Fate/zeroニンジャもの   作:ふにゃ子

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その4

 

 

 肌寒い冷気に包まれた、冬のフユキシティ。

 オノボリさんが数多く訪れる観光名所のフユキ・ビッグブリッジを始めとしたランドマーク、バベルめいてそそり立つ高層ビル群、そして開発に取り残されたスラムめいた旧市街。

 目に痛い原色に発光する電飾ネオンノボリが立ち並ぶ歓楽街では客引きのオイランが立ち並び、殺人的な臭気を漂わせるチャイニーズ・レストランの路地裏には無数のヨタモノが転がる。

 クラシック・ヤクザが日中から往来を歩き回り、エンゾー・ヒルに存在するリュードー・テンプルは、このマッポーの世にあって今尚多くのボンズで賑わう。

 そして郊外には鬱蒼とした迷いの森が広がり、その奥深くには中世ヨーロッパめいた城まで存在すると、まことしやかに語られる。

 

 フユキは、これら数々の要素が複合して形作られた、混沌としつつも活気に溢れた地方都市である。

 

 そのフユキの地に住まうサラリマン、名をヤナセ・ノボリド。

 妻の名はソメコ、息子の名はモタオ。

 

 家族三人でフユキの旧市街地に存在するタテウリ・ハウスを住まいとし、家長である父はフユキ郊外に位置するトーフ工場で係長を務めていた。

 日々の時間をザンギョー・ワークに奪われながらも夫婦仲は実際円満であり、月に一度取れる休日にはスモトリ見学などに出掛けるちょっとした贅沢もできる。

 ドヒョー・コロシアムからの帰り道に、ノコータノコタとスモトリの真似をする幼い息子を囲んで笑う夫婦の姿は実際微笑ましかった。

 中流階級に位置するこの家庭は、慎ましやかながらも幸せな生活を営んでいたのだ。

 

 今日、今宵、この日までは。

 

 

「ンーフッフフフッフー、ンーフッフフフッフー」

 

 

 深夜も実際遅いウシミツ・アワー。

 ヤナセ宅のリビングにて、楽しげに鼻歌を歌う青年が一人。

 手にした刷毛を軽やかに動かし、壁面になにやら絵図を描いてゆく。

 

 そこだけ見れば、単に現代に於ける前衛的アーティストめいた何かに思えるかもしれぬ。

 おお、だが見よ。

 彼の周囲に広がるツキジめいた光景を!

 

 頭蓋を断ち割られ脳髄を引きずり出され、その空洞をインクボトルめいて利用されている家長ヤナセの虚ろな双眸は、もはや何も映しだしてはいない!

 そしてインクボトルに満たされたどす黒くも禍々しく赤いインクの正体は、抉り出されたソメコの心臓から滴る新鮮な血液だ!

 

 そして無惨に過ぎる両親の屍を前に座り込む小さな影はこの家の一人息子、モタオの姿であった!

 茫然自失を通り越し、もはやその目は何一つ映しだしてはいない。

 彼の心という名の堤防は両親への惨殺処刑アクションを目の当たりにした哀しみにより決壊してしまっていたのだ!

 ブッダエイメン! なんとマッポーめいた光景か!

 

 だがそんな一つの家庭の崩壊の光景をいっそ愉しげに見つつ、生き血でもって面妖なマーキングを続ける青年!

 彼の心には人間性めいた常識と呼べるものは存在しないのであろうか! サツバツ!

