Fate/zeroニンジャもの   作:ふにゃ子

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その6

 

 

 

 

 冷たい雨が降りしきるフユキのダウンタウンストリートを二つの影が歩く。

 一つは死刑場へ連行される囚人めいてビクビクと落ち着かない様子の小柄な影。

 もう一つは意気揚々と胸を張って歩く偉丈夫。

 

 とるものもとりあえず時計塔を飛び出し、着の身着のままめいた状態でフユキにやってきたウェイバー・ベルベットと、そのサーヴァントである。

 

 その真名は征服王イスカンダル!

 かのロード・エルメロイが取り寄せた聖遺物の正体は赤いフロシキ・ラグなどではなく、かの征服王のマントの切れ端だったのだ!

 だがこの征服王、さすがというべきか何というか、到底ウェイバーには御しきれぬ奔放な性格の持ち主であったのだ。実際フリーダムな。

 なお、一応明記しておくが彼はニンジャではない。

 

 見るもの全てが珍しいという風情で周囲を見回しつつ歩いていたサーヴァントが、足許に転がるバリキドリンクの空き瓶をうっかり踏み潰した。

 物陰にたむろするヨタモノがガラスの砕ける音を耳にして彼らへと注意を向けるも、身長七フィート余りもの巨漢の姿に目を逸らす。

 体格だけならばスモトリに劣る程度ではあるものの、まとう気配の重厚さは比較にもならぬ!

 ヨタモノの違法薬物やバリキ中毒で濁った目にも、その程度のことは見て取れた。

 

 

「うーむ、これが現代の世界か。なんとも薄汚れておるのう、民の目も実に荒んでおるわ」

 

「世紀末日本の治安状態は実際悪いから……っていうか、なんでこんな危険そうな通りをわざわざ歩きたがるんだよ! ライダーは!」

 

「民の暮らしぶりを見てこそ、この国の真の姿が見えるというものよ。

 それにしても上辺を取り繕う気もサラサラ無さそうなほど荒れた街並みよのう。現代風に言うなら……そうさな、マッポーめいた有様というところか」

 

 

 呵々大笑するライダー。

 何が楽しいのかウェイバーにはさっぱりわからないが、ライダーにとってはこの危険地帯もアトラクションめいたものに映るらしい。

 

 

「それに小僧、路銀も持たずに飛び出してきた為にまともな宿に泊まれぬのだろう? 乏しい持ち金でも泊まれる木賃宿あたりを探す他あるまい」

 

「ア、アイエッ……それは、そのう」

 

 

 ライダーのツッコミ=ジツを受けてウェイバーがよろめく!

 

 彼の言は実際事実であった。

 何の準備も整えず来日したウェイバーの懐は実際寒々しい有様であり、隣に立つライダーと二人分の宿を取る事など不可能めいていた。

 仮にライダーが主張を曲げ霊体化することでウェイバー=サン一人分の宿賃だけで済んだとしても、サラリマン御用達のビジネス・ハタゴにすら泊まれないだろう。

 なんたるアワレさか!

 

 

「余としては宿を略奪しても手に入れても構わぬが────」

 

「アイエエエ、やめて! それはダメだって! 日本のマッポは警告なしで射殺してくるんだから!」

 

「見つかっても魔術とやらでなんとかすればよかろうに」

 

「魔術は秘匿しないといけないんだから乱用するわけにいかないだろ!

