Fate/zeroニンジャもの   作:ふにゃ子

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その2

 

 

 

 それは、それなりにありふれた内容の任務のはずだった。

 

 内容はこうだ。

 

 聖堂教会に属していた代行者が、東欧のとある小都市で消息を絶った。

 前後の状況から、恐らく追っていた異端の魔術師らしき存在の手にかかったのではないかと推測されるが詳細は不明。

 この事態を然るべく処理する為、教会は現地に代行者を送り込んだ。

 

 その名を、言峰綺礼という。

 代行者の中でも実際腕利きであり、小物めいた魔術師を相手取るには過剰とも思われるほどのカラテを誇る男だ。ハッキョク=ケンのタツジンでもある。

 

 指示を受け取った綺礼は速やかに現地入り。

 現地諜報員の得た情報に基づき、魔術師の拠点と推測されるスシ・バーに、何故こんなところに日本食の店があるのだと首を捻りつつも踏み込んだ。

 

 その日、その時、彼らがその場に踏み込んだのは、実際ただの偶然であった。

 

 だが、おお、ブッダよ。

 その偶然がまさかあのような出会いを招く切っ掛けとなるとは、マリーン・リハクですら見通せなかったであろう。

 

 ノレンをくぐった彼らが目にしたのは、ツキジめいた惨状であった。

 無数のネギトロめいて破壊された人間の残骸が散らばり、床一面がブラッド・コーティングされた空間は、まさにジゴクめいた有様。

 さしもの綺礼も一瞬怯み、目を見開く程度の衝撃を受けたほどである。

 生憎と綺礼は一般的なモータルやニュービー代行者ではない為に「アイエエエ!?」と叫ぶことなどなく、また失禁もしなかったが。

 

 なにはともあれ、誰がこんな事をやらかしたのか調べねばならぬ。

 ケジメ対象の魔術師がやらかした線が濃厚だが、ひょっとすると別口かもしれないからだ。

 証拠もなしにはオーオカ・ジャッジですら裁きはできぬ。捜査重点な。

 

 そう考えた綺礼が遺体を調べるために入店しようと足を踏み入れようとした、その瞬間。

 

 

「──────!!」

 

 

 全身に走る悪寒。

 絶対零度もかくやという殺気がフブキめいて綺礼の精神を打ちのめす。

 だが、そこは百戦錬磨の代行者、言峰綺礼=サン。

 正体不明の敵らしき何かに臆すること無く、迫り来る死の気配を迎え撃つべく黒鍵を構え、臨戦態勢を整えた。

 そして現地諜報員二名も、事態を掴めぬまでもそれに倣う。

 

 その次の瞬間、スシ・バーのカウンター内から正体不明の黒い影が飛び出した!

 

 その出で立ちはガンメタルに輝くメンポに、全身を包む宵闇色のロングコート!

 そしてメンポの奥に輝く、ジゴクの炎めいた真紅の眼光!

 

 その古式ゆかしいゲルマン・スタイルは、あからさまにニンジャであった!

 

 

「ア、アイエエエ!? ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

 

 

 突如出現した謎の男に恐慌を引き起こし、綺礼以外の二人は錯乱しつつしめやかに失禁!

 そんな彼らの醜態を気にした様子もなく軽やかにスシ・バー・カウンターの上に着地したニンジャは、動揺する綺礼達へと礼儀正しくオジギを行い、アイサツした。

 

 

「ドーモ、ハジメマシテ、メイガススレイヤーです」

 

「貴様……一体ここで何を!?」

 

 

 得体の知れないニンジャの、実際礼儀正しいアイサツのレイギサホー。

 古式ゆかしいその所作に戸惑いつつも、黒鍵を構えて戦闘態勢を整えその正体を誰何する綺礼。

 

 なお、他の二名はアババババと奇声を上げつつニンジャリアリティ・ショックに打ちのめされている。

 代行者ではないとはいえ、それなり以上に鍛えあげられた聖堂教会の構成員をただのアイサツで無力化するとは。

 表面上は冷静さを保っている綺礼も、内心の動揺を抑えきれなかった。

 

 だが、ニンジャは無言。

 まるで綺礼の次の行動を確かめるかのように無遠慮な観察者めいた視線を送りつつ、ただ静かにカウンターの上に佇むのみ。

 

 ふざけた男だ。

 綺礼たちが追っていた魔術師と敵対する何者かであれ、魔術師の仲間であれ、見逃しておく理由はない。

 