 

 青年の名は雨竜龍之介。

 数十人とも数百人とも言われる人間を惨たらしい方法で惨殺したシリアルキラーである。

 その手口は奇っ怪にして面妖、余人には理解しがたい実際アーティステックなものだ。実際キチガイな。

 

 そうこうしている内に、殺人者は刷毛を動かす手を止めた。

 手元にひろげられた古文書めいたマキモノに描かれた図と、先程まで自分がウデを振るって描いたアートを見比べる。

 それはあからさまに同じものであった。

 

 数歩下がり、アンドンをかざして全体図を照らしだし、壁とマキモノとの間を数度視線を往復させて見比べ、満足気に頷いた。

 

 

「完っ成! うん、なかなか良い出来だ。模写もおもしろいもんだ」

 

 

 彼が手にしているのは、実家である雨竜家のドゾーから持ちだしてきた謎めいた古文書。

 シリアルキラーにしてアーティストである雨竜龍之介は、近頃発想に行き詰っていた。インパクトのある新作が浮かんでこないのだ。 

 ただ殺すだけはアートではない。

 だが映画や本の真似をして頭蓋骨を抉り出して飾ってみたり、ミートパイにしてみたり、逆立ちの状態で畑に埋めたりもしてみたが今ひとつピンと来ない。

 やはりアートとは自分が重点だ。他人のノボリを羨んでも自分のノボリは立たない。

 

 そんな折、ふと気分転換にと帰郷してみたところ実家で面白いマキモノを見つけた。

 まるで魔法めいた記述が書き連ねられたそれは、雨竜龍之介に新たな殺戮アートの着想を与えたのだ!

 古代の文献から着想を得たクラシカル・マジカル・アート! なんとマッポーめいた発想か! この男は実際狂人である!

 

 

「さてさて、本当に悪魔でも出てきてくれれば面白そうなんだけど。

 そういえば、悪魔はスシを食べるのかナァ」

 

 

 気楽げに独り言を呟きつつ、ペーパーパック詰めのタマゴ・スシをむしゃむしゃと頬張る。

 アートを創りだすには多大な体力を使うのだ。いかに雨竜龍之介がマッポを物ともしないカラテを誇っていようと、彼も一人の人間である。腹も減れば疲れもする。

 消耗したカラテを補給するのにあたって、スシは理想的な栄養源であった。

 

 なお、スシを食す為のサイドテーブルとして利用しているのは心臓を抉り取られた後のソメコの骸をハンモックめいて吊るし、その背中部分を利用したものだ。

 この男、貴重な素材を余さず使い切って小さな作品を創りだす小粋なところがあった。タクミの技である。

 

 肩甲骨の窪みに闇めいて黒いソイソースを垂らし、指先でワサビペーストを一混ぜ。小皿としても使えるようだ。

 ペーパーパックに収められていたマグロ・スシの端をちょいちょいと浸し、美味しそうに口へと運ぶ。

 

 

「アアー、ウマーイ……。作業途中の間食は創作意欲がわいてくるナァ。

 あ、一つ食べる? ワサビはついてないよ」

 

 

 そう言いながら、笑顔でモタオ少年にタマゴ・スシを差し出す雨竜龍之介。

 満ち足りた笑み。満腹の人間が見せる、心からの平穏を感じさせる微笑み。子供が苦手なワサビをつけずに渡す実際奥ゆかしい気遣い。

 こんな状況でなければモタオ少年も、ひょっとすると受け取り食べたかもしれない程度には善人めいたものだ。

 だが、心が砕けたかの如く虚脱状態になった彼に反応はなかった。

 

 しばらくの間、スシを差し出して反応を待っていた雨竜龍之介であったが、諦めたように苦笑いしてそのスシを自分の口へと放り込んだ。

 スシを食べて元気をつけた上で悪魔召喚の観客になってほしかったところだが、無理ならそれはそれでしょうがない。

 自分のアートを理解してくれる人間というのは実際少ないのだし。

 

 スシを食べ終えた雨竜龍之介は、再びマキモノを手に立ち上がった。

 マキモノに記されたマジック・スペルめいた文章を読み上げる為に。

 

 

「アー、アー……ンンッ。えーっと、なになに?」

 

 

 時間に蝕まれ読みづらい文面とにらめっこしつつ、たどたどしい口調で読み上げる龍之介。

 

 

「えーっと、降り立つカゼにはカベを。シホーの門は閉じ、オーカンより出で、王国に至るサンサローは────」

 

 

 詠唱内容が何かおかしいようだが、恐らく発音の問題である。決してマキモノの著者が誤訳したわけではない。

 その証拠に壁に描かれたブラッド・サークルが、妖しげに明滅し始めたではないか!

