です。」

「上等!もうちょっと近づいたら撃たせるから、心づもりだけしておいて。」

「はい。」

 

 那珂はそう指示し、速力をそのまま維持して鳥海たち目指して猛然とダッシュした。途中、距離とタイミングを見て時雨を真後ろに移動させる。二人だけの単縦陣だが、目的はあった。

 対する鳥海らは背後を取られぬよう、発進するとすぐに反対方向に回頭し、那珂たちと反航すべく針路を切り替えた。

 

 やがて再び激突せんとグングン迫る那珂と鳥海。その前に那珂は完全に背後にいて同一線上を辿る時雨に指示した。

「魚雷1本放って。標的は3人のうち真ん中。速度はあたし達の同じ針路を一足先に行く感じで!」

 

 ボシュッ・・・・・・シュー・・・・・・

 

 時雨は言葉での返事の代わりに行動で答えた。

 時雨の魚雷は真下に放たれ一度深く海中に潜った後、海面に向けて急旋回した後速力を一気に高めて前へと泳いでいった。その針路は那珂がこれから海原をかき分けようとしていた流れだ。そして唯一違うのは、途中で魚雷は20~30度左に曲がり、敵の向かう位置を目指したことだ。

 青白い光の矢が海中に現れたことに気づいた鳥海は冷静に指示した。

 

「やはり来ましたね。向き、速力に問題なしこのまま直進。涼月、念のため爆破処理準備願います。」

「はい!」

 

 魚雷の針路と速力を予測した鳥海は自身に当たる可能性はないと判断したが、最後尾にいる涼月が魚雷の発するエネルギー波に巻き込まれる危険性を想定し、内々に教えていた通り魚雷の直前での爆破処理を指示した。涼月は教えられた通り自身の魚雷発射管と主砲パーツを構えてやや中腰になる。距離はまだあったため、鳥海の合図がなければ迎撃態勢を解除するだけだ。

 

 

--

 

 そんな敵の一方で、那珂は魚雷をよける方向を想定し、針路をやや10度右にずらし、小さめに弧を描くように移動を調整した。那珂の目的は反航戦を逆丁字戦法にして背後を狙うことだった。

 付き従う時雨は単に魚雷の結末しか那珂に尋ねない。

「魚雷当たるでしょうか?」

「うーん多分外れるかな。まぁ敵の動きを切り崩すのが目的だから、途中経過はどうでもいいんだよね。」

「え・・・・・・はぁ、そうなんですか。」

 時雨の表情がやや曇る。その気配に気づいた那珂はフォローの言葉で続けた。

「時雨ちゃん、そうガッカリしないで。道具はアイデア次第で色んな用途に使えるし、結果はそう急ぐものじゃないよ。ぶっちゃけあたしも探り探りだからあたしの行動が正解ってわけじゃないし。だから戦局を見てもしなにかよさげなアイデアあったら言ってね。うまく立ち回って見せるから。」

「あ、はい!」

 

 そうして那珂と時雨は再び鳥海たちと接近した。ただし今回は目的があるため、中距離を保ちつつ反航戦を切り抜ける。互いに砲撃はせずに通り過ぎた。鳥海もまた無闇な砲撃戦を繰り広げるつもりはないのだ。

 

 背後を狙おうとしたが相手は遠くに。自身の射撃に自信がないわけではないが、相手が相手なので素早い移動中に中距離砲撃するのでは効果が望めないと那珂は考えた。実際の軍艦の海戦の戦術が艦娘相手に通じるとはどうしても思えなかったので慎重にならざるを得ないのだ。

 艦船とは違い生物である以上は、艦娘(深海棲艦)は姿勢を変えて避けることも、海中に咄嗟に潜って避けることも、ジャンプして避けること等いくらでもできる。それでも陸ではなく水の抵抗を受ける海面を進む以上、ある程度似通う。

 加えて演習試合では諸々の制限を設けて行われることがあるため、その海戦はより実際の軍艦の海戦に近づく。それ故、スーパーヒーロー同士が戦うバトル等とは異なり、決定打に欠け戦闘が無駄に長引くことも多々あり得る。もちろん戦闘技術に長けた艦娘がいれば戦局が一気に傾くこともある。

 

 今のこのとき、この戦いで頭一つ二つ抜きんでた存在は二人いた。那珂と鳥海である。担当する艦種の違いや発想力の差はあれど、実際には二人の実力はほとんど拮抗していた。そのため、戦闘はまさに決定打に欠ける展開とならざるを得なかった。

 

 

--

 

 遠く離れた海域で五十鈴達が対空戦闘を切り抜け、神通達が思い切った反撃に転向する。

 自分たち以外は展開が進んでいる。那珂は視線はずっと鳥海に向けながら、頭の片隅ではそう観察していた。

 

 疲れた。

 

 相手の背後を取ろうと立ち回りすぎてペース配分が乱れる。那珂は速力を自然と落としていた。相手の鳥海はそのわずかな変化を逃さない。

 

「てー!」

 

ドゥ!ドドゥ!!

