同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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川内の初陣

 那珂たちとは別の方向の出撃現場のため、川内と五十鈴たちは鎮守府Aのある川の河口で立ち止まって那珂たちを待つことなく、そのまま南東に移動し始めていた。海岸線に沿って移動すると、4人の目には千葉ポートタワーが飛び込んできた。

 

「おー、ポートタワーだぁ~。あたし一度も行ったこと無いんですよねぇ。一度も行ったことないのに海の上から見てるのってなんだか不思議な感じ~。」

「あたしもあたしも!行ったことない!」

 川内に続いて夕立が両手を上げて軽くジャンプしながら口にする。

「ホラ、二人ともよそ見しないで行くわよ。」

「「はーい。」」

 くだけた返事をする川内と夕立。

 そんな二人とは対照的に、村雨はやや不安げな声色でもって五十鈴に尋ねる。

「あのぉ、五十鈴さん。目的の深海棲艦って今どのあたりにいるんでしょう?」

 五十鈴はコクリと頷いて自身のスマートウォッチを確認する。

「ええと。ここから南南西に約12kmのあたりね。海岸線にそって北北東に進んでるみたい。このまま私たちが進めばどこかで出くわすはずよ。」

「いざ実戦で夜戦となると、感じが違いますし不安ですねぇ……。」

 これで2回めではあるが、不安を隠し切れない村雨は真面目に今の心境を五十鈴に打ち明けた。

 

「そうね。前の合同任務の時は那珂がライト持って立ちまわっていたし、私、的確に照らして皆をサポートできるか実は不安なの。ねぇ村雨。一緒にあの時夜戦を経験した者同士、私のサポートをお願いね?」

「はい。それはいいんですけどぉ、那珂さんが言ってたように川内さんは……いいんでしょうか?」

「あの娘は今日が初戦よ? 今は緊急事態だから川内の教育を加味している場合じゃないわ。正直、私は提督の当初の意見に全面的に賛成だったのよ。だから那珂には悪いけど、こちらは私が役割を練り直すわ。」

「はい。私もそのほうがいいと思いますぅ。」

 

 村雨の同意を得た五十鈴は一旦全員を止め、自身の考えを伝えた。

「陣形と動き方を決めるわ。実戦の夜戦を経験している私と村雨が先頭に、最後尾を夕立に任せるわ。川内は真ん中にいて。」

「ん?一体どういう目的なんですか?あたしが五十鈴さんの隣じゃなくてもいいんですか?」

 当然のごとく自身の立ち位置を聞く川内。五十鈴はそれに対して冷静に答える。

「那珂はああ言ったけど、私はこんな緊急時に初めての川内を前に出すのは反対。川内と神通の本当の初陣はもっと私たちが守ってあげられるシチュエーションがよかったと思うの。今回は敵が少ないとはいえ、隣の鎮守府が逃してしまうような個体を相手にしたら、経験者である私や村雨・夕立だって自分を守るのに一杯一杯になってしまうかもしれない。これは決してあなたたちの実力を疑っているわけではないことはわかってほしいわ。」

 五十鈴の思いの打ち明けに真っ先に頷いたのは村雨だ。続いて夕立も頷く。一番最後に残ったのは川内だが首を縦にも横にも振らない。そんな返事を示さない様子を見て五十鈴は問いかけた。

「川内?」

「えぇと、はい。ぶっちゃけ、あたしも五十鈴さんに賛成って思ってます。ゲームだってそうですもん。初期装備で町の外に出た主人公が戦うのは、決まって弱い敵です。そこから順々に強い敵と戦っていって強くなる。これRPGやシミュレーションゲーの基本っすよ。今回みたいなイレギュラーなバトルは……まぁ好きっちゃ好きですけど、それはあくまでゲームの話であって。現実にはあたしなわけだし、マジで死にたくないから五十鈴さんたちに頼っちゃいます。いいですかね?」

