Fate/zeroニンジャもの   作:ふにゃ子

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その17

 

 

 

「なんたることだ、まさかこんな事態になるとは……」

 

 

 その遠坂邸に、自室で頭を抱える赤いスーツの顎髭紳士、遠坂時臣の姿があった。

 夕方ごろ、ミヤマタウン辺りの廃屋内で昏倒している言峰綺礼が発見され、教会経由で密かに連絡が届いた。

 驚くべきことにアサシンは全滅し、綺礼自身も複数箇所の骨折や内臓へのダメージで起き上がることすらできないほどの重症という有様であった。

 今は病院で集中治療室に入っている。サイバネ化などをさせるつもりがない以上、治療には相応の時間が必要になるのだ。

 

 自室を冬眠前のグリズリーめいて歩き回り、何とか考えをまとめようと思い悩む時臣。

 英雄王を切り札に置き、アサシン軍団での隠密行動重点。最大の戦力と最大の諜報力をリキシャーの両輪めいて配した、必勝の策。

 そのようなプランで立ちまわる作戦がいきなり崩壊したのだ。

 

 忠実な弟子であった綺礼の暴走も確かに問題ではあったが、昼日中から戦闘を開始した挙句にアサシンを屠ったいずれかの敵陣営も厄介過ぎる。

 街中ではニンジャの集団を見たという荒唐無稽な噂が流れていた。

 恐らくはアサシンと、綺礼が追っていたというニンジャとやらのことなのだろう。

 昼間に感じた異常な魔力も、一〇〇体近いアサシンを一度に葬れるほどの魔術なり宝具なりを発動したと考えれば納得できる。できてしまう。

 まさかアサシンが分身を解除して正面から戦ったわけでもあるまい。

 

 悩みの種はそれだけに留まらない。

 

 ミヤマタウンの外周に存在する間桐邸で起こった、異様な火災。

 現場検証によれば液体燃料を満載したタンクローリー車が突っ込み、爆発炎上した事が原因であるそうだが、それが全てではないだろう。

 魔術師の工房というのは一種の要塞めいたものだ。間桐の家ともなれば、その防御に手抜かりなどないはず。

 それが、たかがタンクローリー車が突っ込んだくらいの火勢で焼き尽くせるものだろうか?

 どう考えても意図的な何かによるものだ。

 

 そして同じ現場で起きた、マッポと消防士の虐殺。

 詳細な情報を得られず調査中だった教会へと先ほどランサー、ライダー両陣営から共同で通報があった。

 虐殺の下手人はバーサーカーと推定されるサーヴァント、そしてニンジャめいたマスターだと。

 璃正から緊急コネクションを受けた時臣にとっても、それは実際衝撃であった。

 

 ニンジャ。

 

 

「ニンジャ……バカな、よもや本当にニンジャが実在するというのか……?」

 

 

 ありえん、とかぶりを振る時臣。

 ニンジャなどというのは創作上の存在で、現実には存在しない。

 肉体を持つ英霊めいた存在? 半神的存在? ニンジャ神話?

 バカげている、そんな者たちが現実にいるなら、魔術師は決して放っておかないはずだ。 

 

 いや、だがしかし、無知なモータルめいた者ならいざ知らず、あの言峰綺礼がそんな勘違いをするだろうか。

 

 

「……いや、まさかな」

 

 

 ため息と共に内心の不安を吐き出す時臣。

 何はともあれ、戦術の練り直しだ。

 まずは綺礼の意識が戻るのを待ち、彼を倒した陣営を特定するべきだろうか、などと考えつつ、ふと視界を窓の外へと向けた。

 

 ここミヤマタウン超高級住宅地区は住宅密度が極めて低く、家々の間には耐汚染改良されたバイオ雑木林が存在するほどの、貴族領めいた余裕がある。

 そのためフユキ中心市街地のバベルめいた不夜城都市とは異なり、夜中は灯りも乏しく、結果として夜闇の支配する領域が広くなる。

 そして太陽すら満足に見えぬ緞帳めいた黒雲が四六時中空を覆い尽くしているフユキでは、月星の輝きも期待できない。

 

 そんな暗闇の空を飛ぶ、何やらサカナめいた飛行物体が。

 

 

「……? マグロ・ツェッペリンか」

 

 

 訝しげに観察し、正体を見切って興味をなくす時臣。

 フユキ市警が飛ばしている不恰好なパトロール飛行船だ。聖杯戦争には関係あるまい。

 

 神経が過敏になっているのか、と疲れた表情で目許を指先で揉みほぐしつつソファに腰掛け、気晴らしにワイングラスに口をつける。

 

 フウとため息をつき、もう一度フユキの空を見た。

 マグロ・ツェッペリンの機影はもう見えない。ビルの向こうにでもいるのか、それとも単にこの部屋の窓から見えぬ角度の死角めいた位置に入ったか。

 どうでもいいな、と軽く息を吐き────

 

 その直後である!

 遠坂邸の魔術的感知結界に大質量の何かが接触する感覚が時臣へと伝わった!

 そして!

 

 

 KRAAAAAASH!!

 

 

 遠坂邸を、地震めいた衝撃が襲った!

 天井が裂け、洋風チャブがひっくり返り、本棚が倒れて転がったワインボトルを粉砕する!

 

 

「なッ、何事だ!?」

 

 

 ワイングラスを取り落としつつも、己の魔術礼装たる宝石つきのボーを手に取る時臣!

 優雅さや余裕を維持しようと務めてはいるものの、さすがに動揺は隠し切れない!

