Fate/zeroニンジャもの   作:ふにゃ子

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その11

 

 

 

「むう……」

 

 

 険しい表情で唸り、自室の椅子にかけて机の上で腕を組む綺礼。

 彼の苛立ちの原因は、昨晩の初遭遇からこちらにかけてのアサシンの大量死。

 ミヤマタウン周辺を警戒していたうちの一体が仕留められたのを皮切りに、ナダレめいた勢いで監視中の個体がオタッシャさせられているのだ。

 

 気配遮断スキルと実際高い潜伏技術を併せ持つアサシンを次々に仕留めている下手人の正体。

 報告によると、キャスター。

 だがその出で立ちはドクロメンポに黒服と、アサシンとまるで同じものだという。

 

 ふざけた話だ。

 恐らくは正体を隠すための仮装めいたものなのだろうが、実際苛立たしい。ふざけているのか。

 

 

「なんだ、随分と余裕のない様子だな」

 

 

 その背中に向けてかけられる気楽げな声。

 肩越しに振り向いた綺礼の目に映ったのは、傲岸不遜な態度で綺礼の部屋に居座り、彼の収集したサケを片端から開けている金色の英雄王。

 アーチャーだ。

 

 時臣の手配したペントハウスでのヤバイ級接待を、くだらぬの一言で片付けて引き払ったアーチャーが、何故か綺礼の部屋に上がり込んできて居座っているのだ。

 綺礼自身にも理由はさっぱり読めないが、この傍若無人な王に文句をつけても始まらない。

 

 

「まだ件の何とかスレイヤーにこだわっているのか? クク、聖杯戦争を放り出して弟子が遊びにうつつを抜かしていると聞けば、貴様の師もさぞ驚くであろうな」

 

 

 何が楽しいのかわからないが、セラーからオーガニック・サケを一瓶取りつつ英雄王が笑みを含んだ声音で語りかける。

 

 

「師より命ぜられたサーヴァントとマスターの監視を疎かにしているわけではない。問題はない」

 

「問題はない? これは面白いことを言う、無様な暗殺者が次から次へと返り討ちにされているというのにか?

 羽虫の如く無限に湧いてでるならいざ知らず、あの髑髏面どもも有限であろうに」

 

「む……」

 

 

 アーチャーの嘲るような言葉に、表情を険しく歪めて黙りこむ綺礼。

 彼の言っていることは、確かに事実なのだ。

 すでに一割以上のアサシンが消滅しており、これ以上の損害は監視網の維持にすら支障をきたしかねない。

 

 マケグミサラリマンの年収めいた価格のサケを手酌で呷るギルガメッシュ。

 サケを口にしているのは、どうも口さみしいから程度の事のようだ。さほど美味そうに飲んでいるわけでもない。

 だが、どことなく愉快そうなアトモスフィアを漂わせつつ綺礼へと話し掛けた。

 

 

「ま……情熱を持って何かに取り組む姿には一定の価値はある。雑種とはいえ、それなりにな。

 せいぜい足掻くがいい」

 

「……」

 

 

 小馬鹿にしたような口調で綺礼をからかいつつサケを空け、綺礼のベッドサイドに置いてあるバイオ笹タッパーを開き、オハギを口へと放り込んだ。

 過剰摂取すれば常習性を生む麻薬性甘味も、英雄王の半人半神の肉体を脅かすには至らない。

 血中アンコ濃度には、微塵の変化も生まれなかった。

 

 だが、何かしら琴線に触れるものがあったらしく苦笑いを漏らす英雄王。

 

 

「露骨な甘さに麻薬めいた常習性か。この時代は食物までふざけておるわ、なんだこの菓子は」

 

「それは私の夜食なのだが……」

 

「この世の全ては我の所有物だ。無論、このオハギとやらもな」

 

 

 そう嘯きながら二個目のオハギを一口で頬張る。

 その姿に溜息をつきつつ、アサシンから伝達された情報を元にUNIXを操作しキャスター陣営のデータ整理を続ける綺礼。

 室内に軽やかなタイピングの音が響く。

 

 綺礼は生体LAN端子をインプラントしてはいないが、キーボードによる操作だけでもそれなりには役に立つ。

 時臣が見れば文句を言いそうな光景ではあるが、使えるものはなんでも使うのが綺礼なりの覚悟だ。

 

