Fate/zeroニンジャもの   作:ふにゃ子

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その12

 

 

 

 

 

 

 フユキ新市街のモノレール・ステーションから、ミヤマタウン目指して歩くフード付きパーカーを着込んだ男の姿があった。

 虚ろなズンビーめいた表情に、瞳だけが幽鬼めいて底光りしている。

 

 しっかりとした足取りで、しかしどこか雲の上めいた定まらぬアトモスフィアで歩き続けている。

 時おりうわ言めいた言葉が口から漏れている。無意識めいたもののようだ。

 

 

「時臣=サンに、時臣=サンのところに……何で会いに行きたいんだったか……そうだ、桜ちゃんだ、桜ちゃんについての話だ」

 

 

 ぶつぶつと呟きが漏れる。自分の考えを口に出すことで、かろうじて整理しているようだ。

 ナムサン! 内なるニンジャソウルの侵食か、間桐雁夜は徐々に正気を失いつつある!

 だがしかし、それでも正気を保てているのは、ひとえに桜を助けたいという虚仮の一念か。実際執念深かった。

 

 目指すはフユキ住宅地区ミヤマタウン、超高級住宅街に存在する遠坂邸だ。

 カネモチ・ディストリクトとも渾名されるそのエリアはマッポによる重点警備が為され、一部のカチグミサラリマンや犯罪組織のボス、資産家などしか住めぬ土地であった。

 

 雁夜にとって、時臣は色々な意味で勝てる気のしない雲上人めいた存在だ。

 葵=サンを妻とし、子宝に恵まれ、教養や人脈やカネまで持っている。

 このマッポーめいた世紀末日本において、社会的カチグミであることと同時に魔術師を兼ねられる人間など、そうはいないだろう。

 

 そんな男が、なぜ桜を手放し、あのおぞましい蟲蔵に放り込むような鬼畜めいた決断をしたのか。雁夜にはわからなかった。

 聖杯戦争の参戦を決める前、直接怒鳴りこんでもみたのだ。

 だが、その時の答えは「魔術師ですらない君が関わるべき話ではあるまい」という、すげない一言だけだった。

 実際、殴りかかりたいほどの激情にかられもした。

 葵=サンや凛ちゃんの手前、そんなヨタモノめいた振る舞いをするわけにもいかないと自制はしたものの、殴りかかったとしてもかすり傷すらつけられなかっただろう。

 

 ……いや、あの嫌味なほどに余裕やら優雅やらを重んじている男のことだ。

 ひょっとすると一発殴らせておいて「気は済んだか、ならば君の住むべき世界に帰りたまえ」とか余裕綽々に言い放ってきたのかもしれないが。

 

 

『殴りかかり、そのまま殺せばいい。カラテだ。そうすればお前の欲しいものは全て手に入る』

 

(うるさい黙れ)

 

 

 心の裡からしつこく沸き上がってくる邪悪なニンジャソウルの声を一喝し、黙らせる。

 少しでも隙を見せれば海の泡めいて湧き出してくる声なき声。

 雁夜の精神は限界に近かった。

 

 肩越しに振り向き、霊体化して静かに後をついてきているバーサーカーを振り向いた。

 肉眼では見えないが、ニンジャ観察力の恩恵で薄っすらと気配が視える。

 こいつはこういった精神面での葛藤にはなんの役にも立たない。

 刻印虫に蝕まれた肉体がニンジャ回復力でほぼ自然治癒し、なおかつ再活動させても平然と行動できるであろうニンジャ生命力を得た今なら、使い勝手のいい駒にはなるのだろうが。

 

 と、振り向いた雁夜の視界に黒煙が映った。

 

 

「……? 工場地区の爆発事故? いや、あの方角は……」

 

 

 はっきりとは断言できないが、どうも間桐邸の方角めいている気がする。

 昨晩から今朝にかけての雨で湿気った街で火事というのもどこかおかしい。

 ニンジャ直感力の賜物か、ヘドロめいた不安感が胸にこみ上げてくる。

 