 一体何が起こったというのか!?

 

 状況判断の為にと外へ目を向けた時臣の視界に、窓ガラスへと迫る靴の裏が映り込んだ!

 

 

 キャバァーン!

 

 

 粉砕されるガラス! 砕ける窓枠!

 咄嗟に顔を庇い、魔術回路を起動させて宝石ボーを構えつつ後ずさる時臣!

 

 そして窓からエントリーするフード付きパーカーの男!

 

 時臣は知っている!

 このフード付きパーカーの男を知っている!

 妻から紹介された、誰より信頼する幼馴染として!

 裕福な魔術師の家を捨て、貧しいモータルとして生きる道を選び、このマッポーの世紀末日本で真っ当なサラリマンとして生きていたはずの男を!

 

 

「……貴様は……まさか!?」

 

 

 フード付きパーカーの男がヘドロめいて濁った瞳に殺意を漲らせ、時臣へと視線を向ける。

 そして口を開いてアイサツ! 続いてオジギをした!

 

 

「ドーモ、遠坂時臣=サン。間桐雁夜です」

 

「やはり……間桐……雁夜!」

 

 

 表情を険しくする時臣。

 魔術を嫌ってフユキから去り、はるか遠方の街で最下層労働者として働く事を選んだ逃亡者めいた男。

 だがその後最下層労働者から這い上がってサラリマンとなり、オーボンには欠かさず帰省してくるよう実際義理堅い努力家でもある。

 時臣自身とはさして親しいわけではないが、妻の古くからの友人であることもあってそれなりに付き合いはあった。

 

 

「……驚いた。魔術の道に背を向け、市井に身を落とした君がマスターとなった挙句、こうして直接乗り込んでくるとは。

 間桐のご老人に唆されでもしたのかね?」

 

 

 雑談めいて声をかける時臣。

 だがしかし、内心の余裕は実際ない。こうして対峙しているだけで何故だかわからぬが脂汗が滲み、寒気めいた悪寒を感じる。

 

 時臣が把握している限り、雁夜は急造の魔術師だ。

 修練期間は一年にすら足りるかどうかという短さであり、才能も平凡のはず。

 魔術師としては実際ニュービーめいたニワカ作りに過ぎない。

 

 だというのに、この得体の知れないプレッシャーはなんなのだ。

 

 ヘドロめいて濁り、ただ殺意だけがある人間性の薄い眼差しで時臣を見詰める雁夜。

 薄暗い部屋の中ゆえ表情は判然としないが、底光りする眼光だけがヒトダマめいて浮かび上がって見える。

 

 

「……時臣=サン。伝えておきたい事があるんだ」

 

 

 静かな口調。まとわりつくような邪気を放ちつつも、不気味に落ち着いたアトモスフィア。

 

 

「伝えておきたい事、だと?」

 

 

 訝しげに眉をひそめる時臣。

 一体何を伝えたいというのだ。

 

 

「間桐の家が焼けたの、知ってるか。知ってるよな」

 

「……把握はしているが」

 

 

 首肯する時臣。

 実際、監督役である璃正からの秘密めいたコネクションによって、ミヤマタウンでの火災が間桐邸で起きたものであることは既に知っていた。

 ただし、犯人までは不明とも。

 

 不確実な予想ながら、時臣は綺礼を討ったマスターが怪しいと睨んでいた。

 同じミヤマタウンで瀕死の重傷を負って力尽きていた事と繋がりがあるのではないかという考えだ。

 

 同じく間桐邸で起きた虐殺も、そのマスターによるもの……と思っていたのだが、今はどうも違うのではないかという気がする。

 通報された虐殺犯の風体が、目の前の男によく似ているのだ。

 中肉中背、フード付きパーカー、白髪、ゾンビーめいて生気のない顔色。

 だがしかし……どういうことなのか?

 

 間桐雁夜の人となりに詳しいわけではないが、少なくとも虐殺や魂喰いをさせるほど分別のない男ではないはず。

 妻の信頼が、そのような無軌道な人間に向けられているはずもない。

 ライダー陣営とランサー陣営の謀略、欺瞞情報なのか?

 

 ニューロン内で様々な情報がケゴン・フォールめいて流れ、時臣の悩みを深める。

 そんな時臣を気にした様子もなく、続けて口を開く雁夜。

 

 

「桜ちゃんもさ、死んだんだ。どう思う?」

 

 

 世間話めいて気負いなく発された台詞に、一瞬耳を疑った。

 だがしかし、なるほど確かに有り得る話ではある。

 

 何者かによる間桐邸への襲撃。サーヴァントが居る可能性の高い魔術師の工房を襲うのは、やはりサーヴァントを連れた魔術師と考えるのが妥当か。

 少なくとも自分と綺礼は違う。目の前の雁夜もありえないだろう。つまり他のいずれかの陣営だ。

 

 ……まさかとは思うが、間桐雁夜は桜がその襲撃の犠牲になったことを伝えるために来襲したのか?

 外部とのコネクションを制限していた自分へと、強引に伝えるために?