 あっという間に半ダースものオハギをたいらげたギルガメッシュが、その背中に話し掛けた。

 

 

「以前貴様は、そのニンジャとやらに会い、戦い続けている理由を聞きたいとか言っていたな」

 

「……それが、何か?」

 

「くだらん、他人のノボリを見て自分のノボリの色がわかるようになるわけでもあるまいに」

 

「……そうかもしれん。だが、それでも私は聞きたいのだ。あの日感じた、名状しがたい感情の理由を知るために」

 

「やめておけ。井戸の中の闇を覗きすぎると落ちるとか、雑種の……何とかいう剣士も言い残しているそうではないか」

 

「それはどういう────」

 

 

 意味だ、と綺礼が口にしようとした、その時である!

 ニューロンに奔る念話の感覚! アサシンからの緊急コネクション!

 

 

『メイガ……スレイヤ……やっとハッケン……ゴホー……コクを』

 

「……!」

 

 

 椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる綺礼。

 ついに待ち望んだ報告が届いたのだ!

 

 砂嵐めいた雑音混じるアサシンの断末魔めいた念話が、綺礼のニューロンへと響き渡る。

 

 

『ミヤマタウン……キャスター……ニンジャ……二人で……タンクローリー……』

 

 

 ぶつり、と途切れる念話。同時に失われるアサシンとのリンク。消滅したのだ。

 

 アサシンのもたらした最期のコネクションを元に、これまでの情報をニューロン内で整理する綺礼。

 コマめいて思考が高速回転する。

 これまでにアサシンが得てきた、断片的な情報を統合して得られる答えは────

 

 

「────そうか、そういうことか。

 キャスターとメイガススレイヤーは組んでいる。

 そして狙っているのは…………間桐か!」

 

 

 ミヤマタウンに現在居住している魔術師は遠坂、間桐、そしてケイネス・エルメロイ・アーチボルトの三陣営。

 そしてキャスターとアサシンの交戦地点を考えると、監視中のアサシンを重点排除しているのは間桐邸の存在するエリアであることがわかる。

 

 先ほどのコネクションを受けるまで、綺礼が最重点していたのは、間桐のマスターである雁夜がキャスターに命じてアサシンを狩らせている可能性だった。

 マスターらしき間桐雁夜が昨夜家から飛び出して姿を消したというのに、今なお間桐邸周辺のアサシンが消されている事についても、打って出てきただけと考えていた。

 

 だが、違ったのだ!

 守りのためのアサシン殲滅ではなく、攻めのための殲滅!

 キャスターのマスターは雁夜ではない! キャスターのマスターは恐らく……メイガススレイヤー!

 

 雁夜は打って出たのではなく危険を察知して逃れたか、あるいはメイガススレイヤー迎撃に出て敗れたか。

 そして、雁夜が姿を消したにも関わらず尚も間桐邸を狙っていることから考えて、目標は────間桐臓硯!

 

 綺礼のニューロンが全力稼働し、メイガススレイヤーの行動を予測する! 実際それは極めて正解に近かった!

 

 足止めしなくてはならない。

 この機会、決して逃がすわけにはいかない!

 

 

「令呪を以てアサシンに命ずる────"間桐邸へと全速で急行し、キャスターとそのマスターの足止めをせよ!"」

 

 

 みなぎる魔力、起動する令呪! 正確な事実まではわからずとも、確信めいた予想に基づき綺礼はアサシンに指示を出した!

 なんたることか! 令呪の一画を消費してでもメイガススレイヤーとの遭遇を優先するというのか!

 やはりニンジャを求める者も狂人なのか!

