同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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幕間:忍び寄る存在

 火力発電所と製油所の間の水路の端で五十鈴たちの帰りをぼーっと待っていた川内は、一人で待つ+深夜ということもあり、大あくびをして眠気を湧き上がらせ退屈をその身に宿し始めていた。

 水路といっても見渡す限り人一人の身としてはあまりにも広すぎるその水域にポツンと立っているその現実味のなさに川内はあくびをしながら一人でクスクス笑っていた。

 

 馬鹿正直にここで待っていてもいいのか。自分に期待されたのは、もしかして言いつけに背いてでもアクティブに戦場に立つその心意気や度胸だったりするのか!?もしかしてこんなにボーッとしていたらダメか!?

 などとある意味気楽な悩みを抱え込んでいた。しかし艤装も壊れているし緊張の糸が途切れてしまい眠気を爆発させていたので、面倒臭くて動きたくない。

 そのうちあまりにも退屈なので、最近見た漫画やプレイしたゲームを思い出し、艦娘としての自分の決めポーズや必殺技でも考えようと妄想+アクションをし始める。

 五十鈴たちや球磨たちが帰ってくるまで実際の時間にして10分少々。川内は退屈すぎて死にそうだった。

 

「あ゛~~~暇だ。退屈だ。制服と魚雷発射管がボロボロじゃなけりゃあっち行ったのになぁ~~。……そういや神通は大丈夫かなぁ?あの娘体力ないからなぁ~。親友としては心配だ。ま、それはそれとして、ポーズの続きっと。」

 独り言も捗る川内。ポーズを取るために若干動きまわる。一人遊び呆ける川内は、背後への注意力が完全になくなっていた。

 

 川内が次のポーズを取るために立ち止まって唸っている間に静かに海面から上がる物があった。“それ”は右腕を思い切り振りかぶり、川内の頭めがけて右上から袈裟切りに振り下ろす。

 

 

ドガッ!!

 

「!!?」

 

ザブン!

ゴボゴボ……

 

 

 “それ”の右腕は川内の右後頭部から側頭部にかけての部位をモロに鷲掴み、その力強い振り下ろしの勢いを保ったまま川内を海中へと沈める。

 川内は夢うつつだらけきった意識から現実の衝撃へと戻された。急激な姿勢の変化のため首に激痛が走る。頭を押さえつける何かを振り払おうともがくが、光がまったく当たらぬ時間帯の海中、視界不良もいいところだ。そして突然の事のため足の艤装、主機の推進力もまともな状態に復帰させられず思うように振りほどけない。川内は海中にひたすら押し込まれる。

 バタバタさせていた足が偶然にも“それ”の腹と思われる部分、柔らかい部分に当たった感覚を覚えた。足の主機から出る衝撃波がその部位をさらに強く何度も押しこんだことで一瞬ひるませることに成功する。自身の頭を掴むその部位の力が緩んだことに気づくと、川内はとっさに身をよじって重圧から逃れ、“それ”と向かい合せになった。

 

((な、なによ……こいつ!?どんな……えっ!?))

 

 川内は初めて気づいた。“それ”が自身を押さえつけていたのは、魚が持つ部位などではない。真っ暗な海中で川内に見えたのは、自身の直ぐ目の前ででかでかと黒緑色に光って見える“人の右腕”の形をした何かだった。しかしその右腕らしき物が生えている身体は一つの凸凹とした楕円の球体状のように見えその全貌が掴めない。

 とっさに細かく分析できるほど余裕のない川内はその右腕を見た瞬間、今までののんべんだらりとした過ごし方の人生であり得ない・絶対に味わうことのできない心の底から震える恐怖に本能的に支配された。

 先刻の深海棲艦を初めて見た直後に感じた頭の上からつま先まで清流が駆け巡るような爽快感が一切起きない。川内の内に残ったのは恐怖心と本能的な防衛意識だ。すぐさまぶっ飛ばしてとにかく逃げたい気持ちが爆発するかのように湧き上がって川内の右腕を動かす原動力となった。

 

((怖い!怖い!怖い!やめてよ!!))

 

 川内は右腕に取り付けていた単装砲2基と機銃のスイッチを押して砲撃・銃撃しようとした。が、目の前で起きたことは完全に予想外の出来事だった。

 

((え……弾が出ない?))