 

 鳥海の指示が発せられて僚艦の秋月・涼月は一斉に砲撃した。エネルギー弾の射線上にさしかかった那珂はハッと我に帰って現実を見た。

「ヤバッ!姿勢低く!」

「はい!」

 那珂は上半身を咄嗟に傾けて姿勢低くした。那珂の鋭い叫びのような指示に時雨もすぐに従って、命中予測された射線上の高さから辛くも逃れる。

 

バッシャーン!!

 

 那珂と時雨が通ってきた海上の航跡10m右にエネルギー弾が着水して水柱を発生させる。二人の航跡が間延びした蛇行を見せると、鳥海は続けざまに砲撃した。

 

ズドッ!ドドゥ!ドゥッ!

 

 那珂は姿勢を低くしたまま速力をようやくあげた。時雨も従い、その危機を逃れたタイミングで姿勢を戻した。

「那珂さん!敵に狙われ始めてます!僕達も攻撃を!」

「ゴメンゴメン!ちょっと油断してた。そろそろちょっとは動きを見せないとね。方向変えて二人だけの複縦陣に切り替えるよ!」

「はい!」

 

 那珂は角度緩めに一斉回頭し、時雨と併走する形になった。二人だけなので複縦陣というよりは単横陣だ。実際の艦船とは異なり正面に向けてすべての砲撃を注力でき、向かってくる攻撃も正面に見ているだけに対処もしやすい、まさに艦娘の本来の戦闘陣形、突撃陣形だ。ただ常に敵を真っ正面に見なければならないだけに敵の動きを逃しやすく、自身らの陣形も崩されやすい。

 それでもタイミングを見計らい、反撃に転じた。

「時雨ちゃんはあたしから5度くらい左に向けて撃って。てーー!」

 

ズドゥ!

ドゥ!

 

 那珂と時雨の砲撃でエネルギー弾は鳥海たちの針路の予測ポイントの10m手前、そしてもう一発は三人の中間にいる秋月を捉えた。

 

「秋月、相殺ですよ!」

「はい!」

 

ドドゥ!

ドドゥ!

 

バチッ!!

 

 向かってくるエネルギー弾の射線を想像した鳥海は逃れようもないと察し、自身と秋月で砲撃することで危機を封殺した。

 

「続けて!!」

 

ズドッ!

ドドゥ!

ドゥ!

 

 砲身が冷えぬうちに鳥海・秋月・涼月は一斉射した。陣形をあくまでも艦船と同じくさせて崩さない鳥海たちは横向きの砲撃を行う。

 その砲撃を那珂と時雨は言葉で明示をせず黙って互いの考えた方向へ姿勢と針路を傾けて避ける。そしてまた一定間隔を開けて併走状態に戻った。

 しかしその先の展開は、鳥海らが速力を上げて時雨に近づいたせいで、那珂達にとって丁字不利となってしまった。

 

「しまった!時雨ちゃん速力あげて一旦離れて!」

「は・・・・・・!」

 

「もらいました!!」と鳥海が甲高く叫ぶ。

 

ズドッ!

ドドゥ!

ドゥ!

 

 那珂の指示で速力をあげようとした時雨の動きを逃さない鳥海達三人の一斉砲撃が、時雨の到達予測ポイントまでも捉えた。

 時雨は那珂の指示通りに動いてももはややられると感じた。と同時にこれまでに那珂が行った動きを思い出してそれを再現した。

 

 時雨は海面から両足を素早く離し、身を捩って海面に平行する形で宙返りし、命中の面積を限りなく減らした。鳥海らによるエネルギー弾が時雨の左(上)と右(下)の宙をギリギリ触れぬ間隔で過ぎていく。エネルギー弾の行く末は、元々が時雨を狙う射線だったため、海面に早々にも着水した。そのため時雨から一定の距離を開けていた那珂にまでは届かなかった。

 宙で身を捩った時雨は海面に着弾して起きた水柱の音を聞いた後自身も着水して激しい波しぶきを巻き起こした。那珂は前進をやめ急回頭して時雨に駆け寄る。

 時雨が沈んだポイントの海面はようやく穏やかになろうとしたが、その静けさはすぐに破られた。

 