 

 タンスからイクサ装束を取り出す綺礼。

 この日の為に新調したハイテクケブラー魔術強化カソックに袖を通す。

 

 

「ほう、居場所を突き止めたか? 運が良いのか悪いのか。ま、精々気張るがよい」

 

 

 手酌でサケを呑みつつ、オチョコを軽く持ち上げて出立を見送るギルガメッシュ。

 それに振り向かず、綺礼は自室を後にした。

 仮に、これで師より破門されても構わぬ。

 メイガススレイヤーと対峙する機会こそ、己が長年求め続けてきた宿願めいたものなのだから。

 

 その背中を見送りつつ、ぐいと手にしたサケを呷る英雄王。

 

 

「モータルがニンジャに挑む、か……。あ奴がどこまでやれるか、見ものだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミヤマタウンからフユキ中心市街地へと続くメインストリートを、サイバーゴス姿の女が二人連れで歩いている。その胸はどちらも豊満であった。

 重金属酸性雨も降らず、目立った凶悪事件も起きていない穏やかで薄暗い昼下がりを満喫するように、彼女らは雑談しながらショッピングモール目指して進んでいた。

 

 

「ペケロッパ! 今日は回転スシ・バーが一〇%値引きの日らしいですよ」

 

「いいですねえ、LAN直結する前に食べましょうか。ペケロッパ!」

 

 

 のん気に雑談しながら歩くペケロッパのカルティスト。

 ごく平和的で穏やかな光景だ。

 

 その時である!

 そんな彼らの前に着地するドクロ仮面の怪人! しかも複数!

 

 

「アイエエエ!? ニンジャ!?」

 

 

 突然の遭遇にパニックを起こしたペケロッパ達は失禁!

 ドクロ面集団のうちの一人が、ナイフめいて鋭い眼光でペケロッパを睨みつつ口を開いた!

 

 

「君等は何も見なかった。いいね?」

 

「アイエエエ! ハイ! ワカリマシタ!」

 

 

 抱き合いながら失禁しつつ震える哀れなペケロッパを威圧して念押しし、疾風めいた速度で駆け去るドクロ面の集団。

 マスターの命令に従い急行中に起きた、ささいなインシデントであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎのフユキ住宅地区ミヤマタウン。

 エリアの外周部にあたる、最も住人の少ない地域に存在するゴーストハウスめいた間桐邸の庭先で、ホウキとチリトリを手にして動く二つの人影があった。

 一人は大人、一人は子供。

 

 時折吐きそうになって口許を抑えつつ作業しているのは、間桐鶴野。

 この間桐の名目上の当主である。

 自室でオーバードーズにより気持よくトリップしていたところを臓硯に叩き起こされ、庭に飛び散ったガラス窓の残骸を始末しているのだ。

 砕け散ったカーボン窓枠を拾い集め、バイオゴミ袋に投げ込んでいく。

 

 そして隣で死人めいた目で機械的に手を動かしている少女。

 彼女の名は、間桐桜。

 遠坂より間桐に養子に出され、日々ジゴクめいた魔術修練を受けている少女である。

 おお、見よ。彼女の光の灯らぬ瞳を!

 過酷なる蟲蔵修行の日々に心を折り尽くされたアワレな少女の姿を!

 ブッダファック! なんというサツバツたる光景か!!

 

 

「アイエー……あー、ザゼンでもキメてすっきりしたいなあ」

 

 

 ふらふらとおぼつかない足取りで掃除を続ける鶴野。完全にジャンキーめいたアトモスフィアだ。

 桜は無言。目の前の光景にも、この作業にも、何の感慨も抱いていないようだ。

 

 そんな二人の耳に、何やら暴力的なエンジン音が届いた。

 ミヤマタウンでは輸送用の大型トラックなどが走ることは実際珍しい。

 

 桜は無反応。鶴野は顔を上げ、音の発生源を探す。

 

 ぐるりと首を巡らせた鶴野の目に飛び込んできたのは……おお、なんたることか!

 暴走タンクローリー車が狂乱したバイオバッファローめいた勢いで間桐邸の方向へと走ってくるではないか!

 あの勢いではブレーキなど間に合うわけもない!

 

 

「アッ、アイエエエ! ニゲロー!」

 

 

 悲鳴をあげ、桜を横抱きに担ぎ上げて鶴野はスプリント!

 アルコールと薬物の中毒で痛めつけられた肉体とは思えぬ速度で走り、無我夢中で玄関から逃げ出し、手近な路地へと駆け込んだ!

 その鶴野の背後を紙一重めいて通過するタンクローリー車!

 

 KRAAAAAAASH!!

 

 轟音と共にタンクローリー車がブロック塀を突き破り、そのまま間桐邸の玄関へと突入!

