D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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D.C.Ⅲ M.K.S After 七夕の夜に

 

 

「秋鳴さん。どうぞです」

 

「ありがとう、さら」

 

 いつものように、授業が終わるとさらの部屋を秋鳴は訪れる。

 辛い過去と向き合って、苦しい罪と向き合って、全てを乗り越えたからこそ手に入れた、平和な時間。

 大切な少女と過ごす特別な時間を、秋鳴は誰よりも優先する。

 

「おいで」

 

「はいっ」

 

 さらが煎れてくれた紅茶を飲んで一息つくと、手招きでさらを呼び寄せる。

 ちょこん、と秋鳴の膝の上に座るさら。付き合いはじめたばかりは借りてきた猫のように大人しかったさらだが、今ではすっかり定位置とばかりにくつろいでいる。

 

 恋人たちが一時を過ごす、蜜のように甘い時間。

 すっぽりと収まったさらを抱き締めながら、秋鳴は人心地付く。

 胸の中の少女をぎゅ、っと抱き締め、さらの髪先を指で弄る。

 

「く、くすぐったいですよ~」

 

「さらの髪がこんなにすべすべなのが悪いんだ」

 

「私が悪いんですかっ!?」

 

「そうだな。さらが可愛すぎるからいけない」

 

「あうううう……っ」

 

 すっかり秋鳴との恋人生活には慣れたさらだが、未だに秋鳴に愛でられることに羞恥を感じるのか、耳まで真っ赤にしながら縮こまってしまう。

 もっとも、秋鳴もそれを見越して執拗にさらをからかうのだが。

 

「も、もう秋鳴さんはいつもからかってきます!」

 

「仕方ないだろ。さらが大好きなんだから」

 

「わ、私も大好きですけどっ」

 

 秋鳴の言葉にさらは反論する。ここまで来れば売り言葉に買い言葉だ。

 お互いにどちらの愛が大きいか、ただの痴話喧嘩である。

 ひとしきりふざけあうと、互いにくすくすと笑みを零す。

 それがいつも通りの光景だ。不思議と飽きない、濃密な時間。

 

 けれども今日は、それだけではない。

 

「さら、手を出して」

 

「はい?」

 

 秋鳴の言葉に首を傾げながら、さらは両手を伸ばす。

 小さくも、ソフトボールで少し鍛えられた手だ。それでいてすべすべて、触れるだけで心地の良い肌。

 秋鳴は壊れないように、そっとその左手を取った。

 まだ何をされるかわかっていないさらを余所に、秋鳴はその手を持って、薬指に――白銀の指輪をはめる。

 

「え? え? え? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 それが何を意味しているかは、さらだって当然気付いている。

 左手の、薬指の、指輪。意味はもちろん――。

 だが秋鳴は敢えてそれを言葉にしない。送るのはただ、今日という日を祝う言葉。

 

「誕生日おめでとう、さら」

 

「あ、あぅー。あ、あああああ秋鳴さん? こ、この指輪って」

 

「……ま、『そういう』意味だよ」

 

 ハッキリ言葉にしないのは、さらがまだ学生だから。

 遠い過去にロンドンで生まれ、魔法使いとして、騎士として生きてきた秋鳴からの、初めてのプロポーズ。

 サラ・クリサリスの記憶にもない――生涯を共にすると誓う、愛の形。

 

「……~~っ」

 

「さ、さら? どうして泣いてるんだ?」

 

 腕の中のさらが突然泣き出してしまい、秋鳴は困惑してしまう。

 もしかして――迷惑だったのではないか、と。これは秋鳴の独りよがりだったのではないか、と、最悪の考えばかりが頭を過ぎる。

 さらは、泣きじゃくりながら、左手を愛おしそうに、大事に抱き締める。

 

「ちが、うんです。嬉し、くて。だって、秋鳴さんから見たら、私はまだ子供ですし、だって、だって……昔が、私……~~っ」

 

 何を言えばいいのかもわからなくなってしまったさらを、秋鳴は優しく抱き締める。

 さらの伝えたかった言葉をゆっくりかみ砕いて、そして、心の底からの気持ちを、言葉に乗せる。

 

「俺は、瑠川さら。君が好きだ。君と一生を添い遂げたい。サラ・クリサリスではない、君を、愛してる」

 

「っ……! 秋鳴さん、秋鳴さん……っ!」

 

 秋鳴が、朝倉音姫の救出のために命を投げ捨て――生死の境を彷徨って。

 そのまま死のうと考えていた秋鳴を引き留めたのは、他の誰でもない、サラ・クリサリスだった。

 今のさらの身体を触媒として、ある魔法使いが呼び起こした束の間の奇跡。

 最後まで、秋鳴の幸福を祈って、そして消えたサラ・クリサリスの想い。それらは全て、さらが持っている。

 

 だからこそ、立ち直った秋鳴がさらを選んだ時は困惑した。

 過去の自分を重ねていると考えても、不思議はない。……それでもいいと、思ってしまったのはさらの悪いところだ。

 でも秋鳴は、最初からしっかりと『瑠川さら』を見ていた。

 『サラ・クリサリス』ではなく、『瑠川さら』を、今を生きる少女を選んだ。

 

「卒業したら、俺と結婚して欲しい」

 

 それ以上の言葉はもういらない。秋鳴の心を受け取ったさらは、今まで以上に強く、秋鳴の胸に顔を埋め、抱きつく。

 秋鳴もまた、腕の中の少女を強く抱き締める。壊れないようにそっと、けれど、強く。

 

 七夕の夜に、遠き日を巡り巡って、二人の男女が結ばれて――想いは晴れて、成就する。

 

 

 

 ちなみにこの後もちろんしっぽりお泊まりコースです。




誕生日だからね。プロポーズさせたいよね。
初音島編で起こった色々はいつか語れるのだろうか……。

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