Fate/zeroニンジャもの   作:ふにゃ子

5 / 20
その5

 

 

 

 しとしとと冷たい雨が降りしきるフユキ・シティ。

 緞帳めいて厚い雲が太陽を覆い隠し、地上を照らすのは雲から僅かに差す陽光と、ぽつぽつと点在する街灯やネオンノボリの煌めきのみ。

 

 バベルめいた摩天楼が立ち並ぶ新市街とスラムめいた廃屋とバラックがスシ詰めめいてひしめく旧市街が隣接する猥雑とした中心市街地から離れたエリア。

 カチグミサラリマンやグレーターヤクザが住まう閑静な住宅街を、網の目めいて網羅する路地を歩く人影が三つ。

 

 一人は聖杯戦争に参戦するべく来日した時計塔の毒舌講師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 雨を避けるためかPVC加工の施されたハイテク・アマガッパを着込んでおり、些か魔術師としての風格を損なっていた。

 このフユキはそうでもないが、日本では重度の環境汚染から重金属酸性雨が昼夜を問わず降り注ぐ土地も存在する。

 それ故と言うわけでもないのだろうが、アマガッパ加工技術に於いては日本は世界をリードする領域にあった。タクミの技である。

 

 さほど上機嫌というわけではないようだが、周囲を満たす日本情緒溢れるワビ=サビの光景を面白げに眺めつつ歩みを進めるケイネス。

 

 その後ろに続くのはその婚約者、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。その胸は豊満であった。

 こちらは隣を歩く美丈夫の腕にしがみつき、彼の掲げるバンガサに一緒に入っている。

 時折足もとから跳ねた水しぶきが足を濡らし機嫌を崩すも、それを気遣う隣の男の言葉を受けると即座に喜びの表情へと変わるのだ。実際現金な。

 

 そして、三人目の男。婚約者たるケイネスを差し置いてタンデム・パラソルの儀式を行なっている美丈夫。

 彼こそはケイネスが召喚したサーヴァント、ランサーことディルムッド・オディナである。

 念の為に明記するが、彼はニンジャではない。

 

 

 彼らが歩みをすすめる路地の両側に建ち並ぶのは、古式ゆかしいカワラ・ルーフとクレイ・ウォールによって構築された土塀、そしてそのバリケードに護られた建築物群。

 全て一階建てのブケ・ハウスである。今では新築など滅多に見られぬ、古き日本の住居である。

 周辺には同じような建築方法で建てられたブケ・ハウスが立ち並び、そこかしこからシシオドシの音が響く伝統的な日本の密集住宅地めいたアトモスフィアに満たされていた。

 

 

「ちょっとケイネス、まだ歩くの?」

 

「うむ、もう少し先にあるはずだ。以前の所有者が手放したブケ・ハウスをイヌキで買い取った」

 

「ホテルで良かったでしょうに、なんで一軒家なんか……。

 しかも車で行かずに徒歩で移動だなんて、お気に入りの靴が濡れちゃったわ」

 

 

 ぶつぶつと文句をこぼすソラウへ向かって肩越しに振り向き、苦笑しつつ返答するケイネス。

 

 

「せっかく聖杯戦争が日本で開催されるのだ、ローカルルール順守重点と哲学者ミヤモト・マサシも言っているしホテルでは味気ないだろう。

 まあ、雨が降ったのは運がなかったが」

 

「ソラウ様、ホテルよりは一軒家の方が守りの拠点としても適しているかと……。

 それに戦地の空気を肌で知る事も大いに価値はあります、ケイネス殿もソラウ様の身の安全を確実にお守りするべく熟慮された上でのご判断ですし、何卒ご容赦を」

 

 

 マスターであるケイネスのフォローに入るディルムッドのキクバリ=ジツ。

 効果はテキメン、息がかかりそうな距離からソラウの顔を見つめつつ発されたランサーの言葉に顔をマグロめいて赤らめたソラウが、慌てたように反応する。

 

 

「そ、そうね、確かにちょっと大人気なかったわね」

 

「それに、ご安心を。何者かがこの雨に紛れて襲ってきたとしても、私が必ずお守り致します」

 

 

 力強いランサーの言葉。

 これは実のところケイネス重点でソラウは実際オマケなサーヴァント視点からの発言なのだが、ソラウにはそうは取られなかった。

 熱に浮かされた病人めいた定まらぬ視線と表情でディルムッドの真摯な眼差しを正面から見つめるソラウ。

 

 

「ランサー……」

 

「ソ、ソラウ様?」

 

 

 突如展開される固有結界めいたスィーツ・アトモスフィア!