ザパァ・・・・・・

 

「ぷはっ!! ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」

「時雨ちゃん! ダイジョブ!?」

「コホッ・・・・・・は、はい!」

 

 時雨は足の艤装の主機の推進力を使って一気に浮上して宙へと飛び上がった。その際、止めていた息を吐いて咳き込む。

 那珂は時雨の背中に手をあてがって前進を暗に促した。止まった状態では、移動し続けている鳥海たちに背後を取られてやられかねないからだ。

 時雨もまた那珂の促しを受けて意図に気づき、すぐに前進をした。

 

「時雨ちゃんナイス回避!」

「は、はい。ちょっと前に那珂さんがした避け方を思い出したので、やれるかどうかよりもまず身体が動いてました。」

「うんうん!そーいう発想と行動、そういうのを期待してたんだよ。あたしたちはまだまだイケるよ。」

 那珂は時雨を強く鼓舞した。時雨はやや気恥ずかしさを覚えながらもまんざらではない様子で小さくはにかんでみせた。

 

 

--

 

 前進しつつ那珂はチラリと後方に視線を向けると、なぜか鳥海たちは停止していた。それを見て那珂は怪訝に思い、自身らもまた鳥海たちを真っ正面に見る姿勢になるべく回頭して立ち止まった。

 

((何・・・・・・なんで停止したの?))

 

 那珂がジッと見ていると、鳥海が動きを見せた。それは、遠目からではわずかとしか見えぬ腕をまっすぐ向ける構えだった。

 そして……

 

 

ズドアアアアァァ!!

 

 

「!!!」

 

 

 鳥海が自身の艤装の主砲の本来の射程を発揮すべく、中遠距離砲撃をしたのだ。

 那珂は相手の観察をしすぎて同じ行動を取り、立ち止まってしまったことを後悔した。那珂と時雨は相手の砲撃のエネルギー弾の通る道筋が二人の間にあったことを察して、互いに逆方向に倒れ込んだ。

 

「ぷはっ!時雨ちゃん、さっきと同じように併走して前進!」

「は、はい! でも那珂さん、まっすぐだと鳥海さんの砲撃の射程範囲のままです!」

 海中から一気に浮上して体勢を立て直すよりが早いか前進しながら那珂は切羽詰まった口調で言った。

「姿勢低くして突っ込むの!距離あっても立ち止まったらあたしたちの負け!動き続けないとダメ!」

「はい。となるとまた接近戦ですか!?」

 

 時雨の確認に那珂は行動だけで示した。身をかがめてまるでスピードスケートをするかのように一気に加速して疾走し始める。時雨は那珂の行動に一瞬呆気にとられたが、ハッと我に帰って同じ行動をし始めた。

 

 その様子を視界に収めていた鳥海は穏やかながらも敵をあざ笑うかのように言った。

「あなた方が安全圏だと思っている距離、私にとっては造作もありません。……向かってきますか。」

 鳥海は那珂達の針路を想定し、突進してくるその身をまっすぐに狙うべく撃ち出した。

 

ズドオオオオゥ!

 

ズドオオオォ!!

 

 鳥海は引き続き立ち止まったまま中遠距離砲撃を行う。

 那珂と時雨はその砲撃をスッとかわして前進を続けた。スピードに乗っているため避けるのは容易だ。避けたことで若干航行コースを変えてしまったがすぐに元の航行の範囲に戻り、二人は緩やかな弧を描いて一旦二手に分かれて鳥海らに向かう。

 形としては挟み撃ちになる。

 

 鳥海はその流れを見て、冷静に後ろの二人に指示を出した。

「おそらく近距離で砲撃か雷撃をしてきます。私が盾になりますので二人はあの駆逐艦の撃破を狙ってください。」

「盾だなんてそんな!だったら私たち三人で相殺しましょうよ!」

「そうです!姉さんの言うとおりです。」

「・・・・・・二人共、その気持ちだけで十分です。私は重巡、まだまだ耐久力はあります。それにあなた方は、自分たちの判断だけで簡単に相殺ができるほどの成績なのですか?」

 鳥海の鋭い指摘に駆逐艦二人はすぐに黙った。それ以上言葉を発さない二人が理解を示したことを察すると、ゆっくりと航行を再開した。

 

 鳥海が動き出したのに気づいた那珂は時雨から通信を受けた。

「敵が動き始めました。どうしましょう!?」

「なんとかうちらの真ん中に収めるよう動くよ。」

「了解です。やや僕の方に向かってるようですから、こっちですね。」

 そう言って針路を5度左に動かした時雨に那珂は追随して動いた。5度の角度は進むうちにそれ以上広がる。そして再び鳥海らをきっちり挟み込むように位置取った。

 