 そのヒトダマめいた妖光が室内を照らしだす! 三人の親子と、そして狂気の殺人鬼を!

 おお、ブッダよ! あなたはまだ寝ているのですか!

 このような、人の命を弄びアートと称して奪う殺戮者が、なぜムホーを咎められないのか!

 

 だがしかし、ブッダが何もせずとも雨竜龍之介のセレモニーは完成しない!

 何故ならば!

 

 

 キャバァーン!

 

 

「イヤーッ!」

 

「グワーッ!?」

 

 

 イナヅマめいた速度でリビングの窓を蹴破った影が、雨竜龍之介の側頭部を打ち抜いた!

 激しい衝撃!

 回避も防御もままならずカラテキックを受けた龍之介は吹き飛ばされ、カーボンフスマを突き破って隣室へと倒れこんだ!

 

 

「だ……誰だァ!? せっかくのアートが完成しようって時に!」

 

 

 首を振り振り身を起こす雨竜龍之介。常人ならば今の一蹴りで頚椎を粉砕されて死に至っていてもおかしくはない。実際頑強な。

 夜闇を見通す彼のナイトビジョンめいた夜目に、ゲシュニンの姿が映り込んだ。

 

 ガンメタルめいたメンポ!

 夜闇に侵略された室内よりもなお暗い、一切の光を許さぬが如き宵闇色のロングコート!

 そして双眸に輝くジゴクの焔めいた眼光!

 

 その影は雨竜龍之介の問い掛けに応えるように頭を下げ、礼儀正しくオジギを行った!

 

 

「ドーモ、ハジメマシテ、メイガススレイヤーです」

 

 

 アイサツ! ニンジャの名乗り!

 魔術師を殺す者、メイガススレイヤーのエントリーだ!

 

 

「ドーモ、ハジメマシテ、雨竜龍之介です」

 

 

 なんたることか!

 メイガススレイヤーのアイサツに戸惑うこともなくオジギで応える雨竜龍之介!

 つまり、これは一つの事実を指し示している。

 雨竜龍之介はニンジャだったのだ!

 

 己に憑依したニンジャソウルの全てを飲み込み、自らの殺人嗜好の道具として使い倒すほどの精神力!

 方向性こそアサッテめいてはいるものの、ニンジャソウルの影響を受けてもそれ以前の己から微塵も揺るがぬ有り様は超人めいてもいる!

 だが、どちらにしても結局のところは実際狂人であった!

 

 

「マッポのサイバネ・キドータイかと思ったけど……あんたもニンジャかァ、ご同輩サン。

 一体なんのツモリだい、オレと一緒にアートがしたいのかい? それとも俺とやりあいたいとでも?」

 

 

 ヘラヘラとした軽薄な笑みを浮かべつつも、全身に緊張を漲らせカラテを構える龍之介。

 先ほどメイガススレイヤーが放ったアンブッシュからの一撃には、紛うことなき本物の殺意が満ち満ちていた。

 

 そんな龍之介へと、ツンドラめいた冷たい殺気を込めた視線を向けつつ、メイガススレイヤーが口を開く。

 

 

「オヌシはニンジャのようだが魔術師でもあるようだ。そしてこの家に住む住人を魔術儀式のイケニエにしようとしたことは一目瞭然。

 つまり、オヌシは僕の手に掛かり死ぬべき存在だ」

 

「魔術……? まさか、こいつが? アイエエ、本当に本物?」

 

 

 メイガススレイヤーの言葉に戸惑いを浮かべ、足許に放り出されたマキモノへと僅かに意識を向ける龍之介。

 確かにあのマキモノから魔法めいたアートの着想を得たとはいえ、まさか本物だとは思ってもみなかった。

 

 だがしかし、その隙を見逃すメイガススレイヤーではない!

 

 

「魔術師殺すべし! イヤーッ!」

 

 

 メイガススレイヤーの両手から弾幕めいて無数のスリケン・スティックが放たれる!