 それに記憶操作で隠そうにも、サイバネ化された脳内ニューロンを書き換えたりするのはぼくの腕じゃ実際難しいんだから!」

 

「やれやれ、情けないことを自信満々に言わんでもよかろう」

 

 

 騒がしく路地裏を進むデコボコ・コンビ。

 その行く手から、にわかに騒ぎ声が聞こえてきた。

 

 

「アイエエ……、今度はなんだよもう」

 

「ほほう、喧嘩のようだな。どれ、見物しに行くか!」

 

「ちょっ、ライダー!? アイエエエ!」

 

 

 いたずら小僧めいて瞳をキラキラと輝かせたライダーが、ウェイバーの襟首をひっつかんで駆け出す。

 ウェイバーの悲鳴もお構いなしだ。どちらがマスターかわかったものではない。

 

 音の発生源を辿ったライダーが路地裏の角を一つ曲がる。

 その先で行われていたのは、数人のバリキ中毒のヨタモノがボロクズめいた姿の浮浪者を囲み、笑いながら棒で殴って暴行を働いている現場であった。

 

 おお、なんたる無法!

 だがこんな光景は世紀末日本のマッポー的現実においてはチャメシ・インシデントなのだ!

 その証拠に他の浮浪者たちは己には関わりないことであると言わんばかりに体を縮め、自分にこの災厄が降りかからないように避けるばかり!

 助けようとする者など一人としていない! なんたるサツバツめいた空気か!

 

 現代人の喧嘩を見物できるという期待に満ちていたライダーであったが、このマッポー的光景を目にすると途端に苦々しい表情へと変ずる。

 

 

「ロクでもないのう……これはさすがに放ってはおけんわ」

 

「ちょ、ライダー!?」

 

 

 そう言い放つと掴んでいたウェイバーの襟首を手放し、ライダー達に背中を向けていたヨタモノへと強烈なキックを見舞った!

 

 

「グワーッ!」

 

「ゴボボーッ!?」

 

 

 ゴウランガ!

 サーヴァント脚力でのヤクザキックめいた一撃を受けたヨタモノはボーリングピンめいて吹き飛び、仲間のヨタモノ数人を巻き込んだままビル壁に激突!

 瞬く間に人数を半分以下へと減らすヨタモノ達! ワザマエ!

 

 

「テメーナンダッコラー!」

 

 

 生き残りのヨタモノがライダーへと凄む!

 だがネズミは二度噛めばライオンをも倒すとはいうものの、ライダーとの戦力差はネズミとニーズヘグめいた開きだ!

 

 

「数を頼んで物乞い一人を嬲るなど鬼畜にも劣る所業よ。視界に入れる価値すらないわ! とっとと失せい!」

 

「ア、アイエエエエ!」

 

 

 ライダーの大喝!

 かつて大陸を蹂躙制覇せんとした征服王の気迫はニンジャにも劣らぬほどに実際圧倒的!

 その怒気にあてられたヨタモノ達は失禁!

 悲鳴をあげつつ仲間を見捨てて逃走を図った!

 

 

「忘れ物だ! 持っていけい!」

 

 

 その背中目掛け、失神したヨタモノ達をライダーが投げつけた!

 なんたる膂力か! サーヴァント筋力にとっては数人のヨタモノを持ち上げ投げつけることなどチャメシ・インシデントなのだ!

 

 

「グワーッ! アイエエエ、オタスケー!」

 

 

 ダンゴめいて押し潰されるヨタモノ達! かろうじて失神を免れた者と衝撃で目を覚ました者が肩を貸しあい、エスケープラビットめいた足取りで逃げ去っていった!

 その情けない姿を見送り、忌々しげにライダーが鼻息を荒く吐き出した。

 

 

「アイエエ……助かりました、ありがとうございます。なんとお礼を申し上げたらいいか。私はタノモと申します」

 

 

 タノモと名乗ったボロボロの浮浪者が起き上がり、ライダーへとオジギをした。

 あちこち痛めつけられているらしく、その動きは実際ぎこちない。オジギをした拍子に転びかけ、近くにいたウェイバーに支えられた。

 

 

「なに、気にせずともよい。あやつらの無法な振る舞いを見ておれなんだだけよ」

 

「大丈夫ですか? 病院にでも運びましょうか」

 

「いえ、病院にかかるオカネがありませんから……大丈夫、大丈夫です」

 