 バカげている、さすがにありえんとニューロン内からその予想を消し去る時臣。

 

 

「……あの子は間桐の家へと養子に出した、つまり今は間桐の娘だ。

 私から言うべきことは……ない」

 

 

 言葉とは裏腹に、その眉間には岩の亀裂めいて深いしわが刻まれており、表情も苦々しい。

 血を分けた娘が死んだと聞いて、実際何とも思わぬわけがない。たとえ戸籍上は既に娘でなくてもだ。

 とはいえ、それを表に出すのは魔術師としての信念上できぬ。貴族に相応しい、奥ゆかしい振る舞いではないからだ。

 

 

「言うべきことはない? 本当に、何もないのか」

 

 

 一歩踏み出しつつ、雁夜が問う。

 その瞳は狂気めいた眼光で底光りし、人間らしからぬ鋭さ。

 だがその声は、どこか不安めいた感情で揺らいでいる。懇願する子供めいたアトモスフィアな。

 

 

「くどいぞ、間桐雁夜=サン。あの子も魔術師の家系に生まれた娘、幼くともその意味を理解していたはずだ」

 

「そうか……そうか」

 

 

 さらに一歩近寄る雁夜。

 それにつれて強まる、重力めいたプレッシャー。

 無意識に喉を鳴らし、手にした魔術礼装を確かめるように視線を動かす時臣。

 長いこと愛用している大粒のルビーがシンボルめいて嵌めこまれたボーだ。

 神経めいた魔術回路から流しこまれる魔力により繋がっている為か、イマジナリー四肢めいた一体感を覚える。

 

 

「何も思わないか……そうだよな、そうだ、魔術師ってそういう人種……だったよな」

 

 

 さらに進み出る雁夜。

 その顔が、室内に存在する唯一の光源であるボンボリによって、幽玄と照らし出される。

 

 おお……見よ! その顔を包む異形のメンポを!

 ヘドロめいて濁った昏い瞳が、ジゴクめいた眼光で時臣を威圧する!

 かつての間桐雁夜とは、似ても似つかぬその有様を!

 

 この時、遠坂時臣は漠然と理解した!

 目の前の男の心が、狂気めいた何かに蝕まれていることを!

 

 そして時臣の魔術師直感力は感じ取った! ……感じ取ってしまった!

 妻の幼馴染が、かつて出会った時とはあからさまに異なる存在に成り果てていることを!

 魔術師ではない! 死徒でもない! 軍事用殺戮サイボーグでもない! バイオ改造ソルジャーでもない!

 

 このおぞましく名状しがたいアトモスフィアの正体は────

 

 

「バカな……ッ、ニンジャ!?」

 

 

 目を剥いて唸る時臣! よもやニンジャが現実に存在するとは、そしてそれが妻の親友、あの間桐雁夜だなどとは!

 驚愕が時臣のニューロンを満たす!

 妻がこの事を知っていれば話さぬわけはあるまい。ましてやあの間桐の怪翁が、ニンジャを放っておくわけもあるまい。

 だがしかし、目の前の男はあからさまにニンジャ! 何がどうなっているのか!

 鍛えぬかれた魔術師胆力で失禁を堪えたものの、精神的衝撃は実際大きい!

 

 

「桜ちゃん、一人だけじゃ寂しがるだろ……時臣=サン。一人より、四人がいいさ」

 

 

 言い終わるや吹き出すジゴクめいた殺気!

 

 雁夜の異常な言葉とアトモスフィアに、表情を険しく歪める時臣!

 妻の幼馴染……いや! この狂ったニンジャがやってきた理由とは、まさに時臣の命を狙っての事か!

 

 桜が死んだ。

 これは嘘ではなかろう、そんな嘘をつく理由は間桐雁夜にはないはずだ。そんな悪趣味な、外道めいた嘘で時臣を動揺させようとする男ではないはず。

 だが、あの子を成仏させるための供養として三人……つまり自分と葵、そして凛まで殺すというのか?

 そんな訳の分からない話があるか! ブッダも怒る!

 

 敵の戦力は未知数! 間桐の魔術を使うことだけは恐らく間違いないだろうが、このニンジャ圧力の正体は実際不明!

 時臣の目には今! 雁夜がダイダラ・ジャイアントめいた脅威として映っていた!

 

 

(……念話で呼び出すのでは、恐らく間に合わん……ならば令呪でアーチャーを呼び寄せるのが無難か?)

 

 

 その時である!

 時臣の魔術師的感覚が、己のサーヴァントが何かと交戦を開始した気配を察知した。

 恐らくは目の前の男が召喚したサーヴァントだろう。実際こうして対面すれば、ブレーサーに隠された手から令呪の気配も感じ取れる。

 マスター同士で戦うために、己のサーヴァントを足止めに差し向けていたというのか! 実際用意周到な!

 これではアーチャーを令呪で召喚すれば、敵サーヴァントと間桐雁夜のサイドアタックを受ける可能性がある!

 つまり召喚を選択するのは悪手!

 

 しかし、時臣とてフユキのセカンドオーナーとして、そしてスゴイ級の魔術師としての誇りがある。

 突貫工事めいた修行しか積んでいない未熟者に、一対一で敗れるつもりなどない!

 たとえ相手がニンジャだとしても!

 

 本能的恐怖心を抑えこみ、常と同じ貴族めいて優雅なアトモスフィアを意識してまといつつ、戦闘態勢を整える時臣。

 体内の魔術回路が暖機運転を終えたガスタービンエンジンめいて稼働し、魔力をみなぎらせる。

 

 時臣は足元に転がる割れたボンボリを踏み潰しつつ、一歩進みでた。

 

 

「急造の魔術師風情のワザマエで私を殺せると、本気で思っているのか。間桐雁夜=サン」

 

「殺すさ」

 

 

 決断的宣言に、警戒を深めつつボーを構える時臣。

 衝撃から生き残ったタングステン・ボンボリの頼りない光源が照らしだす、緑色の雨がまばらに降りだした室内で対峙する二人。

 摺り足で間合いを測る時臣。その足首が、なにかに掴まれたようにつんのめった。

 

 

「ヌウーッ?」

 

 

 訝しげに視線を床へと落とした時臣が見たのは……おお、ナムサン!