 雁夜は迷い、遠坂邸ではなく間桐邸へと歩き出した。

 桜ちゃんの安否を確認してから時臣=サンへ会いに行っても遅くないはず、と自分に言い聞かせつつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヌウウーッ、何たる……!」

 

 

 間桐邸の地下、蟲蔵の内部で絶句する臓硯。

 よもや真昼間から、これほど強引に攻撃してくるとはさすがに予想もできなかった。

 魔術的な防御には手抜かりなどなかったはずだが、大質量の大型タンクローリー車で突っ込んだ挙句に放火して爆破するなど、外道も外道。魔術師がどうとかいう次元の話ではない。

 ゴリ押しにもほどがある。サーヴァントの戦闘で例えれば敵が居そうな地区に対城宝具を不意打ちめいて撃ちこむようなひどさだ。

 ニンジャには神秘の秘匿などハナから頭にない。彼らにあるのはイクサに勝つか負けるか、それだけなのを忘れていた。ウカツ!

 

 

 KABOOOM!!

 

 

 臓硯の目の前で蟲蔵の天井の一部が爆散崩壊!

 降り注ぐ破片! 松明めいて燃えている建材がばらばらと落下!

 

 開いた風穴から飛来したスリケンが、目にも留まらぬ速度で臓硯の眉間と喉にクリーンヒット!

 

 

「グワーッ!? おのれ、ちょこざいな!」

 

 

 さしたるダメージも受けていない様子でスリケンを引きぬき、忌々しげに投げ捨てる臓硯。 

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 そして開いた穴から続いて飛び込んでくる人影が一つ!

 くるくると回転しつつ着地し、臓硯へとオジギ!

 

 

「ドーモ、蟲使い=サン。メイガススレイヤーです」

 

 

 アイサツが終了すると同時に、ぴたりと隙のないカラテの構えを取るニンジャ。

 

 ガンメタルのメンポの奥で輝くジゴクの焔めいた眼光が臓硯を見据える!

 ツンドラめいた殺気が臓硯へと吹き付けた!

 

 

(間違いない……こやつは間違いなく本物のニンジャ! ニンジャかぶれの狂人などではない!

 よもや今の世にニンジャが生き延びておったとは……!)

 

 

 臓硯の霊的ニューロンはフル回転!

 この状況を打破する方法を全力で思索する!

 

 

「魔術師……殺すべし! イヤーッ!」

 

 

 思考の暇など与えぬとばかりに、メイガススレイヤーが攻撃を開始!

 取り出したのは炸裂スリケン! 臓硯の蟲の群体めいた肉体には、生半可なスリケンが有効でない事を見て取った選択か! スルドイ!

 高性能爆薬弾頭スリケンが、目にも留まらぬ速度で臓硯の眉間へと突き刺さる!

 

 KABOOM!

 

 爆裂! 臓硯の肉体は爆発四散!

 だがしかし、臓硯のダメージは微小!

 

 千々に千切れ飛んだ臓硯の肉体を構成する蟲は、蟲蔵の蟲と寄り集まって指令を下しつつステルス移動!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 だがしかし、ニンジャ視力は薄暗い蟲蔵の中でも実際正確に臓硯が司令塔とした蟲を捕捉!

 イナヅマめいた速度で飛来した八本ものスリケンがリーダーめいた蟲を貫いた! 恐るべきスリケン同時投擲のワザマエ!

 制御が緩み混乱する蟲の群れ!

 

 蟲を遠隔操作しなおしつつ、己のローカルコトダマ空間の中で歯噛みをする臓硯。

 

 

(やはりニンジャの戦闘力は圧倒的よの……。しかもこやつ、サンシタと侮れるような生易しいカラテではないと見える。

 真正面からやりあってどうにかなる相手ではない、意識の隙をつかねば)

 

 

 ざわざわと蠢く蟲が、壁一面へと広がり隙を伺う。

 司令塔たる蟲なしでの遠隔操作ゆえに反応速度は実際遅いものの、物量は絶大だ。

 ここは間桐の蟲蔵、いわば間桐の胃袋の中!