 胸元にしなだれかかるソラウから逃れようにも、主の婚約者を雨に濡らすわけにはいかぬ。

 降って湧いたような前門のタイガー、後門のバッファローめいた窮地におののくランサー。

 助けを求めるように前を歩くケイネスへと視線を送るも実際マンモスめいて鈍感なマスターは全く気付いた様子がない! なんたる事か!

 のん気にオニガワラを眺めつつ歩いている場合ではないぞ、ケイネス=サン!

 こんな事だからソラウ=サンからの扱いがいまいち悪いというのだ!

 

 絶体絶命の危機に陥るランサー。

 念話を送ることすら失念するほどの動揺! サーヴァントにしてはあまりにブザマであった!

 次第に密着度が上がり、徐々にソラウの顔がランサーへと近付く。

 このままでは実際マズい。

 ディルムッドの脳裏に浮かぶのは在りし日の己が主君フィン・マックールとグラニア姫の姿。

 その影がケイネスとソラウに重なって見え、目眩がするほどの困惑に打ちのめされる。

 

 このまま再び不義不忠の徒に堕してしまうのかと、己の運命に軽く絶望すら覚えるディルムッド・オディナ。

 彼は実際女運が無いようであった。

 

 だが、その時である!

 

 

「ザッケンナコラー!!

 

「ナンオラー!」

 

「スッゾオラー!」

 

 

 彼らの進む道の遥か先から響く複数のヤクザスラング!

 轟く銃声! 何かを殴打する音! ガラスめいた破砕音! 雨音の中でもそれらは実際際立って聞こえる!

 撒き散らされる稚拙な殺気と暴力の気配はサーヴァントや魔術師から見れば子供めいたものであったが、無視するにはあまりにも非日常めいた気配!

 

 それはスィーツ・アトモスフィアを一瞬にして雲散霧消せしめ、ランサーの意識を戦闘者へと引き戻す!

 ヤクザスラングに気を取られて僅かに身を離したソラウにバンガサを押し付けるように譲り渡し、己の身を盾とするべくケイネスの前へと躍り出た!

 

 

「ケイネス殿! お下がりください!」

 

「待て、ランサー=サン。あれは地元のヨタモノかヤクザだ。問題はない」

 

 

 だが、ケイネスは悠然たる態度を崩そうとしない。

 

 昨今の政情変化に対応し切れていないらしい聖杯からの知識しか持たぬランサーでは知りえなかったが、日本の治安状態は決して良くはない。

 バックストリートではヨタモノクランやヤクザクランが日々抗争に明け暮れ、無力な浮浪者が頻繁にそれに巻き込まれるなどチャメシ・インシデント。

 汚染地域では命に関わるほどの重金属酸性雨が降り注ぎ、ハック&スラッシュなどと称される手口の武装強盗団がマッポー的襲撃を繰り返す。

 この閑静な住宅街であったとしても例外ではない。ごく一部の、マッポやデッカーによる重点警備の為された超高級住宅街だけが例外なのだ。

 

 とはいえ、これでもフユキは他の地域などに比べればわりと安全なほうだ。

 野生化したバイオスモトリは市街地には一匹も存在しないし、非汚染地域ゆえに重金属酸性雨も滅多に降らない。

 地元のヤクザクランは比較的穏健派であるし、真面目なマッポも実際大勢いる。汚職マッポの少なさはフユキの美点であった。

 

 世紀末日本のマッポーぶりを知識として知るケイネスとは違い、マスターからの襲撃の類ではないかとの警戒を崩せないランサー。

 それでも主からの言葉を受け、渋々といった風情で下がる。

 

 再びケイネスの三歩後ろへ控えようとし、そこでハタと気付いた。

 今戻ったらまた先ほどと同じようにソラウ=サンから迫られるのではないかと!

