同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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対空訓練

 翌日、いつもどおり早く来た那美恵と凛花はすでに開いていた本館に入り、工事関係者に挨拶をした後着替えに行った。この日も幸はすでに出勤し神通となって自主練をしに行っていると提督から聞いていたため、二人は工廠へと足を運ぶことにした。その道中、二人は上空を飛ぶ鳥を見つけた。それはよく見ると鳥ではなく、艦娘の偵察機だった。

 

「あれって……偵察機かしら?」

「うん。そーみたいだね。ということは。」

 那珂と五十鈴は顔を見合わせてお互い抱いたことを口にし、正解たる想像を述べた。二人の足取りはやや早くなり、工廠へと駆け込んでいった。

 工廠に入って近くにいた技師に確認すると、やはりすでに神通は来てプールにいると説明された。那珂と五十鈴は工廠を出てプール施設の入り口から入り、プールサイドへと出た。するとそこからはプールのど真ん中で左腕を前に伸ばして直立している神通の姿が確認できた。

 

「じ……!」

 言いかけて那珂はやめた。艦載機を使っているということは、精神集中している真っ最中ということだからだ。

 

 やがて偵察機が工廠の上空からプールの上空、そしてその先の川へとすぎていった。すると神通は頭をわずかに動かして後ろを向きかける。その動きを見て那珂と五十鈴は神通が自分らに気づいたことに気づいた。川の方へ向かった偵察機が急速に旋回して高度を落としてくる。動きからして着艦のための自動操縦になっていることがわかった。神通が偵察機の操縦をやめたことが伺えた。

 やがて神通の左腕の発着艦レーンに偵察機が停まった。するとようやく那珂たちの方を向き、声を発した。

「あ、あの……おはよう、ございます。」

「うん。おはようー神通ちゃん。今日の自主練は艦載機?」

「は、はい。勝手に偵察機使ってしまって申し訳……ございません。」

 神通は水上をスゥーッと滑りながら那珂たちのいるプールサイドへ近づいてきた。プールサイドへは上がらずに水面にいながら那美恵と話を続ける様子だった。

「いいっていいって。別にあたしに許可得る必要ないよ。だってあたしたちのための艦載機だもの。むしろ提督か明石さんがダメって言わなきゃいつ使ってもいいと思うよ。」

 神通はコクンと頷いた。

「それよりも偵察機の操作はどうなの?」

「はい。だいぶ慣れました。」

 五十鈴が質問すると、神通は自信を持ってはっきりと頷いて言葉を返した。相変わらずの優等生っぷりに那珂も五十鈴も満足な表情を浮かべた。

 

 

--

 

 その後待機室に入った3人。那珂と五十鈴は川内たちの訓練の進捗度合を確認していた。前日の例もあったため、また提督もいたため執務室で作業するのではなく、待機室で作業をすることにした。

 那珂は五十鈴とともに、残りの訓練内容について内容を詰めていた。

「ねぇ那珂、この防御・回避・バリアの確認や機銃……つまり対空関係の訓練はどうするの?もう1週間と3日だし、2週間で仕上げるなら残った訓練はつめ込まないとさばけないんじゃない?」

 五十鈴の指摘はもっともだ。那珂はうーんと唸る。

「電磁バリアは実弾使う時にやらせるとして、問題は対空訓練なんだよねぇ。あたしもぶっちゃけちゃんと受けたわけじゃないし、空から襲われることなんてないから省略していいって提督も言ってたから、カットしたいんだよねぇ。」

「提督ったら微妙にサボり屋よねぇ。私も対空訓練はうちの鎮守府に必要ないって言われたわ。けどわかっててもしっかりやりたい。という私もせいぜい機銃パーツを空に向けて撃つくらいしかしてないのだけれどね。」

「まぁ五十鈴ちゃんの頃は人ほとんどいなかったろーし仕方ないね。今だったら~、偵察機使って回避したりいろいろしてもらうとか?」

 那珂の思いつきに五十鈴はピンときたのか、その案を広げるべく自身の考えで補足した。

「それいいわね。だったらこうしたら?あなたが偵察機を飛ばして、それを川内と神通が撃ち落とす。」

「うーん、でも偵察機は攻撃機能ないからあたしはただ動かすだけになるよ?」

「突進していけばいいじゃないの。ただ動かして川内たちに向かっていけばいいんだから操作も簡単でしょ。」

「うわぁ……五十鈴ちゃん他人事だからって大胆な考えするなぁ~。」

 ジト目で五十鈴を見る那珂。そんな那珂の視線を気にせず五十鈴は小さく息を吐いて他人の心配なぞ知らんと暗に反応した。

 