 この場での戦いであれば、ニンジャ相手であっても遅れは取らぬ!

 臓硯の邪悪なアトモスフィアが伝播した蟲の大群が、メイガススレイヤーへと迫る!

 まずは水平方向よりの羽虫の切り込み! 続いて足元よりの全方向包囲攻撃! しかるのちに頭上よりのアンブッシュ攻撃!

 万全の三段構え! シンプルながら回避は困難!

 

 だがしかし!

 

 

「イイィヤアアァァァァ────ッ!」

 

 

 裂帛のカラテシャウトが轟く!

 メイガススレイヤーの全身に満ちるカラテエネルギーが異常活性化! これは一体!?

 

 その姿が一瞬ビデオの早回しめいてブレると、全く同時と言えるタイミングで十数本のスリケンが飛んだ!

 骨めいた質感の、薄っすらと発光するスリケンが蟲へと突き刺さり────

 

 

 キャバァーン!!

 

 

 ガラスめいたものを打ち砕いたかのような面妖な爆発音が轟いた!

 

 

(グワーッ!?)

 

 

 臓硯の肉体に痛みが奔る! いや、肉体など既に存在しない臓硯にとっては幻肢痛めいたものか!

 火薬によるものではない、異様な爆発を起こすスリケン!

 

 臓硯の魔術観察力は見た!

 あのスリケンが蟲に触れるや、内部の魔力が異常励起! 周囲の蟲を巻き込みつつ連鎖爆発したことを! これは一体!?

 

 説明しよう!

 これぞメイガススレイヤーの対魔術師特化ヒサツ・ワザ!

 アンタイメイガス・スリケンである!

 反魔力カラテ粒子によって形成された骨めいた質感のエネルギースリケンは、命中した対象の魔力と異常ケミストリーを引き起こし大爆発を起こすのだ!

 その威力は命中した対象の魔力の量に比例!

 個々がわずかな魔力しか持たず、操作ラインでしか繋がらぬ蟲であったからこの程度の連鎖爆発で済んでいるのだ!

 仮に魔術回路を全力起動中の魔術師が受けたならば、魔術回路を逆流した反魔力カラテ粒子によって内側から爆発四散するのは必至! コワイ!

 なお、サーヴァントにはレジストされやすくあまり有効ではない。

 

 そして操作の為の魔力ラインを伝い、カラテ魔力反応爆発ダメージが臓硯本体にも僅かにフィードバックしている! なんたる恐るべきヒサツ・ワザか!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 メイガススレイヤーが跳躍! そしてコマめいて空中で大回転!

 

 

「イイィヤアアァァァァ────ッ!」

 

 

 ゴウランガ!

 高速回転からの全方位スリケン投擲、これぞスリケン・ジツ奥義ヘルタツマキ!

 そしてヘルタツマキから飛ぶのは……おお、見よ!

 ただのスリケンではない!

 ヘルタツマキからの炸裂スリケン!

 高速回転するメイガススレイヤーからスコールめいた密度のスリケン弾幕が放たれ、爆撃めいて蟲たちをなぎ払う!

 

 それだけではない!

 織り交ぜられたテルミット弾頭スリケンまでもが飛ぶ!

 ビル屋上で炸裂したエクスプロシブ・カトン・スリケンだ!

 着弾と同時にスリケンは爆裂して大炎上!

 耐火性を持たない蟲は高温火炎に耐え切れず焼死!

 

 

(グ……グワーッ! おのれーッ!)

 

 

 なんたる殲滅力か!

 間桐の心臓部、その魔術の大本たる蟲蔵内部がみるみるうちに焦土めいた有様に成り果てていく!

 苦し紛れにメイガススレイヤー目掛けて蟲を殺到させる臓硯!

 津波めいた勢いで迫る蟲の大群! だがしかし!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 カラテシャウトと共に大ジャンプ!