 だがしかし!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 刹那の早業!

 雨竜龍之介の抜き放った二刀のドス・ダガーが銀月めいた軌跡を描き、全てのスリケンを切り払う!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 それを意に介した様子もなく、メイガススレイヤーは更にスリケンを投擲! しかしその弾数は先程の倍近い本数だ!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 雨竜龍之介の二刀ドス・ダガーが閃き、再び全てのスリケンを切り払う! ゴウランガ!

 ニヤリとした笑みを浮かべる龍之介。

 

 

「おいおい、スリケンを投げるだけがアンタのジツかい?

 つまんないジツだね」

 

「イヤーッ!」

 

 

 メイガススレイヤーは無言のままに再びスリケンを投擲! 龍之介の軽口など聞く気もないようだ。

 先程よりも更に増えたスリケンが龍之介へと放たれた!

 

 

「イヤーッ!

 代わり映えのしねえ事を! 何度やっても────」

 

 

 切り払われるスリケン!

 だが怒涛の勢いでメイガススレイヤーから放たれるスリケン弾幕が、間髪を入れず龍之介へと迫る!

 

 

「イヤーッ!」

 

「イ、イヤーッ!

 クソがッ、テメエ、諦めのワル────」

 

 

 切り払われるスリケン!

 今度も同じように全てのスリケンを防いだものの、龍之介に僅かに焦りが見える!

 

 多すぎるのだ! メイガススレイヤーのスリケン弾幕が!

 ヤツのスリケンは無限なのか!?

 

 龍之介のニューロンを焦燥が満たす! そして精神の余裕を欠くことは、即ち隙を生むのだ!

 

 

「イヤーッ!」

 

「イ、イヤグワーッ!」

 

 

 しぶく血しぶき!

 龍之介のドス・ダガー防御をついにメイガススレイヤーのスリケン弾幕が突破した!

 ペンシルめいたスリケン・スティックを肩口に受け、よろめく雨竜龍之介!

 

 

「イヤーッ!」

 

「グワーッ!

 チクショウ、やりやがったな!」

 

 

 傷付いた体で全てのスリケンを切り払う事は不可能! 咄嗟に急所を庇った龍之介の手足にスリケンが突き刺さる!

 転がるように間合いを離した龍之介が、へたりこんでいたモタオ少年の襟首を掴み、メイガススレイヤーへと投げつけた! なんたる非道か!

 

 自分へ向けて飛んでくるモタオ少年の姿に怯んだかのように、メイガススレイヤーのスリケン投擲の手が止まる。

 無情なる魔術師殺戮者の中にも、僅かに残る人の心がそうさせたのか。

 だが、そんなメイガススレイヤーの眼前で哀れな少年が内側から沸騰するかのようにボコボコと膨らみだした! これは一体!?

 

 次の瞬間、モタオ少年の肉体は内側から弾け飛んだ!

 

 KABOOOOOM!

 

 轟く爆音がタテウリ・ハウスを揺るがし、そして水蒸気爆発めいた衝撃が室内を荒れ狂う!

 そして同時に大気を染め上げる真紅の霧!

 

 

「へっ、くたばったか……。オレのチケムリ=ジツは躱せなかったみたいだナァ」

 

 

 表情を緩めて再びヘラヘラとした笑みを浮かべつつ、爆圧から逃れるため地面に伏せていた雨竜龍之介が身を起こす。

 

 室内に充満する血煙の正体は、言わずもがなモタオ少年の血液そのもの。

 雨竜龍之介は先ほどの投擲の瞬間に少年の体内へと異常な濃度のカラテ粒子を送り込み、その全身の血液を一瞬にして沸騰膨張せしめ即席の爆弾としたのだ!

 なんたる外道! なんたる鬼畜!

 

 だがしかし、カラテ勝負に負けて苦し紛れにジツに逃げ、勝利を得たニンジャは歴史上存在しない。

 

 勝利を確信したように血煙に染まる大気を透かし見、爆心地を観察する龍之介。

 その時である!

