同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 神通のサポートにより名取が無事に水上航行ができるようになった。証明する材料は揃った。神通は憤りややるせなさ、虚しさを持ちながらいざ、五十鈴の元へと向かう。


仲直り

 神通と名取が演習用水路と湾の仕切りを越えると、離れた場所にいた五十鈴と長良が二人に視線を送っていた。基本的には静かな湾であるため、僅かな一悶着があれば離れたところでもすぐに気づく。

 遠目から注目を受けた神通は深呼吸をし、名取の手を掴んで五十鈴のもとへと移動した。

 

「宮子? あんた……!」

 五十鈴は神通のことよりも、真っ先に名取に言及して驚きを示した。神通は、まず掴みはOKと心の内でガッツポーズをした。

「うん。私、やっと動けるように、なったよ!」

 名取は感極まって素早く五十鈴と長良に駆け寄り抱きついた。お互いの艤装があるため、一部衝突して五十鈴と長良はバランスを崩して転びかけたが、三人共すぐに間を空けて手と表情で喜びを伝え合う。

 

「やったじゃん、みやちゃん! 運動音痴、略して……のみやちゃんもやっと水上航行できるようになったんだねぇ!!」

「まったく……あんたと来たら心配させて。あのまま航行すらままならなかったら、どうしようか内心ヒヤヒヤ心配してたのよ?」

「うん! 待たせてゴメンね。これからまた一緒にお願い、ね?」

「やっぱみやちゃんがいないとねぇ~、りんちゃんからのツッコミの傷癒やしてくれる人いないからしっくりこないよぉ。」

「あんたねぇ……真面目にやってくれれば私だってツッコまないわよ!」

「アハハ。もう二人とも~。」

 

 神通はキャイキャイと楽しく会話しあう三人を遠巻きに眺めていた。名取と自分は同じ、といいながら、実際はああして友人と楽しく明るく振る舞える点は全然違う。自身の満足と優越感は、名取の不出来な様、そしてまだ至らぬが自身の教えによりできるようになったという事実による。

 あくまで自分が、似た感覚と能力の名取に僅差で勝っているという自分視点の世界観だ。卑屈だ。改めて自分を見直すとそう思う。

 自分を変えるために艦娘の世界に飛び込んだ。その結果がこの卑屈さなのか、それとも自身の中に宿る本性なのか。そんなことすら判断つかないしつけたくない。

 今の自分にできるのは、物静かを貫き通し、ひたすらに訓練に励み、他人を納得させられるだけの実力をつけることしかない。

 そう思いを巡らす神通だった。

 

--

 

「それで、あんたどうやって水上航行が突然できるようになったのよ?」

「あ、うんうん。それはね。……ねーえ、神通ちゃ~ん。」

 

「!! あ、はい。」

 

 卑屈な物思いにふける作業を中断し顔をあげた。すると名取が手招きをしている。神通はもう一度深呼吸をしてから近寄った。

 神通が1~2mの距離まで近づいたのとほとんど同タイミングで名取が説明を再開した。

「神通ちゃんがね、私のために一緒に水上航行してくれたの。」

「神通が一緒に?」

「うん。彼女のおかげなの。」

 名取が簡単に言い終わると釈然としない表情で五十鈴が視線を神通に向けた。いよいよここから自分の口撃のターンだ。神通はそう感じて意を決して口を開いた。

 

「名取さんが出来たのは、私の指導のためではありません。名取さんにやる気があったから。私はそれに気づけたから……。それに私、わかったんです。ただ見てるだけじゃダメだって。私も運動苦手なところあるし、私達みたいな運動苦手な人は、すでにできる人がその身を呈して動いて、その人の身に直接教え込むべきなんだって。だから私は、名取さんの手を引いてひたすら水上航行しました。……彼女に、海の上を進む楽しさを早く味わってほしかったので。」

 神通の吐露を真面目な表情で聞き入る五十鈴。神通はさらに続けた。

 

「名取さんはちゃんとできます。私だって運動苦手なのにここまでやってこられたんです。ペースとやる気に火をつけることができれば、名取さんは必ずお二人に負けぬ艦娘になります。可能性は、絶対に見捨ててはいけません。だから……五十鈴さん。名取さんに一言、謝っていただけませんか?」

「「「「え?」」」

 