 床一面を覆い尽くす奇怪なウジめいた蟲の群れ! なんだこれは! 間桐の魔術か!?

 そして踏み潰されたウジから流れでた粘性の高い体液が、靴の裏をトリモチめいて捕えている! ウカツ!

 

 意識が逸れた事により生じた隙を見逃さず、雁夜が両手を突き出す!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 その十本の指が高圧送電ケーブルめいた太さのミミズめいた蟲へと変じつつ伸びる!

 先端部に備わった口めいた部位には、無数のペン先めいた牙が放射状に生え並び、獰猛な殺意を見せている! コワイ!

 なんたる奇怪な光景か!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 時臣が握る宝石ボーから発した火炎が壁めいて放射されて蟲を焼いた!

 だがしかし火力不足か! 表皮を焼かれつつも殺到する蟲!

 判断ミスか? いや、違う!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 時臣はバックステップ回避!

 おお、見よ! 壁めいて放射された炎が時臣の足元にまで達し、ウジめいた蟲たちを焼いていたのだ!

 バイオアルパカめいて毛足の長いカーペットもろとも醜悪な粘液を焼き払い拘束から脱出!

 耐火性に優れた魔術的加工が施されている時臣の靴とズボンには焦げ目のみ! タツジン!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 バックステップで距離を取りつつ、さらなる火炎魔術を放つ時臣!

 ボール状の圧縮火炎が撃ちだされ、ミミズめいた蟲の開口部へと直撃!

 聞くに耐えぬ醜悪な悲鳴と共に体内から焼きつくされ死滅する蟲!

 

 

「やっぱり時臣=サンの魔術はスゴイ級だな」

 

 

 薄く笑いつつ、炎が腕に伝わる前に元は指だったミミズめいた蟲を切り離す雁夜。

 根本から喪失した指が一瞬で生え変わる。

 蟲からの伝達ダメージは無いようだ。

 

 

(化物め……!)

 

 

 ニューロン内で吐き捨てる時臣。今の再生から、蟲に変じた肉体から、そして足元のウジめいた蟲からも一切の魔力を感じない。

 つまり、あれは魔術ではない。ジツだ。いや、ニンポだったか?

 細かいことはともかく、間桐の魔術でないことだけは確かだ。

 ニンジャという存在について否定的だった時臣でも、もはや相対している男がまさしくニンジャであることを全面的に認めざるをえない。

 

 時臣の頬を伝った冷や汗がひとしずく、床へと滴った。

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 それを合図にしたように再び雁夜の攻撃!

 今度は……おお、ブッダよ!

 袖口から湧きだしたスカラベめいた蟲の大群がツナミめいて押し寄せる! なんとおぞましい攻撃か! ここはエジプトか!?

 

 魔術礼装たる宝石ボーだけでは火力が実際不足! 使い捨ての触媒となる魔術的加工済みガーネットが嵌めこまれたカフスボタンを左袖からむしり取り、時臣は投擲!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 宝石ボーからの火炎放射がスカラベの大群を押しとどめ、投げ込まれたカフスボタンが連鎖魔術起爆! バラめいた炎の花を咲かせる!

 カブーム! 一塊になっていたスカラベはまとめて焼却処分!

 

 時臣はその隙にバックステップ!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 雁夜のパーカーの背が裂け、剥き出しになった背中の皮膚を突き破り、数えきれぬほどの羽虫が生まれ出る!

 実際グロテスクに過ぎる! なんと悪趣味なジツか!

 

 背中から湧きだした蟲の大群がツナミめいて押し寄せる! ナムサン!

 魔術礼装たる宝石ボーだけでは火力が実際不足! 使い捨ての触媒となる魔術的加工済みガーネットが嵌めこまれたカフスボタンを右袖からむしり取り、時臣は投擲!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 宝石ボーからの扇めいた火炎放射が羽虫の大群を牽制し、投げ込まれたカフスボタンが炎の壁を噴き上げる!

 一ライン上に集まっていた羽虫はまとめて焼却処分!

 

 時臣はその隙にバックステップ!

 

 一見すると互角めいた状況だが、時臣のニューロンには焦りがあった。

 手持ちの宝石を使い捨てにして相殺できているということは、弾切れになれば押し切られるということ! ジリー・プアーだ!

 この膠着状態を打破し勝利するには、己のサーヴァントの手助けを得るのが実際確実な。

 

 だがしかし、館の反対側から聞こえてくる轟音はとどまるところを知らない。

 英雄王を前にして引けを取らぬ猛者! 実際恐ろしい相手のようだ。

 最終的にギルガメッシュが勝利することを時臣は疑っていないが、その前に自分がオタッシャしては元も子もない。時間稼ぎ重点な。

 

 連続して放たれた炎の魔術がカーペットに引火し、燃え広がっている。

 戦闘の余波で片足が折れて炎に飲み込まれゆく洋風チャブ。

 その上に置かれていた、数年前に撮影された家族四人の写真が収まるフォトホルダーも無惨に燃え尽きていく。

 何故か時臣から目を逸らし、倒れて燃えてゆくフォトホルダーを見ている雁夜。

 

 何かわからんが好機!