 

 

「アイエッ、アイエエエエー!」

 

 

 飛び散る破片! 鶴野は必死で桜を抱き込むように身を丸め、ネズミめいて逃げる!

 

 激突の衝撃でねじれ砕けるタンクローリー!

 濁流めいて流れ出る危険な液体燃料! みるみるうちに気化してゆく!

 そして……おお、見よ!

 無人の運転席に満載されたタイマー式爆弾を! 表示されたカウントが、今まさにゼロとなる!

 

 

 KABOOOOOOOOOM!!

 

 

「アイエエエエエエー!! アバッ、アババーッ!!」

 

 

 大爆発が起きた! 衝撃が鶴野の全身をハンマーめいて打ち据える! 悶絶する鶴野!

 桜は無言、無反応。鶴野に抱かれて守られつつ、その腕の隙間から、立ち上る爆炎をぼんやりと見つめていた。

 

 涙と鼻水にまみれ、悲鳴を上げつつもどうにか顔を上げる鶴野。

 彼の視界の中で、ジゴクめいた炎に包まれる間桐邸。

 一体、何がどうなっているのか?

 

 と、彼の前に着地する人影が二つ。

 ロングコートに黒服マフラー! いずれもあからさまにニンジャであった!

 メイガススレイヤーとキャスターの登場だ!

 

 

「ア、アイエエエ!? ニンジャ!?」

 

 

 鶴野は魔術師の家の当主ではあるが、精神的にはモータルに近い。

 いきなりの神秘との遭遇に悲鳴を上げつつ、しめやかに失禁!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 メイガススレイヤーは二人には目もくれず、燃え盛る間桐邸へと飛び込んでいった。

 そして二人の傍に居残るキャスター。

 

 桜を抱きしめたままガタガタと震える鶴野。対照的に死人めいた無表情を崩さぬ桜。

 おお、ブッダよ。おぞましきニンジャとの遭遇ですら彼女の心は震えもしないというのか。

 

 

「そう怯えなくてもいい、今は何もせんよ。今はね」

 

 

 キャスターの言葉を聞き、そのドクロメンポを見上げる桜。

 少女の視線を受け、肩をすくめながらキャスターが応える。

 

 

「私は決定するべき立場ではないのさ。どこからどこまでの魔術師を殺すのか、決めるのは────」

 

 

 親指を立て、燃え盛る間桐邸を指し示すキャスター。

 つられるように同じ方向を見る桜。

 

 燃える間桐邸の中で、周囲から飛びかかってくる蟲をカラテチョップで斬り払い、赤熱するニードルクナイで貫き、スリケンで撃ち落とすコートの影。

 すぐに炎に隠れ、見えなくなった。

 

 

「アヤツだ」

 

 

 桜の視界の中で、間桐邸が燃えていく。

 大量の液体燃料が火勢を支え、その膨大な熱量によって魔術的防御機構が焼きつくされ、破壊されていく。

 中からは何度も爆発音が轟いてくる。バイオガスボンベなどのものではない、もっと攻撃的で破壊的めいたものだ。

 

 頭を抱えてうずくまり震える鶴野の隣で、腕組みしてバイオ石塀に寄りかかり、呆れたように息を吐くキャスター。

 

 

「しかし、まあ……なんだ。現代のニンジャはやることが派手だ、アトラクションめいてる。お嬢ちゃんも、そう思わないかね?」

 

 

 同意を求めるキャスターの言葉を聞いてか聞かずか、桜がぼんやりとした口調で呟いた。

 

 

「…………ぜんぶ、もえちゃえばいいのに」

 

「フッフフ、そうかもな」

 

 

 キャスターは、含み笑いとともに同意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中心市街地の大型ショッピングモール内。

 回転スシ・バーの二階個室で、スシをつつきサケを飲む一団。

 セイバー、ランサー、ライダーの三陣営である。

 

 ジゴクめいて重苦しいアトモスフィアを撒き散らしつつ無言で向かい合っているケイネスとウェイバーから少し離れ、残りの三騎と二人が座っている。

 六人掛けの大型長方形チャブの片側にセイバー、アイリスフィール、ソラウ。

 そして向かい側にランサー、ライダー。

 万一の事態を避けるため、ソラウと隣り合って座らぬ為にランサーが四苦八苦したのは言うまでもない。

 それでいてケイネスとソラウ、どちらにも一息で手が届く間合いを確保するのは実際至難の業であった。

 