 川内は五十鈴の案に否定していたわけではなかった。彼女なりの捉え方でもって考えを整理していただけだった。川内もまた、那珂とは違って初陣を無難に行きたい質なのだ。そして川内は頼れる人がいるならば依存したうえで自由に振る舞いたかった。そのため今こうして経験者3人と自分という状況はまさにもってこいの状況なのだ。

 

 川内の意志を確認した五十鈴は表には出さなかったが心の中でホッと安堵の息をつく。那珂と似ているところがあると思っていた川内は実のところ那珂とは違う。もしかしたら、自分が付いていれば那珂ではなく自分が影響を与えることができるかもしれない。

 那珂の勢力を奪いたいわけではないが、あの常識外れの発想力と実力を持つ那珂だけが目立つと、集団戦闘をする艦娘の和が乱れるかもしれないことを五十鈴は危惧していた。今はまだいい。那珂に引っ張られる形で全員が成長しあえる。しかし本来するべき集団行動と戦闘を確実にできるようにどこかあるタイミングで調整しないといけない。

 つまり一人の英雄よりも、共に補完し合いながら戦える多くの戦士が必要、五十鈴はそう考えていた。思考の発想と道筋は違えど、帰結する考えは那珂も同じだが、当然互いにそれを知る良しもない。

 

 

 陣形とおおまかな行動パターンを決めた五十鈴は合図をして再び動き出した。川内は3人に囲まれてやや妙な優越感に浸っていた。移動しながら上半身を少しそらして頭をフラフラさせて浸っていると、後ろにいた夕立にツッコまれた。

「ねぇねぇ川内さん。どーしたの?なんか楽しいっぽい?」

「え!?コホンコホン!! いーじゃん一応初陣なんだからさ~ワクワクしないほうが嘘でしょ!?夕立ちゃんは黙ってあたしを守ってくれればいいんだよぉ~!」

「ぶー!なーんか川内さん生意気っぽい。わざと後ろから撃っちゃおっかな~?」

「ちょ!?そういうのは心臓に悪いからやめてって!」

 黙って浸りたかったのに茶地を入れられる形になった川内はわざとらしく咳をしてごまかす。するとなにかひっかかるものがあったのか夕立は冗談を投げかけて川内を焦らせていた。

 

 

--

 

 時々スマートウォッチの画面を見る五十鈴。Aの2体は最初に確認したときから4kmほど距離を詰めていた。五十鈴たちも南下して進んでいるため、距離とその差を考えると、大体似た速度で移動していると捉えていた。

 五十鈴は先頭を進みながらふと口にする。

「このくらいの距離だとすると……地理的にはあの石油会社の製油所あたりかしら? やつらが製油所の何か施設を狙うとは想像できないけれど、タンカーなら狙われる可能性がありそう。ただ進むだけじゃいけないわね……どうしたら……。」

 ブツブツと呟くように言葉を続けているため、川内をはじめ駆逐艦の二人もとくに反応せず五十鈴が思案するに任せていた。

 海岸線に沿って進む五十鈴たち。養老川の河口付近を通り過ぎたあたりで、隣の鎮守府の艦隊旗艦球磨から通信が入った。

 

「こちら神奈川第一鎮守府、第2艦隊旗艦の球磨だクマ。応答願いますクマ。」

 五十鈴は一瞬呆けた。

 クマ?何回自分の艦娘名を言えばいいんだ相手は?

 

 相手の言い方を気にしないことにして応答することにした。

「こちら鎮守府Aの第1艦隊、旗艦の五十鈴です。現在養老川の河口を越えました。そちらの状況を教えて下さい。」

 

「現在、F石油の敷地の前を通過中。袖ヶ浦製油所の手前クマ。ホントならもっと手前の企業の港に誘い込むつもりだったけど失敗したクマ。そのまま東京湾を北上されるとものすごくまずいクマ。至急来て挟み撃ちにして助けて欲しいクマ!」

「わかりました。どこか別の港か水路に追い込みましょう。そのまま上手く追いかけられますか?」

「やってみるクマ!」

 

 そこで一旦通信を終了し、五十鈴は進みながら頭と首だけ少し後ろを向きながら3人に伝えた。

 