「もうちょっと距離縮まったら、一度あたしたちも間隔狭めよう。で、あたしの最初の合図で一気に間隔縮めて迫る、もう一度合図したら一気に離れて通り過ぎて反航戦!」

「!! そ、そうか! はい、わかりました!」

 

 那珂の目的が敵のギリギリでの砲雷撃かつ離脱でないと時雨は理解した。リスクが減ったことを察すると俄然やる気をみなぎらせ、手に持つ主砲パーツに片方の手をグッと強く当てて安定させた。

 

 あくまで敵からは寸前での砲撃逃げであることを匂わせたままでいる。それがどこまで本心を悟られずにすむかは自身の指示のタイミングと反射神経による。プラス時雨がきちんと追従できるかもだ。

 前方からは鳥海が相も変わらずターゲットを時雨から外さぬよう針路を調整して向かってくる。その度に時雨は相手の針路から逃れ、那珂は間隔を縮めすぎないよう詰める。

 やがて距離を測った那珂は1回目の合図を出した。

 

「今!」

 

 那珂と時雨は鳥海らをほぼ等しい距離で左右に捉えたまま、角度鋭く一気に迫った。その速さと勢いに鳥海は後ろの二人に指示を出した。

「秋月は若干速力落として雷撃用意、涼月は秋月と並走!砲撃を右に構え!」

「「はい!」」

 

 鳥海たちもまた、タイミングを測り終えた。そして……

 

「てー!」鳥海の合図の声が甲高く響く。

 

ボシュ……シューーー……

ドドゥ!

 

 秋月の魚雷が深く潜りいっきに速度をあげて鳥海を追い越し、涼月の砲撃が右10度の線上に向けられる。そのわずか前に那珂が2回目の指示を叫んだ。

 

「今!」と那珂。

「は……あぶっ……!?」

 

 那珂の指示と同時に敵の攻撃に驚いた時雨は悲鳴に似た叫びを上げ、それと同時に瞬時にその上半身を左前方に思い切り傾ける。涼月の砲撃を寸前で避けられたがそのせいでバランスを崩し、本来想定していた作戦行動に移るのに遅れてしまった。よろけた先わずか1m手前を秋月の魚雷がエネルギー波の羽を極大に広げて突っ切る。

 

「うわうわっ!!」

 

 左前方に傾けた上半身を更に前に屈めてその姿勢と慣性に沿うように時雨は下半身そして足の主機の推進力で海面を思い切り蹴り、プール飛び込みをするごとく前の前の海面にダイブした。

 

ザッパーーーン!!

 

「時雨ちゃん!!?」

 

ズドドドオオオォ!!

 時雨の後方の誰もいない場所で魚雷が爆発を起こして海面を荒げた。

 那珂は当初の反航戦として鳥海達を通り過ぎようとしていた前進をやめて主機の推進力を使わず海面をジャンプして強引に回頭した。若干通り過ぎていたために完全に方向転換した時、眼前に見たのは、海面から浮き上がろうとしている時雨を囲む鳥海達三人だった。

 

「まずい! 時雨ちゃん浮かないで!沈んで沈んで!!!」

 

 那珂の悲痛な叫びが周囲にこだまする。駆け寄ろうと目論むが間に合わない。那珂の眼の前で展開される、鳥海ら三人によるこれから浮き上がろうとする時雨の近距離での狙い撃ち。

 

「これで一人、打ち取りました。」

 

 鳥海の冷たい一言が聞こえた時那珂は腰の背面部分から熱い力を感じ、次の瞬間腹の底から震えるほど叫んでいた。

 

「……あああああああぁぁぁっあぁぁ!!!!」

 

 那珂の叫びに呼応するかのように、那珂の立つポイントを中心として海面が激しく波打ち始める。合わせて那珂の腰の背面にあるコアユニットからパチパチと破裂音も響き始めた。それは直接的ではないが周囲の艦娘ですら覚えないわけがない異変として察知された。

 

「何……なんです!?」

 鳥海は思わず主砲のトリガーから手を離し振り向いて視線を時雨から那珂に向けた。その時鳥海が見たのは、やや中腰になった那珂が海面を思い切り蹴る瞬間だった。

 

【挿絵表示】

 

バシャアアアァ!!!

 

 那珂はまるで水上バイクで最大速度を出して水の抵抗により跳ね上がったかのように前方へ跳躍して鳥海らに迫った。その光景はまさに宙を切り裂く巨大な矢だ。那珂は跳躍と同時に右腕の全主砲・副砲・機銃を前へ向けて撃った。

 

ズドォ!