 負けを待って無駄死にと、平安時代の剣豪ミヤモト・マサシも言っている!

 

 

「隙あり! イヤーッ!」

 

 

 時臣が突き出した宝石ボーから、蛇めいて炎の帯が伸びる!

 迫る炎蛇に気付き、咄嗟に側転回避する雁夜! しかし炎蛇はブーメランめいて軌道を変えて追尾し、雁夜の体に直撃!

 

 ゴウランガ! 雁夜の体に接触するや猛烈な勢いで火の手が上がる! 火だるまだ!

 

 

「グワーッ!」

 

 

 全身を炎に包まれ、苦しみ悶える雁夜!

 のたうちまわって転がり、壁に激突! 外れたカケジクが落下して雁夜の体の上に落ち、炎に飲まれる!

 フード付きパーカーと共に燃え尽きる『不如帰』のショドーカケジク!

 

 

「やったか!?」

 

 

 宝石ボーを構えつつ雁夜の様子を伺う時臣。

 いかにニンジャめいた敵であろうと、これだけの炎に巻かれては無事ではいられまい。

 警戒を絶やさず、しかし勝利への確信めいたアトモスフィアを出しつつ燃える雁夜を見る時臣。

 

 その時である!

 

 KRAAASAAAASH!!

 

 時臣の真下の床が、階下からの一撃で粉砕!

 おお、見よ! 床を突き破ったカマキリめいた巨大なブレードを!

 

 

「グ、グワーッ!?」

 

 

 ナムサン! 回避が遅れた時臣の片足が深々と斬り裂かれた!

 おお、見よ! 足裏から膝近くまで達する裂傷! 足がほとんど二本に分かれているではないか! ムゴイ!

 

 片足を犠牲に転がりワーム・ムーブメントめいて逃れる時臣! しかし傷は実際深い!

 転がり移動の勢いを利用して無事な足を軸に立ち上がり、壁に片手をついて体勢を立て直す時臣。

 激痛に息を乱しつつ、宝石ボーを構えアンブッシュ者を睨む。

 

 床を突き破りながら這い上がってきたのは一糸まとわぬ姿の────間桐雁夜ではないか!

 間桐雁夜が二人!? これは一体何だ!?

 

 皮膚にはピンク色の粘液めいた何かがたっぷりと付着しているが、炎に焼かれたらしい痕跡は皆無!

 おおむね人間めいた姿だが、左の肩甲骨が皮膚を突き破り体外に露出し、カマキリの腕めいて変形している!

 なんたる異形か! エイリアンめいている!

 

 炎に包まれているパーカー姿の雁夜の方へと目線を動かした時臣が、違和感めいた何かを感じ取った。

 よくよく見れば燃え盛る炎に包まれうずくまっている雁夜の腹辺りが裂け、床に穴が開いているではないか!

 

 炎に包まれ燃え尽きていく雁夜と、無事な様子の雁夜。

 両者を見比べた時臣のニューロンが、魔術師直感力によりトリックのタネを看破!

 無傷の雁夜の方は、体格が僅かに小さい!

 

 

「まさか……バカな、脱皮したとでもいうのか!」

 

「正解だ、時臣=サン。スルドイな」

 

 

 皮膚を突き破り湧いてでた線虫状の蟲を全身にまとわりつかせて忍装束を構築しつつ、時臣へと近付く雁夜。

 右の肩甲骨も左と同じく体外へと露出し、見る見るうちに巨大なカマキリ状の腕へと変形!

 

 殺気を剥き出しにしたニンジャの威圧的アトモスフィアに打ちのめされる時臣!

 

 

(……何がニンジャだ! ニンジャだからどうだと言うのだ!)

 

 

 だが、時臣の足は意志に反して茹で過ぎたソバ・ヌードルめいて萎えていく。

 これがモータルとニンジャの間にある、アトランティック・オーシャンめいた開きから来る本能的恐怖心だというのか?

 魔術師精神力で奮い立たせた闘志を視線に込め、緑色の雨越しに雁夜を睨みつける。

 だがしかし、その視界が蜃気楼めいて歪み始める!

 失血による意識の混濁か? それともニンジャリアリティ・ショックか?

 

 違う!

 

 思えば緑色の雨とはなんだ! 重金属酸性雨とて、これほど毒々しい原色であるわけがない!

 天井の裂け目から見上げた空には……おおブッダよ!

 極彩色の鱗粉を撒き散らし、我が物顔でフユキの空を穢す無数の蝶の大群だ!

 降りしきる雨に溶けた鱗粉こそ、この緑色の雨の正体か!

 

 緑色の雨の正体を把握すると同時に、ついに時臣の膝が地に崩れ落ちる!

 平安時代の哲学者ミヤモト・マサシ曰く、強い敵は落とし穴に落とせば良い!

 これも一つのフーリンカザンである!

 間桐の魔術を間近で見続けてきた雁夜だからこそ、あらゆる蟲の能力を最大活用できるのだ!

 なんと呪わしき血筋の呪縛か!

 

 

「グ、グワッ……これは麻痺毒!」

 

「ようやく効いたか、さすが時臣=サン」

 

 

 時臣は立ち上がろうともがくも、五体に力が入らず叶わない。

 決断的足取りで時臣へと迫る雁夜。

 

 時臣は魔力により体内の生理機能を制御し抗毒! だがしかし、毒性の強さゆえ完全に無効化は叶わず!

 

 

「こ……この程度で! イヤーッ!」

 

「イヤーッ!」

 

 

 定まらぬ意識を精神力で繋ぎ止め、魔術回路を全力稼働!