「神奈川第一鎮守府のやつらはまたしくじったみたいよ。この海岸線にある企業の港に追い込もうとして逃してただいま北上中とのことよ。」

「え?え?あっちの鎮守府の艦娘って強いんじゃないんですか?一体……。」

 事情をまったく知らない川内が真っ先に質問をする。それに対して五十鈴の代わりに答えたのは村雨と夕立だ。夕立に際してはかなり皮肉を込めて言い放つ。

「うちよりも人多くて強い人いるみたいなんですけど……私としては正直な印象としてはぁ~……。」

「ぶっちゃけ人多いだけで遊んでんじゃないの?」

「二人にしてはなんかきっつい言い方だなぁ~。そんなに!?」

 川内は目をパチクリさせて中学生二人の言い振りに驚き呆れる。

「人多いんだしいろんな人がいるってことだと思うわ。私たちは決して慢心せず調子に乗らないで、冷静沈着に動いて少数でも確実にこなしていきましょ。」

 生真面目な五十鈴らしい掛け声に3人は「はい!」と普段より声を張って返事をして頷いた。

 

 深夜のため月明かりと工場などの各々の非常灯、そしてスマートウォッチあるいは艤装のLED発光しかない。それらを頼りにしても4人は互いの顔と表情をはっきりとは見られないのだ。ちなみに探照灯はまだ点灯させていない。

 それぞれの声掛けや雑談が一区切りすると、4人が進む海上は近くの工場の機械音が鈍く響き渡る・自身らが水をかき分ける波の音しかしないほぼ静寂の世界となっていた。

 

「少し速度あげましょう。」

 五十鈴がそう提案すると川内たち3人は再び声を張って返事をした。それを受けて先頭の五十鈴は一気にスピードを出す。今までの進み方の2倍近い。それに遅れまいと村雨・川内・夕立の3人が続き、隣の鎮守府の艦隊と深海棲艦が待つであろう海域へと急いだ。

 

 

 スピードを上げたおかげで10分もしないうちに4人は姉崎火力発電所の手前までたどり着いた。五十鈴がスマートウォッチで深海棲艦の距離と方角を確認すると、五十鈴たちと深海棲艦の間はわずか3kmほどまで縮んでいた。スピードからして、ほぼ目と鼻の先の感覚である。

 いよいよ戦闘開始が近い。

 五十鈴は3人に再び声をかけた。今度は今までのような雑談めいた声掛けではない。

「あと2.58km。その先に深海棲艦、AのCL1-DD1がいるわ。村雨はバリア代わりの弾幕のため機銃用意、夕立は連装砲を構えて準備、川内は……あなた左右に何の武装を取り付けた?」

「えっと、右腕は単装砲2基と1つ飛ばして機銃、左腕は連装砲1基に一つ飛ばして機銃2基です。」

「そう。あなたは自由な戦い方ができる艤装のタイプだから、敵が姿を見せてもすぐ撃てるように両腕とも構えてなさい。」

「りょーかいっす!」

 

 

--

 

 五十鈴の早口の指示を聞き取り、川内は湧き上がる興奮を抑えるのに必死になっていた。

 実際には恐怖を感じて尻込みするかもしれないが、初陣は失敗がつきものだ。経験者が3人もいるのだから基本的な細かい立ち回りは任せて、隙間隙間で思い切り撃ちこんでやろう。

 川内は心の準備ができ、胸のあたりがカァっと熱くなるのを感じる。

 

 心臓の鼓動が早くなってくる気がした。川内は自身の胸に手を当てて抑える。2週間ほど前までただの一般人だった自分・普通のちょっとゲームやアニメオタクだった女子高生たる自分が、海上を滑るように進みそして今現実にいる人間の脅威と戦おうとしている。

 ゲームのような展開が待っていると以前、同級生で今となっては学校で唯一会話をしたいと思える男子生徒、三戸から聞いたのが始まりだった。興奮しないわけがない。恐怖を感じないわけがない。

 まもなく、普通のゲームでもVRでもない本当の戦いに飛び込むことになる。

 


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