同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

158 / 213
 那珂は自分の可能性ひいては艦娘の可能性を示すために観艦式のフリーパートについての案を述べた。神奈川第一の霧島は那珂の実力を確かめるため臨時の演習試合を設ける。那珂の眼の前には合計4人の艦娘が立ちはだかった。


観艦式の練習2

 那珂の目の前には重巡洋艦艦娘、羽黒が立っている。といっても鎮守府Aの五月雨たちの学校の教師、黒崎理沙がなり得る羽黒ではない。那珂としても別の鎮守府の重巡洋艦は知る限り、古くも新しくもこの目の前の気弱そうな女性のみだ。

 初めて会ったのは最初の合同任務の時。真っ先に大破して後方に退避してきたその人だ。あれから月日が経ち、どのくらい戦えるようになったのか。那珂は相手のオドオドした雰囲気とは対照的に、自信と楽しさに満ち溢れた笑顔を浮かべていた。

 

「お久しぶりです。羽黒さん。」

「ふぁ、はい! え……と、ゴメンなさい。あまり覚えてないかもしれませんので……。」

「いーえ。お気になさらずに。以前合同任務でちょっとだけ顔を合わせたことあるだけですし。」

「ご、ゴメンなさい!ゴメンなさい!あのときはそちらの駆逐艦の娘たちにご迷惑を……!」

 

 話は終わったはずだが、羽黒は非常に小さい声でモゴモゴ言っている。那珂は少々煩わしく感じていたが、意識を切り替えることにした。

「それでは羽黒さん。行きますよ。ねぇ霧島さぁん! ホントに撃っちゃうとまずいから寸止めでいいですよね!?」

「オッケィよ! 間違って撃ってもバリアがあるから問題ないわ。羽黒も頼むわよ!」

 鎮守府外への出張中のため、互いに弾薬エネルギーは実戦用のものが込められているがための判断と配慮だ。それを理解していた霧島の返しで、那珂は完全に戦闘モードに切り替わった。対する羽黒も若干構え方の雰囲気が変わる。

 

「始め!」

 

 霧島の掛け声とともに、那珂は同調率を調整した。つまり、自身の意識の向くところと、艤装から伝わってくる微弱の電気、主砲の砲塔にまで伝わる自身の拡張された感覚。 あらゆる神経を研ぎ澄ませた。

 その結果那珂の同調率は直前から一気に5%上昇し、98.2%にまで上がった。

 那珂の艤装、特に足のパーツの主機付近からシューという音がかすれて響く。それを聞き取れたのは装着者たる那珂だけだ。

 足に伝わる感覚まで、いい感じに温まってきた。那珂はそう判断した。

 

 右足を蹴り出し右半身が若干後ろに、結果左半身が前方に出た形になる。蹴った右足の勢いは主機の動力に従い、斜めになったままの那珂の身体を本当に前へと押し出す。

 一歩また一歩。

 次は左足で海面を蹴り、右半身を左よりも前方へと押し出して身体を逆斜めにする。那珂の身体はわずかに弱まった進む勢いを、左足の働きによって復活させ加速をつなげて一気に進む。

 那珂と羽黒の間は20数mほど離れていたが、那珂はわずか2歩分で羽黒に肉薄させた。その素早さとそれを発揮させた艤装の出力に外野である霧島たちは目を見張る。

 

「ひぐっ!」

 羽黒が悲鳴を挙げるのと那珂の構えは同時だった。那珂が右腕にある主砲二門を羽黒の胸元にあと1mほどという距離に近づけた時、霧島が合図を出した。

「ストップ!それまで!」

 那珂は主機の出力を一気に下げて停止する。那珂と羽黒の回りには勢いを殺しきれなかったがゆえの波しぶきが巻き上がる。その波が収まり那珂と羽黒の姿がようやく見えたとき、霧島が再び口を開いた。

 

「わ、わかったわ。今のであなたがどれだけすごいのかわかったわ。もう十分だかr

「霧島。次は私と赤城さんに相手をさせてもらえないかしら?」

 霧島の言葉を遮って神奈川第一の艦娘たちの集団からハッキリ姿を見せたのは加賀だ。

「えっ、加賀さん?」

 戸惑う霧島を気にも留めない加賀。そんな彼女の隣には赤城がいる。彼女も集団の中から抜け出していた。

 

