D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と” 作:瑠川Abel
一体、何を信じればいいのか。
一体、何を求めて生きればいいのか。
一体、自分は何者なのだろうか。
幾度自らに問いかけても、答えは出てこない。どうすればいいか。何をすればいいか。何を償えばいいか。どう償えばいいか。
世界の先を見据え、出雲秋鳴の胸中には何も浮かんでこなかった。何にも興味がわかない。どうすればいいのか、何をすればいいか、今まで輝いて見えた景色全てが色褪せてみる。
砂浜を、歩く音。
秋鳴、と。知っている声が、思い出した声が聞こえる。振り返ることなく、秋鳴は彼に答える。
「道化だな」
「そうだね」
「守。俺さ……生きたかったよ。そりゃ」
「うん。知ってる。でも、君は―――」
「そうだよ。俺は騎士だから。誰かに頼られることはあっても、頼るなんてことはなるべくしたくなかった。ましてや、自分の命のために動いてもらおうだなんて、そんなこと」
陽ノ本守は、これ以上の言葉を彼に投げることは出来ない。結果として彼が生きることを選んだとはいえ、この世界は彼が発端となったのだから。
出雲秋鳴が、自分の命を軽視していることは
「秋鳴。僕は……君が生きることを望んでくれて、よかった」
「……っは。それで顔も名前も知らない少女の命を、存在を奪ったんだ。カテゴリー5への栄光を目指していた騎士のすることじゃない」
「秋鳴。君は……何がしたいんだ?」
両者は、全ての記憶を取り戻した。これまでのことと。これからのことを考える。
だが秋鳴は、何も考えられない。これからのことなんて、何も。
「わからない。俺が何をしたいかも。何をすればいいかも。あるとすれば」
死んでしまいたいと。
彼は、死を望んだ。
わかっていた。ずっと隣で歩んできたから。わかっていた。彼がどんなに騎士という立場に拘ってきたか。どんなに騎士ということに誇りを抱いていたか。
守は、何も言えない。咎人である彼は、秋鳴を救える言葉を持っていない。
『ならば、この世界を守ればいい』
声が聞こえたのは、その時だった。幾つもの声が重なった声。濁った声。まるで怨嗟の集合体。
黒騎士が、そこにいた。ゆっくりと秋鳴と守へ歩み寄り、言葉を続ける。
『私たちは、貴方たちの禁呪によって生まれた霧そのもの。それが意思を持ち、取り込んだ魔法使いたちの意思と力によって形を得た者』
「だから、お前は僕たちの姿形も真似できると?」
『もちろん。貴方たちと葵は、私たちの親同然。貴方たちは、私たちを守る義務がある』
「僕たちは、葵の死の運命を拒絶したかっただけだ。黒騎士、お前なんて興味ない」
『でも、私たちが消えればこの世界は終焉を迎える。貴方の愛しい葵へ死の運命が迫る』
「っ……」
「守」
秋鳴は、黒騎士へ静かに振り返る。冷めた表情。冷たい感情。
「そうだな、黒騎士。お前だって生まれたんだ。消えたくないよな。俺がそうだったように」
『そうだよ。私たちは消えたくない。何を犠牲にしてでも』
「だから、俺に囁いたんだろ?」
『……あれ、知ってた?』
秋鳴が、笑い出す。見つけたと。わかったと。思い出したと。
「黒騎士。俺はお前を否定する」
そして彼は、守へと振り向き。
「守。俺はこの世界を終わらせる」
「っ秋鳴、それじゃ―――」
「そんなん知るか。お前が勝手にやれ。力はなくても記憶はあるだろ。カテゴリー4であるお前が、この世界で延々と考えていた方法でもいくらでも試せばいい」
俺は。
そう続けて、秋鳴は黒騎士へ向き直る。
「俺は、自らの罪に向き合う」
胸の前で拳を握り締める。それだけで感じる、彼の怒り。慟哭。絶望。それは、目の前の存在を否定するには十分だった。
黒騎士が、咆える。自らを作り出した存在が、自らの存在を否定するのだから。
『何故だ、何故だ、何故だ何故だ何故だ』
「俺が、騎士だからだ……っ!」
『騎士ならば私たちを守ればいい! そうすれば貴方も永遠にこの世界で生きていける! 霧の騎士として!!!!!』
「ふざけんな……俺は、騎士だ。いずれ
両者に手に、剣が握られる。漆黒の無名の剣と、宝石があしらわれた宝剣。
魔力が、質量が、激突する。
片や、生きることを望む
片や、騎士としての使命を望む
重い。振り回している間に、秋鳴は幾度となく宝剣アロンダイトに違和感を得ていた。
自嘲して、目の前の黒騎士に意識を向けながら、秋鳴は自身に絡み付いている見えない鎖を意識する。
騎士である自分が、騎士であることを捨てた結果生まれた存在。黒騎士。
そこに何の感情もわかない。騎士である秋鳴にとって、黒騎士という酷く傲慢な存在は、敵でしかない。
打ち合うたびに、身体に違和感。わかっている。黒騎士を討つということが何を意味するか。
秋鳴は、この世界の終わりを望む。誰が為ではなく、己に決着を付けるために。
宝剣の封印を解き、無骨なる大剣へと姿を変え、振り下ろす。だが黒騎士は容易くそれをかわし、攻勢に出る。
小さなスフィアを作り出し、迎撃する。だが黒騎士は止まらない。まるで、自らの傷など気にしないように。
スフィアが、黒騎士の鎧を削る。だがたちまち『霧』が黒騎士を覆うと、削られた箇所は元通り復元される。
「っ!」
『私たちは霧そのもの。それを知っているだろう!!!!』
黒騎士の拳が、秋鳴を捉える。アロンダイトを自らの剣で強引に弾き飛ばすと同時に剣は折れ、両の拳で秋鳴を襲う。
繰り出される連撃に、秋鳴の身体は悲鳴を上げる。何処かの骨が折れ、出血し、自らの身体に限界が来るのがわかる。
出雲秋鳴を支配していたのは、怒りだった。そして同時に、遠い昔の情景を思い出していた。
《いいかい秋鳴。私が君に教えるのは『力』の使い方じゃない》
それは、秋鳴を導いた存在。
暗闇だった秋鳴の人生を救い出した、大恩ある魔法使い。
そして、今は亡き存在。
《私が教えるのは―――命の使い方だ》
「
怒りが、引いていく。恐怖を感じた黒騎士が、飛び跳ねて距離を取る。
同時に湧き上がる魔力。そして、秋鳴の全身を包み込むように、炎が湧き出る。
魔法によって生み出された炎だ。そしてそれは。
「っ! 駄目だ秋鳴、その炎は―――!」
『やめろ秋鳴、それは貴方の命を―――!』
陽ノ本守と、黒騎士、両者が秋鳴を止めようと叫ぶ。
だが、秋鳴は止まらない。
《君がこれを覚えて、これの全てを使うとき。それはきっと、君に譲れないものがあるときだ》
《これは、自分の命を力に変える。遠い昔に私が教えてもらった、命の炎。それは》
秋鳴の手に集う、銀色の炎。
譲れない思いと誇りが彩る銀色の炎。
秋鳴はそれを、ゆっくりと黒騎士へ向け、掌を広げた。
「炎剣」
《君と、相手の全てを破壊する力だ》
騎士だった。
騎士でありたかった。
だからこそ、今の自分が許せない。
出雲秋鳴が一番憎いのは、他でもない、自分自身だ。