D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と” 作:瑠川Abel
それが誰かは、わからなかった。
ただ、命が消える。存在が消える寸前。
騎士としての出雲秋鳴ではなく。
魔法使いとしての出雲秋鳴ではなく。
ヒトとしての、出雲秋鳴が、叫んだ。
「生きたいに、決まってるだろッ!!!!!!!!!!!!!!」
それは、もう間に合わないとわかっているからの、慟哭。
「俺が、俺が何をした!?」
「生まれてきてから疎まれて、蔑まれて!」
「自らの力の使い方を理解して、この力で誰かを助けられるとわかって!」
「これからなんだよっ! 魔法使いとして、騎士として、俺は高みへ至り、そして当たり前のように誰かに恋して、支えあって!」
「生きたいよ!!!!」
「でも、どうすればよかったんだよ!」
「俺は騎士だ。誰かのために在る。そんな俺が、どうして自らの命を優先して誰かへ迷惑をかけなければならない!」
「でも、俺だって人間だ! 生きていたい!」
『なら、生きればいいじゃないか。この永遠の世界の中で』
「できない……! 俺が存在を捧げなければ、あの子を永遠の世界で守れない!」
『でも、本心は?』
「生きたい……! 出来ることならば、何を犠牲にしてでもッ!!!!!」
それは、誰もが持っている生への執着。
二十にも満たない少年は、最後の最後で生への執着を露にする。
囁きは、続ける。
『君も生き残れる方法がある』
『代償は別に君でなくてもいいのだから』
『誰かに代わってもらえばいいじゃないか』
『ほら、この世界には君の知らない命が沢山在る』
『何処の誰ともわからない命と存在だ』
『ほら』
『ほらほら』
『ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほら?』
『生きたいならやっちゃえよ。出雲秋鳴』
「アァアァァァァァァァァアァァァァァッ!!!!!」
曝け出された、本心。執着。
禁呪は、発動した。
世界に立ち込める、霧。蔓延する、霧。
彼は、何処かの一室にいた。何処かはわからない。ぼろぼろの廃屋のような場所。目の前に、人がいる。人が。眠っている少女が。
秋鳴の知らない人が、いた。光を失った瞳、手に握られた短刀。当たり前のように、秋鳴は短刀で眠っている人を刺した。そして、溢れた血で命を失った少女の身体に禁呪の代償となる魔方陣を刻んでいく。
「……生きたい」
囁きが、不気味な嗤い声となる
それでいいと、秋鳴へ囁き続ける。
「生きたい」
秋鳴は、呟き続ける。
「イキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイ――――――……!」
哄笑が、止まらない。
秋鳴の口元も、歪む。
これでいいと。
これで生きていけると。
そうだ、ついでに術式を弄ろう。
失われた命から、力を貰っておこう。
そうすれば俺は、永遠の世界で最高の存在になれる。
どうしてそれができるかはわからなかった。
でも彼は、当然のようにそれができた。
力を奪い、自らの立場を上書きした。
そして、この記憶を消すこともできる。
そして、『永遠に訪れない
………
……
…
全部が、繋がった。
ロンドンに広がる霧も、相次ぐ魔法事件も、黒騎士の存在も、何もかもが。
どうしてあれほど感謝されることに気分が悪かったのか。―――最低のことをしたからと、心の奥底で気付いてた。
不思議と、落ち着いていた。
不気味なほど、冷静だった。
そして。
「あー……」
次々に目を覚ます人々。不思議な体験をしてたように、首をかしげて、自分たちが魔法に捕らわれていたと気付かないまま。
そんな助かった人々へ駆け寄る人々。兄が、恩師が、兄弟が、親友が、顔見知りが、誰もが笑顔で抱き合い、歓喜の声が講堂に響く。
ひっそりと、彼は講堂を後にする。誰にも悟られないように。ひっそりと。
学園中が揺れる。事態を重く見た学園長や、教員も、生徒の大半も、こぞってはしゃいでいる。
「……ああ」
よかったと、心の底から思っている。
「……ああ」
気付いたら、浜辺にいた。
きっと、ここならいくら叫んでも、気付かれないとわかっていて。
拳を、力の限り岩石に叩き付けた。拳が砕けようが関係ない。
それだけのことを、したのだから。
「ふっざけんなッ!!!!!!!」
「何が、カテゴリー5だっ!!!!! 人々を救い、導く存在だ!!!!!?」
「生きたいから、どうして誰かを犠牲にする!? 当たり前のように受け入れた!」
「何がっ!!!」
泣いている。叫んでいる。慟哭は誰にも届かない。
「何が、騎士だァーーーーーッ!」
自ラノ記憶ヲ取リ戻シ、少年ハ絶望スル。