「こんな面白い娘、なかなかお目にかかれないわ。ねぇ那珂さん。そちらの鎮守府には空母の艦娘はいらっしゃるのかしら?」

「え……と。いません。うちには駆逐艦、軽巡、重巡しかいないので。」

 加賀の質問に那珂は一瞬戸惑いつつもサラッと答える。加賀はその回答を聞いて「ふぅ」と軽い息を吐いて続きを口にした。

「そう。艦娘の可能性を試したいというあなたに協力してあげるわ。私と赤城さんは空母の艦娘でね、さきほども目にしたと思うけれど、艦載機を操れるの。」

「はい。見させていただきました。」

「すごい運動能力を発揮できるあなた、対空はどうかしら? 私と赤城さんの航空攻撃をさばくことができたら、私たちは以後不平不満を一切言わずにあなたの指示に従ってあげるわ。どう?私達との勝負受けてみない?」

 加賀は目を細めて、鋭い眼光を那珂に送る。

 那珂はそのあまりの眼力の強さと彼女の全身からにじみ出る覇気にやや引き、努めて軽い雰囲気で返した。

「え~っと、あの。そ、そこまで本気になっていただかなくても……。それに何が何でもあたしに従って欲しいとかそこまで考えていないので。」

「乗るの乗らないの。どっち!?」

「は、はい!お、お願いします!!」

 本能的に逆らえぬ、逆らったらアカンと脳で理解した那珂はとっさに肯定の返事をしていた。

 

 

--

 

 那珂の目の前30数m先には、空母の艦娘加賀と赤城、そしてなぜか重巡那智がいた。

 

(うーん。あたしはてきとーに軽い雰囲気で皆全力で色々試しましょ~って言いたかったんだけどなぁ。あたしも全力出すからみなさんもって。なんでこんなガチの戦いを迎えようとしてるんだろ?)

 

 予想外の展開に那珂は心臓が早く鼓動していた。しかしその心にあるのは見知らぬ敵に対する恐れなどではなく、静かに燃え上がる感情だった。明確に気づいていなかったが、その興奮はどうやら周辺の艦娘にも伝達していた。

 

「さて、なんだか面白いことになってきてワクワクするわ。コホン。よいかしら那珂さん。それから加賀さんに赤城さん、那智。」

 四人共コクンと頷いて霧島の言葉の続きを待つ。

「3分間、那珂さんは加賀さんと赤城さんの攻撃をしのいでください。今回は撃ってもOKです。ただし、空母の艦娘は航空機を発着艦させるときに確実に無防備になるから、彼女らが放つ動作をしているときは攻撃しないで。あまりにも有利不利がハッキリしてしまうから。もしお互いの攻撃が当たった時、危ないなと思ったら手を挙げて轟沈判定を宣言してください。4人共いいですか?」

 霧島の説明に四人は深く頷く。

 

(ま~いいや。うちの鎮守府にないタイプの艦娘の攻撃。那珂の艤装と能力を試す絶好の機会だもんね。)

 那珂の意識は完全に目の前の敵に向いた。それは加賀たちもそうだった。

 

「始め!」

 霧島の合図が響き渡った。

 

【挿絵表示】

 

 合図と同時に加賀と赤城は矢筒から矢を素早く抜き取り、弓にあてがって空へと放った。続けて二度三度。複数の矢はホログラムをまとって戦闘機・爆撃機・攻撃機へと変化する。

 さすがに先程の重巡一人との戦いとは違い、戦闘スタイルもパターンもわからないため、艤装の可能性に任せた破天荒な動きをする気にはなれない。ルールには一応従う必要があるため、那珂は加賀たちが発艦の動作をしてる最中は狙うことはせず、ただ若干距離を詰めるのみにした。

 しかし機会を伺う。

 

 軌道に乗ってきたのか、艦上機は加賀たちの上空を去り、那珂の方へと向かってきた。

 

バババババ

 

