同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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お泊まりの夜、始まり

 執務室に入った那珂たちは早速提督にそれぞれ聞きたいことを確認し始めた。

 

「提督!お風呂上がったよ。」

「おぉ。どうだった、使い心地は?」

 提督の質問に3人は顔を見合わせてから揃って答えた。

「さいっこうだったよ!」

「最高でした!」

「とても気持ちよかったわ!」

 中高生3人から満面の笑みで評価をもらった提督は笑顔で返す。

「そうか。これで皆に戦いの疲れを癒やしてもらえるね。俺としても一安心だよ。」

「アハハ。ところでさ、うちらは泊まりなわけだけど、皆でこの後夕ご飯どうするかって聞きたくて。」

「私も、もう秘書艦のお仕事はありませんか?」

 那珂と五月雨が質問すると、提督は少し思案した後答えた。

 

「もう仕事はないから夕飯でいいよ。そうだなぁ。みんなでどこか食べに行くか?」

「えーー!?せっかくのお泊まりなのにそれじゃつまんない!なんかみんなで作ろーよ?」

 提督の提案に素早く拒否を示し対案を提案しはじめる那珂。提督はその反応を受けて再び頭を悩ました後に口を開いた。

「とは言ってもなぁ。西の新棟の調理場はまだ使えないから、何か作ると言っても給湯室でお湯使って何かするくらいしかできないぞ?」

「でもせめて食堂になる予定の部屋くらいは使えるんでしょ?」

 

 そう那珂が口にした食堂、そして提督が口にした調理場は、本館西側に建設されて先月ようやく入館できるレベルには出来上がり、使用目的に合わせた部屋の構造は調整中の新棟のことだった。

 これまでは鎮守府内で調理をする機会もしたいと言い出す者もいなかっために特に皆話題に触れようとしなかった。そのため提督もあえて聞かれないかぎりは言わずにいて、工事の優先度も低く建設会社とも調整を遅らせていたのだ。

 その代わり優先度的にはシャワー室改め浴室のほうを高くしていた。それは艦娘の心身の健康にも直結しており、なおかつ艤装装着者制度的には厚生労働省からの通達で、艤装装着者の保養施設の一つとして民間の入浴施設との優先提携あるいは鎮守府内への設置が義務に近い推奨をされていたからだ。

 提督は新棟の設備調整よりも浴室に向けた部屋の下準備のほうを密かに進めていため、本格的な工事着手後わずかな日数でも後者のほうが完全な姿を現したのだった。

 とはいえ新棟の方も目的がはっきり決まっているだけに未完成のまま放っておく気は提督にはさらさらない。ある一定の規模の鎮守府には飲食のためのスペースおよび調理設備の設置は推奨よりは度合いが低い奨励がされている。今後の艦娘の大量採用に備え、保養施設の一環として投資的に作っておきたい。そんな考えが提督にはあった。

 

 那珂としてはせっかくのお泊まりなのだから、食事も楽しく演出して皆で一夜を過ごしたい考えである。提督は那珂の気持ちには察しがついていたが、それを大々的にさせられるだけの環境がないために期待されている返事をできない。

 仕方なく那珂の言葉を再び否定で返すことにした。

 

「入れるけどまだテーブルとかなにも入れてないから食堂としては使えないぞ?せめて何か買ってきて机のある会議室を使うくらいだなぁ。」

「うーーーん、ちょっとしたお料理したかったけど、仕方ないかぁ。……あ!それならさ。妙高さん家の台所貸してもらえたりはd

「あんたね……いくら黒崎さんが艦娘っていっても一般家庭の台所よ。普通に迷惑かけちゃうからやめなさいよね?」

 言葉の最後にまたしても突飛な考えを飛びださせた那珂をすかさず五十鈴が適切な注意で叱った。さすがに本気ではなかった那珂はエヘヘと笑ってごまかす。

 何も解決策がないままだとすでに夕方なのでまずいと思った那珂はさらなる案を示した。

 

「それじゃーさ、せめて前のショッピングセンターでお惣菜とかおかず買ってきて鎮守府の中で食べようよ?食べに行くよりも勝手知ったるここで食べたほうが楽しいよ。ね、五十鈴ちゃん、五月雨ちゃん。」