 精一杯下っ腹に力を入れ、視線は鋭く力を入れて五十鈴を見据える。ただでさえ引っ込み思案な自分だ。己への自信で負けたら相手に正しく伝えられない。

 神通はそう考えつつ言い、言い終わると医師の診断を待つ患者のような気持ちでジッと黙り込む。当然視線は言い終わったと同時に角度が下向きになっていたので俯く形になる。

 数十分とも感じられる約1分の後、五十鈴がゆっくりと口を開いた。と同時に腰を折って上半身を前に倒す仕草が行われた。神通は俯いていて五十鈴の下半身周りしか見えなかったのに、突然彼女の頭部や背中の艤装の一部が見えたのに驚いてとっさに視線を上げた。

 五十鈴は頭を下げていた。

「まずは感謝を述べるわ。宮子をちゃんと動けるようにしてくれてありがとう。それから、ゴメンなさい。」

「……え。」

 素直に謝られて神通は戸惑ったが水を差さずに黙って耳を傾ける。

 

「私、宮子のことになるとどうしても強く言ってしまうクセがあるの。だって見てるとのんびり具合や平和主義すぎる思考がイライラするんですもの。……そうしたプライベートな振る舞い方を艦娘としての名取に対しても持ち込んでしまっていたわ。まさか、りょうと提督の二人から同じ指摘されるとは思ってなかった。公私混同っていうのかしらね。二人の注意はすっごく効いたわ。艦娘になってから、プライベートのことは持ち込まない、切り分けてみせるって当初は考えていたのに、親友二人が艦娘になれて、舞い上がってその考えが埋もれていた……のかもしれないわね。」

「五十鈴さん……。」

 

 五十鈴は深くため息を吐きながら続ける。

「提督の言い方を借りるなら、身内に甘えてた、ね。そんな私だから性格も能力も全く違う二人を同時に指導して鍛えるなんてできそうになかった。宮子に対してもガミガミツッコんで怒ってばかりできっとまともに振る舞えない。そう思ったから神通、あなたに頼んだのよ。」

「まったくさぁ。りんちゃんは頼み事が下手なんだよいっつも。自分の思いを明かすのも隠すのも下手っぴ。あたしやみやちゃんから見ると、意外とりんちゃんもポンコツだよ~。」

「ポンコツってあんたねぇ! 少なくともあんたらよりは私はまともよ!!」

 五十鈴の真面目な告白に水を指したのは長良だ。しかし暗く落ち込みかけていた五十鈴は、明るくそして普段那珂や川内に対して見るような輝きをその身に戻してツッコんだ。

「あぁ~もう二人とも~。」

 五十鈴と長良の絡み合いを名取が苦笑いして止める、こんな構図のパターンが出来上がりつつあった。神通はそれを見て微笑ましく感じる。

 少なくとも、五十鈴のツッコミ時の表情の明るさは、那珂や川内と絡んでいた時よりも眩しい。

 

「五十鈴さんの……本性、か……。」

「え、私の何?」

 しまった。声に出ていた。心の中で思うだけにしていた言葉だったが、最小のボリュームで口にしていたことに気づいた。焦る神通は思わず提督に相談したこと言い出した。

 

「あの……さきほど提督がプール側にいらっしゃって、少しお話していたんです。それでその……五十鈴さんが名取さんたちの訓練のことで提督に話したことをお聞き致しました。」

 その発言を耳にした瞬間、五十鈴はボッと顔から火が出るかのごとく顔を耳まで真っ赤にする。

「え? う、あの……えぇ!? 彼から……聞いちゃったの!?」

 五十鈴は神通そして名取を見る。すると二人とも無言でコクリをほとんど同タイミングで頷く。五十鈴は顔を赤らめたまま額に手を当てて俯いて口をつぐむ。

 

「そ~いや西脇さん、あたしたちがお昼食べて戻ってきたときに呼び止めてきたけど、その前にみやちゃん達とお話してたんだね~。知らなかったぁ。」

「……ほ、本当よ。それ……で、彼はなんて?」

 長良がそう思い返すかたわらで、五十鈴は顔をまだ赤らめたままでいる。しかし提督の物言いが気になるのか、眉をひそめ、頬を引きつらせつつも口元を僅かに釣り上げてにやけ顔を醸し出したまま神通に尋ねた。その様に若干引きつつも神通は答えた。

 

 

--

 

 神通が一通り説明し終える頃には五十鈴はようやく感情を落ち着かせており、しんみりした表情になっていた。

「そう。そういうふうに考えていてくれたのね。」

 口調も態度も落ち着いているはずなのに五十鈴の頬は再び赤らんでいる。

 神通はそんな彼女に強く言った。

「あの、五十鈴さん。私は、もう一つ怒っていることが、あります。」

 ?を浮かべて五十鈴は神通に視線を向ける。

 

