D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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6-幽霊? 黒騎士との邂逅

 夜も更けて人々の活動が寝静まる時刻となり、国会議事堂の入口にて出雲秋鳴は同僚であるミラを待つ。

 五分も待てば息を切らせて、二つの剣を持ったミラが駆け寄ってくる。

 額の汗をぬぐいながら、手に持った一振りの剣を秋鳴に護身用として渡す。

 

「必要ないだろ」

 

「いえいえっ。出雲さんならお化けだって一刀両断してくれると信じてます!」

 

「わけがわからん……」

 

 念のため、と一応剣を受け取って腰に携える。常駐している騎士たちに支給される一般用の剣であり、携える分には秋鳴としては少々心許ない。

 使ったことはあれど、秋鳴の普段から使っている強化系統の魔法に耐え切れず折れてしまったことを思いだす。本当に大丈夫かよと、心の中で呟いた。

 

「それでですね、出雲さん」

 

「はいはい出雲さん」

 

「真面目に聞いてくださいっ! で、そのー……お化けのこと、ボクなりに調べたんですよ」

 

 正直どうでもいいと即座に返すと、不安げな表情をさせ、瞳に滴を貯めながら秋鳴にすがりつく。

 鬱陶しいと振り払い、話だけは聞いてやると告げると、嬉しそうに手を離す。

 

「最近噂になってるのは……霧が濃くなった瞬間に現れる、漆黒の甲冑、だそうです」

 

「人体模型が動くわけじゃないからいいじゃないか」

 

「何処の文化ですか……不気味すぎますまじ無理ですぅ」

 

「はいはい。で、その甲冑がどうした?」

 

「はい……なんでも、遭遇した人を追いかけて……『探シテヤル』『求メテイル』『飢エテイル』って呟くらしいんですよ」

 

「へー」

 

「で、捕まると……ふ、と意識が消えて……『お前かぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』」

 

 くるり、とミラが背中を向け、勢いよく叫びながら振り返る。

 だが秋鳴は至って平静だ。元から幽霊など信じていないからこその反応だろう。

 もしくは、ミラの行動が分かりやすすぎたのか。

 

「で?」

 

「へ?」

 

「実害は?」

 

「え」

 

「実害があるから、騎士が駆り出されるんだろう?」

 

「……あのー」

 

「何、実害ないのにお前が怖いだけで俺を呼び寄せたのか?」

 

「ごごごごごめんなさいっ! 怖いんですよ怖いんですよーっ!」

 

 やれやれとため息をついて、ただ一言、行くぞ。と呟く。先ほどまで泣きそうだったミラの表情は一変して、嬉しそうに秋鳴の後を追う。

 まあ何も起きないだろうと踏んで、ミラと共に夜の街へ繰り出す。人気も少なく、冷え込んだ大気は吐く息を白く染め、周囲にぼんやりと漂う霧に溶け込んでいく。

 何もないよなーと笑いながら、駅や公園といったメジャーな場所。路地裏などのより暗い場所も歩き回る。

 人気のまったくない路地裏は生気すら感じることが出来ず、寝静まった街全体がより一層不気味さを醸し出す。

 何ともなさそうに歩いているが、心なしか震えているミラに気付いてため息。

 

「もうお前帰れよ」

 

「いえいえっ! 市民の皆様の安全を守るのも騎士の務めです……っ!」

 

 秋鳴とミラの歩幅は、少しだけ秋鳴の方が大きい。だから、自然と秋鳴がいつものペースで歩けばミラは置いて行かれることになる。

 そのことに秋鳴が気付いたのは、周囲を覆う霧が濃くなってからだ。

 今の今まで聞こえていた小さな悲鳴も足音も聞こえなくなって、ようやく振り向いた。

 だが、そこには誰もいない。ミラという少女は何処にもいない。

 

「……はぐれたか」

 

 まあいいかと自己完結する。ミラという存在は気弱であっても騎士としての実力は確かだ。

 もし暴漢に遭遇してもむしろ返り討ちにできるだろう。不安になる要素は全くない。

 と、小さく聞こえてきた、鉄の擦れる音に気付く。

 音のする方向に目をやると、そこは一層霧が濃く、思わずミラの言葉を思い出し、嘆息する。

 

「……魔法で操ってるのか、それとも中に誰かいるのか、と」

 

 ミラの言葉は現実になる。霧が濃くなった瞬間に現れる、漆黒の甲冑。

 竜を模した兜は顔すら覆い隠し、派手な装飾が目を引き付ける。

 自然と、身体が反応する。腰に携えた剣に手を伸ばし、抜刀の構えを取る。

 漆黒の甲冑―――黒騎士は、兜の奥に隠された光の宿らぬ双眸で、秋鳴を捉えた。

 

「イ、ズモ、アキナリ、貴様ヲ待ッテイタ」

 

「は?」

 

 それが開戦の合図だった。突撃してくる黒騎士に、即座に剣を引き抜き受け止める。

 一瞬だけ受け止めて、剣を傾けて勢いをいなす。

 黒騎士の行動は、至極単純だった。

 ただ突撃し、呪いの言葉のようにミラが言っていた言葉を呟き、何度も何度も交わされても受け止められても秋鳴に突撃してくる。

 赤子をあしらうように、秋鳴は黒騎士の突撃をいなしていく。脅威とすら思えない脆弱な黒騎士の行動に嘆息しつつ、目の前の存在の正体を探る。

 人か、魔法か。答えは即座に出る。

 黒騎士の動きはどこかぎこちなく、体表を覆う魔力の流れで操作されていると理解できた。

 ならば、強引に倒しても問題はないということだ。

 

「エンチャント―――」

 

 一撃で仕留めるからこそ、最大限魔力を込める。剣が折れてしまっても構わない。

 叫びながら、黒騎士は突撃してくる。秋鳴にとって、黒騎士とは脅威ではない。

 そう、例えば……目の前に転がっている、邪魔な岩程度の存在でしかない。

 一閃。

 閃光が走ったかと思えば、秋鳴の横を黒騎士が力を失い崩れ落ちる。腰を断たれた黒騎士は立ち上がることすらできず、じたばたともがく。

 

「……やれやれ、こんなのが幽霊騒動の結末か」

 

 魔法によって操作された甲冑の暴走。

 あとは術者を捜索するだけだが、この甲冑を破壊してしまえば次は起きないだろうと踏んだ秋鳴は罅が入った剣を兜へ叩き込む。

 

「ゲ」

 

 変な声が聞こえて、兜が砕ける。砕けた先に―――顔があった。

 秋鳴に、動揺が走る。理解も納得もできず、折れた剣が手から滑り落ちる。

 兜の下に存在した、見覚えのある顔は―――。


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