「まぁでもそれでいってみよっか。どうせなら五十鈴ちゃんも一緒にやる?」

「対空訓練に関しては私たちも川内たちとほとんど変わらない経験値だし、混じっていいならやってみてもいいわ。」

「よっし。それじゃー選手は3人ということですな。ていうかあたしも対空訓練実はしてーんですけどぉ。」

「それなら神通に操作代わってもらえばいいじゃない。あの娘、ものすごく操作上手かったし。もしかしたら那珂以上じゃないの?」

「う……そんなプレッシャーされると焦るよあたし。ここは先輩として絶対負けないようにしないと!」

「一応言っておくけどあくまでも二人の訓練がメインだからね?意固地になって二人を叩きのめして勝ったらダメだからね?」

 五十鈴からの提案とツッコミを受けた那珂は動揺する仕草を見せるも、鼻息荒く意気込むのだった。

 

 

--

 

 10分ほどして川内が出勤してきたので早速とばかりに那珂は説明を開始した。

 

「それじゃー二人に今日の訓練の内容を伝えます。今日は対空訓練をします。つまり、空に向けて攻撃したり空から来る攻撃を回避する練習ね。」

「へぇ~!おもしろそ~。いいですねいいですねぇ!!」

「対空……いいですけれど、どうするんでしょうか?」

「うんうん。二人の反応はごもっともです。さっき五十鈴ちゃんとも話してたんだけど、偵察機を使おうと思います。」

「「偵察機?」」

 川内と神通は揃って首を傾げた。

「そ。あたしが操作して、三人に向けて突進させます。」

「わかりましたけど、三人って?まさか五十鈴さん……も?」

 川内は疑問を口にする。それに答えたのは五十鈴本人だ。

「恥ずかしながら、正直言って私たちも対空に関してはそれほど練度高くないの。だから那珂に頼んで私も参加させてもらうことにしたわ。」

「それでね、あたしも訓練に参加したいからぁ~。神通ちゃん?」

「は、はい?」

「途中で偵察機の操作、代わってね?それであたしがその時は訓練する側に回るの。いいかな?」

「わ……わかりました。その役目しっかり努めます。」

 神通は背筋を正して那珂の言葉にはっきりと頷いて承諾する。

「え~~いいないいなぁ。神通良い役回り~~!」

 川内がブーブーと文句を垂れると素早く五十鈴が突っ込んだ。

「あなたは艦載機の操作ド下手じゃないの。」

「う……五十鈴さんすげぇ痛いとこ突くなぁ……」

 図星のため言い返せない川内は両手で額を抑えてテーブルに突っ伏した。川内の反応を無視して那珂たち3人は話を進める。

 

「あの。一つよろしいですか?」

「ん?なぁに神通ちゃん。」

「偵察機って……1台いくら位するんでしょうか……。撃墜されてしまったらその……あの……。」

 神通が気にするところは、訓練自体の内容よりも現実的な部分だった。彼女の心配を聞いた那珂と五十鈴は苦笑してしまう。

「アハハ……。神通ちゃんは面白いところ心配するねぇ~。あたしたちは戦って金もらう立場なんだし、気にしないでいいと思うよぉ。」

「どうしても気になるなら後で明石さんに尋ねてみたら?」

「は、はぁ。」

 自身の心配は取るに足らない内容だったのかも。そう想像した神通は気恥ずかしさで俯いてしずしずと下がった。

 

--

 

 説明を終えた那珂たちは早速工廠へと向かっていった。明石に訓練の事情を話すと、明石は神通の心配も踏まえて偵察機使用の許可と説明をしたため、那珂たち4人は納得することとなった。

 プールに姿を現した4人。那珂は偵察機を右腕に付けた発着レーンに載せプールの端に立つ。対する川内たち3人は那珂とは真逆、プールの端にいる。

「それじゃー。いっくよーー!」

 片手を頬に添えて拡声した声量で那珂は合図した。川内は大声で返し、五十鈴は右手でOKサインを作って腕を挙げて合図を返す。

 