 直径一フィート近い火球が宝石ボーから発射された!

 

 だがしかし雁夜は跳躍回避!

 天井を、そして壁を足場にピンボールめいた異常な軌道で時臣へと迫る!

 ハヤイ! ハヤイすぎる! 時臣の魔術師動体視力でも影を追うのがやっとだ!

 イナヅマめいた速度で跳ねまわる雁夜!

 

 この場にニンジャ動体視力を有する者がいれば気付けただろう!

 雁夜の脚部がバッタめいた異形と化していることに!

 これもまた彼に憑依したニンジャソウルのユニーク・ジツがもたらす効果の一つなのだ!

 

 

「イヤーッ! イヤーッ!」

 

 

 時臣は裂かれた脚からの出血と激痛を精神力でねじ伏せ、宝石ボーから次々に火炎魔術を放って攻撃!

 だがしかし、あまりの速度にただの一撃も有効打は得られず!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 火炎弾幕を掻い潜った雁夜のサイドキックが炸裂!

 時臣は咄嗟に腕ガード!

 

 

「グワーッ!」

 

 

 魔力での強化も虚しく、ゴキリバキリという骨が粉砕される音と共に両腕があらぬ方向へとネジ曲がり、衝撃で吹き飛ばされる!

 

 CLAAASH!!

 

 時臣は壁を突き破り隣室へと突入!

 置かれていた柱時計へと激突して停止!

 

 

「ガハーッ!」

 

 

 折れた肋骨が内臓を傷つけたか、時臣は激しく吐血!

 肉体へのダメージ、そして麻痺毒により朦朧とする意識を精神力のみで繋ぎ止め、それでも体を起こす時臣。

 フユキのセカンドオーナー、そして先祖代々受け継がれた遠坂家の当代としての誇りが彼を支えているのだ!

 

 時臣が突き破った壁を蹴り砕きながら姿を見せる雁夜。

 足取りには疲労やダメージの影は見受けられない。決断的に確かな足取りだ。

 

 

「イ……イヤーッ!」

 

 

 宝石ボーを突き出し火炎放射!

 扇状に広がる炎での薙ぎ払い攻撃だ!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 だがしかし雁夜はブリッジ回避! そのまま仰向けブリッジ姿勢で高速移動し時臣に肉薄!

 ハヤイ! そして実際気持ち悪いムーブメントだ!

 腕と背中のカマで体を支え、ダブルキックで攻撃! そして跳ね上がったその脚はバッタめいた異形なのだ! コワイ!

 動きの鈍った体を全力で叱咤し、時臣は倒れこむように横へ回避!

 

 

「イヤーッ!」

 

「グワーッ!」

 

 

 ナムサン! 雁夜のふくらはぎに備わったノコギリ状のブレードで時臣の右腕が前腕部の中程から切断!

 握っていた宝石ボーもろとも宙を舞った!

 激しい出血! 片腕を失った時臣がジョルリ人形めいて地面へ倒れこみ、転がる!

 それでも左腕を動かし立ち上がろうともがく時臣の顎を、忍装束に包まれたつま先が蹴り上げた!

 

 

「グワーッ!」

 

 

 吹き飛び、仰向けに倒れる時臣! 顎の骨が砕けている! ムゴイ!

 

 両腕と左足に重症を負い、麻痺毒に蝕まれ、顎の骨も今しがた砕かれた。内臓のダメージも実際深い。

 仕立ての良いオーガニック素材のオーダーメイドスーツも血や蟲の体液、そして炎で汚れに汚れ、見る影もない。

 だが、おお、見よ!

 

 

「ヌ……ヌウウー……ッ」

 

 

 それでも遠坂時臣は戦意を失っていない!

 骨折した腕で、なおも立ち上がるための支えを探す。

 

 そんな時臣の胸に足を振り下ろす雁夜。

 枯れ木めいた破砕音とともに肋骨が踏み折られた。

 

 

「グワーッ!」

 

「そろそろ諦めてもいいんじゃないか、時臣=サン?

 大丈夫だ、すぐに一家四人揃って居られるようになるんだから」

 

 

 ヘドロめいてどろりと濁った瞳に、無力なモータルを蹂躙することを愉しむニンジャ感性からくる愉悦を浮かべる雁夜。

 おお、ブッダよ! 彼は幼馴染を娶った男の命だけではなく、その心をも折ろうとしているのか!

 もはや間桐雁夜は心までも邪悪なるニンジャソウルに飲まれてしまっているのか!

 

 見下ろす雁夜の視線を、重症の身でもなお折れぬ気力を奮い立たせて睨み返す時臣。

 

 

「そうは……いかぬ!

 聖杯戦争に関わる私だけならいざ知らず、葵と凛までも手に掛けようなどという狂った貴様を止めるのは……、ゴボボッ!

 魔術師である、この私の役目だ!」

 

 

 砕けた顎、溢れる血潮! 濁った声で、それでも力強く言葉を発する時臣!

 

 魔術師とは外道を進む人間だ。どれほど人道にもとる振る舞いをしていたとしても、やはり人間なのだ。

 人の営みの外側から襲い来る理不尽な脅威、すなわちニンジャなどに対抗する防衛者!

 それもまた、真理を目指すのとは違う魔術師の存在意義の一つ!

 フユキのセカンドオーナーとしての、遠坂時臣のノブレス・オブリージュなのだ!

