同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 那珂と同じく前線を駆ける五十鈴、そして支援艦隊にいる神通はそれぞれ苦戦を強いられていた。


神通と五十鈴

 前方の戦場では那珂が、五十鈴が、川内が慌ただしく動いている。

 神通は五十鈴から指示されたことを頭の中で反復してシミュレーションしていた。

 

「神通さん。その……五十鈴さんがおっしゃってた、偵察機で把握した位置の共有、お願いできますか?」

「は、はい。やってみます。」

 

 妙高の言葉で神通はふと五十鈴から受けていた指示を思い出した。

 それは、偵察機をまず飛ばす。狙いすました位置の情報を支援艦隊のメンバーに共有し、それで離れた位置から援護砲撃をしてほしいとのことだった。

 偵察機で得られる情報のうち、位置情報はもっとも基本的なものだ。そしてその情報を、艤装の近接通信機能を使って周囲の艦娘に提供することが可能なのはこれまで勉強してきてわかっている。ただそれを実戦ではしたことがなかった。

 やったことがないからじゃあやめておこう、そんな態度はことこの演習試合では通じないし、しでかすつもりはなかった。

 とにかく飛ばして状況を俯瞰するのが大事だ。そう思って神通は素早く偵察機をカタパルトに設置し、飛ばした。

 神通らが見ているその先で、いくつかのポイントで展開が刻一刻と動いていた。

 

 

--

 

 偵察機から見る映像と、もう片方の目で肉眼の高さで見る状況。

 一方で小さくカキンカキンと金属のぶつかる音が響いてきた。遠目でわかりづらいが、あれはおそらく那珂と天龍だろう。偵察機は前衛のメンバーの邪魔にならないよう、割りと高空を飛ばしているため偵察機からの映像でも見づらい。神通は想像し、状況を見守った。

 

 天龍を背後から狙う川内と夕立。これはいい。いいぞ自分たちに有利に動いているのかもしれない。そう思った矢先、ぐるりと弧を描いて移動しようとしていた川内と夕立を轟音を伴った砲撃が襲った。

 神通の位置から見て、突然真っ白く丸い壁が現れたと思ったら四散して2つの人影が弾き飛ばされたように見えた。

 ちなみに偵察機からの映像は、轟音に驚いて一瞬操作を失ってしまい見られなかった。

 

 

--

 

 慌てて偵察機の操作に集中し意識を戻すと、偵察機は落ちるのではなくあらぬ方向に飛んでいた。神通は偵察機を急旋回させ、方向を戦場へと戻す。近くを何かが通り過ぎる。それは提督が用意したかTV局のドローンだった。その機体を気に留めず高度を下げて飛行を続ける。

 その時前方から別の何かが向かってきた。神通は目を細めて凝視するかのように偵察機からの映像に集中する。それは、神奈川第一の支援艦隊メンバー、飛鷹と隼鷹が放った戦闘機・爆撃機の編隊だった。

 

「な、何あれ……!?」

 神通は思わず口にしていた。それを傍で聞いていた時雨と村雨が尋ねる。

「どうしたんですか、神通さん?」

「何か今さっきの大きい音と関係あるものですかぁ?」

「い、いいえ。敵の航空機です。念のため対空用意してください!」

 

 神通は偵察機の操作に完全に集中するため、そう言い放ち口をつぐんだ。神通の慌てた様子と台詞でハッとした二人は上空を見た。すると、たしかに一機の航空機が3x2の航空機の編隊に挟まれようとしているのが見えた。

 

((くっ、航空機同士の戦いなんて私知らないよ……!))

 

 神通は心の中で愚痴る。

 勉強したとおりだとすると、戦闘機は敵の航空機を撃墜するための存在。そして爆撃機は地上ないし海上の敵を狙う存在。対して自分が操作する偵察機はそんな攻撃能力を持たない偵察・情報収集能力に長けただけの存在だ。どう考えても戦いに特化した機体に勝てるわけがない。それに有利に逃れるには敵の上を取らなければ。

 そう判断して神通は偵察機と敵の編隊の衝突を避けるため、上を通り過ぎようと飛行のラインをずらした。

 

シュバ!