 それは実際ヤバイ級の事態だ。回避重点な。

 とはいえ英国からはるばる来日してナリタ・エアステーションに降り立った際に、主からソラウの身辺警護を頼むと命ぜられている以上避けるわけにもいかぬ。どうしたものか。

 

 

「随分と心配性なことだ、ランサー=サン。それでは先導を頼む」

 

 

 ランサーの逡巡する様子を見て取ったらしいケイネスだったが、やっぱりちょっとズレている。実際的外れな。

 とはいえランサーにとってそれはブッダが垂らしたワイヤーめいた救いの手であった。

 

 

「お任せください、ケイネス殿。如何なる敵が現れようと必ずや排除してご覧にいれます」

 

「ヤクザ相手に大袈裟な事だ、私やソラウ=サンでもベイビーサブミッションめいて排除できるだろうに」

 

 

 フフンと笑って歩き出すケイネスと、その前を先触れめいて進むランサー。

 冷たく降りしきる雨がその身を濡らすも、一切構う様子もない。

 それどころか裡より燃え盛る炎めいた闘志によって陽炎が立ち昇らんばかり。

 主の意志によって振るわれる一振りのヤリめいた立ち位置に、心の底から安寧を感じているらしい。

 難儀な男である。

 

 バンガサを手にしたソラウが余計な事言いやがってとハンニャ・デーモンめいた目付きでケイネスを暫し睨んでいたが、やがて気を取り直して小走りに続く。

 まだチャンスはあるわよね、などと自分に気合を入れ直すソラウ。婚約者を挟んで先頭の男に熱視線を送るのはいかがなものか。

 

 

 隊列を整えたケイネス一行は、再びエルダー・ジェネラルサムライ・ミトご一行めいた風情で順調に歩みを進めていく。

 彼らが目的地となるブケ・ハウスの近くにさしかかった、その時である!

 

 

「ザッケンナグワーッ!」

 

 

 断末魔! チシブキ! そしてブケ・ハウスのメインゲートから転がりでるチャカ・ガンを握った男! これは一体!?

 魔術師の家系に生まれ育ったソラウも、このいきなりのマッポー的光景に思わず恐れ慄き後ずさる! 冷えきった体で失禁しなかったのは奇跡めいていた!

 

 今度こそ出番かと戦闘態勢を整えたランサーが立ちはだかる!

 黄と紅、彼のノボリたる二振りの魔槍を手にしておらずともその戦力はモータルとは実際比較にもならぬ高さ!

 重力めいた威圧感が周囲の全てを押し潰さんばかりに広がった!

 

 

「ケイネス殿、お下がりを! 一般人とはいえ銃まで持っている輩、万一の事があるかもしれません!」

 

「フーム……。

 事前調査では確か……買い上げた物件の近くにフジムラ・ヤクザクランとやらが住んでいるという話だったか。

 となればこれはヤクザ同士の抗争といったところなのだろうな、なかなか奥ゆかしい、実際趣深い」

 

「ケイネス殿!?」

 

 

 マイペースすぎるケイネス。日本文化を観光するオノボリさん気分か。

 それどころか平然とした足取りで倒れたヤクザに近付いてゆくではないか。

 

 

「ウウ……ザッケンナ……ドグサレッガー……」

 

 

 口許から血泡を吹き出しつつ、起き上がろうともがく男。どうやらかなりの深手らしい。

 それでも口から漏れ出るのは、悲鳴ではなく悪態の類だ。

 

 ケイネスは芋虫めいてもがく男の手からチャカ・ガンを取り去って足許に捨て、頭部を鷲掴みにして吊り上げた。

 その目はドロリと濁って焦点は定まらず、理性の光は存在しない。

 

 

「精神操作の魔術……ではないな、薬物中毒者のたぐいか?」

 

 

 乱闘で服がはだけたらしい男の内懐から、何やら小瓶が転がり落ちた。

 拾い上げるケイネス。

 

 

「これは確か……フーム、日本国内では合法流通しており自動販売機でも売っているという過剰摂取することで麻薬めいた性質を持つ栄養剤、バリキドリンクではないか」

 

「ま、麻薬性の栄養剤? 合法流通!? 自動販売機で!?」

 

「驚くほどの事ではあるまい、ソラウ=サン。そういう国もある……それに過剰摂取しなければただちに害があるわけでもないそうだ、名目上はな」

 

 