((攻撃目的の艦載機操作かぁ。空母っぽくてなんか不思議な感じ。てか……今の視界に重なって見える偵察機からの視界のまま、もし攻撃されて撃ち落とされたら……どうなることやら。))

 那珂は艦娘の艦載機操作を生身で操作する際に生じるかもしれない不安を密かに湧き上がらせていた。

 

 那珂は右腕を前に伸ばし、意識をカタパルトに載っている偵察機に向けて集中し、グローブカバーのトリガースイッチを押した。偵察機はかすかなエンジン音を鳴らしてレーンを走り空へ飛び上がっていった。

 一方反対側の川内たちは自身の装備したパーツを確認していた。五十鈴が川内と神通の前に立ち、指示を出し始める。

「那珂のことだから偵察機でも何かしら突飛なことをしてくるかもしれないわ。念のため二人とも気をつけてね。」

「りょーかいです。」

「はい。承知致しました。」

 

 意識合わせをしている3人の上空に、那珂の偵察機が迫ってきた。

「来たわよ!」

 五十鈴の声で川内と神通もとっさに構える。

 

 那珂の偵察機はまっすぐ進み、3人の最後尾にいた神通の手前で右に旋回してプールの上空を離れた。その進む先を神通は目で追う。自身らの上空を通り過ぎたと把握した五十鈴と川内は早々にプールを前進して頭と上半身だけは偵察機の向かった方向に向ける。偵察機が大きく右、時計回りに旋回し続けてプールの敷地の上空へと戻ってくる。

 その時五十鈴が指示を出した。

 

「二人とも。機銃パーツの操作開始!撃ちだして!」

「「了解!」」

 

 五十鈴の指示を聞いて川内は左腕に取り付けた4基の機銃パーツを撃つべく人差し指~小指を折り曲げてスイッチを押し、最後に親指でトリガースイッチを押した。その瞬間、非常に軽い音で機銃パーツから弾が発射された。神通も負けじと右腕に付けた4基のうち1番めと2番めの機銃パーツで銃撃し始める。

 

 

ババババババ

バババババ

 

 

 主砲パーツや副砲パーツと同じ仕組で作られている艦娘の機関銃パーツは、弾薬エネルギーを一発一発ではほとんど消費しないほどの微量で弾として撃ちだす。そのため威力は微々たるものだが連射性が非常に高い。地上で使われる火薬・爆薬のたぐいは効果がほとんどない深海棲艦に対して、艦娘の艤装で使われる弾薬エネルギーは深海棲艦の撃ちだす体液を確実に打ち消したり表面を焦がしたり抉り取って傷をつけられるようになっている。ただし機銃と主砲・副砲パーツではエネルギーの変換効率が異なるため、機銃で同じエネルギー量を費やしたとしても主砲・副砲と同等の累積的なダメージを負わすほどの威力は期待できない。そのため牽制用に広範囲に向けて撃つ使い方がもっぱらだが、本来の目的では軍艦や護衛艦の機銃よろしく対空兵装である。エネルギー量が微量なため実弾換算した際の重量が非常に軽く、高空に向けても本物の機銃に近い有効射程距離を叩き出すことができる。

 

 もともと深海棲艦の出現後に初期の艦娘が使っていた艤装には存在しなかったパーツである。超遠距離から体液を撃ちだして襲いかかる攻撃をしたり、空飛ぶ鳥や虫を使役する個体が現れたため、必要に迫られて後から実装されたのが対空兵装である。一撃が強力な主砲パーツや副砲パーツは連射ができず、質量が重いエネルギー弾となる仕様のため対空攻撃しにくく水面や水上にいる敵目的にしか使えない。連射性が高い機銃パーツは威力こそ低いが、弾幕を張るというオリジナルに近い使い方や質量が軽いエネルギー弾になるため高空まで届く。そして攻撃よりも防御や支援目的に使えるという作用のため、艦娘にとっては電磁バリアよりもはっきり意図して使えるバリアとして重宝するパーツとなる。

 しかし川内たちが立ち向かっている訓練に際しては防御としてよりも、攻撃目的で使われている。

 