 

 

「イヤーッ! イヤーッ!」

 

 

 空中からの炸裂スリケン二段投擲!

 一発目のスリケンが群れに風穴を空け、そこを通過したスリケンが壁に這う蟲を爆殺!

 壁へとワキザシダガーを突き立てて着地し、そこからさらにスリケン発射体勢を整える!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 中央のメイガススレイヤー目掛けて殺到したため、目標を見失い一塊になった蟲へとエネルギースリケンが着弾!

 

 キャバァーン!

 

 ガラス破砕音めいた爆音と共に臓硯に幻肢痛が奔る! そして密集していた蟲は一気に連鎖爆死!

 

 しかしメイガススレイヤーの攻めの手は緩まない! 炸裂スリケンが生き残った蟲へと情け容赦なく降り注ぐ!

 

 

(おのれ、ここまで……ここまでやるか、メイガススレイヤー! おのれ、おのれ……!)

 

 

 怨嗟めいた臓硯の心の声など知らぬとばかりに、絨毯爆撃めいて降り注ぐ火力。

 スリケンの合間を縫って肉薄した蟲がニードルクナイで、あるいはワキザシダガーで切り払われて地に落ちる。

 徹底して一時的接触を避ける姿勢は、間桐の妖蟲をそれだけ警戒してのことか。

 油断のないニンジャには、さしもの臓硯も付け入る隙が見当たらない。

 

 

(……口惜しいが、もはやここを維持することは叶わん、か……! やむを得ん)

 

 

 ついに臓硯の気配が蟲蔵より消え去った。坩堝めいて蠢いていた蟲は一匹残らず掃討し尽くされ、もはや生きて動く者はメイガススレイヤーのみ。

 

 さあ、後始末だ。

 エネルギースリケンの連打で血中カラテを消耗しつつも、それを感じさせぬ動きでロングコートの中から何やら黒いマリめいた球体を取り出す。

 極太オスモウフォントで書かれた文字は『アブナイ』の四文字。

 ナムサン! これが爆弾であることは誰の目にも明らかだ!

 メイガススレイヤーは爆弾の側面を開いてタイマーをセット。三十秒との表示が浮かぶ。

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 カラテシャウトと共に、メイガススレイヤーは蟲蔵から天井の穴目掛けて跳躍!

 

 その影が消えて、すぐ────

 

 

 KABOOOOOOOOOM!!

 

 

 間桐邸での戦闘に於ける最後の爆発が断末魔めいて鳴り響き、内側へと崩れて崩壊していく蟲蔵。そこへ降り注ぐ館の残骸。

 そして、すぐに静かになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟々と燃え盛る炎に包まれ、爆音と共に崩れゆく間桐邸。

 それを呆然として、あるいは楽しげに、あるいは無感動に見詰める三人。

 間桐鶴野。キャスター。そして、間桐桜。

 

 

「あ……」

 

 

 何かを見つけたように、桜が指差した。

 その先にいるのは……炎で僅かに焦がされた、宵闇色のコート!

 メイガススレイヤーだ!

 

 

「ア、アイエエエ……冗談だろ、こんなメチャクチャな……」

 

 

 腰が抜けてへたりこんだまま失禁している鶴野。茫然自失めいている。

 

 

「さすがに良い手際だな、実際早い。生きている頃に会えたら教団にスカウトしたところだが」

 

 

 驚くこともなく、当然めいた反応で迎えるキャスター。

 ドクロメンポの下でニヤリとした笑みを浮かべている。

 

 

「……」

 

 

 そして、無言の桜。

 

 炎の中から歩み出てきたメイガススレイヤーが三人の前で停止する。

 

 

「片付いたようだな、メイガススレイヤー=サン。良い近代カラテぶりだな」

 

 

 気安げな態度で話し掛けるキャスター。

 

 

(……かたづいた? なにが?)

 

 

 声には出さず、ニューロンの中で呟く桜。

 

 間桐の家は、もう存在しない。

 彼女の目の前で、真っ赤に焼けて砕けて落ちた。

 

 間桐臓硯を殺しにいった、あの恐ろしげなニンジャが戻ってきたということは、おじいさまも死んだのだろうか?