 

「何者だかわからんが、この場で何をしていたのか……吐いてもらおうか」

 

 

 そう端的に、そして威圧的なアトモスフィアを漂わせ宣言する綺礼。

 だが綺礼のプレッシャーをスプリング・ブリーズめいて受け流し、謎のニンジャ、先ほどメイガススレイヤーと名乗った男は事も無げに口を開いた。

 

 

「アイサツは無し、か。

 なかなかのカラテの気配だが、オヌシはニンジャではないようだ」

 

「なに……?」

 

 

 要領を得ぬ謎のニンジャの台詞に、眉を顰める綺礼。

 

 その次の瞬間!

 

 

「魔術師殺すべし! イヤーッ!」

 

 

 気合一閃!

 ニンジャの両手が霞むや、無数の謎めいた投擲物が放たれる!

 

 咄嗟に手にした黒鍵で切り払いを試みる綺礼。

 だが、飛来した棒めいた投擲物と接触した黒鍵は、ガラスめいた破砕音と共に砕け散ってしまう!

 

 綺礼に戦慄がはしる!

 代行者の武器たる黒鍵を、こうも容易く破壊する武器とは一体何か!

 接触時の一瞬でかろうじて捉えられた、その正体はスリケン! クラシック・スタイルのペンシルめいたスリケン・スティックであった!

 

 だが、謎の影の無情なる攻撃はそれだけに留まりはしない。

 代行者として鍛え上げられた綺礼のカラテと動体視力を以てしても影すら追えぬほどに実際疾い謎の敵の投擲攻撃は、刹那の一瞬の内に綺礼の全周囲、三六〇度から行われていたのだ!

 ハヤイ! ハヤイすぎる!

 

 僅かなタイムラグを伴い、渦めいた軌跡で風を切り裂き迫る無数のスリケン!

 

 新たな黒鍵を取り出す暇も隙も存在しない以上、もはや頼れるのは鍛えぬかれた己のカラテのみ!

 

 

「うおおお! イヤアアァァ────ッ!!」

 

 

 裂帛のハッキョク=シャウト! 綺礼の気合の込められたオタケビが大気を切り裂く!

 決死の抵抗! 旋風めいた速度で手足を振るい、飛来するスリケンの迎撃を試みる綺礼! 

 

 だが、綺礼のカラテを以てしてもスリケンの軌跡は余りにも鋭く、疾く、そして実際情け容赦なかった!

 背後からのスリケン弾幕が、綺礼の防御を貫き鍛えぬかれたその肉体へと突き立つ!

 

 

「グワーッ!」

 

 

 大口径のライフル弾めいた衝撃!

 鍛えぬかれたカラテとカソックめいた強化僧服の恩恵で重症こそ免れたものの、骨まで響くスリケンの威力によろめく綺礼!

 

 そして綺礼に同行していた現地諜報員二名は防御の構えを取ることすらできず、全身にスリケンを受けハリネズミめいた有様になっていた! コワイ!

 

 受けた傷は浅からぬもので、僅かに身を捩っただけで激痛が駆け巡る。

 痛みに耐える訓練も重点な綺礼でも、それを完全に無視してアクションすることは実際難しい。

 だが、ダメージ以上に綺礼の動きを封じるセンテンスが、謎のニンジャの言葉に含まれていた。

 

 

「ぐ……ッ、貴様は……この街に潜伏しているという魔術師の、敵のよう……だな」

 

 

 綺礼たちが教会より命を受けて追ってきた魔術師を別口で追っているらしい追跡者、その正体が気にかかる。

 何しろこちらは魔術師が存在するという確証すら掴めていなかったのだ。

 スシ・バーが魔術師の拠点というのは推測、その魔術師が代行者を手に掛けたというのも推測、そして代行者が死んだということすら推測。

 現時点では行方不明という扱いでしかないのだ。

 教会の組織力ですら追えぬほど、実際巧みに己の痕跡を消していた異端の魔術師を捉えた謎のニンジャの正体とは一体どこのどいつなのだ。

 

 それ故に綺礼は、このニンジャから情報を引き出すことを重点した。

 痛みでやや息が切れてはいるが、話ができないほどではない。

 何とか回復するための時間を稼ぎ、このイレギュラーな事態の原因を探らねば。

 

 

「何を今更。オヌシらはアヤツの身内なのだろうに」

 

「……なんだと? 何を根拠にそんな事を」

 

「コヤツの顔に見覚えがあるはずだ」

 

 

 そう言って、足元に広がるネギトロめいた人間の残骸から生首を拾い上げる謎のニンジャ。

 

 おお、なんということだ!