 

 

「さァて、死体が残ってたら次の作品の材料に────」

 

「イヤーッ!」

 

 

 龍之介の胸を背後からの一撃が貫いた!

 

 

「アバーッ!?

 て、テメエは────メイガススレイヤー=サン!? ど、どうやって……オレの背後に……!」

 

 

 なんということだろう!

 攻撃の正体はメイガススレイヤーの放ったヌキテ・パンチ!

 

 どのような手管によるものか、爆発を逃れ一瞬の内に背後に回り込んだメイガススレイヤーが龍之介に致命の一撃を浴びせたのだ!

 

 責められるべきは攻撃を受ける瞬間までメイガススレイヤーの気配に気付くことができなかった龍之介のウカツさか。

 あるいは必殺の一撃を放つまで気配を悟らせなかったメイガススレイヤーの気配遮断を称賛すべきか。

 

 勝負の差を分けたのは、まさに両者のカラテの力量差!

 ノーカラテ・ノーニンジャ!

 龍之介は己のチケムリ=ジツの殺傷力に酔い、そして隙を晒して敗北した。

 歴史上数多くのニンジャが陥ってきたトラップが、今この時龍之介にも牙を剥いたのだ! 今も昔もニンジャはカラテを極めた者が上に行く!

 

 胸にぽっかりと開いた風穴を押さえつつ両膝をつき、地面に屈する形となる雨竜龍之介。その傷からは身動ぎする度に噴水めいた勢いで血が吹き出す。致命傷だ。

 彼の前に立つメイガススレイヤーの氷めいた視線が彼を射抜いた。

 

 

「ハイクを詠め、雨竜龍之介=サン。カイシャクしてやる」

 

 

 冷徹無情なるメイガススレイヤーの宣言。

 無慈悲なるその言葉を受け、雨竜龍之介の裡に沸き起こった感情は恐怖ではなかった。

 

 それは、喜び。

 

 無駄という無駄を一切省いた絶対零度めいた殺意の刃。

 その研ぎ澄まされた殺しの技は、虚飾とは無縁でありながら寒気がするほどに美しい。

 ああ、自分のアートが求めていた到達点とはこういったものだったのかもしれないと。

 

 

「────ははッ、coolだよアンタ。超coolだ……。

 もっと、早く、ニンジャとやりあっておきゃあよかった……ヤンナルネ」

 

「イヤーッ!」

 

 

 雨竜龍之介の最期の言葉を聞き終えたメイガススレイヤーは、龍之介の首をカラテチョップで切断処刑!

 

 

「サヨナラ!」 

 

 

 刎ね飛ばされ、宙を舞う龍之介の頭部。

 そして力をなくして背後へぐらりと傾ぐ、首のなくなった龍之介の体。

 倒れこむ体の上に生首が落下し、そして遺体は爆発四散! インガオホー!

 

 

 暫し雨竜龍之介の最期を見つめていたメイガススレイヤーであったが、ふと振り返るとスリケンを投擲した。

 狙った先は、先ほどの爆発で大きくその形を崩されつつも吊られたまま地に落ちていなかったソメコの骸を縛るロープだ。

 

 無惨な姿となった骸が床へと落下し、彼女と同じく雨竜龍之介の手にかかった夫の骸の隣へと倒れこむ。

 狂気のアーティストによって弄ばれた夫婦への、せめてもの気遣いであろうか。

 

 その瞳に犠牲となった一家への僅かな憐憫の情を浮かべつつ、メイガススレイヤーは踵を返し、外へと向かおうとする。

 

 だが、その時である!

 メイガススレイヤーの背中を強く照らすオーロラめいた妖光が迸った!

 

 

「ヌウーッ!?」

 

 

 驚きの声をあげ振り向くメイガススレイヤー!

 彼の目の前で壁に描かれたマジカル・サークルが光度を強める!

 

 メイガススレイヤーのニンジャ視力が捉えた! 光の中から生まれようとする何者かを!