 小瓶の蓋を開けて鼻元に寄せ、中身の匂いを嗅ぐケイネス。眉をひそめて指先に雫を垂らし、魔術回路を起動。解析を行った。

 

 

「やはりそうか。この匂いと成分、そしてこの痛みを感じぬ暴れぶり。バリキドリンクとZBRのカクテル摂取だな」

 

「ZBR?」

 

「市販の精神安定薬だ。バリキドリンク同様、オーバードーズすることで驚くほどの効果を得られる麻薬性物質でもある。

 センタ試験に追い詰められた学生から過剰労働に苦しむ工場労働者、非人間的なザンギョー・ワークを課せられるサラリマンまで広く普及しているらしい」

 

 

 唖然とするソラウ。

 地元で買い求めたガイドブックにはもっと平和な国だと書いてあったのに、やだなにこの国。

 ナリタに降り立ってからどこかおかしいおかしいと思っていたけれど、色んな意味でマッポーすぎる。

 

 助けを求めるラムめいて、あるいは迷子の子供めいて周囲を見回すソラウの目に、電柱の隣に立つ自動販売機が映った。

 その商品の中で一際目立つように実際複数並ぶガラス瓶のドリンク剤の名は……"バリキドリンク"!

 

 思わず目眩を起こしてよろめくソラウ。その胸は豊満だった。

 

 

「ア、アイエエ……本当に売ってるとか、この国どうなってるのよ一体」

 

「この男の衣服についているダイモン・エンブレムはフジムラ・ヤクザクランのものでは無さそうだ。

 となるとこれは敵対するヤクザクランの襲撃といったところだろう。ZBRとバリキドリンクで恐怖を取り除いた兵隊を送り込んだというわけだ。

 下賎な者同士の間ではよくある話だな、ヤクザ・ムービーめいた」

 

 

 大体わかった、と納得顔でヤクザを放り捨てるケイネス。

 魔術で底上げされたカラテ腕力で投げられたその躰は意外とよく飛び、ヤクザハウスの庭まですっ飛んでいき盛大な水音を響かせた。池に落ちたらしい。

 

 

「犯罪組織同士の武力抗争という奴ですか、ケイネス殿」

 

「うむ。まあ銃で武装していようとスモトリ崩れがやってこようと、魔術師やサーヴァントをどうこうできるほどの脅威度ではあるまい。

 気にせず進むとしよう。行こうか、ソラウ=サン、ランサー=サン」

 

「御意」

 

「え、ええ……そうね……。ああ、もう英国に帰りたくなってきたわ」

 

「マテヤッコラー!」

 

 

 立ち去ろうとするケイネス一行を呼び止めるヤクザスラングの一声!

 怪訝そうな顔で振り向いたケイネス達に向かい、手にしたチャカ・ガンを突きつけるレッサーヤクザ!

 

 

「ナンオラー! シャッコラー!」

 

 

 怒りの表情を浮かべマグロめいて赤らんだ顔、そして口から放たれるのはもはや意味を為さぬ罵倒めいたヤクザスラングの羅列!

 無力なモータルならば悲鳴をあげて逃げ出すか、失禁して失神するのは確実! コワイ!

 

 とはいえある意味ではヤクザ以上にヤクザな世界の住人であるケイネスやランサーに、そんなものが通じるわけもない。

 流水めいた体捌きで反応すら許さず近寄ったランサーがチャカ・ガンを持った右手をねじり上げ、軽々と奪い取る!

 

 

「ア、アイエエエ!? ヤメッコラ、グワーッ!」

 

 

 ナムサン! 無謀にも反撃を試みランサーめがけて殴りかかったレッサーヤクザは、逆にランサーの拳を受けて鼻を砕かれ悶絶!

 申し訳なさそうな表情で振り向いたランサーが、ケイネスに謝罪の言葉を発した。

 

 

「申し訳ありません。銃を向けてきておりましたので、許可を待たず排除致しましたが……まずかったでしょうか」

 

「構わん。無法なヤクザには似合いの対応だろう、インガオホーだよ」

 

 

 地面をブザマに転がるレッサーヤクザに冷たい視線を送り、鼻で笑うケイネス。

 今度こそこの場を離れようとする一行だったが、その時である!

 

 BLAM! BLAM! BLAM!

 

 響く銃声! 不正確な狙いのそれは狙撃めいた目的ではなく、去ろうとする彼らへの足止めが目的のものか!