 

 

 マイクが敵の航空機が通りすぎる際に発生する風を切り裂く音を集音した。それが神通の耳に伝わってくる。

 下向きカメラが下を通り過ぎる敵の編隊を捉えようとしたが、あまりにも速く一瞬だったので何も映り込まなかった。ほどなくして神通の偵察機のカメラからは、敵航空機の編隊が完全に見えなくなった。

 

((まずい。背後を取られた。軍事物に弱い私でも、さすがにこれは危険だと分かる。でもどうすれば))

 

 心の中で焦りのセリフを口にする神通。敵も気にしなければいけないが、状況を見て遠距離砲撃のための位置情報を妙高に送らねばならない。やることが同時に溢れて神通は手一杯だった。

 

 その時、神通の焦りをさらに燃え広がらせるように、背後から射撃があった。

 

 

バババババババババ!!

ババババババ!

 

 

「きゃあ!!」

 

 神通は思わず悲鳴を上げた。周囲にいた時雨たちが何かを言ったが、神通は耳に入ってこなかった。すぐにでも回避せねばとさらに焦る。

 

 偵察機を左に旋回させる。そのすぐ背後を戦闘機らがあっという間に通り過ぎた。敵を捉えるためにその直後右に旋回し、通り過ぎたと思われる敵を正面のカメラで捉える。

 その敵の編隊も右にぐるりと旋回して、神通の偵察機を正面に捉えたようだった。そしてまっすぐ向かってくる。その速度は偵察機より上だ。偵察機のカメラで遠くに見ていた敵の編隊は、あっという間にその姿を大きくした。

 そして……

 

 

バババババババババ!!

 

 

「ひっ!」

 

 悲鳴をあげはしたが、神通は数本の射撃のラインをぐるりと錐揉み飛行してかわす。空が下に見える不思議さを味わっている間もなく操作を続ける。

 機体を回転から水平に戻し、ジェットコースターの縦回転のようにグルリと海上めがけて旋回し続けた。海面にまっすぐ近づくその先はちょうど天龍と那珂が再び激突しているポイントだった。

 

 チャンスだ

 

 神通は敵戦闘機の射撃が来ないその隙を狙い、標的の位置情報を取得した。そして一旦偵察機を上空にまっすぐ飛ばしてから意識を一瞬自身に戻した。

 

「狙えそうな位置を取得しました。今送ります!」

 そう叫んでスマートウォッチに指を当てて急いで操作し、位置情報を妙高へと送信した。妙高は焦りを隠せない神通とは異なり、至って穏やかな口調で狙う緯度経度を口にする。

「受け取りました。北緯○度○分……、東経○度○分……方向よし、角度よし。」

 口にしながら艤装のコアユニットに設定を指示し、受け取った位置情報をかけ合わせて計算させ両肩についた2番3番の主砲に方向と角度の設定を反映させる。微弱な電気が身体の一部を走り、主砲の動作ではカバーしきれない角度と方向の残りは妙高の身体を僅かに動かして姿勢を変えることで設定を完遂させる。

 そうして主砲のターゲッティングが終了した。傍に五月雨と名取が、やや離れて神通と、神通を守るために時雨と村雨がいる。妙高は一言、音に気をつけるよう言い渡してから、トリガースイッチに手をあてがい、強く押し込んだ。

 

 

ズドオオォ!!ドドォ!!

 

ヒューーー……

 

ズドオオォ!!ズザバアァ!!