 だがしかし、現実離れした面妖な光景を前にしてもニンジャ精神力に支えられた心には一片の遅滞も生じない。

 

 平安時代の剣豪ミヤモト・マサシ曰く、先に殴った方が勝つ!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 アンブッシュの一撃!

 一瞬の内にメイガススレイヤーの手より放たれた数十本のスリケンが、散弾めいた密度で謎の敵へと殺到する!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 だが、スリケンが着弾しようとするその瞬間、謎の影が気合の声と共にバッタめいて跳躍した!

 紙一重の回避! スリケンは虚しく壁へと突き刺さる!

 

 くるくるとトンボを切って着地した謎の影。

 その出で立ちはドクロめいたメンポ、体に直接闇色の布を巻き付けたかのような忍装束、そして同じく闇色のマフラー!

 

 あからさまにニンジャであった!

 

 

「ドーモ、召喚者=サン。キャスターです。

 貴方が私のマスターですか?」

 

 

 なんたることか!

 雨竜龍之介の召喚儀式は中途半端であったにも関わらず、サーヴァントが召喚されるとは!

 

 これにはメイガススレイヤーも実際驚いたが、アイサツされたならば返さねばならぬ。

 

 

「ドーモ、ハジメマシテ、メイガススレイヤーです。

 僕は魔術師ではない、オヌシを召喚した者は既に息絶えているぞ」

 

「なに? フーム……確かにリンクは断たれておる」

 

 

 メイガススレイヤーの言葉に首を傾げるニンジャめいたキャスター。

 だが、なぜリンクが断たれているというのに彼は消滅しないのか?

 

 この場を目撃しているお歴々の中にニンジャ研究者がいれば気付けるであろう。

 ニンジャとは味方無く、たった独りであってもトノサマから課せられたヤクメを果たす仕事人であることは実際有名であろう。

 

 つまり単独行動スキルの恩恵なのだ!

 

 

「オヌシもまた、人に仇なす魔術師の従僕。ならばここで僕に殺される資格があるな」

 

 

 メイガススレイヤーがカラテの構えを取り、キャスターへ向かって戦闘態勢をとった!

 人の身でありながらサーヴァントを討ち果たそうというのか、メイガススレイヤー=サン! 実際無謀めいている!

 

 だが己に向かって放たれるメイガススレイヤーの殺気をヤナギ・ウィンドめいて受け流しキャスターは静かに笑った。

 イクサの場にあってなんたる余裕! それでいてこのサーヴァントの五体には一部の隙すら存在しないのだ! タツジン!

 

 

「まあ待て待て、メイガススレイヤー=サン。

 召喚者=サンがどのような祈りを抱いて私を召喚したどこの何者かは知らぬが、それは私とは関わりなきことよ。

 それよりも、だ。オヌシは聖杯戦争に参加しようとは思わんのか?」

 

「ナニ?」

 

「サーヴァントとは戦力であると同時に聖杯戦争への参加権なのだ。ホーリーグレイルよりインストールされた知識にも実際そうある。

 ならば、私のマスターとなれば聖杯戦争へ参加することができるという形になるではないか。

 どうだ? オヌシにも裡に秘めたる願いがあろう?

 聖杯は万能の盃、いかなる願いも叶えられよう。私のマスターとなってみる気はないか」

 

 

 誘いの言葉。

 おお、キャスターの神経のなんと丸太めいて図太いことか。

 己を召喚した雨竜龍之介の首を獲ったメイガススレイヤーを、自分のマスターとならないかと誘惑するとは!

 

 だが、メイガススレイヤーにはその言葉は響かない。

 

 

「興味が無い」

 

 

 一瞬の逡巡すらも存在しない返答に、さしものキャスターも内心で驚きを隠せない。

 

 人間ならば一つや二つ、叶えたい願いや祈りがあって当然。

 奇跡や魔法の概念が裏の世界を知らぬモータルにも広く流布しているのは、まさにそれを求める心が人間にあるからに他ならぬ。

 ままならない現実、条理を覆してでも得たい何かを得るために聖杯を求める者は実際多い。

 

 だというのに、目の前の男はキャスターの言葉を真実であると認めつつ、何の興味も抱かず拒否したのだ。

 聖杯に願ういかなる祈りも彼の裡には無いというのか、メイガススレイヤー。

 

 

「本当にか?