 

 艦娘の使う装砲や機銃の弾は実弾ではなく、特殊な化学薬品を気化させ、光と高熱と合わせて圧縮して発射するエネルギー弾方式である。空気中から水の中に撃ちこむ場合、威力はかなり落ちるが多少の深度ならば海中の相手にもある程度の傷を負わせられる。

 しかしながら現在川内がいるのは海中である。海中から海中に向かって撃っても威力が落ちる落ちないのレベルではなく、そもそもエネルギー弾の形を保てない。効果があるといえば多少目の前の海水を一瞬高温で温める程度である。つまり、目の前の“それ”には全く効果がない。

 砲身の先が一瞬光るが弾が全く出ないことに川内は慌てふためき、恐怖を取り戻してしまう。引っ込めて右手が次に向かったのは腰だ。そこで川内は魚雷を打ち込んでやろうととっさに考えるが、すぐに魚雷発射管が使えないことを思い出す。

 

((ダメだ! 魚雷も撃てない。一体どうしたら……))

 

 川内が砲撃も雷撃もできないで海中でまごついている間に“それ”は川内の目の前から横をスゥっと泳いで背後に回りこむ。その際爪のような鋭い何かが制服の左腕の袖や背中をかすって切れる感覚を覚えた。肩が切れて血がにじみ出て海水に混じる。

 そして“それ”の身体、口と思われる部位から大量の泡が川内の左肩甲骨辺りにゴボゴボと当たる。次の瞬間、川内の左肩は燃えるような痛みに襲われた。

 

((いっったぁぁーーー!!))

 

 

 足が海底の方を向いていたため、川内は急いでコアユニットを介して主機に念じ最大の浮力と推進力を発揮させて海上へと急速浮上した。

 

 

ザッパアァーーーン!!

 

 

「がはっ!ゴホッ!!くっそ!!ただでやられるかっての!!」

 

 海面に浮き上がって顔を出した川内は急いで海面に立つ。と同時に右腰と左腰の魚雷発射管から魚雷を1本ずつ抜き出して手に持ち、ジャンプしてその場から数m離れ、“それ”が海面に顔を出すのを待つ。やがて姿を見せた“それ”は右腕を先に出した後、楕円の球体と思われた物体からもう一本の腕、そして最後に頭をその巨大な口と思われる穴から出した。まるで、巨大な魚と人間が融合しているか、魚の被り物をして冗談のような、そんな簡単な表現では表しきれぬこの世のものとも思えないおどろおどろしい存在だった。

 

「な、なんなのよ……なんなのあんたはあぁぁぁ!!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 恐怖心から極度の興奮状態に陥っていた川内は姿勢を低くして叫びながら海面スレスレをダッシュして“それ”に急接近する。移動中に海面に浸した魚雷2本から青緑色の光をまとった噴射が始まる。川内は手のひらを広げて魚雷から手を離し、そのエネルギーの勢いに任せてソフトボールの投球のように“それ”へと投げ放つ。

 話に聞いた那珂の真似ができてるだとかそんなことを気にしている余裕はまったくなく、自身でも驚くべき流れるような行為だった。魚雷2本は海面に“立った”その存在へまるで対艦ミサイルのように飛んでいき、右腕の付け根と肩に相当する部分、そして左下腹部と思われる部位に命中した。

 

 

ズガッ!

ズドガアアアア!!

 

 魚雷のあまりの威力と爆風に川内は吹き飛ばされる。

「うわっとと!!?」

 宙を吹き飛ばされ、15mほど海面を波しぶきを撒き散らして滑るように着水してようやく体勢を整えられた。そして川内は爆風が起きた場所にすぐさま移動する。

 しかしそこには何も・誰もいない、ただ煙だけが舞う海面だけがあった。そしてその辺りに響いたのは煙舞って吹きすさぶ風音と、それが収まった後には川内の荒げた呼吸の音だった。

 

「はぁ……はぁ……なんだったのよ今のは。くそ! 初陣だってのにあたしついてなさすぎでしょ……たく!」

 謎の存在を確認すべく海中に目を向けて360度全方向見渡すも、見えるはずのその反応は確認できなかった。そのため川内にはまだ湧き上がる恐怖と怒り、そして理不尽さへの鬱屈とした気分が残るだけとなった。

 

 

--

 

 時間の感覚も忘れて川内がぼうっと立ち尽くしていると、探照灯の照射が自身に向かってされた。

「川内?そこにいるわね。」と五十鈴。

「はあぁ~~あ!な~んかすっきりできない戦いっぽかった。う~~が~~~!」

「ちょっとぉ!噛みつかないでよ、ゆう!」

 五十鈴の後ろにいる夕立と村雨はちょっかいを出しあっての帰還だ。

 続いて隣の鎮守府の球磨たち3人もやってくる。

 