 

 

「魔術師、魔術師、魔術師か……。

 葵=サンと凛ちゃんは護ろうとするんだな、桜ちゃんは護らなかったのに」

 

「ぬ……!」

 

 

 それは自分の責任ではない、と返すことは簡単だったろう。しかし時臣は決してそうは言わない。

 間桐へと桜を養子に出したのは、まさに自分の決断なのだ。その決断が桜の命を奪ったというのも、長いスパンで見れば事実。

 どれほど遠いところに原因があったとしても、自分の責任から逃れるのは遠坂の家訓から実際遠い。

 

 

「……ケジメはするとも。だがそれは、今ではない」

 

 

 過ちを犯したならば、その報いは受ける。インガオホーだ。実際当然の話だ。貴族ならば、尚更めいて。

 だが、過去の当主達から受け継がれた遠坂の魔術師の系統を絶やすわけにはいかぬ。

 遠坂時臣の過ちは、遠坂時臣自身が受けるべきものだ。

 次代を担う凛へと魔術刻印を受け継がせ、先代当主という名の一人の魔術師となり、その上で桜の墓前でセプクする覚悟であった。

 

 

「抜け抜けと!」

 

「グワーッ!」

 

 

 怒りの声と共に雁夜の脚が唸る!

 ニンジャ脚力でのケリ・キック! 時臣の大腿骨が粉砕!

 

 

「何がケジメだ! そんな殊勝な言葉を吐くくらいなら!」

 

「グワーッ!」

 

 

 怒りの声と共に雁夜の脚が唸る!

 ニンジャ脚力でのケリ・キック! 時臣の鎖骨が粉砕!

 

 

「何故! 桜ちゃんを! 手放したんだ! ザッケンナコラー!」

 

「グワーッ!」

 

 

 怒りの声と共に雁夜の脚が唸る!

 ニンジャ脚力でのケリ・キック! 時臣の脾臓が破裂!

 

 血反吐を吐いてのたうつ時臣! 致命傷めいた傷の深さだ!

 

 

「……、……!」

 

 

 雁夜を見上げつつ、ニシキ・カープめいて口を開閉させる時臣。ダメージの深さ故にかまともに声は出ていない。

 ささやき声めいた声量で発された時臣の声を聞き取ろうと、苛立たしげな表情で顔を近づける雁夜。

 

 

「……魔術師ではなく、人間ですらない、ニンジャの君が────どうこう言うべき話では、あるまい!」

 

 

 言い終わるや、時臣の胸元に残されてたルビーつきタイピンが発光!

 ナムサン! これも魔術的加工の施された、使い捨ての魔術爆弾めいた触媒だ!

 仰け反るように身を引く雁夜! しかし折れた左腕で雁夜の腕を掴む時臣!

 その腕に刻まれた魔術刻印が、このヤバレカバレの反撃を支えるべく時臣の肉体を活性化しているのか!

 

 KABOOOOOM!!

 

 タイピンが火を吹き爆発四散!

 ある程度の指向性を与えられた爆炎が雁夜の体を襲う!

 

 

「AAARRRRRRRGH!!」

 

「グワアアーッ!!」

 

 

 爆風の直撃を受けた雁夜の顔面は炭化し崩壊!

 そして相手の体を押さえ込んでいた時臣の体も焼け爛れる!

 胸元に至っては肉まで焼けて折れた肋骨や内臓の一部が露出するほどの深手!

 

 

「き、さ、ま……!!」

 

 

 肉と蟲が魔術の炎で焼かれたことにより漂う、鼻をつく異臭。

 ケロイド状に崩れた顔面を押さえつつ、まぶたが焼き潰され露出した瞳からジゴクめいた眼光を時臣に送る雁夜!

 

 言葉ではなく、ニヤリと微笑み返す時臣。

 もはや声を出す体力すらもないのだ。だがしかし、それでも心までは折れぬ。

 ハイティーン時代ならいざ知らず、遠坂の当主として長年役割を果たしてきた今の遠坂時臣の心を、たかが肉体への蹂躙如きで折れる訳などないのだ!

 

 その笑みに激昂したか、殺気を漲らせて右足を振り上げる雁夜!

 ニンジャ脚力での全力ストンピングか! 受ければ頭部粉砕は必至!

 

 だがしかし、もはや時臣に抵抗する余力はなし!

 

 

(……凛、お前に遠坂を継がせることはできないかもしれん。不甲斐ない先代である私を恨んでくれていい。

 桜よ、生みの父を恨むならば恨んでくれていい。お前が死んだというならば……全てのきっかけは私だったのだろうから)

 

 

 迫る雁夜の足から目を逸らすこと無くジゴクめいて睨み返す時臣のニューロンを、ソーマト・リコールめいて流れる記憶。

 葵と二人の娘、そして目の前に居る、ニンジャと成り果て狂ってしまった友人の、かつての穏やかな表情が浮かんでは消える。

 

 令呪は右腕もろとも切断され、かろうじてリンクは繋がっているものの希薄化している。

 魔力供給すら満足に行えていない現状、令呪を用いてギルガメッシュを召喚することすら不可能。

 チェックメイトだ。サイバー将棋の王手飛車取りめいて。

 

 

(……すまぬ、葵。もう、君に会うことは叶いそうにない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜のフユキ住宅地区ミヤマタウンを走る、一つの影。

 長い銀髪の美女を姫抱きにして疾走する、それなりに長い金髪を束ね黒いスーツに身を包んだ男装の麗人。

 セイバー主従である。

 

 見据える先にあるのは、先程まで彼女らが追っていたマグロ・ツェッペリンが墜落した邸宅だ。

 一マイルほどの距離がある上に星の輝きもない闇夜で、加えてさらに雨まで降っているが、セイバーのサーヴァント視力ははっきりと墜落の瞬間を捉えたのだ。

 

 近づくにつれて強まる神秘の気配。

 あの邸宅が、いずれかの陣営が擁する工房でもあることはもはや明白であった。

 恐らくマグロの墜落のショックで、隠蔽結界に綻びが生じたのだろう。

 

 そしてセイバーのサーヴァント直感力は、複数の闘争の気配をも感じ取っていた! スルドイ!