 川内が機銃から撃ちだしたエネルギー弾は水平に弾幕を張って那珂の偵察機に襲いかかる。続いて神通の機銃による銃撃も川内のより低い高さで弾幕を張って襲いかかる。その2つの波を那珂の偵察機は速度を急激に速め高度を下げてかわした。プールの水面スレスレを飛んで五十鈴と川内の間を通りぬけてプールから工廠前の湾へと飛び出た偵察機は再び速度と高度を上げて左へ旋回し、反時計回りにプールの上空に飛び込んだ。

 ひたすら左手に旋回し続けて威嚇のため近づく標的は川内である。

 

「うっ、まっすぐこっち!!機銃間に合わない!?」

 方向転換して構えて撃つまでの時間がとても足りない。そう気づいた川内は射撃を諦め、上半身を爪先の方向に戻して右手の方向へとダッシュした。那珂の偵察機をギリギリでかわした川内はそのまま右手側に進み、今度は左に大きく反時計回りに旋回しつつ左腕を目の位置まで高く構える。当然偵察機はとうに過ぎ去っており、その向かう先は川内ではない。

 事前の説明でエネルギーをほとんど消費しないと聞いていた川内は、弾薬エネルギーの残量なぞもう頭の片隅にすらなくひたすら思う存分4基の機銃パーツから連射しまくる。が、川内の機銃の弾幕は那珂の偵察機にとって障害物には成り得ない。

 

 川内の付近を通り過ぎた偵察機は反転するかのように急旋回し、そのまま左手側に飛び続けて市街地側に出た。ひたすら左に旋回して飛び続ける。そうして再びプールないし工廠の敷地上空に入り、新たな標的を見つけた。

 神通である。

 神通は当初の立ち位置よりわずかに前進したが、立つ向きを変えていなかったため上半身の振り向きだけではすでに偵察機を視界に収めることができない。そのため偵察機の位置を知らせたのは五十鈴だ。

「神通!左右どちらかに避けなさい!!」

 五十鈴の声を受けてようやく神通は正面を向き、身体を右に傾けながらゆっくりと移動し始めた。その刹那、川内が叫ぶ。

 

「神通しゃがんで!五十鈴さん間近ゴメン!」

 川内の声がその場に響いた直後、機銃による掃射が五十鈴の真横1m右を越え、身をかがめた神通の上を抜け、まっすぐ飛んできていた偵察機に襲いかかる。

 

 

ガガガガガッ

バーン!!

 

【挿絵表示】

 

 

「きゃっ!!」

 川内の遠く後ろで悲鳴が聞こえ、バシャーンと何かが水に浸かる音が響いた。一方の偵察機は煙を上げてプールの水面に着水する。偵察機の撃破を確認した川内は左腕をおろして右手でわざとらしく額の汗を拭う仕草をした。

 

「ふぅ。撃墜撃ts

「ふぅ……っじゃないわよ!!川内あんたね!今私たち電磁バリアつけてないのよ!人が間近にいるのに撃ったらダメじゃないの!!」

「うわっ!だから先に謝ったじゃないっすか!」

「あんた……那珂に少し似てるわ。先輩に影響されてきてない……?」

 五十鈴が川内に詰め寄って文句を言っていると、二人に近づいてきた神通がそうっとある一点を指差した。

「あの……那珂さん、しゃがんだまま立ち上がらないんですけれど……。」

「「えっ?」」

 

 

--

 

 神通が指差す先には、水面に尻もちついた那珂がようやく身を起こして水上でしゃがんでいる姿があった。その様子が普段の彼女とは異なると察した五十鈴は真っ先に水上を駆け抜けて近寄り声をかけた。

 その光景を川内と神通が後ろから心配げに覗いている。

「ちょっと那珂!大丈夫!?」

 那珂は肩で息をして呼吸を荒げていたが、ほどなくして声をようやくひねり出した。

「う、うん。びっくりしただけだからもう大丈夫。」

「どうしたというの?」

「偵察機が撃墜されるって……想像以上に衝撃があるなって。」

「確か、偵察機の視界が自分のと重なって見えるのよね?」

「うん。やる前からなんとなく想像はしていたんだけれど、いざ目のあたりにするとちょっと……ううん。かなり心臓に悪いかなぁって。実際に艦載機に意識集中してるときに攻撃受けたらこうなるんだって身に染みてわかったよ……。」