 ならばなにゆえこのフユキの地へとオヌシは訪れたのだ。

 聖杯戦争に参加する為ではないというのならば、何故この地へとやってきたのだ、メイガススレイヤー=サン。

 よもや偶然だなどと言うまいな」

 

「僕は魔術師を殺す者、聖杯戦争に参加する外道の魔術師を全て殺しに来た。それだけだ」

 

 

 躊躇のない言葉にキャスターが目を丸くする。

 おお、なんということだろう。この現代のニンジャは聖杯ではなく、それを求める魔術師の命そのものを求めてフユキへやってきたというのか!

 

 キャスターの思考がコマめいて高速回転し、メイガススレイヤーの真意を探らんとする。

 だが、眼前のニンジャの言葉より嘘の響きは感じられない。

 ならば本気で魔術師を狩ること自体を目的としているというのか。

 聖杯戦争へと参戦する魔術師はグランドマスター級めいた猛者揃いのはずだというのに、その全てを狩り殺すというのか。

 彼らが従える英霊も、マスターたる魔術師を狙われれば応戦してくるであろう。

 サーヴァントを従えることもなくそれらに挑み、このニンジャは勝利するつもりでいるのか! 実際無謀めいていた!

 

 だが、キャスターはこうも思う。

 何とも愉しげなイクサではないかと! 狂人が召喚したサーヴァントも、やはり狂人めいているのは当然の話であった!

 

 

「フフフ、フフハハハ、ワハハハハ!」

 

 

 にわかに笑い出すキャスター。その声音は実際心底愉快げであった。

 キャスターの奇態を目にし、訝しげに眉をひそめるメイガススレイヤー。

 

 

「何がおかしい、キャスター=サン」

 

「フフフ……いやいや、すまぬ。

 オヌシのように実際奥ゆかしい男が現代にいたことに驚いたまでよ。

 それゆえもう一度誘わせてもらおう、オヌシのイクサに私を使ってみぬか?」

 

 

 再度の勧誘に、不快げなアトモスフィアをまとうメイガススレイヤー。

 

 

「しつこいヤツめ、それほど万能の願望機とやらが欲しいのか」

 

「聖杯にも興味はないでもないが、今はわりとどうでもよい。

 それよりオヌシに興味がある」

 

「何だと?」

 

「現代のニンジャのイクサを見せてもらいたいということだ、メイガススレイヤー=サン。

 信用できぬか? ならばオヌシにマスターになれとは言わぬ、契約も必要ないし魂喰いも行わぬ。なんならユビキリしてもよい。

 単独行動スキルの及ぶ範囲でオヌシに手を貸してやろう」

 

「それでオヌシに何の得があるというのだ」

 

「情にサスマタを突き刺せばメイルストロームへ流されると、哲学者ミヤモト・マサシは言ったそうだ。

 人は強すぎる流れには抗えぬもの。

 だがオヌシの戦いは、まさにサスマタでサンズ・リバーを堰き止める挑戦めいて見える。

 独りで戦うこともあるまい、ゴエツド・シューだよ、メイガススレイヤー=サン」

 

「川向うの山火事に好きこのんで手を出す振る舞いを信じよというのか」

 

「モータルならば山火事で死ぬかもしれぬがニンジャを殺せると思うかね。トリコシ・タイアードだよ」

 

「…………」

 

 

 メイガススレイヤーは無言でキャスターの瞳を見つめる。キャスターの心中を探ろうとしてのことか。

 いかにも都合が良すぎる。

 何のリワードも求めず、得られるものがあるとすれば戦いだけ。それのどこに理屈が通るというのか。

 

 メイガススレイヤーの疑いの目を受け、もっともな話だと肩をすくめるキャスター。

 

 

「私はな、生前はこれでなかなかかたくるしい生き方をしてきたものでね」

 

「何の話だ?」

 