 驚愕の表情を貼りつけたまま硬直したそのヒューマン・ヘッドは、綺礼たちが探していた代行者、トーマス・アバダギのものではないか!

 

 

「この街のモータル達を手にかけ、非道な実験を行なっていた魔術師に協力していた代行者崩れだ。

 コヤツが死の間際に全てを話した。

 自分と同じ元教会の構成員がこちらに向かっている、ソヤツらも自分の仲間だとな」

 

 

 その言葉を聞き、その真意を探るべく綺礼は思考を巡らせた。

 

 ニンジャの言葉が全て真実であるとするならば、消息を絶った代行者は死んでいた訳ではないのだ。

 死を偽装して地に潜り、この街を根城としていた魔術師のもとに身を寄せていたのだろうと推測できる。

 

 と、ここで綺礼の脳裏にセンコめいた閃きが奔った!

 

 恐らくは、代行者トーマス・アバダギはかなり以前から魔術師と通じていたのだ。

 何の変哲もないスシ・バーに潜伏する魔術師を捉えられないなど実際オカシイではないか!

 教会内の捜査情報を魔術師に流し、見返りに何かしらの報酬を受け取っていたのだろう。

 汚い話であった! ニンジャよりも汚い!

 

 だが、そんなタイトロープ・ワーキングがいつまでも続く訳はない。

 裏切り行為が露見したか、あるいは露見する前に死を偽装して隠れたか。

 そして後始末として目の前にいるニンジャに偽情報を流し、捜索者である自分たちと相討たせることで足取りを消し去ろうとした、と考えるのが妥当か。

 

 結果からすると企みは裏目となり、目の前のニンジャの手にかかる羽目になったようだが。

 インガオホー。

 

 何はともあれ、死人の思惑に踊らされて無益な戦いを行うのは避けたい。

 足元に転がっているハリネズミ、もとい同行者二人もかろうじて息があるようだし、右の頬を打たれたら左の頬にカラテパンチと言うではないか。

 

 話は終わりだと言わんばかりにスリケンを取り出すニンジャを制するように手をかざし、戦闘態勢を解く綺礼。

 ようやく息も整ってきた。

 

 

「ま……待ってもらいたい。

 我らは教会より指令を受け、消息を絶った代行者トーマス・アバダギの捜索と、その原因の調査にやってきたのだ。

 決して背教者の仲間などではない。

 その男が死に際に吐いた苦し紛れの偽りだ、我々には貴殿と敵対する理由がない」

 

 

 ここで交戦すれば綺礼の敗死は必至。

 いかに策を弄したとしても、勝てる相手と勝てぬ相手がいる。いかなる奇策や詐術も、それで埋められる範疇に戦力差が留まっていればこそ意味があるもの。

 隔絶したカラテ戦力差を見定める確かなカラテ眼力を、綺礼は備えていた。

 

 

「口先だけならば実際どうとでも言えるだろう。ホウベン・ライアーではないという証拠はあるか」

 

「無い。形のある証拠は持ってはいない。

 だが、嘘を言ってはいない」

 

「フゥーム……」

 

 

 何とも苦しい説得だと、綺礼は内心でほぞを噛んだ。

 実際証拠と言えるようなものは何一つ持ってはいないのだ。

 仮に自分たちが落命したとして、その後に不都合を招く可能性があったからではあるが、この場においては悪判断であったと言える。

 

 腕を組んで唸るニンジャから僅かに注意を外し、地面にマグロめいて転がり呻く同僚の様子をうかがう。

 既に奇声はあげておらず失禁も止まっているようだが、全身に受けたスリケンで実際瀕死だ。

 一刻も早く診療所に担ぎ込み治療を受けさせなければオタッシャ重点してしまうだろう。

 

 人が美しいものを美しいと思えず、喜ばしいと思うものを喜ばしいと思えぬ綺礼ではあったが、同僚を見殺しにするのが正しい聖職者の在り方でないことは理解している。

 もちろん彼らも、命のやり取りをするにあたっての覚悟はあったはずだ。

 だが、異端狩りの戦闘中に落命するのとは訳が違う。

 正当と信じられる理由あっての戦いではない、こんな誤解を発端とした戦闘で死ぬのは、彼らとて決して本望ではないはずだ。

 

 そう、ほんの一瞬だけニンジャから気を逸らした次の瞬間!