 普段の軽さはまったく見せることなくショックを隠せないでいる那珂。その態度と言葉からさすがの五十鈴もその本気度をうかがい知ることができた。

 ゆっくりと立ち上がる那珂。そんな先輩を心配そうに見つめる川内と神通。二人に対して那珂は声をかけた。

「ちょっち心配させてゴメンね二人とも。あたしも操作している艦載機を撃墜されたのは初めてだったから驚いちゃったの。」

「ちなみにどんな感じでした?」

 川内が興味津々に乗り出す。

「まぁなんというかね~、ゲームしてて突然爆発したような画面になって、原色だけの空間に取り残される、そんな感じ。てかそのまんまだけど。けっこーびびるよ。」

 そう那珂が語るゲームとは、この時代では当たり前の技術で大昔はVRと呼ばれていた技術を使ったゲームのことだった。

「まーたえらく古いタイプのゲームを喩えに出したわね……。」と五十鈴。

「那珂さんの様子見てたらなんとなくわかります。てか……那珂さんでそういう反応するなら、神通はどうなっちゃうんだろ?」

 そう言いながら川内は後ろにいた神通の方を振り向く。釣られて那珂と五十鈴も神通に視線を向けた。3人から注目されて頬を赤らめる神通はどう返事をするか迷ったがひとまず決意を口にした。

「だ、大丈夫です。なんとかやってみせます。」

「もう一度注意しておくけど、撃墜されたときに見える映像はかなりビビるからね。気をつけてね。」

 那珂が本気で心配する様子を見せると、神通は目をつぶってコクリと頷いた。

 

 

--

 

 那珂はまだふらふらしていたのでプールサイドで休むことにし、訓練の続きは五十鈴の合図で行うことになった。那珂は状態が回復したら途中参戦すると3人に伝え、プールの真ん中に戻っていく五十鈴たち三人の後ろ姿を見送った。

「それじゃあ次は神通、あなたが艦載機操作して私たちに襲いかかってちょうだい。」

「はい。」

「神通、遠慮はいらないよ。あっという間に撃ち落としてあげるから。」

 川内から言われた言葉にカチンときたのか、神通は初めて敵対心を見せ言葉で示した。

「……ぜ、絶対に撃ち落とされません。川内さんに当ててみせます。」

 そう決意する神通。しかし相手役の五十鈴としては川内が口にした心配、という言葉の真意を探ってみた結果、確かに神通のことが心配だった。先ほどの那珂のようになったら、彼女の場合ショックで気絶してしまうのではないかと。

「ほ、本気で当てたりしたらお互い驚くでしょうから、こうしましょう。川内と私は撃ち落としたら勝ち、神通は3分間私たちの射撃から逃げ切ったら勝ち。偵察機は攻撃能力ないんだから、体当たりはなしにしましょ。あと当たり前だけど遠く逃げ回るのはなしよ。」

 五十鈴の提案に川内と神通は頷く。そして神通はプールの水門寄りの端へ、五十鈴と川内は本館寄りの端に行ってスタートポジションについた。

 

 

 

 

 神通は深く深呼吸をし、機銃を全部はずして代わりに左腕に取り付けた発着艦レーンから偵察機を素早く空へと放った。神通の偵察機は左腕の発着艦レーンから離れた後、しばらくは直進して工廠前の湾の上空に突入した後、急速に右に旋回してプールの上空へと向かった。神通のコントロール下に入ったことが伺えた。そのまま進むと五十鈴と川内の上へは彼女らの右手側から迫ることになる。

 

 

「来たわ。川内、行くわよ!」

「はい!」

 

 

 五十鈴は左手側、11時の方向へと前進し始めた。五十鈴の左数m隣にいた川内は左手側8時の方向へ向けて急速に旋回して移動する。それぞれ別の方向へと移動して神通の偵察機をかわす。

 偵察機はもともと五十鈴と川内のいた場所をまっすぐ低空飛行で横切り、そのまま右へ旋回してに1時の方向に時計回りに大きく弧を描く。そのまま旋回し続けると自身に当たるかも。五十鈴は容易に想像できた。偵察機のほうが速度があり、五十鈴の左手上空から迫ってきた。