 那珂から見て2時と10時、11時の方向から艦上機がやってきた。放たれる機銃掃射のような連続攻撃を那珂は蛇行しながらかわす。避けきったと思ったその時、背後から機銃掃射でない音を聞いた。

 

ヒューーー……

ザプン、ザプン

 

 何かが海中に落とされた。

 

 そう気づいたが、それが何かはわからない。しかしこのまま背後を取られたままではまずいというのは理解できた。那珂はとりあえず前進すると、何かを落とした艦上機が那珂の上空を通り過ぎ、2時と11時の方向へと飛んでいきそれぞれが0時の方向に弧を描いて交差して飛び去っていく。

 那珂が身体を右に傾けて前進するコースを僅かにずらした時、元いたコースを通り過ぎる緑色の発光体を海中に見た。そして……

 

ドボオオオオォン!!!

ズドボオオオ!!

 

 2m近い水柱が立つ爆発が連続して起きた。那珂はその影響の海面のうねりに足を取られて前へとつんのめる。しかし転倒するほどに至らずギリギリで耐えてバランスを戻して前進を続けた。

 安心したのもつかの間、今度は3時と9時そして角度はハッキリわからぬ背後から再び機銃掃射を受ける羽目になった。

 

「うわっとと!きゃ~~怖いなぁ~もう!」

 

 必死に蛇行してかわす那珂。機銃掃射をしてくる艦上機に気を取られ、気づくと那珂はなかなか加賀たちに近づけないでいた。

 仕方なく距離を開けるため方向転換した。空からの攻撃をかわしつつ意識をチラリと加賀たちに向けると、加賀と赤城の前には那智がまるで仁王立ちのようなポーズで立っていた。

(なるほど。空母を守るために那智さんがいるのね。)

 

 かわしながら相手の陣形や攻撃パターンに慣れ始めた那珂は、ようやく動きを大きく荒らげる気になった。

(うん。だいぶ慣れてきた。これなら……思い切り大きく動いても大丈夫かな? さーて、那珂の艤装。あたしの考えてることを実現させてね。)

 艦上機からの攻撃をかわしながらそう心の中でしゃべる那珂は、左手に取り付けた機銃の方向と角度を調整しながら姿勢を低くし、ある程度直進した後、思い切り海面を蹴ってジャンプした。

 

 空中で身体をひねり、錐揉み飛行するように那珂は身体を回し、そして機銃から一気に射撃した。適当に撃つのではなく、自身の動きについてこれずに空中を手持ち無沙汰にさまよう航空機めがけて。

 

バババ!ババ!

ボフン!

 

 

 5~6機ほど飛んでいた艦上機を一気に4機撃墜した那珂の着水する先は、那智の数m手前だった。着水する前、那珂は右手の主砲を向けて那智に空中から砲撃した。

 

ドゥ!ドゥ!

 

 那珂のジャンプからの行動に意識を取られて那珂の行動の先への警戒が遅れた那智は、那珂の砲撃一発をバリアで弾いたものの食らったと思いのけぞって体勢を崩す。

 そして加賀と赤城を守る体勢にほんの少し隙間が出来たのを、那珂は逃さなかった。

 

 

ザッパーーーン!!

 

 激しく立ち上る波しぶき。

 着水した那珂は勢いを殺すことなく加賀と赤城そして那智の三人の間めがけて一気に突進する。そして、三人のトライアングル状になった約3m間隔のスペースにて、三方向に向けて連続砲撃を行った。

 

ドゥ!

ドウ!

ドゥ!

 

バチッ!

バチ!バチ!

 

 

「くっ!?」

「きゃっ!!」

「うっ……!」

 

 同時に響く加賀・赤城そして那智の悲鳴。砲撃を弾いたバリアの音と火花により意識を自分自身に強制的に戻された空母の二人は操っていた艦載機のコントロールを喪失させてしまった。

 コントロールを失った艦載機は瞬間的にただの矢に戻り、重力に従って落ちていく。加賀と赤城が気づいてコントロールを戻そうとしたときはすでに着水し、浮かび上がらせることができない状態になってしまっていた。

 

「そ、それまで!」

 