ドゥ!

ガガガガガ!

 

 那珂よりも先にエネルギー弾が鳥海らに到達する。

「きゃ!」

「きゃあ!!」

「二人とも!?」

 それらは秋月・涼月を囲むように飛来し二人をひるませ後方へと転ばせる。二人の危機を瞬時に感じた鳥海は予備動作なしで海面を蹴り二人をかばうように倒れ込んだ。その位置は、丁度那珂が突っ込んでくる位置だった。

 

【挿絵表示】

 

ガッ!

「くはっ……!」

 

 那珂は鳥海にぶつかる直前、砲撃した右腕を背後に振りかぶり代わりに左腕を前方に突き出した。その拳は鳥海が左肩に装備していた艤装のショルダーパーツに命中し、それを砕いて彼女の肩を突き左肩から後方によろけさせる。しかし鳥海は咄嗟に左足で踏ん張り、秋月たちをかばおうとして伸ばした右腕を咄嗟に左へと薙ぎ払った。

 

ガシッ!

 

 鳥海が右腕に装備していた主砲の砲身が那珂の左鎖骨~首に命中した。その衝撃で那珂は飛翔の勢いを殺され、方向を右つまり鳥海らとは逆方向へと変えざるを得なかった。というよりも変えられてしまった。

 

バシャーーー……ザザザザザ

 

 2回ほど宙を横転しながらも那珂は姿勢を戻して土下座に近い体勢で海面に3つの航跡を立て踏みとどまる。対して鳥海は、右に薙ぎ払ったその姿勢の限界を感じて受け身を取る如く海面へ倒れ込んだ。

 那珂は相手総崩れのその隙にジャンプして回頭し、時雨に駆け寄って彼女の浮上を助けた。

 時雨はなんとなく聞こえた那珂の指示により、浮き上がろうとする前に足の主機を海上に向けその推進力でギリギリ浮上を免れた。潜っていたため我慢していた大きな息を吐き出して酸素を体内に循環させようやく呼吸をすることができた。

「時雨ちゃん! もー大丈夫だから早く早く!」

「うっく……はい!」

 

ザアアアアアアアアァァ

 

 

 那珂は時雨を引航しながら敵から距離を取った。

「ゴメンなさい……また僕がピンチを招いてしまって。」

「いいっていいって。」

 那珂はほんの少しだけ速力を落とし時雨と並走して彼女の目を見つめる。時雨は那珂の優しい目を見て気持ちを落ち着けることができた。ホッとして視線を那珂の顔から下に移した時、時雨は仰天した。

「那珂さん!! 首と肩! 血が出てるじゃないですか!!」

「え……?」

 那珂は指摘された左首筋から肩にかけてを撫でた。アザが出来、制服が赤く染まっていた。強く押すと制服に染み込んだ血が指にうっすら付着する。指摘されるまでまったく痛みはなかったし、指摘されても痛みは感じない。まったく感じないというわけではなく、気分的に気にならないといったほうが正しい。

「あ~ホントだ。でも……これくらいはいいや。後で病院行くから。」

「え、でも……」

 時雨は心配で食い下がろうとしたが、演習試合の大事な局面であり那珂の気持ちをおもんぱかってそれ以上は口にしなかった。

 

 

--

 

 背後を見ながら那珂は停止するポイントを見計らい、鳥海らに向けて回頭して止まった。そこは鳥海の射程の範囲内ではあるが、彼女らの体勢が戻るまでは安心できると踏む。

 

 そしてようやく鳥海らも体勢を立て直した。

「くっ……ハァハァ。だ、大丈夫ですか、二人とも?」

 左肩を抑えて荒げた呼吸をしながら鳥海は秋月・涼月に歩み寄った。

「すみません……私は今の機銃掃射をくらって大破になってしまいました。」そう正直に報告する秋月。

「は、はい。私はなんとか。姉さん大丈夫ですか?」自身の無事を報告する涼月は喋りの勢いをそのまま秋月への心配の声掛けに向けた。

 

「まさか……あんな動きができるとは。」さすがの鳥海もたった今までの出来事に驚きと焦りを隠せない。

「あの人……今のは何だったんですか?」と秋月。

 鳥海は唾を飲み込み数秒黙っていたがゆっくり口を開けた。

「わかりません。彼女のアクションは天龍や霧島達から聞いていたのである程度予測範疇でしたが、さすがにあんなことまでは。艦娘になって向上する身体能力の水準を超えているのでは……。それに私達が急に感じたしびれ。一体何が起こったやら。」