「はい!なんかパーティーみたいで楽しみですねぇ~。」

「それじゃあお皿とか必要な物も買ってこないといけないわね。提督、また私たちで買い物行ってくるけどいいかしら?」

「あぁ、君らに任せるよ。」

「おっけぃ。じゃあちゃっちゃと行ってこよ?」

 

 提督から許可とお金を受け取った那珂たちは早速鎮守府前のショッピングセンターに買い物に行き、人数分の料理や食器類を買って戻ってきた。準備が終わる頃には夜の帳は下り、すっかり真夏の夜になっていた。

 

 泊まりと決めた大人である提督と明石は、念のためと思い明石の同僚の技師らにも誘いかけたが、住まいが遠かったり泊まりの準備をしていない、予定があるなどで結局宿泊の協力を得られなかった。せめてものということで何人かの技師は夕食を一緒に取ることを決め、机のある会議室の準備に協力した。

 艦娘たる少女たちはというと、お泊りのメインイベントの一つ、食事のために全員揃って食事の準備をしている。普段自宅や周囲に対して手伝いをするほど気が利かない川内や夕立も珍しく手伝いに勤しむ。

 そして始まった鎮守府内での夕食会は10数人が思い思いの会話を楽しみながらの憩いのひとときになった。

 

 

--

 

 自宅以外で過ごす夜ということで普段よりテンションが2割増し高い夕立と川内。二人の異様なテンションを肝を冷やしながら側でツッコミと制御をするのは神通や五月雨の役目となり、那珂と村雨はせっかくの楽しい時間、そんな役割知らんとばかりに完全に第三者としてその光景を見てケラケラ笑って楽しんでいる。

 

 提督ら大人勢は後からアルコール飲料を買い揃えてきて、職場での酒の席を堪能している。それに気づいた那珂たち学生は陽気に呑んで会話ではしゃぐ提督や明石らを見て聞こえるようわざとらしくツッコミを入れた。

 

「な~んかお酒くさいな~って思ったらどこかの誰かさんたちがこっそり持ち込んでる気配がするね~。さてどうしますかねぇ~村雨さんや。」

「ウフフ。私達も飲んでみたいですねぇ~。」

「おぅ!?村雨ちゃんってば大人の階段登りたげ~!」

「パパとママが飲んでほろ酔ってるの見てちょっと羨ましいなぁ~って思うんですぅ。那珂さんはどうですか?」

 那珂は以前合同任務の時に、隣の鎮守府の天龍とこっそり飲んだチューハイのことを思い出し、思わず口に出しかけてしまう。

「あたしはなぁ~、前に天龍ちゃんにもらって飲んだ時苦かったからあんま好きじゃなi

 言い終わる前に五十鈴が肩を素早くつつき、ウィンクをして必死に知らせてきたためそれに気づいた那珂はハッとした表情を浮かべて慌てて言葉を濁し始めた。

「な~んつって天龍ちゃんってば飲んでそーな不良っぽい感じだったなぁ~アハハハ!あたしも飲んでみたいなぁ~アハハ!」

 なんつう微妙なごまかしっぷりだ、と五十鈴は頭を悩ませる。

 二人とも未成年なのにあの夜こっそりアルコール飲料を口にしたことは同学年の女3人の秘密にしていたため、こんななんの気なしの場所でうっかりバレるのは非常に心苦しい。

 とはいえその当時護衛艦の寝室ですでに寝ていた村雨はそんなこと知る由もなく、那珂の必死のごまかしに対しても頭に?を浮かべ、気にする段階までは達していない様子が伺えた。

 ホッと胸をなでおろす五十鈴と引き続きケラケラ笑いながら場をやり過ごそうとする那珂。村雨はもちろんだが、提督や明石も酒の酔いのため、那珂たちがごまかしをするまでもなくまったく気に留めていなかった。

 

 

--

 