 メインゲート外での騒動に気付いたのか、ヤクザハウス内で暴れていたらしいレッサーヤクザ達が飛び出し、彼らへと向かい襲いかかってきた!

 

 

「スッゾオラー!」「ナンオラー!」「ドッソイオラー!」「ザッケンナコラー!」

 

 

 人数だけは実際多い!

 

 

「性懲りもなく! 実際ミヤモト・マサシが言うところのモスキート・ダイビング・トゥ・ベイルファイアな!」

 

「どう致しましょう、ケイネス殿」

 

「中にはフジムラ・ヤクザクランの者も居るであろうし大規模な魔術を使う訳にもいかん。現地住民の記憶操作の手間は実際面倒だ。

 魔術や神秘の気配などは見せぬようにした上で、殺さぬ程度に痛めつけて追い払う他あるまい」

 

「はっ」

 

「アイエエエ……なんで聖杯戦争に参加しに来てヤクザと戦ってるのよぉ……」

 

「危ないので下がっていてくれたまえ、ソラウ=サン。すぐに片付けるので少しの辛抱だ」

 

「ソラウ様、お下がりを。ご安心ください、貴女の所まで無頼の輩は一人たりとも通しませぬ」

 

 

 大した戦力も持たぬモータル相手に戦わねばならない喜劇めいたシチュエーションにこちらも不本意めいた表情のランサーであったが、負けを待って無駄死にとミヤモト・マサシも言っている。

 とりあえず手加減しつつも積極的に戦うため、道ばたに落ちていたサスマタを拾い上げるランサーであった。

 

 そして来日初日に銃を持ったヤクザと戦うハメになったこの状況に頭を抱えるソラウ=サン。

 二人の頼もしい言葉も混乱ゆえにいまいち耳に届いていないようだ。

 

 だが、こんな些細なトラブルは世紀末日本のマッポー的治安環境ではチャメシ・インシデント。

 なにせカチグミ・アトモスフィアを漂わせた外国人の三人連れ、今回のような偶然の遭遇からの乱闘だけでなくハック&スラッシュしようとする者もまた多い。

 そしてソラウ=サンのような美女ならばファック&サヨナラしようとする者も実際多い。貞操用心重点な。

 

 

「ドッソイオラー! ドッソイオラー!」

 

 

 レッサーヤクザ集団の先頭に立って突っ込んできたのはスモトリヤクザ!

 身長八フィートはあろうかという肉の塊が圧倒的質量に任せて敢行する突撃は、無力なモータルならば抵抗すらできずに轢殺されかねないほどの迫力!

 

 だが、その進路上に立ちながらケイネスは悠然とした態度を未だ崩さない!

 

 

「ケイネス殿!」

 

「不要だ、ランサー=サン」

 

 

 間に割って入ろうとするランサーを制し、自らスモトリヤクザの前へと進み出るケイネス! 一体何のつもりであろうか!

 

 

「ドッソイオラー! ドッソイオラー!」

 

「イヤーッ!」

 

「ドッソイグワーッ!」

 

 

 なんたることか!

 ケイネスがスモトリヤクザのハリテ・パンチを受けたかと見えた瞬間、スモトリヤクザの巨体が宙を舞った! これは一体!?

 

 ランサーのサーヴァント眼力は捉えた!

 スモトリヤクザの振るう丸太めいた腕から繰り出されたハリテ・パンチを紙一重で回避したケイネスが内懐に入り込むや、スモトリヤクザの腕を掴み反転!

 スモトリヤクザ自身の勢いを乗せた、見事なイポン背負いを繰り出したのだ! ワザマエ!

 

 説明しよう!

 ケイネス=センセイが魔術師として"風"と"水"の二つの属性を有しており、この両方に重要な役割を果たす流体操作の専門家であることは周知の事実である。

 それは古式ジュー・ジツ、ヤワラの技術にも通ずるものがあるのだ!

 

 相手の肉体とそこに帯びるベクトルを一塊の流体と捉え、己の肉体で最小限の干渉を行うことでそれをコントロールする技巧!

 それは魔術による精妙かつ実際省エネな流体操作にも通じるワザマエ! まさしくタツジン!

 

 そして魔術師として高みを目指すケイネス=センセイが、カラテの研鑽を怠ろう筈もない!