「まあ聞け。

 組織のため、国のため、属するクランの同胞のため、自分以外からの要求に応えて私は戦ってきた。

 地位こそカチグミめいた高さではあったが、日々様々な重圧に晒されていた。立場からくる責任という奴さ。

 それに後悔も存念もありはしないが、思えば実際窮屈な人生を送ってきたのだ。

 それこそだ、殺しの装置めいた」

 

「…………」

 

 

 無言のまま、キャスターの次の言葉を促すメイガススレイヤー。

 

 

「異教の魔術師どもにサーヴァントとしてゴヨウ・ドッグめいて使われるのも、まあ生前とサホド変わりはせん。

 召喚されて使い倒されるであろう運命も納得して受け入れられた。

 イッスイ・ドリームめいた場であったとしても、過程で楽しめればそれでよいとな。

 だが、今の私は刹那の自由を得た。

 仮初の肉体に仮初の自由、しかし私の意志で振る舞える、生前のシガラミも存在せぬ、レイジュ・タトゥーのクビキにも縛られぬ、一切の呪縛を受けぬ時間を。

 オヌシのおかげだ、メイガススレイヤー=サン」

 

 

 キャスターの言葉には、確かに真摯な感謝の気持ちが篭っていた。

 だが、それ故にメイガススレイヤーは訝しげに眉をひそめる。

 

 

「ならば何ゆえ僕に協力しようなどと言い出すのだ。

 刹那の自由とやらを謳歌しようとすれば良かろう」

 

「オヌシの戦いに助勢するのは誰に乞われたからでもないし、誰に命じられたからでもない。

 私が自分で選んだ戦いに身を投じることは、それすなわち自由ということだ」

 

「何を……」

 

「自由を得る機会をもらった恩に、私の自由意志に基いて報いようとするのは不自然かね? メイガススレイヤー=サン」

 

 

 しばしの静寂。

 お互いの真意を探りあうかのような視線を両者は交わし合う。

 

 動いたのは、メイガススレイヤーだった。

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 気合一閃、軽やかなバックジャンプ!

 エントリー時にぶち破った窓から飛び出し、石塀の上へと着地して見せた!

 

 

「オヌシの言葉を今すぐ信じることはできぬ、キャスター=サン。

 行動で見せてもらおう。これからこの街をネジロとする魔術師を殺してゆく過程で見極めさせてもらおう!

 それがこちらの条件だ!」

 

 

 メイガススレイヤーの言葉を受けて、キャスターがドクロメンポの下でニヤリと笑う。

 それは嘲笑に非ず。来たるイクサの予感に昂る歓喜の笑み!

 彼の精神の有り様は実際ウォーモンガーめいていた!

 

 

「承知した、メイガススレイヤー=サン。

 私も現代のニンジャのイクサぶりを見るのが実際楽しみだ!」

 

 

 二つの影がキルハウスめいた殺戮の場と成り果てたタテウリ・ハウスから飛び出し、フユキの夜闇へと消えた。

 

 翌日、フユキを護るマッポたちは無惨に破壊された家屋を発見し、そして平凡な一家に降りかかった惨劇を知ることとなる。

 だがその場にニンジャが……三人ものニンジャが存在したことを、そして二人のニンジャが立ち去った事を、知るものは現れない。

 

 雨竜龍之介が遺した快楽殺人者としての最期のアートは、しばしフユキの人々の話題に賑わせ、いずれ忘れ去られるだろう。

 そしてニンジャとしての彼の死は、誰にも知られることなくフユキの闇に消える。

 ショッギョ・ムッジョ。

 

 

 恐るべき魔術師殺戮ニンジャの前にあらわれた、同じくニンジャのサーヴァント。

 その真名は一体なんなのか、どのようなカラテとジツを使うのか、どこのクランのニンジャなのかさえも全て謎。

 そもそもキャスターがなんでニンジャなのか! おかしいと思いませんか? あなた。

 

 此度の聖杯戦争は、かつて類を見ないほどに混迷を深めようとしていた!

 

 


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