 霧島が慌てて宣言する。

 那珂の周りにいた三人は姿勢を戻し、現状を受け入れた。

「……ふぅ。わかったわ、あなたの実力。赤城さんはどう?」

 加賀の悟ったようなセリフを受け、赤城は言葉なくコクンと頷いて返事をした。

「私も、異存はない。」那智も加賀に告げた。

 

 

--

 

 三人は霧島に視線のみで結果を伝えた。霧島は4人に近づきながら言う。

「どうやら那珂さんの勝利で納得できたようね。まったく、面白いじゃないの。あなた、艦娘が艦船をモデルにした存在ってわかってるわよね?」

「エヘヘ。はい。」

「だったらなぜ、艦船らしからぬ動きをするの? というよりもできるの?」

 霧島の問いに那珂は顎に人差し指を当てて虚空を見て数秒考え、そして言った。

「だって、あたし達は人じゃないですか? 逆になんでモデルになった艦船の真似をする必要があるんです? あたしは自由に動きたい。それだけです。」

 那珂の回答に霧島も加賀もキョトンとし、やがて笑いを漏らした。

「フフッ。そう……ね。そう言われるそうね。うちでは艦隊運動や艦船の様を参考にして規律を持って行動し任務を遂行するよう教えられてきたから疑問に思うことを怠っていたわ。」

「そうね。私達空母の艦娘も、艦上機のドローンを放つのに艦船ではありえぬ装備で放つのに、うちの教えや艦船という捉え方を盲信していたかもしれないわね。」

 霧島につづいて加賀も吐露した。言い終わると同時に加賀はキリッとした視線を那珂に向けて近づいてきた。那珂は一瞬身構える。

 やや怖いこの人、なんでいきなり近づいてくるの?あたし取って食われるの!?

 などと失礼な思いを抱いたが、彼女の口から飛び出した内容は那珂の不安をそれ以上増大させるものではなかった。

 

「どうだったかしら?航空攻撃を受けてみて。」

「え、あ~はい。こんなこともできるんだなって感心しました。可能性、感じちゃいましたね~。」

「そう。あなたのところにはまだ空母の艦娘はいないそうだから、よく覚えておくといいわ。直接自分の目で敵を狙って攻撃できるあなた達と違って遠隔操作するから高い技術を要するけど、事を有利に運べるのが空母よ。艦載機のドローンを操作するのに、強靭な精神力を必要とするけれどね。」

 突然のアドバイス。その一言に那珂は思い当たった。自身ら軽巡も偵察機程度の航空機なら操作できるし、その苦労はわかっている。がしかし、今この場では口を挟むのは止めておいた。コクンと頷いて加賀のアドバイスの続きを待つ。

 

「私や赤城さんが使うのはこの矢状のもので、これらは私達の目となり手となり敵を見つけて攻撃してくれる。敵を離れたところから狙えるの。そしてやられれば操作する私達にもダメージが来る。私達空母が行動するには安定した精神状態・環境が不可欠。ここ一番大事よ。艦載機の発着艦に支障をきたさないためにも、今回の那智のような護衛してくれる随伴艦が必要なの。私達が安定して航空攻撃できれば、敵と間近で戦う前衛の娘達を守ることができる。ひいては市民を守ることにも繋がってくるわ。あなたのところにも空母の艦娘が着任したら、それらの事を念頭に置いて運用なさい。空母を前衛に出したら絶対ダメよ。艦種の間合いをキチンと学べば、そのあたりのことは自然と理解できるわ。」

「はい。ちゃんと覚えておきます。ありがとうございます!」

「といっても川内型の軽巡洋艦は艦載機一応使えるのよね。まぁあなたのことだから、今言ったこともさほど心配いらないかもしれないわね。」

「えへへ。でも操作できるってだけですし~。空母の方々の苦労を本当には理解できてないかも。うちにも空母が着任したら、またお勉強させていただきたいです!」

「フフッ。その時は私か赤城さんを呼んで頂戴。先輩空母としてその人をミッチリしごいてあげるわ。」

「アハハ……未来の空母の人にはぜひお手柔らかにぃ~。」

 

