D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と” 作:瑠川Abel
「嫌だ」
「アンタに拒否権なんてないのよ、わかる?」
「嫌だ」
「あのねぇ……」
「ほ、ほらリッカも秋鳴くんも落ち着いてっ!?」
学園長室―――生徒会室で、睨み合う秋鳴とリッカ。火花が散っているようにも見える二人の状態に、わけがわからないシャルルは困惑するばかりであった。
原因はリッカの提案だった。秋鳴の魔法使いとしての実力を授業で見せてあげて欲しいと。だが秋鳴はそれを断固として拒否している。
「別に減るものじゃないでしょう?」
「俺の研究の時間が減るだろう」
「一日ずっとやれって言ってるわけじゃないのよ? それに私もアンタの研究に協力するって言ってるのに」
「っは。これは俺が女王陛下から承った任務だ。お前に手柄を横取りされてたまるか」
「だから、そういう気持ちはないっつーの」
勿論秋鳴としても、手柄を独り占めしたくてリッカの申し出を拒否しているわけではない。
ただ単純に、理由として手頃だったからだ。評価が下がるのは自分だけだし、そうすれば自分の魔法だって見せなくていい。
秋鳴にとっては自分の魔法は忌避するものだ。万遍なくさまざまな魔法を扱えはするが、『出雲秋鳴』を彷彿とさせる魔法ならば、一つしかない。
リッカはそれを使って見せろと言っている。自分が最も嫌う魔法を見せろと言っている。
「とにかく、俺はお前らの前で魔法を使う気はない。騎士として常日頃訓練はかかしていないから、それこそ身体強化だけで十分だ」
「はぁ、どうしてアンタはこう未来の魔法使いたちに夢を見させてあげないのよ」
「俺なんかを真似たって何もできやしないさ」
ため息を吐くリッカと秋鳴を見て、ようやく緊張の糸が切れる。
安堵のため息を吐くシャルルと、自分の講義を終えて戻って来た巴が不思議そうな表情で二人を見ている。
「痴話喧嘩かい?」
「違うわ」
「違う」
「いやっはっは。仲がよろしいようで」
愉快気に笑う巴をしり目に、もう一度二人してため息を吐き、そして笑い合った。
小さな音と共に、秋鳴のシェルに連絡が入る。リッカたちに目配せして、通話に応じる。
通話の相手は、地上の方でよく連絡をかわす騎士の仲間であった。
「どうした?」
『出雲さん、現在は何処にいますか?』
「風見鶏」
『あぁ、編入したって本当なんですね……』
「まあな。いろいろあるんだよ」
『カテゴリー5は伊達じゃないですねっ!!』
「……やかましい。用件はなんだ」
『あー……今夜の見回りの件で相談したいことがありまして……』
「……わかった。そっちの宿舎まで行く」
『え、いいんですか!?』
「お前は風見鶏に入れないだろう。ヒヨっ子」
『うぅ、魔法の才がない自分にしょぼーんです』
はいはい、と適当に会話を切って立ち上がる。どこ行くの、とリッカに問われて騎士の仕事、と答えるとすぐさま納得する。
宿舎までは陽が傾くくらいにはつけるだろうと、曖昧な時間を告げておく。
地上へ戻り、裏道を使ってバッキンガム宮殿のすぐ近くに用意されている宿へと向かう。そこは、秋鳴たちのような騎士がたまに使用する宿であり、臨時で会合を行う場合にも使われる場所だ。
店主に軽く頭を下げて、二階へ上がる。室内にはすでに、赤い鎧のようなドレスを身に纏った少女が紅茶を飲んで待っていた。。
「待たせたな」
「いえいえ」
「で、相談とは何だ。ミラ」
ミラ・S・トランス。つい最近、騎士としての勲章を授与され、ロンドン周辺の警護を担当するようになった新米騎士。
秋鳴とは授与式の際に出会い、それ以後彼を先輩として慕っている少女である。騎士の称号を授与されるほど剣技に通じ、魔法の才こそないものの、『魔法使いとの戦い』においては熟練者に勝るとも劣らない才能があるとさえ言われている。
「実はですねー……最近、出るらしいんですよ」
「出るって、何が」
「うぅー……お、おばけが」
「馬鹿か」
「っば、馬鹿ってなんですかぁっ!?」
「魔法使いを倒せる騎士が何幽霊如きに怯えている」
魔法という神秘こそ存在しているが、秋鳴という人物は欠片ほど幽霊などといった存在を信じていない。
そもそも証明することが出来ないものをどう信じればいいというのが彼の持論である。そんな彼からすれば、深夜であろうと幽霊なんてものは存在しない虚像である。
「だだだだだって斬れないんですよっ!?」
「物理的接触が出来ないならばそれこそ無害だろう」
「ぽぽぽぽポルターガイストとか起きたら!」
「そしたらそれは重力制御系統の魔法だ。落ち着いて辺りの魔力を感じ取れ」
「らららららラップ音とか!」
「ただの音響系の魔法だろう……探して潰せ」
「むむむ無理ですぅ!」
「はぁ」
ため息。後輩の考えがわかってしまって、もう一回、ため息。
「つまり、俺についてきて欲しいのか?」
「そうですそうなんです出雲さん話分かって本当に助かりますっ!!」
秋鳴の言葉を待っていたかのように、怯えていた態度を一変させて花のような笑顔を向けてくる。
ミラは、一言で言えば美少女だ。その笑顔は歩いている人ですら足を止めてしまうほどだ。
だが秋鳴はまるで何事もなかったかのように、集合時刻を決めてさっさと宿から出ていってしまった。
深夜のロンドンを、ミラと共に警邏することになった。
退屈しのぎとばかりにミラをからかう秋鳴だが、ふとした時に濃くなった霧によってミラとはぐれてしまう。
そして、出発する前にミラに聞かされた話を思い出す。
霧の中から現れる、黒き騎士を。
―――出雲秋鳴、貴様ヲ待ッテイタ。
次回、