 突如、綺礼の首筋を打ち据える激しい衝撃!

 

 

「グワッ!?」

 

 

 脳を揺らされ、綺礼の視界が砂嵐めいて乱れる! これは一体!?

 

 気付けば、つい先程まで眼前に立っていたはずのニンジャの姿がない!

 断ち切られそうな意識を必死に繋ぎ止め周囲を探る綺礼の視界に映ったのは、己の背後でカラテチョップめいた構えのザンシンをとくニンジャの姿!

 

 無重力めいた浮遊感を感じる。

 それは現実のものではなく、ダメージを受けた脳が見せる錯覚だ。

 ウケミ・ムーブを行うことすらできず床に倒れこんだ綺礼の耳に、ニンジャのささやき声めいた静かな呟きが届いた。

 

 

「オヌシの言葉に嘘は感じられないが、だからといって全てを信じることもできない。

 元より僕が狙うは魔術師重点、判断は保留とさせてもらおうか。

 ────もし、オヌシがコヤツらのように罪なきモータルを手に掛けようとしたならば、その時こそ────」

 

 

 

 

 

 

 

 意識が覚醒する。

 目の前にあるのは宵闇色のコートでもガンメタルのメンポでもない、ただの見慣れた天井だ。

 自分の体の周囲にあるのも、ネギトロめいた死骸と血潮の混合物ではなく、粗末なベッドとシーツと毛布。

 

 そしてここも東欧の小都市などではない。

 聖杯戦争の舞台となる日本の地方都市フユキに存在する魔術師の家系の一つ、遠坂家の邸内に与えられた綺礼の私室であった。

 

 

「──────夢、か」

 

 

 気だるげに身を起こす綺礼。

 ずいぶんと懐かしい記憶を夢に見たものだ。

 

 かつて、遠坂時臣に弟子入りするよりも昔、代行者として現役だったころの記憶を夢に見るとは。

 

 あの後……夢の終わりの光景のあと、数分の意識の断絶の後に綺礼は意識を取り戻した。

 綺礼と同行者二人には簡素ながら手当が施されており一命を取り留めオタッシャすることはなかったものの、ブザマを見せたことに変わりはない。

 

 追っていた代行者と、その協力者であった魔術師の遺体は、あのスシ・バーの中に転がる残骸の一つと成り果てていた。

 結果として、彼らは任務を果たして生還できたのだ。

 残念な事に重篤なニンジャリアリティ・ショックによる精神的後遺症が残ってしまった二人は現役を退くこととなったが、命があっただけマシであろう。

 

 自分たちをベイビーサブミッションめいて痛めつけ、あのツキジめいた光景を創りだしたニンジャに、綺礼は強い興味を抱いた。

 あの時、あのニンジャの放つジゴクめいたアトモスフィアに、確かに綺礼の心は震えたのだ。

 ニンジャリアリティ・ショックではなく、恐怖でもなく、確かに、何かに。

 

 その震えが何を示すものか、己の心のどの部分にあのニンジャに対し反応するものがあったのか。

 どれほど記憶を辿ってみてもわからなかった。

 どれほど精細に記憶を反芻しようと、それはニンジャとの直接の邂逅には実際遠く及ばないということだけがわかった。

 実際にニンジャと対面してはじめて、あのパッションを思い出せるのだと、綺礼は直感重点していた。

 

 

 綺礼が遠坂時臣に弟子入りし、今こうして聖杯戦争に参加すべくフユキの地に留まっているのも、全てはあの出会いが遠因であった。

 

 いくら父が聖杯戦争の監督役を務めていたとはいえ、現役バリバリの代行者であった自分が参加する理由としては実際薄い。

 それを決断したのは、聖杯戦争のルールと性質を、あの謎のニンジャについて調べた情報と照らしあわせた上での事であった。

 

 メイガススレイヤー。

 本名不詳、経歴不詳、正体不明の魔術師殺し。唯一、男であるらしい事だけは判明していたがそれだけだ。

 世界中のさまざまな戦場などに現れて、執拗に魔術師を殺し続ける悪魔めいた狂人と目されているニンジャであった。

 