 

 実際奥ゆかしい遠慮ぶりであったが、その足は子鹿めいて震える有様。

 さすがに見かねたウェイバーとライダーは、彼がねぐらに帰るまで付き添うことにするのであった。実際シンセツな。

 

 無軌道に立ち並んだビルディングによって迷路めいて構築された路地を歩くこと、数分。

 浮浪者の案内によって誘われたライダー主従は、建築途中で放棄されたらしい廃ビルへと到着した。

 

 どうやら一階が完成した辺りで工事が中断したらしく、鉄骨が剥き出しになっており天井すらない。

 

 

「人が住むような建物には見えんのう。本当にここで合っとるのか?」

 

 

 首をひねるライダーに対して、彼の背に負われたまま肯定してみせる浮浪者。

 

 

「ハイ、ここです、この廃ビルの地下です」

 

 

 地下駐車場へと続くらせん状のスロープを降りる一行。

 その地下に広がっていたのは、本来ならば車が群れをなして停められているはずのスペースに所狭しと並ぶテントやバラックの群れであった!

 

 このような、浮浪者が不法占拠を行なって生まれるコロニーは世紀末日本に於いては珍しいものではない。

 行政の目も全ての浮浪者などを取り締まれるほど行き届いてはいない。

 障害を患い職を失った者、勤めていた仕事先が倒産して路頭に迷った者、他の都市からの流れ者など浮浪者の経歴も様々である。

 そして打ち捨てられた廃ビルや地下水道の空間などには、そんな浮浪者のコロニーが自然発生するのだ。実にマッポーめいていた。

 

 なお、公園などにテント・ビレッジは存在しない。

 重金属酸性雨が降り注げば対腐食建築基準を満たしていないテントなどモノの役にも立ちはしないからだ。

 それゆえ浮浪者のコミューンは主に地下に存在していた。

 

 地下駐車場コロニーの奥、一際大きなブルーシートのテントへと三人は入った。

 中にいたのは枯れ木めいて痩せた老人。どことなく人格者めいた風格をまとっており、恐らくはこのコロニーのリーダーにあたる人間なのだと推測できた。

 

 ライダーに背負われてやってきたタノモの姿を見て目を丸くした老人は事の顛末を聞くと二人の手を握って感謝の意をあらわした。

 

 

「ありがとうございます、タノモ=サンを助けてくださって本当にありがとうございます」

 

「いやいや、構わんさ。物乞いを囲んで棒で殴るような輩を見ておれなんだだけよ」

 

「それでもタノモ=サンは助かった。外国からのお方とお見受けしますが、今どきあなた方のような実際奥ゆかしい方は珍しいのです。

 本当にありがとうございます」

 

 

 珍しい風体の二人の来客を嗅ぎつけてか、様子を伺いに集まってきていた浮浪者たちからも口々に礼を述べられるライダーとウェイバー。

 鷹揚な態度で感謝の言葉を受け取るライダー。彼にとっては己を慕う者に応えるのはチャメシ・インシデントなのであろう。

 それに対し何もしていないのに感謝の言葉を受けるのが納得いかないらしく居心地が悪そうなウェイバー。実際チキンハートな。

 

 その間に、タノモは医者崩れの浮浪者の手によって、簡単な診察を受けていた。

 幸いなことにどうやら軽症であり、一晩経てば完全に回復する程度のものであったようだ。ジゴクにブッダめいた幸運である。

 

 サカヤバと名乗ったリーダー格の老人から勧められたチャを傾けつつリラックスするライダー主従。

 途中、名を尋ねられてバカ正直にイスカンダルと名乗りかけたライダーを必死にウェイバーが制止して、何とかアレクセイと名乗らせるなどの些細なインシデントがあった。

 

 そして。

 

 

「ははあ、それではガクモンの為に日本に来られたのに路銀を切らしてしまって泊まる場所が見つからないと」

 