 

「ん、今なにか爆発せんかったか?」

 

「確かに遠くから爆音が聞こえましたね」

 

「貴公らにも聞こえたか」

 

 

 サーヴァント勢が何やら物騒な音を聞き取り、やや警戒したアトモスフィアを放つ。

 それにスシをつまみながら応えるアイリスフィール。

 

 

「工場でも爆発したんじゃないかしら。

 治安の悪いエリアだと、よくマッポー思想のアンタイ・ブディストとかが寺院や銀行なんかを襲撃するらしいわよ」

 

「暴徒による襲撃ですか……嘆かわしい」

 

 

 アイリスフィールの言葉を聞き、窓から外を眺めるように目を細めるセイバー。

 はるか遠くの空に黒煙が上がっていた。

 方角からすると、ミヤマタウン方面か。

 念話を飛ばすランサー。

 

 

『ケイネス殿、あの方角はもしや……』

 

『案ずるな、ランサー=サン。我々の拠点ではない。結界にも警戒用使い魔にも、全く反応はない』

 

 

 内心で安堵するランサー。空き巣めいた戦術を用いるサーヴァントが攻め込んだ可能性も、無いことはないからだ。

 

 黒煙にただならぬ不穏さを感じているのか、表情を険しくするセイバー。

 だがライダーは気楽げなアトモスフィアを崩さない。

 

 

「ま、これほど民草の心が荒み乱れておる時代だ、暴動の一つ程度起きても不思議はないわな」

 

「何をのん気なことを。気にならないのですか、ライダー」

 

「ならぬと言えば嘘になるが、さすがに我らが口出しするべき問題ではあるまい? まず何かをするべき者はこの国の為政者であろうよ」

 

「むむ……それはまあ、確かにそうですが」

 

「それよりも、だ」

 

 

 声のトーンをささやき声めいた所まで落とすライダー。

 密談でもするようなアトモスフィアをわざとらしく出しつつ、セイバー達四人にも顔を寄せるように手招きしてみせた。

 

 あらあら何かしら、と何故か楽しげに応じるアイリスフィール。

 一体何だ、と眉をひそめつつも付き合うセイバー。

 主についての話ならば、と生真面目な表情で付き合うランサー。

 ランサーが聞くなら私も、とソラウ。

 

 

「今はあの二人の事の方が気にならんか? うん?」

 

「それはまあ……確かに」

 

「そうね、師弟にしては実際仲が良さげなアトモスフィアでもないし」

 

「なあランサーや、お主なら何か聞いとるんではないのか」

 

「我が主君の私事を、いち従者である俺が勝手に暴露するわけにはいかん。ご細君であられるソラウ様ならばいざ知らず」

 

 

 実際固苦しいランサーの言葉を受けて、何かを期待するような目でソラウを見るライダー。

 アイリスフィールとセイバーもだ。

 ランサーのそれとは違った意味で強烈な存在感のある視線を受けて、困惑めいた表情になりつつソラウが答えた。

 

 

「ええと、確か元々ケイネスが召喚しようとしていたサーヴァントは、ライダーだったはずなのよ。

 だけどあのウェイバーって生徒に触媒をネコババされて、それで急遽手配した触媒でランサーを召喚することになった……んだったと思うわ、確か」

 

 

 容赦無いネタバレ。ソラウ=サンには婚約者の汚点を隠す気はないらしい。

 

 

「ふむ? そういえば聖杯を手に入れて時計塔の連中を見返したいとか言っておったな。

 なーるほど、そういうことか」

 

「触媒をネコババって……」

 

 

 納得顔のライダーと、苦笑いのアイリスフィール。

 

 

「あ、でもランサー、勘違いしないでね? 私は貴方が召喚されてくれて本当に嬉しかったっていうか、その」

 

「ご安心を、ソラウ様。アーチボルトご夫妻に仕え忠義を尽くせる機会を得た事、このランサーにとっては望外の喜びです」

 

 

 頬を染め、指先をすり合わせるようにもじもじと動かしながらランサーへとフォローめいた言葉をかけるソラウ。

 そのアトモスフィアは、実際恋する少女めいていた。

 それに対して何とかソラウの好意を受け流そうと試みるランサー。

 

 ドガン、とチャブを叩く激しい音が室内に響く。同時にスィーツ・アトモスフィアも雲散霧消!