 人一倍騒いでいる川内・夕立ペアはツッコミ役だった神通と五月雨を巻き込んでおしゃべりをしている。

 話題はこの後やる予定の夜間演習だ。この4人の中で唯一実戦における夜戦を経験したことのある五月雨に3人が向かい、熱い眼差しを送るという不思議な光景が展開されていた。

 

「ねぇねぇ五月雨ちゃん、前に夜戦を経験したことあるって聞いたんたけど、ホント?どうだった?楽しかった?」

「はい。合同任務のときです。あの時はますみちゃんも那珂さんも五十鈴さんも一緒でしたよ!」

 川内の矢継ぎ早の問いかけに対し答え始める。

「んで!?楽しかった!?」

「う~んと、わたし的には夜の戦いは怖かったです。那珂さんは夜遊びするみたいでワクワクするって言ってましたけど……私はちょっとダメでしたね~。あんなおっきな深海棲艦と真っ暗な中で会って戦うなんて、今でも思い出したらドキドキしますよ~。」

「へぇ~~。最古参の五月雨ちゃんが言うくらいだから昼と夜とじゃあ戦いの感覚が全然違うんだろうねぇ。」

「はい、多分。」

 

 五月雨の感想にもう少し深く切り込みたい川内だったが、ひとまずここでその感想に対する反応を示し、自身の中のイメージを膨らませ始める。

「ねぇ。夜の海に出てくる深海棲艦って見えるの?あたしたちは同調して艦娘になると視力めっちゃよくなるじゃん。昼間はわかるんだけど、それでも夜全く見えなかったら話にならないな~って思うんだ。どう?」

「あ、それは……私も知りたいです。」

「あたしもあたしもー!」

 川内が抱いた疑問に神通と夕立も続く。

 

 3人から引き続き熱い眼差しを受ける五月雨は頼りにされている感覚から心地良くなり、笑顔そして得意気な表情を浮かべて3人の次なる質問にも答える。

「そ、そうですね~。さすがに真っ暗だと見えないですけど、あの時は那珂さんがライト当ててくれたので、そうすれば動くものなら割と見えましたね~。」

「動くもの……なるほど。」

「ん?どうしたの、神通?」

 五月雨の説明を聞いた神通がわずかに俯いてぼそっと小さな声で独り言をつぶやいた。川内がそれにすかさず反応すると、神通はコクリと頷きながらわずかに視線を川内に向けて言った。

「ええと。あの……同調して身体能力が向上するのはいいのですが、なぜ目まで良くなるのかなって疑問に思ってまして。艤装の構造はわかりませんけど、動体視力が向上するというのは、納得できないを通り越して身体への影響を考えるとちょっと怖いなと。」

「艤装の仕組みなんて考えても無理だって。あたしたちはただ使えばいいの。神通はさ、遠くのもの見えるようになってないの?」

 川内がふと疑問を漏らす。

「え、私は動くものがよく見えるようになるだけでしたが。え?? 川内さんは……違うの?」

 神通が目をパチクリさせて川内を見る。すると川内の隣に立っていた夕立、そして五月雨が口々に言い出した。

「あの~神通さん。艦娘になると、パワーアップする能力って人や艦によって微妙に違うっぽいよ。」

「そうですね。あまり意識することないんですけど、私もゆうちゃんもますみちゃんも時雨ちゃんも同じ白露型?ですけど違うみたいです。私は動くものがよく見えるようになったり、何か見た時にその物の回りに何があるのかすぐ分かるようになりました。」

「あたしは動くものがよく見えるようになったのと、見たものとどのくらい離れてるとか近いとか、そういうのがなんとなく同調する前より分かるようになったっぽい。」

 

 五月雨と夕立が口にしたそれぞれの向上する能力の違いに、神通は目を普段より見開いて驚きを隠せないでいる。川内もその内容に微妙に追いつけないでいるも、驚いていた。

「へぇ~~!それじゃあ同じ川内型でもあたしと神通それから那珂さんだと、もしかして視力以外にも違うかもしれないんだぁ。なんだかまっすますゲームのキャラみたいでいいじゃん!面白いじゃん!」