 鍛えぬかれたカラテとヤバイ級魔術の高次元での融合!

 ケイネス=センセイの魔術カラテがスモトリヤクザに炸裂した!

 

 

「ドッソイオラー!」

 

「イヤーッ!」

 

「ドッソイグワーッ!」

 

 

 ゴウランガ!

 次々に突撃してくるスモトリヤクザはケイネス=センセイの間合いに踏み込むと同時に宙を舞い、地面とベーゼを交わしてノックアウト!

 みるみるうちに気絶しマグロめいた有様と成り果てたスモトリヤクザがツキジめいて積み重なった!

 

 

「ア、アイエエエ……何がどうなってるのよ……スモトリ、スモトリナンデ? アイエエエ……」

 

 

 まったくの偶然であるが、身の安全の為に後ろに下がっていたソラウ=サンの鼻先に無数のスモトリヤクザが折り重なるように積み上がっていた。

 視界を埋め尽くす醜悪な肉のマウンテンに顔を引き攣らせるソラウ=サン。実際不運な。

 彼女はもう半泣きだ!

 

 

「ザ、ザッケンナコラー!」

 

 

 ヤクザスラングを喚き散らしながらケイネス=センセイへとチャカ・ガンの銃口を向けるレッサーヤクザ達!

 だが、その指が引き金を引くことはなかった!

 

 烈風めいた速度で振るわれたサスマタがヤクザの足を狩り、地へと引き倒す!

 

 

「グワーッ!?」

 

「我が主君に仇なさんとするならば、まずこのランサーを倒してからにしてもらおうか!」

 

 

 ひゅんひゅんと旋回させたサスマタを小脇に挟むように構え直し、堂々たる態度で見得を切るランサー。

 目にも留まらぬサスマタ捌きに恐れをなし、後ずさるヤクザ達!

 即興とはいえ英霊の位にある槍兵のサスマタカラテ! その技の切れは実際タツジン級であった!

 

 しかしこのサーヴァント、ノリノリである。ヤクザとはいえモータル相手にこんな事でいいのであろうか。

 

 二人の恐るべきカラテに恐れをなし、後ずさるヤクザ。

 いかにZBRとバリキドリンクで理性が吹き飛んでいようとも、本能的な恐怖心までは消せないようであった。

 

 

「ナ……ナメッコラー! このアマッコラー!」

 

「そらっ」

 

「グワッ、アババーッ!」

 

 

 ヤクザの一人が後ろに立つソラウ=サンを狙って飛びかかろうとするも、その目論見が果たされることはなかった。

 ランサーが気の抜けた掛け声と共に繰り出したサスマタに軽々と足をすくわれ、哀れなヤクザは転倒して頭部を強打し七転八倒!

 ムゴイ!

 

 

「ア、アイエエエエー!」

 

 

 もはやレッサーヤクザ達の戦意は完全に喪失。

 手にしたチャカ・ガンやドス・ダガーを放り出し、ルーザー・ドッグめいた風体で逃走しはじめた!

 

 その背中に向かいサスマタ投擲の構えを取りつつ、ケイネスに問うランサー。

 

 

「ケイネス殿」

 

「要らん。逃しておいてやれ、命まで取るほどのこともあるまい」

 

「はっ」

 

 

 実際温情あるケイネスの判断を受け、サスマタを道ばたに投げ捨てるランサー。

 そこへ、ヤクザハウスの中からいかめしい声がかけられた。

 

 

「助太刀感謝致しやす。異国のお方にとんだご迷惑をお掛けしちまったようで。ゴメンナ・スッテ」

 

「む?」

 

 

 ケイネスが振り向いた先に立っていたのは、タイガーストライプめいた黄色と黒のドテラ・ジャケットを羽織った初老の男性であった。

 手には刃渡り四フィートほどのドス・ロングブレードカタナを手にしており、返り血で衣服を赤黒く染めている。実際ゴアな。

 その眼光はカミソリめいて鋭く、ヤバイ級魔術師であるケイネスをして軽く唸らせるほどの迫力があった。

 