 川内は見知った人物の姿と声を見聞きして、先刻まで張っていた警戒心を解きようやく安堵の息をつくことができた。それは海面にしゃがみ込むという仕草を伴って表された。

「はぁ~~~~~……」

「え?ちょっとどうしたのよ?それにあんたさっきなんかした?そっちから爆発音がしたわよ?」

 静かな海上のため、さすがに少し離れた場所で起きた異変に気づくのは容易かったのか五十鈴が尋ねる。すると川内は泣く・怒るを同時に表しながら五十鈴に詰め寄って泣きついた。

 

「うっく……ぐずっ……。聞いてくださいよぉおおお!!あんな深海棲艦がいるなんて、あたし全然聞いてないですよぉおお!」

「なになに?また新手?」

「だと思います!人型の深海棲艦なんてビビりましたよぉ。はっきり見えたわけじゃないですけどぉ、あの姿は人っぽかった! ねぇ五十鈴さん、深海棲艦って魚の異常変形だけじゃないんですかぁ!?」

「ちょ、ちょっと待ってよ。人型ってどういうこと?」

 まくし立てる川内に五十鈴が戸惑いつつも問いかけようとすると、それに球磨が乗ってきた。

「どういうことクマ?人型って、あんた何を見たの?詳しく教えなさ……教えろクマ。」

 

 二人から問いただされて川内は事の次第をすべて伝えることにした。

 泣いてえづき、どもりながらも必死に説明する川内。五十鈴は川内の背中を撫でながら聞き、球磨はしゃがんでいる川内を腕を組んで見下ろして聞いている。

 やがて聞き終えた二人、回りにいた村雨・夕立そして神奈川第一鎮守府の駆逐艦2人は、その体験談に驚愕した。

 

 川内ら鎮守府Aのメンツから見ればかなりの熟練者に見えた球磨も、口に手を当てて神妙な面持ちで余裕なさげな様子で、川内から聞いた内容を頭の中で咀嚼・整理していた。

 しばらくして球磨は正直な推察の結果を口にする。

「ぶっちゃけ、あたしも人型の深海棲艦は他の現場の噂程度にしか聞いたことないクマ。日本の領海の激戦区の海域や海外の話ばかりよ……だクマ。日本の、しかも東京湾っていう首都がめちゃ近い海に出るなんてにわかに信じられない……クマ。あたしの判断じゃなんとも言えないから、この話は帰ったら提督に報告するクマ。あんたらも自分のとこの提督にきちんと報告しなさいクマ。」

「「はい。」」

「まったく、さんざんな目にあったクマ。第1艦隊のやつらがミスして警戒線を突破されるし、海自や米軍にも連絡いって英語でまくし立てられるし。この後の提督の胃が痛むのが容易に想像つくクマ。」

 球磨の物言いに五十鈴たちは苦笑いして相槌を打つ。

「ひとまず任務完了だクマ。鎮守府Aの皆さん、ご協力まことにありがとうございましたクマ。」

「いえ。私達が皆さんの力になれたのなら光栄です。」

 代表して五十鈴が挨拶仕返した。

「そうそう。さっきもう一つの敵のBグループを追いかけてたうちの第3艦隊も任務完了したらしいクマ。そっちの艦隊の那珂って娘たちも任務終えて帰ったらしいから、あんたたちももう帰っていいクマよ。」

「了解致しました。それではお先に失礼します。」

 五十鈴がお辞儀をして挨拶をすると、遅れて川内ら3人も挨拶する。そして五十鈴は川内たちの方を振り向くと、3人が待ち望んでいた言葉をかけた。

「さてみんな、鎮守府に帰るわよ。」

「「「はい!」」」

 今度こそ本当に戦いの終了として、全員安堵できることとなった。

 

 

--

 

 火力発電所側の岸に一旦移動してコンクリート製の波止場に各々座ったり寝そべって一休みしている間、五十鈴が本館にいる提督ら、そして遠く西の海域で戦って帰投中の那珂に連絡を取る。

「こちら五十鈴。那珂、そっちも終わったらしいわね。」

「五十鈴ちゃ~ん!そっちも?」

「えぇ。だからこれから帰るわ。1時間くらいかけてね。」

「あたしたちも天龍ちゃんたちと今別れて移動し始めたとこだよ。同じくらいかかるかなぁ。」

「それじゃあ工廠でまた会いましょう。」

「うん!それじゃまったね~!」

 声をかけ終わった五十鈴は改めて川内たちに号令をかけ、重くなりかけた腰を各々上げて出発した。

 

 那珂たち、五十鈴たちは行きとは違う雰囲気に感じられる深夜の海を、心からおしゃべりを楽しみながら帰路につくのだった。


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