五十鈴は右手に持っていたライフルパーツを構えた。取り付けていた機銃パーツの砲身を高くして撃ちだす準備する目的だ。五十鈴の艤装では本来は腰回りにある魚雷発射管に付属する天板に機銃パーツを取り付ける専用スペースがあるのだが、そこ以外にも機銃パーツを取り付ける端子が存在する。それがライフルパーツである。ライフルパーツにある端子は主砲パーツの他、機銃パーツにも互換性がある。今日の五十鈴は訓練開始前にライフルパーツに取り付けていた主砲パーツを外して三連装機銃パーツをつけていた。五十鈴の常識に沿うと、ライフルパーツに取り付けたほうが偵察機を狙いやすかった。

 正面に見えてきた偵察機めがけて五十鈴はライフルパーツのトリガーを引いて機銃で掃射し始めた。

 

 

バババババ

 

 

 しかし神通の偵察機は五十鈴の機銃掃射を螺旋状に上下左右蛇行しながらギリギリでかわすという芸当を見せ、五十鈴の左2~3mを過ぎていく。その先に待ち構えるのは川内だ。

「な、なんか神通の偵察機、那珂さんのより動き良くないぃ……!? ていっ!!」

 

 

バババババ

 

 

 自身の正面に迫り来る神通の偵察機を左腕の機銃4基で迎え撃つ川内。縦に移動されることを見越して左腕を縦一文字にして上から下までの4基で機銃掃射で範囲攻撃するも、川内の動きは予想されていたのか神通の偵察機は縦の弾幕を10時の方向に避け、次は左に旋回し続けて大きく川内の背後を回る。掃射をかわされた川内は上半身だけで一旦偵察機を確認した後、下半身が逆方向を無いたままであるためそのままでは左腕の機銃で狙えないために小刻みに直進移動と左旋回を繰り返した。そのうち水上移動が面倒くさくなった川内は足を上げて水上歩行で強制的に方向転換をした。

 

「うわっあぶな!!」

 川内が移動と方向転換をし終わった間近を神通の偵察機がすれすれと通り過ぎる。慌てた川内は後ろへ飛びのけて回避するとその拍子に水面に尻もちをついてしまった。濡らしたおしりをサッと拭って素早く立ち上がった川内は偵察機を探す。

 偵察機はプールの端でじっと立っている神通のまわりをクルクルまわり、何周かしたのち湾の先の川と水門へと向かう。そして急旋回して湾の上空に入ってきた。

 

「くっ、神通ってば本当に操作慣れてるわね。あの娘らしからぬ巧みな動きだわ。ハンドルを握ると性格変わるタイプなのかしら?」

「なーんかあたしたちバカにされてませんかねぇ!?むかつくー!絶対撃ち落としてやる。」

 五十鈴も川内も神通の操作テクニックに圧倒されながらも鼻息荒く意気込む。

 

 時間にしてまもなく2分を切ろうというところだった。その時、川内たちの後ろから声が聞こえてパシャっと水面で跳ねる音が聞こえた。

「よっし。あたしもふっかーつ!」

「やったぁ!那珂さん待ってました!」

「主役は遅れてくるものだからねぇ~。さーて、二人とも。あとちょっとしかないから速攻でやろう!」

 那珂の声が聞こえた川内と五十鈴は後ろを振り向いて返事をした。

「はい!」「えぇ。」

 

 

--

 

 

 那珂は川内にこう告げて側を抜き去る。

「プールの中央まで移動して。そしてあたしが合図したら構えて全基で一斉射撃して。」

「えっ?は、はい。」

 那珂は返事を聞かずに川内から離れる。

 次に那珂は五十鈴の側を通り過ぎる際、彼女にこう告げた。

「プールの中央上空までおびき寄せて。あたしは神通ちゃんに……をして動きを止めるからそこを川内ちゃんと一緒に狙って撃墜してね。」

「え!? ちょ! ……するってあんた!?」

 那珂は五十鈴の返事も聞かずに抜き去ってプールを神通のいる位置に向かって突き進む。湾にチラッと視線を向けると、偵察機は湾の上を8の字を描いている。

「五十鈴ちゃん、お願い!」

 那珂の叫びに五十鈴は素早く反応し、右手に持っていたライフルパーツをスッと伸ばした。狙いは偵察機自身ではない。

 

 

バババババ

 

 

 神通の偵察機はそれを巧みにかわし、那珂と五十鈴の思惑どおりの動きをし始める。湾の海面すれすれを飛んだ後急上昇してプールに入ってきた。五十鈴と川内の視線は偵察機をずっと捉えている。