 これがいわゆるクラシック・エルダーヤクザというやつかと、ケイネス=センセイは興味津々。

 そんな彼の背後で、積み上がったスモトリヤクザ・マウンテンの傍でへたり込んでいるソラウを助け起こすランサー。

 実際虚脱状態に近かったソラウがランサーの元気づける声を受けて頬を染め、またもスィーツ・アトモスフィアが展開されかける。

 残念ながらオーガニック・ヤクザとの邂逅に興味をそそられているらしいケイネスは、背後の状況に気付かなかったが。

 

 ドス・カタナをざくりとタマジャリ・ロードに突き刺して手放し、ケイネスの前まで進み出るエルダーヤクザ。

 そして見事なオジギを行った。実際礼儀正しい。古き良きエンシェント・ヤクザめいたアトモスフィアを彼は纏っていた。

 

 

「まことに申し訳ねえ事です。カタギの方にご迷惑を」

 

「あれはヤクザ同士の抗争かね?」

 

「へえ、ヨソ者がこのリージョンを制圧しようとしての襲撃で。お恥ずかしい話ですが、ちょうど人手が出払っております所を襲撃されたもので苦戦しておりました。

 ご助力まことにありがとうございやす」

 

「いや、礼を言われる覚えはない。我らは自分に振りかかる火の粉を払ったまでの事」

 

「これは奥ゆかしい御方だ。手前はライガー・フジムラと申しやす、この借りはいずれ必ずお返しさせていただきやす。

 そちら様のお名前を伺ってもよござんすか」

 

「私はケイネス・エルメロイ・アーチボルト。だが礼などは気にしなくともよい、困っている人を助けないのは腰抜けとミヤモト・マサシも言っているからな。

 む、ソラウ=サン、大丈夫かね? ランサー=サン、肩を貸してやってくれるか。

 連れの具合が悪いようなので、これで失礼させてもらおう」

 

「はっ。ソラウ様、失礼します」

 

 

 顔を真っ赤に上気させたソラウの様子を体調不良と勘違いしたらしいケイネスがランサーに指示を出す。

 ソラウがとろけるような笑顔をランサーに向けるが、努めて無視して気付かぬフリをするランサー。それでも主の指示には従う辺り、実際スゴイ級な忠誠心ではあった。

 なお、ケイネスはライガー・フジムラの方を向いていた為に背後のスィーツ・アトモスフィアに気付いていない様子であった。

 なんたるマンモスめいた鈍感さ! ラブ・イズ・ブラインドとはいうものの、惚れた相手の様子にまで盲目になるのは如何なものか。

 

 去り行くケイネス一行の背中に向けて深々とオジギするライガー・フジムラ。

 彼の視界の中で、異国からの旅人達はフジムラ・ヤクザハウスの隣に建つブケ・ハウスへと入っていった。

 

 なんと、お隣のブケ・ハウスを買い取った酔狂な御仁がケイネス=サンであったとはと目を丸くするライガー・フジムラ。

 これはぼうっとしてはいられんと、早速引越し祝いのデリバリー・ソバのIRC注文を行うのであった。

 

 

 

 

 

 そんな、このマッポーの時世に似合わぬショーワ・ジェネレイションめいたアトモスフィアの漂う一部始終を、数マイル離れた所から観察する影が一つ。

 宵闇色のロングコートを着込んだ男だ。年齢は四〇前後に思える。

 ハガネめいた硬質の輝きを宿すオブシダンの瞳と、同色の髪の毛。ヘアスタイルは手入れを怠っているらしくボサボサだ。

 静かに佇むその姿からは、どこか戦場めいた気配が漂ってくるようにも思えた。

 

 

「……モータルに襲われても殺さぬ魔術師が、この世にいるとはな」

 

 

 一言だけ呟き、男は踵を返す。

 その表情に浮かぶのは困惑か、憎悪か、それとも他の異なる感情か。

 街の雑踏へと紛れ込んだ彼の姿は、すぐに見えなくなった。

 

 

 

 

 

 目的地のブケ・ハウス入りを果たしたケイネス一行。

 

 元は廃屋めいた有様だったブケ・ハウスであるが、ケイネスらの到着前に最低限のリフォームは果たされていた。

 廊下は磨きぬかれたオーガニック・チェスナットによりコーティングされており、新品のカーボンフスマが部屋同士を仕切る。

 砂めいた質感の壁はサンドウォール工法によるファンデーションか。

 庭からは雨を受けた一〇連シシオドシが軽やかな音色を響かせる、見事な日本情緒めいた光景がそこにはあった。

 