 

 妙高の両肩の主砲から放たれたペイント弾は計算通りに飛んでいき、神通が標的にした位置にいる天龍に数発迫った。戦艦霧島の主砲の威力と迫力に比べると数段落ちるが、鎮守府Aが持つ最大火力だ。その最大火力は見事に天龍の動きを止め、那珂が刺すトドメを支援した。

 

「うわぁ~~~すっご~~い!妙高さんのちゃんとした砲撃、初めて見た気がします!」

「は、はわ……あわわわ……」

 傍にいた五月雨は呑気気味ながらも素直に驚く。同じく妙高の傍にいた名取は初めて聞く艦娘の本格的な砲撃とその迫力に呆気にとられている。

 

 呑気と本気で驚く二人をよそに、神通を守るように離れて立っていた時雨と村雨は冷静に視線の先の状況を見る。

「命中かな?」

「うーん……どうかしら。それならあの天龍って人吹っ飛んでると思うけれどねぇ。」

 

「命中はしていないでしょう。村雨さんの仰る通りです。僅かに距離が合わなかったようです。」冷静に口にする妙高。

「でも注意を引きつけることはできたから、あれなら那珂さんは楽に勝てますね。神通さん、妙高さん、次はどうしましょう?」

 時雨はそう判断して二人に指示を仰ぐ。

 妙高は自分が狙い当てたポイントを目を細めて凝視する。艤装の効果で視力が上がっても、妙高にとってはその場所は小さくぼんやりとしか見えない。そこでは那珂と天龍が何かを話しているのかという想定くらいしかできない。

「そう、ですね。あそこはもういいでしょう。残りはあちらの五十鈴さんたちの戦場でしょうか。神通さん、あちらに偵察機を近づけて撮影していただけますか?」

 

 妙高からの実質指示な提案。しかし神通は素直に聞ける状況ではなかった。

「ち、ちょっと……待って……!」

 

 

--

 

 好タイミングで位置情報を取得して送信した後、神通は意識を偵察機の方に戻し、操作を再開した。

 まっすぐ上空に飛び上がっていた偵察機を水平に戻し、機体を下向きにして下降させる。その背後を戦闘機が飛び去る。追いかけていたのだ。またすぐに背後を取られてしまうだろうが、なんとか逃げねば。

 とその時、神通は下降させている偵察機の正面つまり下に、別の戦闘機群を見た。そういえば3機x2で計6機いたはず。自身(の偵察機)を先程から追いかけていたのが6機だというのは覚えているが、そういえば途中から2~3機ほどに減っていた気がする。

 そう神通は思い出した。

 

 そんな思考を続けて張り巡らせる暇を与えてくれなかった。上空から、先程自身を追いかけていた戦闘機がものすごい勢いで落ちてきたのだ。片や2x2の敵編隊が、どこかに飛んでいこうとしている姿も見える。

 まずい。偵察機たる自分も危険だが、自分たちあるいは五十鈴たちのいずれかが空から狙われている可能性があるため、リアルな自分たちも危険だ。

 

 神通は偵察機を敵戦闘機から逃れさせようと必死に操作しながら、自分の周囲にいる仲間に向けて叫んだ。

「急いで対空用意を!私達か五十鈴さんたちか那珂さんが空から狙われています!後は目視でお願いします!!」

 

 神通のその悲痛で必死な叫びに、傍にいた時雨たちはもちろん、次の標的を待っていた妙高たち三人も構え方を変えた。

 

 警告をして神通はすぐに偵察機の操作と視界共有に意識を戻した。

 後方から射撃の音。急いで偵察機を錐揉み飛行させたり蛇行させたりする。何本かの射撃の線を見た後、ふと視界を見ると、自分達の姿が間近に見えた。

 

まずい。

 

 操作に集中しているうちに近づいてしまっていた。偵察機が攻撃を受けるのもまずいが、自分自身が被弾するのはもっとよろしくない。慌てて神通は大きく旋回し、方向を変える。

 焦りと興奮でだいぶ集中力が落ちていた神通は、目の前に射撃の線が横切ったのに気づいた。

 

ズガン!!