 その時、神通の笑い声が響いた。

 

「きゃ……きゃははははは!!! や、やめ!やめてくださーーい!!」

「えっ!?な……那珂さんなにやってるんすか!!」

「え…えげつないことするわね。」

 神通は両脇をキュッと締め、脇に伸ばされていた那珂の手を止めようとして悶える。五十鈴と川内は偵察機から神通本人へと視線を向けると、そこにはなんと、神通の背後で彼女の脇や腰をくすぐっている那珂の姿があった。

 

 那珂は神通が艦載機を操作する際に目を瞑ることがあるのを覚えていた。川内と五十鈴に指示を出して偵察機の心配をしなくなった那珂は観察力のすべてを神通に向ける。

 ビンゴだ。

 那珂は偵察機から見つからないよう姿勢を限界まで低くして素早く神通の背後に回り込み、彼女の無防備な脇に狙いを定めた。

 那珂がくすぐったことにより神通の意識は自身の身体にほとんど向けられ、偵察機は一瞬コントロールを失い、せっかく上昇した高度を再び低くして急速に落ちていく。しかし着水をまぬがれ水面ギリギリを低空飛行する。

 仰天する二人をよそに那珂の声が響いた。

「一斉掃射!!」

 那珂の甲高い合図にハッと気づいた川内はすぐに左腕を縦に構えて機銃全基発射した。続いて五十鈴もほぼ正面に落ちてきていた偵察機めがけてライフルパーツを構えて引き金を引く。

 

 

バババババ

ガガガガガッ

 

ボン!!

 

 

 真横数列と背後からの正確に狙われた銃撃により、神通の偵察機はあっけなく煙を巻き上げて墜落し、プールの水面に着水する。破壊を確認した那珂は神通から手を離して左へ数歩歩いてから素早く神通からスィ~っと移動して離れて神通の正面近くに回り、彼女と対面した。

 くすぐりから開放され、脇を閉め肩を上下させて呼吸を整えてホッとする神通。俯いていた頭をスッと上げて那珂の方をキッと睨む。その目には笑い泣きの涙がうっすら浮かび頬がやや赤らんでいた。

「な……那珂さん!くすぐるの……反則です……!」

「あ、アハハハ……ゴメンね。でも操縦者を狙わないとはあたしも五十鈴ちゃんも決めてないからさ、こういうのも訓練の一環ということで。ね?」

「うーー……」頬を膨らませて不満気に怒り顔を見せる神通。

「そ、それにさ。あたしがくすぐったおかげで撃墜された時のショックを感じずに済んだでしょ?」

「それは……」

 訓練と言われてしまうと言い返せない神通は顔を真赤にして先輩の言葉を飲み込むしかなかった。その表情には不完全燃焼ですいうと明らかな不満の色を覗かせていた。

 

 

--

 

 その後那珂と神通は偵察機を交代で操作し、那珂は2回、神通は1回偵察機を破壊されて午前の訓練を終えた。訓練を終えて工廠に戻りその結果を明石に報告すると、那珂たちは苦笑いを返される。

 

「アハハ……コストは気にしないでとは確かに言いましたけど、まさか5機も壊されるとは思いませんでしたよ。」

「やっぱ高かったんですか?」

「いえいえ。那珂ちゃんたちが気にする必要はないんですよ。ただ大人的には訓練用にいくら破壊されてもいいような機材に変えるべきなのかなぁって思って。」

 明石の心配をよそにその言葉を単なる提案と捉えた川内。

「おぉ、それいいですね!的みたいに粉々に壊しても元通りにくっつけられるならやりがいある訓練になりそう!」

「そうだね。形を深海棲艦っぽく作ればリアルな訓練できそー。」

 那珂も川内の発言に乗る。そんな二人を見ていた明石はため息一つついて聞こえないくらいの独り言で愚痴るのだった。

 

 艤装を仕舞ってもらい、那珂たちは昼休憩のため本館へと戻っていった。なお、この日那珂たちは自分たち以外は明石しか艦娘に会っていなかった。提督が普通に出勤してきているためにいると思われた秘書艦の五月雨も、昼休憩を挟んで午後そして午後の訓練が終わった夕方に突入してもその姿を現すことはなかった。

 


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