 日本文化への造詣が深いケイネスは満足気に頷き、知識のないランサーも感嘆の溜息を漏らすほどに実際美しい。

 だが、そんなブケ・ハウスを見る余裕もない人間が一人存在した。

 身近に痩せた男性しかいない環境に慣れていたソラウにとって、先ほどのスモトリ・マウンテンは実際衝撃だったのだろう。

 チャノマに入るや、その場にへたり込んでしまった。

 

 

「大丈夫かね、ソラウ=サン?」

 

「え、ええ……大丈夫、大丈夫よ……」

 

 

 ソラウを気遣うケイネス。

 まったくそんな風に見えないかもしれないが、この毒舌講師は己の婚約者にベタ惚れなのだ。

 ニンジャ文化に触れすぎて色々なセンスがずれているだけであって、決してポリティカル・マリッジという訳ではない。

 

 得意の流体操作魔術で伸ばした魔術礼装"月霊髄液"の水銀の触手によって、速やかにマットレスやクッションを取り出しソラウを寝かせる。

 この場の誰一人として気付いていないが、その速度と一滴たりとも繊維に水銀を残留させぬ圧倒的コントロールは見事の一言に尽きる。実際タツジンな。

 

 

「すぐに何か温かいものをお持ち致します」

 

「任せる、ランサー=サン」

 

 

 と、その時である。

 

 

「ドッソイ! シツレッシャース! オニモッオモチシャーシタ! ドッソイ!」

 

 

 ブケ・ハウスに響き渡るスモトリ・シャウト! びくりと震えるソラウ!

 先ほどの連中がまたやってきたかとファイティングポーズを取ろうとするランサーを手で制するケイネス。

 

 玄関先にいたのは、身長一〇フィートはあろうかというスモトリの集団であった。

 それぞれ肩にコンテナめいた大きさの包みを担いでいる。

 

 

「スモトリ・デリバリーサービス社か、早かったな。荷物はエンガワに下ろしておいてくれ」

 

「ドッソイ! ワカリヤッシャー!」

 

 

 彼らはスモトリ・デリバリーサービス社。

 バイオスモトリの台頭によりドヒョーから居場所を奪われたスモトリ達が設立した運送会社である。

 大型重機などでは荷物を運び入れられないような入り組んだ地形でもサイバネスモトリの筋力によって荷物を届けるサービスを売りにして、ニッチな需要に食い込む小会社であった。

 

 彼らは英国を発つ直前、工房の構築に用いる資材などを現地に搬入する為の手足としてケイネスが選定した業者だ。

 たとえシェアは大きくともサービスが決して良くはない暗黒メガコーポ系列の運送会社を避け、善良な小会社を利用したのだ。実際用心深い。

 

 

 身長一〇フィートを超えるサイバネスモトリ運送業者の力は実際オウガめいてスゴイ級!

 コンテナめいた大型荷物も迅速に運び込み、あっという間に搬入は完了した。

 

 スモトリ達の勇姿を目にしたソラウ=サンがついに気絶してしまったが、それは些細なインシデントである。

 

 

「ドッソイ! アザッシター!」

 

「ご苦労。さてランサー=サン、このブケ・ハウスを改造する作業を手伝ってもらうぞ」

 

「ソラウ様はよろしいのですか?」

 

「飛行機の旅で疲れたところに雨で体が冷えたのだ、ゆっくり寝かせておいたほうがよかろう。休息重点な。

 作業が終わったら滋養強壮に効くデリバリー・オーガニック・スシでも頼むとするか」

 

「はっ」

 

「アイエエ……スモトリが、スモトリが……」

 

 

 うなされるソラウの額に新しいオシボリを乗せ替えつつランサーと打ち合わせるケイネス。実際奥ゆかしい。だが、起きている時にこういう姿を見せるべきではないだろうか。

 こうしてケイネス一行のフユキ体験ファーストデイは暮れゆく太陽と共に終わった。

 

 果たしてケイネスはソラウがランサーへ向けるラブラブ熱視線に気付くことができるのか!

 ランサーは主君への忠義を貫くことができるのか!

 そしてニンジャならぬスモトリリアリティ・ショックめいた有様になったソラウ=サンはどうなるのか!

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。