 厳し目の加賀の唯一のユーモアとも取れる言い回しに那珂は普段どおりの笑顔で笑い、リアクションと言葉を返した。加賀は言いたいことを言って満足したのか、那珂からすっと離れて赤城と霧島の間に戻っていった。

 霧島は加賀の用事が済んだのを見届けると、改めて音頭を取った。

 

 

「皆さんいいかしら? 残念ながらうちでは今の方針が変わることはないだろうけど、そちらの鎮守府ではあなたの考えがきっと、大事な要素になるのでしょうね。うん。気に入ったわ。那珂さん。あなたの提案、改めて受け入れさせてもらいます。協力関係にある以上は、先導艦を任された私としては受け入れるしかないもの。けれど、あなたの一に従ってあげるから、私たちの九に従って今回の観艦式に臨んで。こういう公的な活動の場ではうちのやり方に従ってください。それがせめてもの条件です。」

「もちろんです。あたしも全部が全部自由にしたいわけじゃないです。必要なら本当の艦隊運動に似せた動きもアリだと思いますし。」

 

 

 那珂と霧島は互いの言葉に承諾した。そして那珂は霧島らにやりたいことの子細を説明しはじめた。

 

 

--

 

 その後那珂たちは昼休憩を取ることにし、それから練習を再開した。

 

 何回もの練習で霧島たちを唖然とさせつつ協力関係の連度を高めていた頃、不意に霧島が全員に合図をして練習を中断させた。何か通信を受け取ったためだ。そして霧島は那珂に向かって叫んで伝えた。

「ねぇ、那珂さん。そちらの鎮守府の五月雨さんが到着したそうよ。今、自衛隊堤防に向かってるそうだから、迎えに行ってあげて。」

「あ、はーい。」

 

 那珂は軽快な返事をし、方向転換して堤防まで戻ることにした。

 那珂が堤防に戻ったのとほぼ同タイミングで五月雨が海自の隊員に付き添われて来ており、これから海上に降り立とうとしていた。

「あ、那珂さ~~ん!お待たせしましたー!」

「おうわぁあぁ!五月雨ちゃーん!!」

 五月雨が手をブンブンと降って那珂に向かって満面の笑みで合図を送る。那珂はそれを受けて発狂せんばかりに悶え萌え転がりながら海上を一気にダッシュして堤防の岸壁まで駆け寄った。

「よく来たねぇ!待ってたのよぉ!五月雨ちゃんがいないからあたし、よその鎮守府の中で一人っきりで寂しかったんだよぉ!?」

「アハハ。那珂さんってばぁ、そんな事言っちゃって、面白いんだから~~。」

 五月雨が口に手を添えてクスクスと微笑むと、那珂は片手で後頭部を掻きながら笑い返した。そして五月雨が海上に降り立って那珂と同じ高さに並ぶ。二人は付き添いで来た海自の隊員にお礼を伝えて早速霧島のもとへと踵を返した。

 時間は、すでに三時過ぎになっていた。

 

 

--

 

 那珂が五月雨を連れて戻ると、霧島たちは二人に気づいて集まってきた。

「すみません、お待たせしました。うちの五月雨です。さ、みんなに挨拶して?」

 那珂が促すと、五月雨は一歩前に出て挨拶し始める。

「あの!千葉第二鎮守府の五月雨って言います!本日は遅れてしまってご免なさい。新規艦娘の同調試験の予定が入っていて、提督の代わりに担当していたので……。あ、でもでも、これから頑張っちゃいますから!よろしくお願いします!」

 五月雨は那珂の時と同様に全員の拍手を受けて受け入れられた。

 

 那珂は来る途中で五月雨に練習のこれまでの進捗を伝えていた。そのため同じ現状把握をできていると思っている五月雨のやる気っぷりは見るからに熱い。心なしか全身がキラキラと輝いているようだ。

 

 今日の五月雨ちゃん、みなぎってる!これは楽しいことになりそうかも。

 

 そう期待した那珂だったが、その思いの半分は外れて落胆させられることになった。

 楽しいことになったのは間違ってはいないが、それは単に那珂が五月雨に対して萌え転がれるという個人的思い否、欲望の面だ。

 心ハラハラする心配・不安という負の面が見過ごせず、楽しむどころの騒ぎではなかった。

 