 

 

「アイリスフィール、そろそろ到着します」

 

「ええ……ありがとう、セイバー。うぷっ」

 

「大丈夫ですか?」

 

「平気よ、平気。私が急ぐために提案したんだもの、大丈夫よ」

 

 

 喋った拍子に戻しかけ、口許をおさえるアイリスフィール。

 体調不良に加えてサーヴァント脚力による疾走に付き合ったのだ。このくらいの酔いですませたセイバーのバランス感覚を褒めるべきだろう。

 アイリスフィールにも実際怒りのアトモスフィアは微塵もない。

 

 そうこうしている内に、目的地の邸宅を囲むバイオ石塀へと到着した。

 アイリスフィールを下ろし、魔力で編まれた甲冑を身に纏い、不可視の聖剣を手にしてイクサの支度を整える騎士王。

 清廉な闘気に満ちたアトモスフィア。恐怖というよりも、畏怖をもたらす類の威圧感だ。

 

 闘志に満ちたまなざしで、マグロ・ツェッペリンにより破壊された邸宅を見やるセイバー。

 館からは赤々とした火の手が上がっており、戦闘の音が響いてきている。

 剣戟や魔術らしき音だけではなく銃声や爆発めいた音も聞こえる。一体どんな戦いをしているのだろうか?

 サーヴァント直感力で感じられる闘争の気配は二箇所、ぶつかり合う殺気も二組。

 

 

「どうやら最低でも二組の戦闘が起こっているようです」

 

「二組……マスター同士の戦闘と、サーヴァント同士の戦闘なのかしら」

 

「恐らくは。とりあえず様子を伺ってみましょう」

 

 

 目敏く発見したバイオ石塀の亀裂へと近づくセイバー主従。

 恐らくは飛散したマグロ・ツェッペリンの破片が命中したことによるものだろう。尾翼めいたパーツがすぐ側で無惨な姿を晒している。

 

 覗きこんだ先では、黄金と漆黒のサーヴァントが対峙しあっていた。

 元は奥ゆかしい西洋風庭園であったろう庭は無惨に破壊され、戦場跡めいた有様である。

 強大かつ威圧的な黄金のサーヴァントを見、戦慄するアイリスフィール。

 彼の背後には複数の宝具が浮かび、その手にもまた宝具が。一体あのサーヴァントは何なのだ!?

 

 

「なんて強力そうなサーヴァントなの……!」

 

 

 恐るべき神秘が生み出す威圧的アトモスフィアを前に、息を飲むアイリスフィール。

 

 しかし、セイバーの視線はそちらには向けられていない。

 彼女が見ているのは、その黄金のサーヴァント相手に対峙している漆黒の騎士の背中だ。

 手にした得物は黒い葉脈めいたオーラに包まれた竿状武器。ヤリめいた何かだ。

 だが、ランサーは既に遭遇済みである以上、消去法で考えてクラスは恐らくバーサーカーか。

 

 

「あの構え、足運び……霧がかっているとはいえ、あれは……いや、まさか、そんな……」

 

「……セイバー?」

 

 

 困惑と動揺に満ちたアトモスフィア。思わずといった風情で呟きが漏れる。名を呼ぶアイリスフィールの声も、耳に届いていないようだ。

 その声を聞きつけたように、漆黒の騎士がセイバーへと振り向いた。

 

 

「……A……」

 

「あの声は……」

 

「…………A……rth……ur……」

 

 

 がちゃり、と闇夜めいたグリーブで大地を踏みしめ、幽鬼めいた足取りでセイバー達の方へと踏み出す黒鎧の狂戦士。

 セイバーの表情が困惑と動揺から、驚愕に染まっていく。

 ふらつき、バイオ石塀に手をつき体を支え、それでも視線は外さず狂戦士の真紅の眼光を受け止める。

 

 

「どうしたの、セイバー!?」

 

 

 様子のおかしいセイバーの肩を揺さぶり、問い掛けるアイリスフィール。

 顔を動かして心配の視線を受け止め、すまなそうに逸らす。

 

 

「……下がっていてください、アイリスフィール」

 

「セイバー、あなた一体」

 

「……謝罪と説明は、あとでいくらでも。今は、どうか」

 

 

 マスターを下がらせ、迫り来る漆黒の騎士へと向き直り、聖剣を構える。

 敵意を剥き出しにする狂戦士を前にして、騎士王の戦意は鈍り、揺らいでいる。一体何がどうなっているのか?

 

 バルコニーに立っていた黄金のサーヴァントもいつの間にやら姿を消し、戦場跡めいた場で向かい合う白と黒のサーヴァント。

 アイリスフィールから見えたその横顔は、どこか泣き出しそうにも見えた。

 

 

「セイバー……」

 

 

 パートナーを案ずるアイリスフィールの呟きが、降りしきる冷たい夜雨にかき消され、フユキの闇へと溶け消えた。

 

 

 

 

 


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