「アッハイ、そうなんです。ですので、この辺りで一番安いハタゴを教えていただきたいんですが」

 

「そういうことならこのコロニーに滞在していってはいかがですか」

 

「エッ?」

 

「我々はお互い助けあってギリギリのところで暮らしている貧しい身ですし、大したお礼をすることもできません。

 ですが、雨風を避けて寝泊まりするところをご提供するくらいならばできます。

 仲間の命を助けてくれたお礼というにはささやかすぎる事ですが、もしあなた方がよろしければ住居の一つを使ってもらえればと」

 

「エッ、でもご迷惑なんじゃ」

 

「そんな事はありません、誰もタノモ=サンの命の恩人をご迷惑などと思ったりはしませんて」

 

「アイエエ、でも……」

 

 

 言葉を濁し、決断しかねる様子で迷うウェイバー。

 そんな彼の耳元に口を寄せたライダーが、ささやき声で話しかけた。

 

 

「小僧、好意からの贈り物を断るのはかえってシツレイとやらに当たるのではないのか? うん?

 確かすこし前に、日本ではシツレイな振る舞いをした人間はムラハチとかいう過酷な罰を受けると言っておったではないか」

 

「それはサラリマンの話だよ、魔術師のぼくには関係ない」

 

「第一、この申し出は渡りに船ではないか。路銀も心許ないところだったのだし世話になってもよかろう、宿代もタダだぞ」

 

「アイエエ……それもそうかな? アブハチトラズって奴かな?」

 

「そうともよ!」

 

 

 バシーンとウェイバーの背をひっ叩き、気合を注入するライダー。

 ゲホゲホと咽つつサカヤバ老人へと向き直ったウェイバーは、深々とオジギをした。

 

 

「エット、それじゃあご好意に甘えさせていただきます」

 

 

 ウェイバーの承諾の返事を聞き、満面の笑みを浮かべるサカヤバ老人。

 

 

「おお、それはよかった! それでは空いている中で一番よいバラックへご案内しましょう!」

 

 

 案内された先にあったのは、他のテントとは一線を画する良質なバラックであった。

 鋼鉄の四倍の強度を誇るバイオバンブーによって組まれた骨組み、頑強無比な強化ダンボールと良質なアルミ蒸着シートを組み合わせた壁と床。

 おおよそ浮浪者が手に入れるには過ぎた居住環境である。パライソめいていた。

 

 サカヤバ老人やタノモ=サンは、どうやら本当に強い恩義をライダー達に感じているようだった。

 これもライダーのカリスマスキルの影響なのかしら、と的外れな感想をウェイバーは抱いたが、それだけであろうはずもない。

 マッポーの世紀末日本に於いて、無自覚であったとしてもライダー主従の善意は眩しいものであったということだ。これも一つのインガオホー。

 

 こうしてウェイバー達はとりあえずの拠点を手に入れた。

 マッポー的治安環境の日本にあって、まったく無料で寝泊まりできる住居など実際得難い。

 何が幸いするかは、その時になってみないとわからないものである。実際サイオー・ホースな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライダー主従を歓待する浮浪者コロニーの不法居住者の集団から、一つの影がこっそりと離れ、地下駐車場から外へと出た。

 宵闇色のロングコートを着込み、顔立ちを隠すようにサングラスをかけている。

 よくよく見れば、その身なりは浮浪者めいた薄汚れてボロボロのものではない。糊こそ効いていないもののわりと清潔な衣服を身に着けている。

 一体何者であろうか。

 

 ハガネめいた硬質の輝きを宿すオブシダンの瞳をわずかに伏せつつ、ハンド・ポケットで彼はその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、ライダー主従が暖かい歓待を受けている廃ビル地下駐車場コロニーから数ブロック離れた場所にある廃屋にて。

 