 鳥海の心に戸惑いと恐怖が芽生える。しかしそれは純粋な恐怖ではない。理解不能な物への畏怖の念そしてそれを突き詰めたいという好奇心の混ざった感情だった。

 

 

--

 

 堤防付近で見ていた艦娘そして提督らも那珂の異変を間接的に感じていた。ただし提督はそれを明石から聞いてようやく状況を把握した。

「今の那珂ちゃん、すごいですよ提督。」

「ん?どうしたんだ?」

「あ~提督は直接はわかりませんでしたね。私も一応艦娘ですし、こうやってコアユニットを装備しているので感じたのですけど、那珂ちゃんの同調率が瞬時に跳ね上がったと同時に周りの艦娘の同調率が一斉に下がったんです。一人の同調率の上昇が他の艦娘に影響するなんて私も初めてです。」

「ん、アレか?けど他の艦娘にも影響ってどういうことよ?」と提督。

 

「わかります。私も今さっきピリッと感じちゃいました。今のって何なんです!?」

 そう口にして会話に割り込んできたのは神奈川第一の鹿島だ。

 タブレットですべての戦況をチェックしていた明石は顎に手を添えて考える素振りをした後、提督に耳打ちした。それは那珂の同調率の変移だった。明石はそれを局外極秘にせねばならないと捉えたからだ。

 提督は明石から観察と想定を聞き、どう伝えるか悩んだ末に鹿島に向けて説明した。

「ハッキリとはわからないです。ただうちの川内が暗視能力を持っているように那珂固有のものかもしれないし、別のなにかかもしれない。ところでそのピリッとしびれる感覚は今は?」

「ええと、ありません。」

 鹿島はブレザーの裾に突いているコアユニットの収納装置を撫でながら言った。その反応を見て提督はコクンと頷いて続けた。

「鹿島さん、どうかこのことは口外しないでいただきたい。何分初めての現象で調査が必要なので。この現象はうちの工廠から通じて艤装装着者管理署の本部と製造会社に報告しておきます。」

「あ……はい。それはもちろん。」

 数割増しの真面目な懇願に鹿島が同意を見せたことで提督は密かに胸をなでおろした。やがて皆視線を再び前方の海上に向けた。

 海上を見つめながら、提督は今の現象を整理した。那珂は再び同調率を動的に変化させたのだろうと。瞬発的に能力が高まることも期待できるその現象、提督が公式に記録して把握しているのは五月雨と那珂だけのものだ。しかし過去の報告と比較してみると、他の艦娘にまで何かしら影響を及ぼすのはおかしいと感じるのは容易すぎた。

 一抹の不安が提督の眉をほんの僅かにひそめさせ続けていた。

 

 

--

 

 鳥海たちの警戒態勢が増したこともあり、那珂と鳥海の戦況は再びにらみ合いになった。さすがの那珂も先程発揮した状態をもう一度出そうにも出来ないのだ。

 しばらく経ち、遠く離れたポイントで雷撃の炸裂音と高い水柱と波しぶきが起きて海面を広範囲に揺らした。神通と五月雨が敵を撃破した知らせが続く。それを耳にして那珂は安堵し、時雨は喜びの声を那珂に通信して聞かせた。

「さみ達、やったんですね。すごいや。僕達も負けてられないですよね?」

「うん、そーだね。二人にMVPをかっさらわれないようにしないとね!」

「アハハ。はい。」

 

 軽口を叩き合う余裕を見せる那珂と時雨だったが、再び容易に動かせぬ戦況になったことをひしひしと感じ取って、切り込み口を探るため安易に動く気が起きない状況だった。

 小刻みな移動を繰り返して間合いを縮め、那珂と時雨は再び鳥海たちに近づく。それは鳥海たちも同様だ。

 

 何度か移動を繰り返して再びゆっくりとした速度、速力徐行から停止に切り替えたとき、那珂は神通から通信を受けた。

 

「那珂さん、こちらは戦艦を倒しました。」

「神通ちゃん? やったねー。こっちはなかなか切り抜けられそうにないよ。参った参った~。」

 そう口にする那珂。すると神通から支援の提案を受けた。確かに揃って雷撃して混乱させることができれば撃破は難しくないかもしれない。しかしつい先ほどからの敵の動きが気になるのだ。やはり警戒されている。戦況を一時的に動かせたのはいいがその結果敵が遠のき、また決定打に欠ける展開が待ち受ける状況になったことに那珂は反省と後悔をしていたのだ。その考えから那珂は神通の提案をやんわりと拒否した。