「うぅ……ご免なさい。なんだか緊張して思うように動けなくてぇ……。」

「ううん。気にしないで。よその鎮守府の艦娘の人たちとこうして練習するのって初めてでしょ?五月雨ちゃんはあれかな。知ってる人じゃない人と何かするのってあんまり経験ない?」

 五月雨は言葉なくコクリと頷く。やや半ベソをかいている。あまりみっともない姿をよそに晒したくない那珂は五月雨を霧島たちの視線から守るように目前に立ち、フォローの言葉を投げかけた。

「仕方ないよそれじゃ。だから、五月雨ちゃんはまずはあたしを見て、あたしと同じタイミングで動くことを心がけて。あたしは第三列の人たちにタイミングを合わせて動いてるから、あたしが基準になってあげる。ね?」

 鼻をグズッとすすりながら五月雨は再び言葉なく返事をすべく頷いた。

 

 自分は早めに慣れていてよかった。

 

 那珂は心からそう思って小さくため息をついた。そして目の前の五月雨の左右の二の腕に軽く触れて促した。

「さ、あともう少し、頑張っていこ?」

「は、はい。」

 

 

--

 

 実際のところ、五月雨の出来は第三列の艦娘たちよりも上の出来レベルだったが、那珂が第三列の不手際をカバーするように動き、同じ列の五月雨をやや気にとめていなかったゆえ、五月雨だけが目立ってズレて動いているように見えてしまっていた。

 那珂がよかれと思ってよその鎮守府の艦娘たちのミスフォローをした行為は、自分の鎮守府の五月雨までをフォロー範囲としていなかった。後でその状態に気づき那珂は、己の立ち回りそして気配りの失態を悔やんだ。

 

 気を取り直して練習を繰り返す。さすがの五月雨も、列ごとの個別練習では、早々に慣れてきて、今までの遅れを取り戻さんばかりの成果を見せ始めた。ただ、全体練習となると途端にタイミングをずらし始めてミスを連発する。那珂は、五月雨が全体を見ていないことに気がついた。おそらく自身の失態を恥じて挽回すべく、自分のことしか見ていないということなのだろうと察する。

 一度は指摘していたので、那珂は二度も三度も五月雨に同じ指摘をする気はなかった。ただ唯一、第四列の演技が始まる直前と最中の要所要所で、目線と頷きでわざとらしく見せるのみだ。

 

 夕方、やや夜の帳が降りかかってきた頃まで全体練習、そしてフリーパートの練習が続いた。最終的には五月雨も全体練習でどうにか及第点をもらえるレベルにまで半日で到達することができた。

 フリーパートに関しては出番が演習試合形式のシーンということもあり、神奈川第一の指揮通りに動くようアドバイスをした結果、フリーパートの練習も五月雨はそれなりに良い評価を得ていた。

 

 

--

 

「はーいみんな。今日はここまでよ。それでは集まってくれる?」

 霧島からの合図が響いた。この日の観艦式の練習は終わりが宣言された。神奈川第一の艦娘たちはもちろんのこと、那珂と五月雨も肩で息をして大げさに肩を上げ下げして大きめのため息をつく。

 霧島の元に集まった艦娘たちは彼女から明日のタイムスケジュールを聞き、思い思いに身体をストレッチしながら自衛隊堤防へと戻し、上陸した。艤装は航空基地の敷地内にある自衛隊堤防に一番近い建物の前に戻るまで装着したままだった。那珂と五月雨は明石を見て心から安堵した時、ようやく同調を解除した。

 

「二人ともご苦労様です。いかがでした~? 特に五月雨ちゃんは後から参加したから色々心配だったのでは?」

「うぅ~、実は。ちゃんとやってるつもりだったんですけど、結局いつものように那珂さんやあちらの鎮守府のみなさんに迷惑をかけちゃった気がします。ダメダメですね私。」

 明石の問いかけに五月雨は口開き始めは穏やかで明るいそのものだったが、セリフの最後の方はシュンと悄げて哀愁たっぷりだった。

 明石は別段深く確認する気はなかったのか、五月雨の弱々しい発言に苦笑いしながら彼女の頭を撫でるだけで、すぐに那珂と五月雨の艤装の解除を促してメンテナンスの作業の続きに戻っていった。

