D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と” 作:瑠川Abel
「……これにも載ってない、か」
風見鶏の図書館には、確かに地上では読めないレベルの魔法に関する研究所が大量に内蔵されていた。
手当たり次第に手に取って、読み耽る。基本的な魔法や呪術、宗教や過去の魔法使いたちが使えたであろう魔法など、さらには医学といった今回の事例に全くない分野にまで手を伸ばしてみる。元から本を読むことは嫌いではないし苦ではない。
速読は彼の数ある特技の一つである。といっても名の知れた魔法使いならば同時に複数の書物を読むことも可能であるが。
積み上げられていく本の山は数知れず、彼のため息の回数だけ本が積み重なれていく。
現在のところ、地上―――ロンドンを覆う『霧』によってもたらされる被害は、完全に把握できているだけで二つ。
一つ。少なからず魔法に関わっている人間の心の奥に潜む欲望を増大させ、犯罪を引き起こす。
一つ。その人物を追い詰める為か、その人物に馴染みある人物の姿を取ることが稀にある。
後者の場合、まるで意志を持っているかのように振舞うことから、この『霧』は生物的な要素があるのかもしれないと仮定できる。
「……駄目だなぁ」
本の山を崩して、机に手を伸ばして突っ伏す。これだけの蔵書量を誇る風見鶏でさえ手がかりがないと言うのは、彼の中に一つの可能性を提示させる。
風見鶏の図書館に存在しない魔導書は、もちろん存在する。
だがそれは、誰も触れてはならないからだ。
触れば、使えば必ず大きな被害をもたらす。それ故に、禁呪と呼ばれる物。
禁呪。
秋鳴が知るものでも、簡単なものでさえ一つの街を吹き飛ばし、水没させ、炎上させ、一夜にして都市を壊滅させるものがある。
だが禁呪がもたらすスケールから考えると、『霧』がもたらす被害は微々たるものだ。この程度では女王の力である『予言』によってある程度まで対応が出来てしまう。
ならば、禁呪ではないのか。
答えは出てこない。
「……もう少し、探してみるか」
席を立ち、集めた本を棚に戻しつつ新しい本を手に取っていく。リッカと同じまで上げてもらった閲覧レベルによって読める範囲は、この風見鶏のほぼ全てと言っても過言ではない。とはいっても、リッカが専攻して研究しているのは植物関連の研究所ばかりだったが。
シェルで時刻を確認すると、もう少しで閉館時間が近いことに気付く。仕方ないと本を手に持ったまま、最下層の受付まで持っていき、借りるための手続きを済ます。
そこでふと、一緒にきた少女のことを思い出す。さすがに帰ってしまっただろう、と苦笑しつつ辺りを見渡すと。
いた。
「まだいたのか、サラ」
「…………」
「おーい」
「…………」
どうやら読んでいる本に夢中になってしまっているようで、いくら声をかけても反応を返さない。
軽くだが身体を揺さぶっても、やや鬱陶しそうに払われる。しかしそこまでされると意地でも反応をもらいたくなるのが性だ。
背後に回り込み、気取られないようにそっと手を伸ばす。
「うりゃ」
「うにゅっ!?」
「おお……柔らかい」
むにむにと、サラの頬を優しく摘まみ伸ばしたり押しつけたりする。
ようやく反応したサラは何が起きたか理解できず困惑しており、秋鳴は手の動きをさらに激しくする。
「かーえーるーぞー」
「ひゃにゃにしゅるんでしゅかしぇんぱいっ!?」
困惑して手を振り回すサラを見て、ますます続けてしまう欲求に駆られてしまうが、そこは大人の対応としてそっと手を離す。
「はー、はー……な、何するんですかっ!?」
「時間。もう閉館時間だぞ」
「あ、え……も、申し訳ありませんっ!!」
時計を確認したサラは、顔を真っ赤にして勢いよく頭を下げてきた。
ぽんぽんとサラの頭を撫でて、気にしてないと告げる。そうすると強張っていたサラの身体から力が抜けて、小さくだが微笑みを向ける。
「ありがとうございます……先輩」
その言葉に、ちくりと痛む胸。
そしてすぐさま自己嫌悪。ああ、自分はこんな小さなお礼でさえ、嫌がってしまうのかと。
どこか人とずれてる自分を客観的に見てしまい、自己嫌悪。
「先輩?」
「あー、なんでもない。帰るか」
「……はい」
秋鳴の態度に不自然さを感じながらも、サラは秋鳴のやや後ろについていく。
抱きかかえるように持った本を、嬉しそうに強く抱きしめる。よっぽど面白い本を見付けたのだろう。
「恋物語かなんかか?」
「はい。ロミオとジュリエットみたいな、許されない関係なのに愛し合ってしまった二人の物語です」
「許されない関係、か」
それは例えばどんな関係なのだろう。家がお互いに敵対しているとか、身分が違うとか、そういったものなのだろうか。
「身分と言うか……女性の方が、男性にふさわしくないってずっと思ってるんです」
「なんだそりゃ。男がずっと求めてるのにそんな態度をするなんて、自分を過小評価してるのか?」
「ええっと……私も全部読んではいないのですが……」
そこで、サラは息を呑んで、静かに物語の内容を呟く。
「『何でもできる男性』と『何もできない女性』だからです」
女性の気持ち、なんとなくわかるんです、と。
少し寂しそうに、でも、悔しそうに、サラはそう呟いた。