 それでも食い下がる後輩に対し、撃破の発表がされぬ敵艦娘が一人いることに気づいてそれを指摘した。

 

 敵はもう中破だろうし捨て置いても良い

 

 そういう内容だったのでその判断の危険性を那珂は即座に感じた。思慮深い後輩にしては珍しい判断だ。劇的な撃破劇で気分が向上しているのだろう。その気持ち自体はわからないでもない。しかし未来の可能性を必死に探り、得た答えではどうあっても残った敵空母にやられる神通の未来しか見えない。それに自分達と鳥海の戦いも他の邪魔されず続けたい。

 那珂は厳し目に後輩を諭した。

 

「……神通ちゃん、その判断は危険かなぁ。」

 

 その指摘の先を那珂はもはや覚えていなかった。冷たくあしらった気もするし、やんわりとした気もする。どのみちあの後輩ならわかってくれるだろうと信じていたから後味の悪さはない。

 そうして那珂が鳥海と対峙し続ける間、外野の展開は那珂の不安が半分的中する流れになっていた。それでもなお、那珂は動き出せなかった。傍にいる時雨もその空気のおかしさをつぶさに感じ取り、目の前の軽巡に従うしかなかった。

 

 

--

 

「ゴメン那珂。やられてしまったわ。後よろしく。」

「申し訳ございません那珂さん。ろくに支援もできないまま……。」

 五十鈴と妙高から思い切り悄気た声色で報告を聞いた那珂は困り笑いを浮かべて返した。

「いーえいーえ。戦局が複数あると大変だってわかっただけでもめっけもんですよ。あとはあたしに任せて。」

「那珂……あんた、まぁいいわ。あ・な・た・たちに任せる、わね。」

 五十鈴は那珂に違和感を覚えたが、気にせず通信を切った。

 

 神通が逃した隼鷹の艦載機によって五十鈴達はついに撃破されてしまった。それを那珂と時雨は鳥海たちから視線を外せぬまま音と海面の様子だけで察した。報告を本人達から聞きやっと現実のものとして理解に至った。

 あと残るは自分と時雨、神通そして五月雨の四人である。

 那珂は内心焦っていた。ある程度覚悟していたとはいえ、ここまで切り抜けられないのはもどかしい。歯がゆい。イライラする。後半の残り時間も迫っていることに気づいていてその感情はさらに膨れ上がっていた。

 

 

--

 

 ごまかしの前進と砲撃を3巡ほどさせたとき、遠くで激しい爆発音が連続し、那珂の外野の戦況がさらに動いた。

 

「神奈川第一、軽空母隼鷹、千葉第二、軽巡洋艦神通、轟沈!」

 

 後輩が相打ちで敵を撃破した。

 あの大人しいながらも頑固で意志の強い少女にしては十分頑張った。順当なところだ。那珂は後輩の成果をさも自分のことのように喜びを心の中で溢れさせた。その身を呈して戦況を自艦隊に有利に保ってくれた。それに応えたいが残り時間は少ない。

 敵は強いのだ。一時的なスーパーアクションでは撃破には至ることはできそうにない。川内の思考ではないが、スーパーヒーローになるには現実にはこんなにも不安定で足りない。

 

 ゴクリと唾を飲み込み息を吸って吐いて酸素を肺に取り入れる。その時、那珂は五月雨から通信を受けた。

 

「あ、あの!私生き残りました!今そっちに向かいますね!」

「五月雨ちゃん?」と那珂。

「さみ……そっか。うん、よかった無事で。すぐ来て。」

 時雨の優しい声かけに五月雨は明るい雰囲気を湧き上がらせてスピードをあげた。ほどなくして那珂と時雨の右舷に五月雨が姿を現した。

 

「二人とも、お待たせしました!」

 五月雨は右手を額にあてがって敬礼のポーズをした。

「うん、やっと合流できたね。これで戦力的には五分五分になるわけだ、うん。あたしとしても心強いや~。」

「えぇ、僕もですよ。さみ、耐久度の報告を。」

「あ、うん。えっとね……○%でぇ、中破の手前かな。」

 五月雨からの報告を聞き、那珂は改めて今の状況を思い直し、そして二人に伝えた。

 

「よし、ちょっと状況を整理しよう。」

「「はい。」」

 

・那珂:中破

・時雨:大破

・五月雨:小~中破

 

 艦娘としての耐久度判定とは別に、那珂は肉体的に痛みを感じていた。鳥海から先程受けたなぎ払いにより、左鎖骨~首付近が痛むのだ。そういう肉体的な負傷まではさすがに耐久度判定には反映されない。あえて本人が申告しなければ、見える形でない限りは他のメンツが知ることはない。