 

 しかし気づいた時には遅かった。

 方向転換したはいいが、敵機まで同じ行動をするとは限らないのだ。隼鷹か飛鷹どちらかの航空機の編隊は速度を落として素早く方向転換を先に行い、神通の偵察機が通るであろうコースを先読みして機銃掃射していたのだ。

 

「きゃあっ!!」

 

 神通は後ろへ反り返りながら意識を自分の身体に戻した。偵察機が破壊され、脳波制御が遮断されたためだ。よろける神通を心配し海面をジャンプして駆け寄る時雨だが間に合わない。神通は尻もちをつくように海面に転んでしまった。

 

 やがて時雨に支えられて起き上がった神通は、村雨から先程の自身と同じような台詞を聞いた。l

 

「神通さぁん!さっき偵察機を撃墜した戦闘機がこっち来ますよぉ~~!!!」

 

 神通と時雨は同時に頭と視線を上空に素早く動かした。たった2機だが、おそらく操作が上手いであろう敵の空母艦娘による敵機が生身の自身らを狙いに来ていた。

 

 

--

 

 対空の構えをしたのは妙高達だけではなかった。龍田達に接近を試みようとしていた五十鈴たちもであった。

 五十鈴と不知火そして長良は龍田たちを目指してはいたが、五十鈴達が接近しているのを察した龍田たちは警戒態勢を那珂ではなく対五十鈴に変更したため、まっすぐ向かうのをやめた。まずは135度つまり南東に針路を向け、反時計回りに弧を描くように近づくことを決めた。

 

「先方はこちらに標的を変えたみたいよ。」

「せんぽう?」

 五十鈴があえてそういう表現を使うと、不知火はキョトンとした口調で聞き返した。

「えぇ、取引や交渉の相手のことよ。」

「……お客さん、ですか?」

「まぁそうね。……っていうか、マジメに反応しないで頂戴。せめてノッてくれないとこっちが恥ずかしいわ。」

「すみません。」

 精一杯の皮肉と冗談を込めた五十鈴だったが、真面目に返されて赤面するハメになった。不知火・長良より前を進んでいるため彼女らから赤面の様は見えないのがせめてのもの救いだった。しかしただ一人、空気を読まずに二人の掛け合いに思わず吹き出して場の雰囲気を乱しかけたのは長良であった。

「プッ!」

「何笑ってるのよ長良!!」

「アハハ!ゴメン~。だってなんか二人のやりとりおもしろかったんだもん~!」

「あんたねぇ~~……この後大破しても助けないわよ!」

 

 和やかな雰囲気になりそうな三人の間だったが、その空気はすぐに収束することになった。

 

ドゥ!ドドゥ!

ドゥ!ドゥ!

 

「砲撃来た!右に避けるわよ!」

「はい。」

「え、え、え?りんちゃん!?」

「私と不知火の後に同じ動きをしてくれればいいわ!」

「わかった!やってみる!」

 

 五十鈴はすぅっと右へ約20度方向をずらし、針路を変えて再びまっすぐ航行した。後に不知火、そして見よう見まねで無事曲がることができた長良が続く。

 その直後龍田達からのペイント弾が降り注ぎ、今までいた直線上に着水し水柱をあげる。

 

パッシャーン!

バシャ!バシャシャ!

 

「きゃあ!ペイント弾あたりそーだった!」

「きちんと避けさせてあげるから気にしないで!ホラ、次来そうだから!」

 長良の悲鳴に五十鈴は冷静に言葉をかけて安心を促す。

 その言葉に含まれる通り、離れたところから砲撃してきた龍田たちが間髪入れず砲撃してきた。

 

 

ドゥ!

ドドゥ!

 

「そのまままっすぐ!普通に当たらないわ!」

 

パシャ!

パシャーーン!