 かつてはスーパーマーケットとして営業していたのであろう廃屋の内部は荒れ放題で、棚やカートが戦場跡めいた乱雑さで散らばっている。

 ガラスは割れ、かつてはレジスターが置かれていたのであろう台にはバリケードが組まれ、砦めいた有様。

 天井から垂れ下がるノボリには『実際安い』『実際』『実際安』などの文字が見える。どうやら半ばから千切れているようだ。実際無惨な。

 都市計画から外れた市街に存在するスラムに遺された、前時代のイコンであった。

 

 管理する者もなく打ち捨てられ、重金属酸性雨で蝕まれたその廃屋に、いかにも反社会的めいた風体の男たちが集まっていた。

 あちらこちらに怪我をして痛みに呻いている者もいるが、大半は口を開けばウラミブシばかりが漏れてきている。

 

 

「クソガッコラー……ザッケンナコラー……」

 

「あのヨソモン、今度会ったら……」

 

「アイエエ、痛いヨォ……ZBRがほしいヨォ……」

 

 

 彼らは先程ライダー主従に手酷く痛めつけられたヨタモノ集団、フユキ・シティのダウンストリートの一角をナワバリとするデーモンオカメ・ヨタモノクラン。

 このスーパーマーケット跡地をアジトにする不法集団である。

 マッポによる取り締まりも、このようなスラムまでは行き届かない。

 善良な市民は決して入り込もうとしない危険地帯なのだ。

 

 社会的最弱者である浮浪者をいたぶって楽しんでいたところを邪魔され、見慣れない顔の外国人二人組に逆に痛めつけられ、彼らの怒りのボルテージはうなぎのぼりであった。

 

 だが、あのデカい外国人が恐ろしく腕っ節が強いことは肌で理解できていた。

 仮に人数を少々増やしたところでどうにもならない。

 だからこうして、自分たちのアジトに戻って仲間内でウラミブシを吐きあっているのだ。

 あの男はリキシスモトリに違いない。いやエルダーヤクザだろう。もしかしてニンジャか。いやそれはない。

 などなど。実際情けない。

 

 そんなルーザー・ドッグめいたヨタモノ集団が屯する広間から大きく離れた個室で、誰よりも不機嫌そうなアトモスフィアを発する男が一人。

 彼の名はデーモンオカメ・ヨタモノクランのヘッド、タジモドという。

 

 彼の苛立ちの原因は言うまでもなく、ライダー主従によるものであった。

 

 先ほどのケンカで良いようにやられてしまった噂は、すぐにフユキの裏社会に広まるはずだ。

 このまま行けばデーモンオカメ・ヨタモノクランの株はバンジージャンプめいて直角降下し、他のヨタモノから軽んじられる事となるだろう。

 

 

「ヨソモンの外人にナメられっぱなしでいられるかよ……クソガッコラー……」

 

 

 忌々しげに足元に転がるカーボンタライを蹴り飛ばすも、中に溜まっていた汚水が飛び散りサイバースラックスを汚されてさらに機嫌を損ねる。

 

 あの大男は人数を頼みに襲っても実際どうにもなりそうな気がしてならない。

 ただでさえ先ほどのケンカでデーモンオカメの構成員は怪我人だらけ、今殴りこんでも戦力は半分以下になっていると言っても過言ではない。

 これでは勝てないだろう。

 だが、奴らにケジメしなければデーモンオカメ・ヨタモノクランは死んだも同然だ。

 どうすればいいのか。

 

 と、ここでタジモドの脳裏に閃きが。

 

 あの大男の連れめいたアトモスフィアの少年を攫ってみるのはいいかもしれない。

 幸いなことに、自分はヨタモノクランのヘッドとしてヤクザとも多少のコネクションがある。

 そのコネを使ってヤクザに少年を攫わせ、大男を脅せば、いくらカラテが強くともどうとでもなるはずだ。

 ついでにあの女顔の気弱そうな少年と激しく前後するのも良いかもしれない。

 暴れる大男の後ろで怯えたような表情を浮かべていた少年は、実際かなり嗜虐心をそそられた。

 

 そこまで想像し、イヒヒヒといやらしげな笑いを漏らす。

 このタジモドという男、ゲイのサディストであった。

 

 と、その時である!