 那珂は自身の肉体的状態については二人に明かさなかった。

 

「敵も3人、重巡に駆逐艦二人ですね。人数も艦種的にもほぼ互角でしょうか。」

「そうですよね~。那珂さんなら重巡って言っても問題ないです!だから互角です互角!」

「アハハ……時雨ちゃんも五月雨ちゃんも、それは言い過ぎだよぉ~。」

 那珂は後頭部に手を当てて髪を撫でながら恥ずかしそうに言った。

「いえ、さみの言う通りですよ。囲まれて狙われてた僕を助けてくれた那珂さんの動き、僕は直接見てないけど、感じるものはありました。あれをまた発揮してくれればきっと勝てます。残り時間もあと僅かですしこの三人で最後まで……!」

 時雨の言を聞き、一瞬表情を曇らせる那珂。彼女の期待を裏切るのは忍びないが、楽観的になっても仕方ないのだ。戦況は戦術とともに芳しくない。

「うーん、そうは言ってもねぇ~。自由に発揮できたらいいんだけど、ホラあれですよ。うち特有のあの変化。五月雨ちゃんならわかるでしょ?」

「あ……はい。ということは?」

「うん。」

 那珂の一言と頷きで時雨と五月雨は理解した。同調率の瞬間的な動的変化、あれを発揮できたことを公式の記録に残しているのは那珂と五月雨しかいない。五月雨もまた最初に発揮して以降何度か試したが、意図的に再現することは叶わなかったのだ。

 そのことを十分理解しているがゆえ、五月雨は察して無理を言うことはしなかった。時雨はそんな友人のことをわかっているがため、彼女の思いを察して自分ももはや控えた。

 二人の反応を確認して那珂は視線を鳥海へと戻した。眼の前の鳥海達が近づいてきているのが見て取れた。

 その時通信が入った。鳥海である。

 

 

--

 

「……はい。」

「私です。鳥海です。」

「鳥海さん!? ど、どうしました?」

「残り時間も少ないので最後くらいは観客の近く、肉眼で見応えのある戦いをしませんか? ちょうど3対3になりましたし、条件的には良いと思うのですが。」

「え? ……それは、始まる前の提案とかそういう話の……?」

「いえいえ。単純に距離を活用した戦いに疲れただけです。それに今回は見てくださっている方々もいらっしゃるのに、ずっとドローンのカメラや双眼鏡で観覧していただくのもどうかと思いまして。」

「はぁ……。」

 突然の鳥海の提案に那珂は思考の切り替えが追いつかなかった。自分も話題の切り替えが突然すぎると三千花始め友人達から言われることしばしばだが、鳥海たるあの女性も中々だ。那珂は友人たちの気持ちがわかったような気がした。

 しかしその内容を否定したいとは思わない。むしろ同意なのだ。那珂もまた、距離ある海域を動きまくって飛んでくる砲撃を回避して無駄に時間を消費する展開に辟易していた。

 そのため那珂の返事は鳥海の意に沿うものになった。

「まぁ、いーんじゃないでしょ~か。」

「よかった……それではすぐに移動しましょう。」

 

 鳥海の明るい声に合わせて那珂は普段調子で返事をした。が、心の中までは素直に明るくできない。確かに賛同し得ることだが、鳥海の真意がわからないのでそう疑念を感じてしまい拭い去れない。

 ただ承諾した以上は合わせないといけない。那珂は駆逐艦二人に尋ねるのを忘れていたと気付き、振り向いて弱々しく白状した。

 

「あのさ、二人とも。鳥海さんから提案を受けたんだ。時間も近いし皆がもっとハッキリ見える堤防の近くでお互い近距離で戦わないかって。勝手に承諾しちゃったんだけど……いいかな?」

 那珂の恐る恐るの言葉を聞き終わった時雨と五月雨は顔を見わせた後、笑顔で答えた。

「いいと思いますよ。実は……広く逃げ回るのに疲れていたところだったんです。普段の訓練では皆もっと近い距離感でやっていましたし。それに近いイメージになるのでしたら。」

「堤防の近くでっていうのはいいと思いますけど、私はちょっとだけ怖いなぁ~って。あ、でもでも! イヤってわけじゃないですよ。思い切りが大事って神通さんも言ってましたし、今日は私、なんでもできるって気がしているんです!」

 フンス、と鼻息荒く意気込む五月雨に那珂はもちろん時雨も笑みを漏らした。

 同意を得られたということで那珂は胸をなでおろし、二人を引っ張るように先導して堤防の近くへと航行を再開した。

 

 


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