 何事だと振り向く一同の目に映ったのは、怒りのアトモスフィアをまとい両手をチャブに叩きつけ、立ち上がろうとするセイバーの姿!

 

 

「己の師から盗みを働き、あまつさえ対面して尚も詫びの一言も口にしないなどと、道理が通らないではないですか!

 その曲がった性根、放ってはおけません!」

 

「ア、アイエエ!?」

 

 

 烈火めいた視線でウェイバーを見据えるセイバー。

 己のマスターでなくとも、こういった不義理な人間を捨て置けない生真面目な性格のようだ。実際委員長めいて。

 怒気がこもったサーヴァント眼力で睨まれたウェイバーが悲鳴を上げる。

 

 

「まあ落ち着けやセイバー」

 

「そうよ、落ち着いておスシでも食べましょ?」

 

 

 腰を浮かしたセイバーの肩を押さえるライダー。

 チャブに置かれたスシ注文ボタンを押し、新しいスシを頼むアイリスフィール。

 先程まで食べていたスシは店員マイコが最初に運んできたものであり、追加注文はこのボタンで行うのだ。

 二人の言葉に、不満めいた表情でしぶしぶ座り直すセイバー。

 

 ボタンが押されるとBEEPと電子音が鳴り、室内に這わされたベルトコンベアが回転し始める。

 

 この部屋にあるのは下階のものと比べて実際大きい、幅二フィート近いコンベアだ。

 それは隣室からセイバーらの使っている部屋まで繋がっており、室内でぐるりと弧を描いて元の部屋へと戻っている。

 隣室との間には目隠しノーレンが存在し、隣の部屋の様子はまったく見えない。

 

 と、隣室から何か大きなものがベルトコンベアに乗って流されてきた。

 それは……おお、ブッダシット! オイラン姿の美女が、スシ・オケを手に扇情的なポーズで流れてきたではないか! その胸部は実際豊満である!

 流れてきたオイランは隣室に近い位置に座っていたウェイバーとケイネスへと妖艶に微笑みかけつつ、胸元を強調するようになまめかしく姿勢を変える!

 なんたる退廃的アトモスフィア! なんとマッポーめいた回転スシか!

 

 思わず恥じらいめいたものを感じて赤面するウェイバーやアイリスフィールやソラウとは対照的に、怒りで頬を染めるセイバー!

 鎮火しかけていた怒りが森林火災めいて再燃焼している!

 

 

「スシを頼んで、なぜ遊女が流れてくるのです!

 ふざけているにも────ほどがある!!」

 

 

 KRAAASH!

 

 轟音と共に空のスシ・オケが粉砕された! 音を立ててチャブに再び炸裂するセイバーの拳!

 そしてサーヴァント瞬発力で立ち上がると、流れてきたオイランの肩をセイバーは掴む!

 

 

「貴女も貴女だ、どのような理由があるにせよ、何故こんなわけのわからぬ仕事を!」

 

 

 セイバーの怒気がオイランにぶつけられるが、その妖艶めいた微笑みは変わらない。

 肩を掴むセイバーの手にオイランの手を重ねられた。

 なんたることか、オイランはセイバーの手を豊満な胸元へと誘う! これは一体なんだ!?

 

 

「もっとしてください」

 

「んなっ!?」

 

 

 今度こそ恥じらいで赤面するセイバー。

 ライダーは笑い転げている。ランサーは唖然。そしてウェイバーとアイリスフィールとソラウの顔色は、あまりの事態にマグロめいて真っ赤だ!