 なお、明石は神奈川第一鎮守府のメンテ担当の技師らとの作業が続くため、那珂や川内たちとはその後も別行動を取ることになっていた。

 

 

--

 

 神奈川第一鎮守府の面々が集まり、先に本部庁舎に戻っていく。明石との雑談で時間をつぶしていた那珂たちは彼女らを見送る形になった。会釈をすると、先導艦の霧島が那珂に声をかけてきた。

「今日はご苦労様。たった一日でしっかり私たちについてきてくれて安心したわ。私もそうだけど、今この場にいるうちの艦娘は、よその鎮守府の艦娘と一緒に仕事をしたことなかったのよ。だから今回、隣の鎮守府である千葉第二の人たちとの観艦式の演技、とても不安だったのよ。」

「へぇ~、霧島さんたち、結構ベテランそうですし、慣れてるのかと思ってましたよぉ。」

 那珂のヨイショに霧島は鼻をフフンと鳴らして笑い、思いの丈を打ち明け続けた。

「フフッ、それじゃあお互い様かしらね。」

「エヘヘ~。あ、そうだ。あたしたちだけで自主練したいんですけど、自衛隊堤防って勝手に使ったらいけないんですか?」

 那珂は霧島に合わせた笑い方をしながら、個人的な考えを打ち明けて尋ねる。すると霧島はスッと真面目な顔に戻ると、人差し指と親指でOKサインを作った。

「オッケィ。かまわないわ。海自の担当さんには私から伝えておくわ。そういうマメな努力、私は大歓迎よ。」

 

 そう言ってスッパリとこの話題を締め切り、艦娘たちを率いて霧島は去っていった。遠ざかる霧島たちの背中をずっと見ていると、那珂の左後方そばにいた五月雨が那珂の視線の先と同じ方向に視線を向けたまま口を開いた。

「私、なんだか安心しました。」

「およ?どーしたのさ?」

「ええとですね、私もなんだかんだで、お隣の神奈川第一の人たちと一緒に仕事したの少ないんですよ。最初からいるっていう特別視や免罪符を振るうつもりはないんですけど、うちで一番経験が長いのにちょっと情けないなぁって。でも、神奈川第一の人たちでも、うちやよその鎮守府と一緒に仕事した経験がない人がいてあんまり悲観的になる必要ないんだなって、気が楽になりました。なんだか、明日の観艦式、最後まで頑張れそうです!」

「五月雨ちゃん……もーーーあなたってば良い子好い子!!」

 ガシッとリアルに音がせんばかりに五月雨に抱きついていろんな箇所をスリスリし始める那珂。

 普段たまに見る那珂の奇怪な行動だが、五月雨としては本心では嫌な仕草ではないので受け入れてされるがままにしてもよかった。しかしここは鎮守府ではない。そばで海自の隊員が顔をひきつらせて、そして心なしかニヤニヤと視線を送ってきていると、さすがに恥ずかしすぎる。

 羞恥に耐えられる基準が那珂と五月雨では大きく異なっていたため、五月雨が恥ずかしくても那珂本人はいっこうに問題ない。むしろ女の子同士のイチャつきを見せつけてやるべとばかりにスリスリペタペタ、ヌプヌプ(?)し続けるが、引き際はわきまえている。

 五月雨が羞恥で頬を真っ赤にして半ベソをかく気配を見せ始めると、文句を言われる前にスッと離れてわざとらしく照れ隠しに後頭部を掻いて謝罪の言葉をそっと与えた。

「アハハ。ごめんごめん。そんな顔しないでよぉ。那珂ちゃんこの通り反省してますから。ほらほら、早く手取り足取り練習しよ?」

「(むーーー)はい。」

 やや頬を膨らませていた五月雨だが、那珂が必死になっている姿を見て、羞恥による憤りをジンワリ解消させて笑顔を返した。それを目に収めた那珂は大げさに胸を撫で下ろす。

 二人は艤装を再び身につけ、堤防から海に飛び込んで練習に勤しむことにした。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。