 

 ……だとしたら、わたしは、これから?

 

 桜のニューロン内に、かつて幸福だった光景が蘇る。

 遠坂の家族と過ごした、平和で幸せだった日々の記憶が蘇る。

 

 ……また、戻れるのだろうか?

 雁夜おじさんは、またみんなと会えるようになると言ってくれていた。

 本当に、そうなったのだろうか?

 

 喜怒哀楽を削り落とされた桜の心に、ほのかに感情が蘇る。

 頬を一筋の涙が伝い、その瞳にかすかな光が戻る。

 

 

 と、そんな彼女の前に立つメイガススレイヤー。

 見上げる桜。

 見下ろすメイガススレイヤー。

 ジゴクの焔めいた眼光が、正面から桜を見据える。

 間桐の魔術によって心を砕かれ人形めいている桜ですら、身震いするほどのジゴクめいたアトモスフィア。

 視線が動き、桜の頭から爪先までを丹念に観察し、そしてその左胸に視線を留めた。

 

 何かを考えるように目を細めたのち、メイガススレイヤーが口を開く。

 

 

「……ドーモ、蟲使い=サン」

 

「……え?」

 

 

 ドン、と小さな体に衝撃が響く。

 抜く手も見せぬイナヅマめいた速度で引きぬかれたメイガススレイヤーの針めいたニードルクナイが、桜の胸へと突き刺さった。

 

 

「ンアッ……」

 

「……どこに潜もうと逃がしはしない。魔術師、殺すべし」

 

 

 小さく平坦な胸から、ニードルクナイが引きぬかれる。

 

 支えを失い、胸元に言い知れぬ熱さを感じながら桜は崩れ落ちた。

 指先から氷めいた寒気が広がり、徐々に感覚が消えていく。

 地面へと倒れこみかけた自分の体を鶴野が支え、何かを話しかけてきている。励ましめいた言葉だろうか。

 だが、その声はよく聞こえない。体にも、もう力が入らない。

 

 

(……どうして?)

 

 

 朦朧と薄れていく意識の中で、メイガススレイヤーと目があった。

 先ほどのジゴクの焔めいた眼光ではなく、冷たい鋼めいたオブシダンの、僅かな哀れみの篭った眼光に見えた。

 

 それはどこか、姉の髪の色に似ていて。

 

 

「────おねえ、ちゃ────」

 

 

 何かを掴むように伸ばされた小さな手が、ぱたりと地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(────よもや、これほど容赦がないとは……)

 

 

 斃れた桜の心臓の中に、潜む一匹の蟲あり。

 間桐臓硯、その最後の最後に残された核めいた本体である。

 

 先日のビルでの戦いの後、保険として桜の心臓内に本体となる蟲を移動させ、もしもに備えておいたのだ。

 万が一自分が倒されようと、決して死ぬことだけはないように。

 いかにニンジャであろうと幼い少女を殺そうとまではしないはず。気づかれぬ可能性も実際高い。それだけのステルス性は確保してあった。

 自分の意識をひたすら裡に封じ込め、サナギめいて年月を待ってから復活すればよいと、そう算段していたのだが。

 

 

(────ニンジャのイクサには情けも容赦も存在せぬ。敵対者を殺し尽くすまで止まらん修羅めいたイクサか……)

 

 

 今の一撃で、最後の蟲は決定的なダメージを被った。

 間桐臓硯は死ぬ。ここで、完全にオタッシャだ。

 生き残りの蟲はバイオスモトリネストなどに多少存在するが、臓硯として復活することは最早叶うまい。

 

 鋼めいて揺るがぬニンジャのイクサへの意志はいかなる相手であったとしても容赦はなく、敵対すれば即ち死あるのみ。

 かつて見た赤黒い焔を纏った恐るべきニンジャも、思い返せばそのような面があったような。ウカツであった。

 

 

