D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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31-思いを賭して

 一体、何を信じればいいのか。

 一体、何を求めて生きればいいのか。

 一体、自分は何者なのだろうか。

 幾度自らに問いかけても、答えは出てこない。どうすればいいか。何をすればいいか。何を償えばいいか。どう償えばいいか。

 世界の先を見据え、出雲秋鳴の胸中には何も浮かんでこなかった。何にも興味がわかない。どうすればいいのか、何をすればいいか、今まで輝いて見えた景色全てが色褪せてみる。

 砂浜を、歩く音。

 秋鳴、と。知っている声が、思い出した声が聞こえる。振り返ることなく、秋鳴は彼に答える。

 

「道化だな」

 

「そうだね」

 

「守。俺さ……生きたかったよ。そりゃ」

 

「うん。知ってる。でも、君は―――」

 

「そうだよ。俺は騎士だから。誰かに頼られることはあっても、頼るなんてことはなるべくしたくなかった。ましてや、自分の命のために動いてもらおうだなんて、そんなこと」

 

 陽ノ本守は、これ以上の言葉を彼に投げることは出来ない。結果として彼が生きることを選んだとはいえ、この世界は彼が発端となったのだから。

 出雲秋鳴が、自分の命を軽視していることは理解(わか)っていた。そして、自分がそんな彼を利用したとも言える結果である。

 

「秋鳴。僕は……君が生きることを望んでくれて、よかった」

 

「……っは。それで顔も名前も知らない少女の命を、存在を奪ったんだ。カテゴリー5への栄光を目指していた騎士のすることじゃない」

 

「秋鳴。君は……何がしたいんだ?」

 

 両者は、全ての記憶を取り戻した。これまでのことと。これからのことを考える。

 だが秋鳴は、何も考えられない。これからのことなんて、何も。

 

「わからない。俺が何をしたいかも。何をすればいいかも。あるとすれば」

 

 死んでしまいたいと。

 彼は、死を望んだ。

 

 わかっていた。ずっと隣で歩んできたから。わかっていた。彼がどんなに騎士という立場に拘ってきたか。どんなに騎士ということに誇りを抱いていたか。

 守は、何も言えない。咎人である彼は、秋鳴を救える言葉を持っていない。

 

『ならば、この世界を守ればいい』

 

 声が聞こえたのは、その時だった。幾つもの声が重なった声。濁った声。まるで怨嗟の集合体。

 黒騎士が、そこにいた。ゆっくりと秋鳴と守へ歩み寄り、言葉を続ける。

 

『私たちは、貴方たちの禁呪によって生まれた霧そのもの。それが意思を持ち、取り込んだ魔法使いたちの意思と力によって形を得た者』

 

「だから、お前は僕たちの姿形も真似できると?」

 

『もちろん。貴方たちと葵は、私たちの親同然。貴方たちは、私たちを守る義務がある』

 

「僕たちは、葵の死の運命を拒絶したかっただけだ。黒騎士、お前なんて興味ない」

 

『でも、私たちが消えればこの世界は終焉を迎える。貴方の愛しい葵へ死の運命が迫る』

 

「っ……」

 

「守」

 

 秋鳴は、黒騎士へ静かに振り返る。冷めた表情。冷たい感情。

 

「そうだな、黒騎士。お前だって生まれたんだ。消えたくないよな。俺がそうだったように」

 

『そうだよ。私たちは消えたくない。何を犠牲にしてでも』

 

「だから、俺に囁いたんだろ?」

 

『……あれ、知ってた?』

 

 秋鳴が、笑い出す。見つけたと。わかったと。思い出したと。

 

「黒騎士。俺はお前を否定する」

 

 そして彼は、守へと振り向き。

 

「守。俺はこの世界を終わらせる」

 

「っ秋鳴、それじゃ―――」

 

「そんなん知るか。お前が勝手にやれ。力はなくても記憶はあるだろ。カテゴリー4であるお前が、この世界で延々と考えていた方法でもいくらでも試せばいい」

 

 俺は。

 そう続けて、秋鳴は黒騎士へ向き直る。

 

「俺は、自らの罪に向き合う」

 