「うんうん!あたしもそー思うよ川内さん!」

「おお!やっぱ夕立ちゃんはわかってくれるかぁ!よっし、この後の夜間演習、一緒にやろうね?」

「はーい!」

 

 

「私の……向上してる能力……どうすれば確認……」

「あの……神通さん。」

「は、はい?」

 俯いて再びブツブツと独り言を言い出していた神通に向かって五月雨が語りかけた。一人の世界に入りかけていた神通はいきなり呼び戻されてビクッとする。

「神通さんもきっともっと違うものが強くなってるはずですよ。私だって自分の何がパワーアップしてるのかまだまだよく分かってないところありますし、一緒に見つけていきませんか?」

「五月雨さん……はい。」

 川内とノリとテンションがよい夕立とは違い、穏やかな雰囲気で神通に囁きかけてくる五月雨。その言葉の中に神通はこの年下の少女がかけてくれている気遣い・素の優しさそして弱々しいながらも導いてくれる鋭い何かを感じた気がした。

 思いにふけっていると、神通はクイッとスカートの端を引っ張られているのに気づく。引っ張られた先を見ると、先程まで那珂や村雨らの輪の端にいた不知火がチョコンと側に立っていた。

「ど、どうした……の?」

「私も。」

「え?」

「私も、見つけますので。」

 不知火は少し前から川内らの話を聞いていた。言葉足らずなセリフを察すると神通はそう気づく。しかし不知火の片頬が不自然に膨らみ、片方の眉に皺が寄っていることにまで気づくのには少々時間を要した。

 ようやく不知火の心境を想像して気づいた神通は、嫉妬するほどのことかと顔には出さなかったが心の中で苦笑する。先輩艦娘とはいえ年下の少女たちの人となりをまた知ることができた満足感からか、笑顔になっていた。

 五月雨と不知火はその笑顔を自分たちの言葉の賜物だと思い込み、コクリと頷く仕草で応対するのだった。

 

 

--

 

 やがて夕食会が終わった。というよりも那珂と五十鈴が強制的に終わらせた結果である。時間に厳しい二人は夜間演習開始15分前になると、その場にいた全員に改まって声をかけて意識を正させたのだ。

 

「はーいみんなぁ!ちょっといいかな?」

「主にそっちの6人向けよ。聞いて。」那珂に続いて五十鈴がピシャリと注意を指し示した。

 

「この後8時から9時まで、外に出て夜の海で訓練をします。それなりに身体を動かすことになるので、そろそろ飲み食いは控えてねー。あとそこでニヤニヤケラケラ笑ってる大人二人!」

 那珂が言葉の最後に鋭い視線と言葉を突き刺したのは、提督と明石のことである。二人はほろ酔い気分で心地よく、子どもたち艦娘らの話を適当に聞き流そうとしていたところで言及されて途端に焦る。焦るが酔いが回っているので大して真面目な表情ではない。

 そんな二人の反応は完全に無視し那珂は続けた。

 

「まずそこの酔ってるおっさん。一応管理者なんだから、夜の海の出たあたしたちがすること、改めて市の広報ページとやらに案内出すか周辺住民に案内とか、問合せ来たら応対できるようにしておいてよ。いいね?」

「は、はい。」

 おっさんこと提督の弱々しい返事を聞いた那珂は視線をその隣りにいた明石に向ける。

 

「そっちの顔真っ赤にしてるおば……明石さん。このあとあたし達の艤装の運び出しとかメンテ、きっちりできるようにしておいてくださいね?」

「アハハ、はい。」

 提督とは異なり陽気な雰囲気の返事を返す明石。

 言いかけたが単語の最後まで言わずに名前で改めて呼んであげたのは那珂の良心だ。とはいえたとえ最後まで言っても今の明石には単語を解釈する能力が著しく低下していてまったく気にならなそうなのは、第三者の目から見ても明らかである。

 

 その後那珂と五十鈴の解散の合図で夕食会が終了した。

 片付けは自分らがやっておくからと、技師たちが率先して片付けをし始める。酔いが技師らよりも回っていてマゴマゴしていた提督については那珂がその尻をはたいて片付けに協力させ、自身らは着替えて工廠へと向かうことにした。

 


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