(────無念よ。二〇〇年待った末が、ニンジャに討たれて終わるか……まことに無念……)

 

 

 命の灯火がじょじょに消えつつある桜の霧めいて霞みゆく視界が、かすかに臓硯の視界とリンクした。

 

 映るのは、死神めいたアトモスフィアのニンジャの姿。

 未だ萎えぬジゴクめいた殺意の焔。

 

 

(────カカカ。聖杯戦争がどのようになるか、些か気になるが……まあ、先にオヒガンとやらで待っておるか……)

 

 

 そこで、臓硯の意識は宿主よりも先に力尽き、完全に暗闇へと消えた。

 最期の最期に、大聖杯建設時の記憶を霊体ニューロン内に僅かに蘇らせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイエ……アイエエエエ……」

 

 

 失禁しつつ、腰が抜けた様子でへたりこむ鶴野。

 それをジゴクめいた眼光で見下ろすメイガススレイヤー。

 腕組みし、バイオ石塀に背中を預けたままのキャスター。

 

 そして力なく横たわる、桜の小さな躰。

 

 何故?

 どうして?

 

 鶴野のニューロンを満たすのは、この状況への困惑だけであった。

 

 臓硯を殺しにニンジャがやってくるというのは……まあ、ニンジャというところを除けば理解できる。魔術師には敵が多いものだと聞くし。

 だが、なぜ桜を? どうして?

 

 

「この男はどうするのかね」

 

 

 キャスターが鶴野へと親指を差した。

 メイガススレイヤーがジゴクめいた眼光を向ける。

 

 

「魔術師ならば殺す」

 

「アッ、アイエエエ!?」

 

 

 悲鳴を上げ、失禁しつつ後ずさった鶴野の背中が、バイオ石塀に突き当たった。

 ブザマな鶴野へと容赦なく近寄るメイガススレイヤー。

 

 

「アイエエエ! 助けて、助けてクダサイ! タスケテ!」

 

 

 ドゲザして両手を頭の上で組み、懇願する鶴野。

 だが、内心では鶴野自身、自分が殺されるだけのことをしてきたという自覚めいた諦念があった。

 

 いかに臓硯から命じられたとはいえ、遠坂からもらわれてきた子供をジゴクめいた蟲蔵へと追いやる毎日。

 最初は子供らしく輝いていた瞳があっという間に光を失い、死人めいたものへと変わっていく様子に、言い知れぬ罪悪感を覚えた。

 蟲の餌として使うバイオスモトリを捕獲し、その断末魔に耳をふさぎ、夜はジゴクめいた恐怖を紛らわせるためにサケと薬物に溺れる。

 時おり臓硯がマケグミサラリマンや浮浪者などを気紛れに捕食していても、それを咎める事もできない。実際臆病者な。

 

 殺されても仕方がない、幼い桜にさえ容赦ない相手なのだからと涙と鼻水にまみれ絶望めいた感情に染まった顔を地に伏せる鶴野。

 

 その瞬間である!

 

 

「イヤーッ!」

 

「イヤーッ!」

 

「イヤーッ!」

 

 

 飛来する無数のダーク! 

 メイガススレイヤーとキャスターは咄嗟に側転回避!

 バイオアスファルトに剣山めいて突き刺さるダーク!

 

 

「アイエエエエ!?」

 

 

 のけぞる鶴野!

 周囲を見回した彼の目に飛び込んできたのは、周囲の家やバイオ石塀の上にいつの間にやら出現した、無数のドクロ面の怪人!

 何十人居るのか? もはや鶴野の目には数えることもできぬほどの大群!

 

 そして彼らは一斉にオジギ!

 

 

「ドーモ、メイガススレイヤー=サン、キャスター=サン! アサシンです!」

 

「ア、アイエエエエ……!? サーヴァント!? ナンデ!?」

 

 

 昼日中からのサーヴァントの登場!

 ニンジャとの遭遇と合わせ、もはや鶴野の精神は限界に近かった!

 

 

 

 


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