 胸の前で拳を握り締める。それだけで感じる、彼の怒り。慟哭。絶望。それは、目の前の存在を否定するには十分だった。

 黒騎士が、咆える。自らを作り出した存在が、自らの存在を否定するのだから。

 

『何故だ、何故だ、何故だ何故だ何故だ』

 

「俺が、騎士だからだ……っ!」

 

『騎士ならば私たちを守ればいい! そうすれば貴方も永遠にこの世界で生きていける! 霧の騎士として!!!!!』

 

「ふざけんな……俺は、騎士だ。いずれ魔法使いの頂点(カテゴリー5)になる、魔法の騎士を目指した男だ!!!」

 

 両者に手に、剣が握られる。漆黒の無名の剣と、宝石があしらわれた宝剣。

 魔力が、質量が、激突する。

 片や、生きることを望む黒き執念の集合体(黒騎士)

 片や、騎士としての使命を望む煌きの魔法使い(出雲秋鳴)

 

 

 

 重い。振り回している間に、秋鳴は幾度となく宝剣アロンダイトに違和感を得ていた。

 自嘲して、目の前の黒騎士に意識を向けながら、秋鳴は自身に絡み付いている見えない鎖を意識する。

 騎士である自分が、騎士であることを捨てた結果生まれた存在。黒騎士。

 そこに何の感情もわかない。騎士である秋鳴にとって、黒騎士という酷く傲慢な存在は、敵でしかない。

 打ち合うたびに、身体に違和感。わかっている。黒騎士を討つということが何を意味するか。

 秋鳴は、この世界の終わりを望む。誰が為ではなく、己に決着を付けるために。

 宝剣の封印を解き、無骨なる大剣へと姿を変え、振り下ろす。だが黒騎士は容易くそれをかわし、攻勢に出る。

 小さなスフィアを作り出し、迎撃する。だが黒騎士は止まらない。まるで、自らの傷など気にしないように。

 スフィアが、黒騎士の鎧を削る。だがたちまち『霧』が黒騎士を覆うと、削られた箇所は元通り復元される。

 

「っ!」

 

『私たちは霧そのもの。それを知っているだろう!!!!』

 

 黒騎士の拳が、秋鳴を捉える。アロンダイトを自らの剣で強引に弾き飛ばすと同時に剣は折れ、両の拳で秋鳴を襲う。

 繰り出される連撃に、秋鳴の身体は悲鳴を上げる。何処かの骨が折れ、出血し、自らの身体に限界が来るのがわかる。

 出雲秋鳴を支配していたのは、怒りだった。そして同時に、遠い昔の情景を思い出していた。

 

 

 

 

 

《いいかい秋鳴。私が君に教えるのは『力』の使い方じゃない》

 

 それは、秋鳴を導いた存在。

 暗闇だった秋鳴の人生を救い出した、大恩ある魔法使い。

 そして、今は亡き存在。

 

《私が教えるのは―――命の使い方だ》

 

 

 

 

 

師匠(センセイ)……貴女に教えてもらったこと、今、全部出します……!」

 

 怒りが、引いていく。恐怖を感じた黒騎士が、飛び跳ねて距離を取る。

 同時に湧き上がる魔力。そして、秋鳴の全身を包み込むように、炎が湧き出る。

 魔法によって生み出された炎だ。そしてそれは。

 

「っ! 駄目だ秋鳴、その炎は―――!」

 

『やめろ秋鳴、それは貴方の命を―――!』

 

 陽ノ本守と、黒騎士、両者が秋鳴を止めようと叫ぶ。

 だが、秋鳴は止まらない。

 

 

 

《君がこれを覚えて、これの全てを使うとき。それはきっと、君に譲れないものがあるときだ》

 

 師匠(センセイ)の声が、聞こえた。

 

《これは、自分の命を力に変える。遠い昔に私が教えてもらった、命の炎。それは》

 

 秋鳴の手に集う、銀色の炎。

 譲れない思いと誇りが彩る銀色の炎。

 秋鳴はそれを、ゆっくりと黒騎士へ向け、掌を広げた。

 

「炎剣」

 

 

 

 

《君と、相手の全てを破壊する力だ》




騎士だった。



騎士でありたかった。



だからこそ、今の自分が許せない。



出雲秋鳴が一番憎いのは、他でもない、自分自身だ。

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