 そう、ニンジャなのだ。

 魔法使いに次ぐ神秘の体現とも言われる東洋の神秘の化身。

 神代の時代から数々の歴史的出来事の裏にはニンジャの姿があったとも言われつつ、しかしその実体はアンダーグラウンドに埋もれ誰にも知られず歴史の影に消えた存在。

 現代に於いてはほとんど実存していない、ある意味では聖杯戦争で召喚される英霊に近しい奇跡そのものと言ったところか。

 聖堂教会にはニンジャなど実在しないヨタ話めいた幻想と鼻で笑う者の方が実際多かったが、現実にニンジャとエンカウントした綺礼にとっては、その実存を疑うべくもない。

 

 体験主義重点だ。

 直接メイガススレイヤーと出会い、生き延びた言峰綺礼だからこそ判ることがある。

 

 あのニンジャは、ただ無軌道に魔術師を殺している訳ではない。

 ヤツには一定のルールがあり、己の信念に基づいて魔術師を殺しているのだ。

 ただのジェノサイダーニンジャではない、選別的虐殺ニンジャ。

 あんな証拠も何もない綺礼の言葉だけで命を奪わず見逃し、あまつさえ手当まで行う奥ゆかしさは、ただの狂人のそれとは思えない。

 

 

 会いたい。

 

 心の底から、綺礼はそう思った。

 綺礼は、己を正常な人間だとは思っていない。

 情動を理解できず、虚無めいた内面はいかなる喜怒哀楽を目にしても震えぬ。

 そんな自分から見ても、なお狂人めいたメイガススレイヤー。

 

 彼の瞳に宿る炎の糧は憎悪か、それとも復讐か。いずれにせよ、人の心を持たぬ悪鬼とさえ思える威圧的アトモスフィア。

 だがしかし、その人ならざる者めいたニンジャと視線を交わし合い、綺礼の心は初めて揺れ動いたのだ。

 あのジゴクめいた重圧の正体とは何なのか。

 

 彼に出会い、己の心の裡に生じた震えは何なのか問い掛けたい。

 ひょっとすると、これこそが他人へのシンパシーめいた感情なのではないか。

 あのニンジャの戦う理由を知ることこそが、己の心の在り処を知るロードサインとなるのではないかと、そう綺礼には思えてならなかった。

 

 だが、ニンジャの隠密能力は実際ケタ違いであり、天狗めいてすらいた。

 教会の情報力ですら足取りの影すら追えず、掴めた情報はメイガススレイヤーが活動したという痕跡の後追いばかり。

 これでは実際埒があかない。そのエンドレス・チェイスはトム&ジェリーめいていた。無益であった。

 

 だから、発想を変えてみることにしたのだ。

 

 

 メイガススレイヤーは言っていた。

 罪なきモータルを手にかけた時、自分は再び現れると。

 

 ならば、罪なきモータルが犠牲となりうる舞台の近くにいれば、再び彼に出会えるということかもしれないではないか。

 

 そう結論づけたところで綺礼の手にスポーンしたのがレイジュ・タトゥーの影であった。

 そのイレズミめいたパターンは、その時の綺礼には神の賜物めいて見えた。

 

 

 聖杯戦争はフユキで行われる。

 

 フユキは無人の荒野などではない。その街は人々が住まい、日々働き、子を産み育てる生活の場だ。

 発展を続ける新市街ではサラリマン達がせわしなく行き交い、歓楽街ではオイランが客を呼び込む。

 バックストリートにはびこるヨタモノ達も、ある意味では栄えた街の証明めいていた。

 

 その地を魔術師同士の戦いの場とする。

 魔術師とサーヴァント達がひしめくキリング・フィールドへと変貌したフユキでは、実際多くの犠牲者が生まれるはずだ。

 

 記録を調べた限り、過去の聖杯戦争でも少なからぬ人死が出ていた。

 にも関わらず全ての真実は闇から闇へと覆い隠され、魔術協会や聖堂教会によって隠蔽されている。なんとマッポーめいた事か。

 

 そんな聖杯戦争の第四回が開催されるとして、メイガススレイヤーはそれを見逃すか?

 ありえない。

 確実にやってくるはずだ。

 あの魔術師を殺す者、メイガススレイヤーは、必ず。

 

 

「もうすぐだ……。もうすぐ、あの男に再会できる。

 問わねばならん。

 奴が、その明日なき戦いの先に、何を得ようとしているのかを……」

 

 

 たとえその邂逅の果てに、この命が失われるのだとしても。

 

 

 


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