 

 

『ほうほう、あの小僧どもに一泡吹かせてやりたいというわけか』

 

「……!? ダッ、誰だァ!?」

 

 

 突如として響き渡る謎の声!

 老人めいた声音ではあるものの、どこか妖怪めいて不気味なその声は、タジモドを妄想の世界から引き戻し恐怖させた!

 

 壁に立てかけられていたサスマタを手に取り、周囲を威嚇するように振り回す!

 

 

「か、隠れてんじゃネッコラー! 出てきやがれ!」

 

『カカカカ……。隠れてなどおらぬわ、散漫な注意力よの』

 

 

 強気を装いつつも、タジモドの心は得体のしれない恐怖に満たされていた。

 周囲を見回すも壁沿いに置かれたソファーとその隣のチャブテーブル、壊れて動かない数台のUNIXしか存在しない。

 人間が隠れられるようなスペースなど存在しないはずなのだ。

 

 この個室はかつてスーパーマーケットの店長室として使われていた部屋らしく、防音・防弾・対爆仕様のシェルターめいた頑強な構造となっている。

 入り口は一つしかなく、そこを閉じれば中で騒ごうとも外に音は漏れない。

 逆を言えば、外の音がタジモドの所まで聞こえてくることもないのだ。

 つまり、この声の主は確実に室内にいるはずなのだ!

 

 恐怖し、サスマタを振り回し罵声をはりあげるタジモド!

 

 

「嘘こいてんじゃネッゾコラー! クラッスゾコラー!」

 

『やれやれ、五月蝿い小僧じゃ。どれ、少し黙らせるとしようかの』

 

 

 ぼとり、とタジモドの肩に何かが落ちる感触。

 恐る恐る振り向いたタジモドの目に映ったのは……蟲! 一フィートはあろうかという大きさの蟲だ!

 芋虫めいた、しかし到底自然界に存在するものとは思えぬ、悪魔めいた造形の醜悪な姿をした蟲であった!

 

 

「アイエッ……アイエエエエエ!?」

 

 

 悲鳴をあげ、蟲を払い落とそうとするタジモド。

 しかし彼の抵抗を嘲笑うかのように、天井から次々に大量の蟲が降り注ぐ!

 そして壊れたUNIXの隙間から、先程まで腰掛けていたソファーの中から、そして蹴り飛ばしたカーボンタライの下の暗がりから、次々と蟲の集団が這い出す!

 なんたることか!

 瞬く間に店長室の内部はおぞましい蟲によって制圧されたネストめいた有様となった!

 

 逃れようと走りだしたタジモドの足首に蟲がまとわりつき、地面へと引きずり倒す!

 倒れたタジモドは何とか立ち上がろうともがく!

 

 だが、おお、ナムアミダブツ!

 タジモド自身も気付かぬ内に注入されたらしい麻痺毒によってタジモドの筋肉は弛緩し、まともな抵抗すらも許さない!

 

 タジモドの腕に、脚に、そして頭に胴体に!

 全身に絡みついた蟲が這い上がり、口といわず鼻といわず穴という穴から体内へと入り込んだ!

 

 

「アイエ、アイエエエエ、ゴボボッ、アバーッ!!」

 

『安心せい、あの小僧達に復讐したいというおぬしの願いは果たされるじゃろう……尤も、おぬしがそれを見る事はあるまいがな。

 カカカ、カカカカカ……』

 

 

 妖怪めいた笑いが木霊する室内に、タジモドの断末魔の絶叫が満ちる。

 そして直後、店長室はハカバめいた静寂に満たされた。

 

 

 

 

 


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