D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と” 作:瑠川Abel
顔合わせと初日だけあって、今日だけはと秋鳴もリッカが担当する講義全てに同行する。
秋鳴の存在を知っている生徒たちは緊張しながら講義を受けていて、その都度リッカがフォローに四苦八苦していた。
講義が終わるたびに、大したことない奴だから気軽に接すればいいのよ。といくら言っても初日でそれは容易いことではない。
秋鳴自身も気軽に声をかけてはいるが、やはりカテゴリー5という名は相当重いのだろう。声をかけた生徒の大半が緊張していた。
唯一といっていいくらい、東洋系の生徒たちはある程度気軽に話すことが出来た。彼らは秋鳴の実績を知らないからこその対応だろう。
そうして講義を終えた秋鳴は、風見鶏に来た本来の目的地―――図書館島を目指すために船着き場まで来ていた。
連絡船の時刻表を確認し、出発が遅れて三十分ほど待たなくてはならないことに気付き、うなだれながらベンチに腰掛ける。
「……何やってるんですか、出雲秋鳴……さん」
「ん? あぁ。サラか」
「こ、こんにちは」
呆けていた秋鳴に声をかけてきたのは、今日知り合ったばかりの少女、サラ・クリサリス。濃い目の青の髪を二つに結い、金がかった瞳はまるで宝石を思わせる。
そして、異様に小柄だ。恐らく同年代でもサラほど小柄な少女はいないと思うほど、小柄である。
「どうしたんですか?」
「いや、図書館島に行こうと思ってな……連絡船を待ってるんだよ」
立ち上がり、身体を伸ばす。そんな秋鳴のしぐさに、サラは秋鳴の胸元のブローチを見て、首を傾げた。
「あの、ボートは支給されてないんですか?」
「……ボート?」
「これ、ですけど……」
風見鶏の生徒全員に支給されてるはずですよ。と付け加えて、サラはブローチを外し、水辺に放り込んだ。
あ、と秋鳴の声。ブローチは魔法で造られた陽光をキラキラと浴びながら、小さい音を立てて着水する。
その瞬間、水の上には、丁度一人乗りくらいの小さいボートが浮かんでいた。
ブローチの中にボートが存在した―――わけではなく、どうやらブローチ自体が一定の液体に触れると変化するよう造られているようだ。
「ほう……なかなか便利なものが」
「出雲秋鳴さんのブローチも……こうじゃ、ないんですか?」
「説明全く受けてないからなぁ。リズから渡されてそのままだったし」
「は、はぁ……」
ためしに、と秋鳴もブローチを外して、同じ要領で水辺へ放り込む。するとサラの時と全く同じボートが浮かんでくる。
形状的には見たことがある。何度か使用したこともある。速度は自転車と同じくらい出るはずの、魔法使いたちの間でなら比較的メジャーなアイテムだ。
「操作方法は昔のと変わってないのかな?」
「変わってないと思いますよ」
二つ並んだボートの一つに、サラがゆっくりと飛び移る。そして足を肩幅くらいに広げるて姿勢を整えると、ゆっくりとボートが進みだす。
ようやく理解して、秋鳴もボートに飛び移る。ただし、サラとは違い勢いよく。秋鳴の全体重がかかってもボートは沈まず、小さい波だけが周囲に広がった。
「おお、おお」
「出雲さん、大丈夫……ですよね」
「秋鳴」
「え?」
「俺、苗字で呼ばれるの好きじゃないんだ。せっかくの縁だ。下の名前で呼んでくれ」
「え、えぇぇぇっ!? そ、そそそそんなの無理ですよっ!」
「えー、なんでだよ」
「立場が違います。出雲さんはカテゴリー5で騎士の勲章まで持っている……有名人です」
その言葉を受けて、少し対応を間違えたかと心の中で悪態を吐く。
目の前にいる少女は、『かつて』名門だった一族の少女なのだ。そんな少女に対等に接してくれと言うのは、少女に嫌な思いをさせるだけかもしれない。
「じゃあさ、『先輩』で」
「……はい?」
「名前が無理ならさ、俺は一応本科生だから……先輩、って呼んでほしいな」
「え、ええっと……」
「先輩って、呼んでくれ」
二度の懇願と、逡巡するサラ。
ボートの上だというのに姿勢は全く崩れず、このボートの有能性が強く証明される。
数分の逡巡。やがて意を決したように、サラは少しだけ頬を赤く染めて。
「……せ、先輩」
「ああ、よろしくなっ」
思わず手を握ってぶんぶんと振り回してしまい、ボートから転落しそうになる。
そこで初めて、二人は笑い合った。
メインヒロインと出会いました。
とりあえず最近思ってて次回予告書いちゃうと次の内容縛られすぎて執筆しづらいので、今回から次回予告は「本当に確定してる」時だけ書くことにします。