 

 一人大した反応を見せていなかったケイネスが、呆れ返った様子で彼らへと振り向いた。

 

 

「それはオイランドロイドだ。日本で生身のオイラン代わりに使役されるカラクリ仕掛けの人形にすぎん。

 無垢な童女ではあるまいに、もう少し冷静に観察してみたらどうかね」

 

「な、この女性がカラクリ人形!?」

 

 

 驚愕しつつもサーヴァント視力でオイランをまじまじと見るセイバー。

 確かに精巧だが、よくよく見れば人間と違い眼球や皮膚が作り物めいているように見える。

 そして実際鋭いセイバーのサーヴァント聴力が、その体内から心臓の鼓動音がしないことに気付いた。

 

 絶句するセイバー。そしてセイバーに微笑みかけたまま、その細い手を胸元へと押し当てるオイランドロイド。

 

 

「もっとしてください」

 

 

 二度目のマイコ合成音声での誘惑。セイバーは絶句したままだ。

 その何とも滑稽めいたアトモスフィアに、三陣営に笑いが広がった。

 

 先程までジゴクめいた緊張に囚われていたウェイバーも例外ではない。

 体をくの字めいて折って笑い転げる。

 

 そこへ、冷静なアトモスフィアと共に投げかけられる声が。

 

 

「少しは緊張がほぐれたようだな、ウェイバー=サン」

 

「アイエッ!?」

 

 

 驚き顔を上げるウェイバーを、依然変わらぬ鋭い目で見据えるケイネス!

 再び顔を青ざめさせ、俯きかけたウェイバーへと威圧的アトモスフィアを込めた声をかけた。

 

 

「君が私の用意した聖遺物をネコババしたことは既に知っている。何かしらの理由あっての振る舞いであろうことも察しはつく。

 だが平安時代の哲学者、ミヤモト・マサシも話さなければ実際わかりにくいと言っている。

 話したまえ」

 

「ア、アイエエ……!」

 

 

 さまよわせた視線が、セイバーと合った。

 敵マスターを励ますなど不本意ですが、と目で語りつつも、力強く頷くセイバー。

 

 次に目が合ったのは、その隣のアイリスフィールだ。

 悪意のない笑みを浮かべて、胸元で拳を握るジェスチャーを見せてくる。

 

 ずらした視線がランサーと合った。

 静かな目でケイネス=センセイと自分を見詰める目からは、マスターであるケイネス=センセイへの信頼が伺える。

 

 そのランサーの横顔を見つめているソラウとは目が合わなかった。

 

 そして最後に、視線がライダーと交差。

 にやりと笑ったライダーからの念話がニューロンに響く。

 

 

『坊主、その師匠に胸の内を吐き出してみるがよい』

 

『ア、アイエッ!? で、でもケイネス=センセイは────』

 

 

 ケイネスは時計塔屈指のドクゼツ・ジツとコキオロシ・ジツの使い手であり、多くのアプレンティス魔術師をヘコませてきた辣腕講師なのだ。

 そんな彼に自分勝手な理由を話すなど、どれほどの罵倒が返ってくることかと怯えるウェイバー。

 

 

『悪いようにはならんさ、余が保証してやろう』

 

『そんな無責任な保証されても!』

 

『それに、だ。ここで坊主の意志というものを師匠に見せられねば、時計塔とやらの連中を見返すなど夢のまた夢ではないか? ん?

 踏ん張りどころで逃げとるようではいい結果は得られんもんだ』

 

『ア、アイエエ……それは……』

 

『ここぞという所でモノを言うのはな、やはり意志の力という奴よ。お前のそれを、師匠にぶつけてこい』

 

 

 ライダーがウェイバーの背中を押すようなアトモスフィアを発しつつ口許に太い笑みを浮かべ、そこで念話が途切れた。

 

 助けを求めるように視線を泳がせるウェイバーの目に、ベルトコンベアを流れて隣室へと消えていくオイランドロイドが映った。

 妖艶だが空虚な笑みを浮かべる、ただ人に使役されるだけのアワレな自動人形。

 彼女らには、自分の意志と呼べるものは存在しない。どれほど精巧でも造り物に過ぎぬ。

 

 だが、自分は違う。人間だ。意志を持つ人間だ。

 

 一度強く目を閉じ、そして開くウェイバー。

 ひきつる舌に動け、カラテだと気合を入れて言葉を発する。

 

 

「ぼ、ぼくがケイネス=センセイの聖遺物をネコババしたわけは────」

 

 

 

 

 

 


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