「く、訓練のことで悩んでいるなら、私に期待をかけてくれるなら、なんで……私に相談してくれなかったんですか?なし崩し的に協力を求められて、名取さんに成果がでなければ怒る、そんなのはまともではないと思います。提督と相談して、私のことを決めたのなら、そのときに呼んで、正式に指名して、そして……一緒に訓練のカリキュラムを作って話し合いたかった、です。」

「神通……。」

 

 神通の怒りを伴った、しかし必死の懇願の意味がこもった訴えを聞いた五十鈴は申し訳なさそうに言った。

「ゴメンなさい。そうね。最初からあなたに協力を仰いで、一緒にやっていけばよかったわ。けれどあなたには私の代わりに通常訓練の指導役になってもらってるし、おとなしいあなたのことだから両方に本格的に関わって、パンクしやしないか、そういう気がかりもあったの。だから、せめてこっちでは楽に構えてもらおうと思ってた。けど私の宮子への言い癖もあったり、あなた……達が私達の関係に入ってきたような気がして、正直戸惑って、ついつい厳しく当たったり、私もパンク気味だったかもしれないわ。」

 

 五十鈴の言葉に俯きつつも首をかしげる神通。その様子に訝しげな気配を感じた五十鈴は断ってから続けた。

「あ……誤解を招かないようにこれだけは言っておくわ。あなた達川内型の三人は嫌いじゃないわ。艦娘としてのあなた達には一目置いてるし敬服も期待もしている。」

「でしたら、なんであのとき怒ったの、ですか? 提督とのお話のときといい、那珂さんが……何かしたんですか?」

 五十鈴が言いよどんだ。やはり何かある。それを解き明かさないことには埒が明かない。

 ジッと五十鈴を見据える。僅かに五十鈴が視線を脇にそらす。それでも神通は視線を向け続ける。やがて神通の寂寥感漂う視線によるプレッシャーに耐えかねた五十鈴が重たい口を開いた。

「那珂は……あいつはなんでもできる。出来すぎるのよ。私はそれが怖い。那珂の人を食って掛かる、人の癇に障るようなことをする性格が嫌い。そして、提督の……信頼を、最初の軽巡である私よりはるかに深く得ている……のが嫌。けど私の嫌いと思う量を、超えるすごさがある。将来のすごさを想像できる。なんとなく許せてしまう。仲間としてあいつさえいれば安心って言える存在。だからみんな那珂に頼る。頼りやすい。……私はそれが気に入らないの。私の安いかもしれないプライドが、あいつに頼るのを拒む。」

 面倒くさい人間関係、神通はそう評価した。そして真っ先に思い浮かんだ感想は、

((それって、嫉妬ですか?))

 で、そうツッコミたかったが心の中だけで済ませた。そんな神通の代わりに言ってのけた人物がいた。

 長良である。

「りんちゃんさぁ。それってやっぱ嫉妬だよ。ヤキモチだよ。あ、こっちはちょっと違うかぁ。」

「りょう!あんた……!」

「あ……てか誰もわかんないからいいじゃん別にぃ。」

 五十鈴は長良の発言の一部を聞いて頬を引きつらせて鋭い視線を向けるが、長良の返し通り、神通も名取も今の発言のどこに五十鈴が焦るキーワードがあったのか、あるいは全てなのか判別付かなかった。

 

 ワナワナと震える五十鈴。さすがに泣きそうになるほどまで追い詰めるつもりはない神通は空気を整えるため、場所移動を促した。

 

--

 

 湾のほとんどど真ん中で立ち話していた神通たちは、出撃用水路の脇の桟橋まで移動しそこに腰掛けた。盆を過ぎた夏後半、日が落ちかけているこの時間には、四人の背中には日中のものとは異なる、わずかに橙色じみた光線が降り注いでいる。

 気分が落ち着いた五十鈴はゆっくりと口を開いた。

「まさかりょうから二度も同じ指摘を受けるとは思わなかったわ。バカりょうの癖に生意気よ。」

「うわぁ~ひっどいなりんちゃん。あたし確かにバカだけど、りんちゃんのことはしっかり見れてるつもりだよ?だって友達じゃん。」

「あ、私も!」

 長良の発言に名取が頷いて慌てて同意を示す。

 

「てかさぁ、りんちゃん、そんなに那珂さ……あぁ面倒だ。なみえちゃんのこと好きなの?」

「は、はぁ!!?あんた私の言ったこと聞いてたぁ!? 私は那珂のこと嫌いなの!!」

 そう言った五十鈴だが、左隣で長良、その奥にいる名取の二人が顔を見合わせてニヤニヤ・ニタニタねっとりと視線を送ってきているのを目の当たりにした。

「な、何よ? 何が気になるのよ?」

 五十鈴の言葉に返さず、長良と名取は五十鈴の右に座っていた神通に向かって言った。

 