 

 二度目の砲撃の雨は五十鈴達の現在の航行速度からして当たらずに済んだ。しかし逃げ回っているわけにもいかない。

 

 三度、四度目の砲撃。五十鈴たちはそのまっとうで実際の艦船さながらの砲撃に立ち止まって反撃することができない。相手4に対し、自分たちは3。しかも長良はほぼ大破状態なのだ。1~2発当たれば致命的な状態。慎重にならざるを得ないのだ。

 五十鈴はタイミングを見計らっていた。

 その時、上空を3~4機の航空機の編隊が通り過ぎようと近づいていた。

 

「あれなーにりんちゃん?

「あれは……戦闘機と爆撃機!」

「五十鈴さん、対空射撃!」

 不知火が声に焦りを交えて進言する。五十鈴はその言葉を受けてすぐに指示した。

「えぇ!長良は私の左後ろに、不知火は私の左隣に移動して!」

「了解!」「わかったぁ!」

 

 

ブーン……

 

 

ババババババ!

バシュッ……ヒューン……

 

「対空装備構えながら左へ針路移動!終わったら右上空に撃って!」

 

 五十鈴は指示した後、身体を僅かに左へ5度傾け、己が言ったとおり移動し始めた。同時に不知火、やや遅れて長良が動く。

 そして長良以外の二人が右へ向けて対空射撃を始めた。

 

 

ガガガガガガガガ!

 

 五十鈴たちの射撃を物ともせず航空機の編隊は細かくジグザグに動いてみせ、そして爆弾タイプのエネルギー弾を投下し、五十鈴たちを襲う。

 

バッシャーン!

 

「うっひゃあー!!」

「当たってないでしょ!いちいち驚かないで!」

「だって~!あたし本格的な戦い初めてなんだよ!?驚くなっての無理だよ~!」

 

 長良の反応に五十鈴は冷たくあしらって射撃を続ける。なんとかして戦闘機らを近づけさせない。

 一方の五十鈴たちの対空射撃を回避した戦闘機と爆撃機の編隊は弧を描くように高度を高低させて五十鈴たちを通り過ぎ、グルリと円を描いて戻ってきた。

 そして再びエネルギー弾による爆撃・射撃で五十鈴たちを襲う。

 

バババババババ!

ボシュ……ボシュ……

 

「速力上げて右!!」

 

 口に出すと同時に五十鈴は実行する。もはや細かい指示の言葉よりも自分で動いてみせて後に続かせる。不知火は五十鈴の意図を理解して合わせて動いた。そしてその意図を親友ではあるものの艦娘としての経験がないゆえに理解しきれていない長良が遅れて続く。

 三人が爆撃機からの爆撃の雨をしのいで安心したところに、三人とくに最後尾にいる長良に向かって深い海中から静かに浮かんでくるものがあった。

 

シューーーーー……

 

「ん、何かしら……あれ?」

 小さくつぶやいて五十鈴は目の前の海、下のほうでぼんやりと青緑に光る物体を発見した。それは自分たちと近い速度で向かってきている。そしてみるみる近づいてくる。しかも同じ深さを真っ直ぐではない。斜めに弧を描くように浮かび上がろうとしている。

 五十鈴は単縦陣を一旦単横陣に遷移させ、同列で不知火にも観察させた。

「不知火、下のあれ見てくれる?」

「え? ……光ってるということは魚雷ですね。」

 不知火の言葉は薄々感づいていた五十鈴の予感を実感にした。五十鈴は額を抑えて言った。

「はぁ……やっぱり。浮上している角度がわかりづらいけれど、このまま進めば当たらずに済むわね。」

「それじゃあ引き続き?」

「えぇ、対空警戒しつつどうにかあの龍田達に反撃よ。」

 

 

--

 

 五十鈴と不知火はお互い確認して納得しあい、構え方を戻した。五十鈴たちが視線を水平線に戻して話し合っていた中、一人だけ話に混ざれない長良はずっと下つまり海中を見ていた。

