D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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32-弱音と願いと未来への望み

 騎士としての自分に、誇りを持っていた。

 

 魔法使いとしての自分に、理想を抱いていた。

 

 それら二つの頂点に立つことを、ずっと夢見ていた。

 

 だから、彼は死にたくなかった。夢を、諦めたくなかった。

 騎士の本懐を。人々を救う英雄。

 魔法使いの矜持を。人々のために己を捧げる導師。

 

 

 

 だから、彼は許せなかった。

 自らよりも、誰かを。人々のために尽くすと誓った彼は、己自身を許せなかった。

 

 

 

 だから、命を捨てることに何の躊躇いもなかった。

 許されざることをした自分を、罰するために。

 彼が発動した、命を力に変えるそれを、彼は自身の命全てを力に変えて、使った。はずだった。

 だけど、彼は生きている。昏睡状態ではあるが、それでもかろうじて命の灯火は消えず、守の手によって風見鶏に搬送され自室で眠り続けている。

 どうして生きているのか。守はこの力の代償を知っており、だが彼が生き延びてくれたことに安堵した。

 どうして生き残れたのか。黒騎士は消滅し、消え去る中命の灯火が残っていた彼を見据え、安堵した。

 

 

 

 安堵、した。

 

 黒騎士の中の、少女が想う。

 

 “生きて欲しい”

 

 黒騎士の中の、少年が祈る。

 

 “生きて欲しい”

 

 黒騎士の中の、騎士が祈る。

 

 “生きて欲しい”

 

 黒騎士の中の、沢山の想いが、執念すらも、何もかもが。彼が生き残ることを、望んだ。

 それは、出雲秋鳴という騎士/魔法使いを知っている人たちの想い。

 黒騎士は

 自らの消滅を

 望んだ。

 

 ………

 ……

 …

 

「……ん、ぁ」

 

「……先輩?」

 

 ゆっくりと、ベッドの上の彼のまぶたが開かれる。眩しいのか、視界ははっきりしておらず目に映る全てがぼやけてみる。

 それでも、覗き込んでくる少女が、愛しい少女だと理解した。

 どうして生きているのか、そんな疑問よりも先に―――サラを抱きしめていた。

 驚いた声をあげたが、サラはすぐにおとなしくなる。

 ぽつりと、つぶやくように、秋鳴の口から言葉が零れていく。

 

「……俺、さ。死ぬ運命だったんだよ。魔法使いとしての任務のときに、女の子を助けるために敵の呪いを受けて。それは、誰にも解呪できなくて」

 

「……」

 

「死ぬことを受け入れてたんだよ。誰かを助けて、その結果死ぬんだったら、それでもいいかなって」

 

 秋鳴の、独白。

 サラは敢えて口を開かず、秋鳴の言葉を待つ。

 

「最期に、俺の命を、存在を賭けて葵を救えるかもしれない禁呪に手を出して。それで、俺は誰かを助けて死ねたんだって満足してさ」

 

 声が、濁る。

 泣いているのが、わかった。

 

「俺は生きたかった。だって、俺の夢は何一つ叶えられてないんだ。誰からも恨まれてた子供のときから、ようやく自分がやりたいことを見つけて。でも、どうしようもなく、助からない現実を突き付けられて。誰かのためって言葉で自分を誤魔化してた」

 

 

 

「だから、禁呪につけこまれて。名前も知らない女の子を犠牲にして、この世界で、生き延びてる。何が人々を守る騎士だよ。何が人々を導く魔法使いだよ。こんなの、こんなの……」

 

 

 

「死にたい、消えてしまいたい。自分が許せない。どうしようもないくらいに、憎い。なんなんだよ、俺は……!」

 

 抱きしめる力が、強くなる。

 サラは、どう声をかければいいか、理解した。

 きっとそれは、彼がずっと求めていた言葉だと。

 彼は、きっと誰にも弱さを見せないで来たのだろう。それこそ、親友である人にさえも。

 

「生きたいって願っちゃ、駄目なんですか?」

 

「っ」

 

「騎士だから。魔法使いだから。確かに『英雄』だったらそうでしょう」

 

「そう、だよ。だから―――」

 

「でも、先輩は人間です。出雲秋鳴っていう、一人の人間ですっ」

 

「っ!」

 

「私の大好きな、秋鳴さん。誰かのために自分を犠牲にできちゃう、少し心配な秋鳴さん。自分の目標のために立ち上がれる、頑張り屋な秋鳴さん。先輩は、秋鳴さんは一人の人間ですっ!」

 

「俺、は」

 

「秋鳴さんは、生きていいんですっ。生きることを望んでいいんです。皆も、秋鳴さんが生きることを望んでます!」

 

 

 

「私も、秋鳴さんと一緒に生きたいですっ!!!」

 

 泣きながら、顔を真っ赤にしながら、それでもサラは、秋鳴の顔を見つめて、叫んだ。

 

「……いいのか? 俺、生きたいと思って」

 

 秋鳴もサラを見つめる。

 

「いいんです。だって、秋鳴さんだって私たちと同じ人間なんですから」

 

 サラは、泣きながら微笑を返す。

 

「……生きたい。夢を、叶えたい。騎士として生きたい。魔法使いとして生きたい。サラと一緒に生きたいっ」

 

 涙が、言葉が、堰を切ったように溢れてくる。生への欲求。生きるという意志。諦めていた。でも、最愛の人が、生きて欲しいと望んでくれた。一緒に生きたいと願ってくれた。許された、気がした。どうしようもない罪を犯した自分を、彼女は一緒にいてくれると。

 どうしようもなく、愛しい。ずっと見せてはならないと思っていた自分の弱音を、彼女は、受け入れてくれた。

 

 

 

 彼は、出雲秋鳴は、思いを吐露する。生きたいと。未来へ歩みたいと。

 サラと、一緒に―――。




 生きる事を、望んだ。

 この世界を終わらせることを、決意した。

 未来へ歩むことを、誓った。

 隣にいてくれる最愛の少女が背中を押してくれた。

 だから、語る。どれほど難しいことになろうとも。
 禁呪を解く方法を。そして、その結果がどうなるかも。
 それでも彼は、未来を夢見る。
 もう、迷いはない。

 枯れない桜の奇跡が、始まる。


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