「ねぇ神通ちゃん。どー思う?」

 長良が尋ねる。神通は俯いて少し考えた後、そうっと口にした。

「好きの反対は無関心……ですよね。嫌いはまた別のベクトルだとすると……好きと嫌いは、両立し得ると思います。嫌いというのも好きというのも、相手を意識していないとありえない……からです。」

「そーそー!あたしそういうのを言いたかったの!」

「私も神通ちゃんの考えに同意かなぁ。好きすぎてその人の一挙一動が逆に憎らしくなってことあると思うし。」

 調子よく頷いて手をポンポンと叩く長良に、名取が控えめに同意する。

「だ~か~ら~……くっ。あんたら、揃ってなんなのよ? 私をいじめて楽しいの!?」

 せわしなく左右にキョロキョロ視線を何度も向け直す五十鈴を見て、神通は言葉には出さずにただ思う。

 

((こういう人、小説やドラマとかでもたまにいるなぁ。きっと五十鈴さんにとって、那珂さんは……ということなんだろう。だから仲良くもできるけど、反発したい。素直に従いたくない……のかも。))

 豊かな感情と交友関係、自分には到底得られぬ物だ。それらを持ちながらいまいち素直になれないところのある五十鈴。この先輩のことが少しずつ好ましく感じてくる。

 

--

 

 共に行動するにあたり気がかりなことはある。この真面目すぎて物事に反応しやすい先輩に、そのまま感情的に反応されてしまうと諸々の活動に支障が出る局面があるかもしれない。そうなったその時どうするか。自分が彼女の反応を助けてあげればいいのだろうが、どこまで自分がやるべきなのか。果たしてやれるのか。

 

 そう危惧した神通は目の前で展開されるツッコミ合戦に終止符を打つのがひとまずやるべきことだろうと察し、決意を口にした。

「私、五十鈴さんに協力します。」

「え?」

 長良と名取にツッコまれまくってアタフタと慌てている最中に、話の方向が異なる言葉を受けて五十鈴は聞き返す。

 

「私が……那珂さんのときの五十鈴さんになれるよう、五十鈴さんの右腕になります。通常の訓練とちゃんと両立してみせます。だから……私をもっと頼ってください。その……うまく言えませんけれど、五十鈴さんと私が組めば、那珂さんを超えられる気が、するんです。あ、ちょっと言い過ぎました。那珂さんと肩を並べられると、思うんです。」

「神通……うん、ありがとう。けど私、別に那珂に対して……ううん。あなたにだけはちゃんと言っておくわ。私、那珂に負けたくない。だから、協力して頂戴。改めて、お願いするわ。長良型がうちの鎮守府の戦力になれるよう、基本訓練に協力してください。お願いします。」

 五十鈴は腰掛けていた桟橋から立ち上がり、神通の目の前1m弱に立ち、ペコリと頭を下げた。それは、正式な願い入れの意味がこもっていたことに神通はすぐに気がついた。

 今この時をもって、神通は改めて長良型の二人の基本訓練の指導の協力に正式に携わる心持ちで五十鈴に返した。

 

「こちらこそ、微力ながら全力を尽くします。よろしくお願い致します。」

「えぇ、あなたには期待しているわ。こんなこと、行き当たりばったりな川内じゃまず無理だし、時雨たちじゃ学年が離れすぎててそんな気にすらならないし……ね?」

 締めの言葉は五十鈴なりの冗談だったのか、ぎこちなく舌をわずかにぺろりと出してウィンクをしながら口にした。

 

 神通は五十鈴のことをようやくわかってきた気がした。真面目で強気で頭も良いし運動神経も良い、艦娘としても確かな実力を持つこの少女。冷静になりきれなかったり感情的に反応しすぎる面もあるけどそれは友達思い過ぎるがゆえ、真面目過ぎるがゆえ。よくこの人を見た上で付き合っていかなければならない。神通は提督から言われたことを思い出した。

 それを実践するならば、裏表が激しく掴みどころがなさげな那珂という偉大な先輩よりも、人間臭いこの五十鈴という先輩のほうが自分の性に合っているのかもしれない。

 そう思い、神通はぎこちない笑顔を目の前の先輩に向け、視線を絡ませた。

 

 友達が和子しかおらず、人付き合いが苦手な神通もまた、川内型の他二人と同じように自分勝手に揺れ動くのだった。


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