 そして気づいてしまった。

「ねーねーりんちゃん。さっきに通り過ぎた光が、なんかたっくさん見えるようになってきたよ。あれも魚雷?」

「え? なによ。そんなわけ……

 そう言いかけて視線を下げた五十鈴。その瞬間、言いかけていた言葉を中断させた。絶句。五十鈴の眼下には、確かに無数とも思えるエネルギー弾の光があった。そしてそれらは、速度や角度はまちまちだが、明らかに一方向を目指している。

「全速力でここから離脱!!」

「了解!」

「え?え?えぇ!?」

 

 長良の戸惑いに一切反応せず、五十鈴は短く指示してダッシュした。ほぼ同時に不知火、そしてやはり遅れる長良。

 光は五十鈴たちが進んでも前から前から向かってくる。そのように見えた。

 五十鈴は先程の爆撃の雨を頭の片隅で思い返していた。

 

 あれらは全部爆撃ではなかったのか。

 

 五十鈴は完全に読み違えていた。それは空母の艦娘がおらず、航空攻撃や対空の経験と知識が不足している鎮守府Aのメンツにとっては誰もが同じことだった。

 

 五十鈴と不知火は、敵機の編隊から放たれたのが爆撃用のエネルギー弾と本来なら自身らが使う、対空射撃用のエネルギー弾であると想定していた。

 挙動をしっかり見たわけではないが、撃ち方・落ち方・飛来する速度からしてそうだと信じて疑わないでいた。

 

 何もこの時の五十鈴たちだけではないが、艦娘は艦載機からの攻撃をしばしば見誤ることがある。艦娘の艦載機から放たれた爆弾および魚雷は本物と異なり見た目がエネルギー弾のため似通っている。そして両者は着水した“直後”の挙動も同じになることが多い。つまり両者とも水没後爆発して水柱を立たせるか、不発として爆発を起こさず静かに海中に消えるかだ。

 そして海上を進む艦娘は、素では海中に対する監視能力を持っていないがゆえに、判断をどうしてもそこで止めてしまう。そしてそれは海上に身を乗り出して活動するタイプの深海棲艦にもそのまま当てはまる。

 爆撃の中に雷撃を混ぜる。そうすることで勘違いを起こさせ判別しづらくする。落とせば命中しやすい爆撃とは異なり、雷撃はある程度の距離から放たないと動作が軌道に乗らず当たりづらい。そのためそうしてひっかかった相手がいる状況は、空母艦娘たちにとって格好の狩場に変貌する。

 

 神奈川第一の空母艦娘二人の目論見に、五十鈴たちはまんまと引っかかった形になる。

 前衛艦隊の行動を支援しつつ、自分らの航空攻撃で敵を始末することも考慮する。神奈川第一の艦娘たちの連携プレーの一部が今まさに展開され、鎮守府Aの五十鈴たちは苦しめられる羽目になってしまった。

 

 

--

 

シュバ!シュバ!シュバ!

ザッパーーーン!

 

 海中から飛び出してくる魚雷は海上に出た直後に爆発するものもあれば、上がる角度と勢い余ってそのままミサイルのごとく宙に飛び出してくるものもある。

 五十鈴と不知火はほうほうの体でかわしてその海域を脱出するべく蛇行して前進し続ける。しかし長良はそうはいかない。五十鈴たち経験者であっても魚雷の逆雨降り状態を抜けるのは至難の業なのだ。実戦は初という長良には切り抜けるのはそもそも無理だった。

 五十鈴と不知火は魚雷の炸裂音、飛び上がる音、水の撥ねる音が演奏する戦場のBGMのうるささによって、後ろにいる長良の被弾と悲鳴に気づけなかった。

 ただ一つ、大きめの炸裂音がしたなというくらいの感想しか持てなかった。そして明石の放送が響き渡る。

 

「千葉第二、軽巡洋艦長良、轟沈!!」

 

 

「「え!?」」

 五十鈴と不知火は仰天して後ろを振り返った。視界の範囲に長良が見当たらないため急停止して方向転換して確実に見える状態になる。

 爆発により巻き起こった水柱が崩れて雨になって落ち、爆発の煙がもうもうと立ち込めるその中に長良はいた。五十鈴たちからはおよそ数十m離れている。

 

「りょう!!」

「!!」

 

「……はーい! ケホケホッ!」

 

 五十鈴が本名で叫ぶと、長良は煙で咳き込みながらもケロッとした元気な声で返事をしてきた。やがて煙が晴れ海水の雨が止んではっきりした姿を確認できるようになってきた。

 五十鈴と不知火が反転して急いで駆け寄ると、彼女もまた五十鈴に近づくべく少し進み、またもやケロッと脳天気な声風で返事の続きを口にしてきた。

「アハハ。やられちゃったよ~。」

「大丈夫なの!?」

 五十鈴は思わず両手で長良の肩を掴みゆすり顔を近づけて声をかける。長良は後頭部をポリポリと掻きながら言った。

「うん。近くで爆発したときはヤバイって思ったけど、ぜーんぜん痛くなかったよ。ホラ怪我してないもん。艦娘ってすごいね~あたしたち最強じゃん!!」

「はぁ……。あのね、今あんたが食らったのは訓練用の魚雷よ。怪我なんかしないようにちゃんとできてるのよ。それに一応長良型のバリアが効いてるはずだし。」

「ふぇ~~~もっと親友の無事を喜んでよ、りんちゃぁ~ん。」

「あぁもううっとおしい。それよりも自分の今の状態をしっかり認識なさい!あなたは轟沈したの。退場しないといけないのよ。」

「はーいはい。わかりましたよ。」

 自身の身の無事をこれみよがしに見せつける長良は、あらゆる方法で五十鈴からあしらわれて若干不満を持ちながらも、素直に従う様子を見せた。

 

 その掛け合いに密かにクスっと笑みを漏らす不知火だったが、感情の気配を消しすぎて目の前の軽巡二人に気づかれることはなかった。

 

 

--

 

 轟沈した者の案内をするため、五十鈴と不知火は一時的に攻撃とその判定から逃れる形になった。轟沈ポイントから離れて突堤に少し近づくと長良が振り返って言った。

 

「ここらへんでいいよ。」

「そう? あそこに川内たちがいるから、あそこまで一人で行かれる?」

「もー、りんちゃんってばぁ、あたし子供じゃないよ。そういう心配ならみゃーちゃんにしてあげて。」

「……わ、悪かったわ。まだ全部訓練終わってないもんだから心配が抜けきってないのよ。気にしないで頂戴。」

「アハハ。やっぱりんちゃんは優しいなぁ。それじゃあ後は任せたよ。頑張ってね。」

「あんたに褒められてもねぇ。はぁ、わかったわ任せて。」

「(コクン)」無言だが不知火も頷いて意志を示す。

 

 僅かに前、川内が轟沈し堤防のそばに移動しようとしていた。五十鈴は川内と彼女を見届ける那珂の姿を確認すると、長良を同じ方向へと送り出した。無事に川内たちと合流したのを見届けると、二人は沖に進みながら戦線復帰を通信して知らせた。

 

「さて、長良がやられるのはある程度想定済みだったからいいとして、問題は私達二人でどこまでやれるかよね。」

「前衛はもう三人だけ。固まるべきかと。」

 不知火が言った三人、それは五十鈴も十分すぎるほどわかっていた。しかしこの三人ならば安心して敵に迫れるとも。

 五十鈴は若干速力を落として不知火を同列に位置させて視線を合わせた。不知火のアドバイスに同意を示すためだ。そして視線をこれから向かう先に向けた。

 そのポイントで先に戦線復帰した那珂が龍田たちとの距離を測っていた。五十鈴は那珂に通信し、今後の作戦を相談することにした。


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