D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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29-『騎士』の半生。受け入れた運命。

 頭の中に、情報が流れてくる。いや、溢れてくる。

 それは、出雲秋鳴という人間の半生。故郷にいたときの、そして、風見鶏に来てからの記憶。

 魔法使いとして成長していき、やがてはカテゴリー5へたどり着けたであろう少年の物語。

 親友の兄妹と出会い、過ごし、きっと、誰からも憧れられる騎士になれたであろう英雄の物語。

 だがそれは、不幸な運命によって閉ざされる。

 

 

 

 とある魔法事件に巻き込まれた少女を助けるために、命を賭けた。

 結果、少女は救われ事件は解決した。出雲秋鳴の命と引き換えに。

 いや、正確には『まだ』失われていない。

 

 『呪い』

 

 敵の首謀者である魔法使いにかけられたそれは、カテゴリー4としての知識を全て総動員しても解呪できず。じっくりと、苦しませ、ゆっくりと、殺すための呪い。

 親友の助力も虚しく、彼は、自らの栄光の道を捨てることを受け入れた。

 生を諦め、死を受け入れた。

 そのことを受け入れた彼を、彼を知る誰もが説得した。生きる事を諦めないで欲しいと。生きたいと願ってほしいと。

 彼は、生まれたときから孤独だった。

 

 

 

 魔法が使える、ということはそれを知らない人々から見れば畏怖の対象であることは間違いない。

 鬼の子と呼ばれ、物の怪と呼ばれ、化け物と忌み嫌われてきた幼少時代。

 恩師に出会い、自らの力を知り、理解し、自らの生きる道を見つけた少年時代。

 彼は、感情を誰かにぶつけることはしなかった。それは疎まれてきた存在だからか。

 蔑まれても、受け入れ。石を投げられても、やり返さず、ただ、自分の生きる意味を探し続けていた。

 

 

 

 それが、人々を守る『騎士』

 

 

 

 楽しかった。誰かの笑顔を見ることが。

 嬉しかった。蔑まれていた力で誰かを助けることが。

 

 

 

 怖かった。自分が必要とされない世界が。

 だから、必要とされる内に死にたかった。

 だから、彼は平然と死の運命を受け入れられた。

 

 

 

 親友が苦しんでいることを知ったのは、その時だった。

 親友の妹が、自らの死を受け入れたくなくて。親友もまた、妹を失いたくない思いで必死の思いで手に入れたそれは。

 禁呪と呼ばれる、手を出してはいけない禁断の領域だった。

 『永遠に訪れない五月祭(バルティナ)』と呼ばれるそれは、世界の時間を繰り返す、魔法。

 永遠に、死を受け入れられないならば、何度も同じ時間を繰り返し、その中で生き続ければいい。

 代償は、三つ。親友は敢えて、術者となる妹へは何一つ教えなかった。

 どうして、と問うと。

 

 『後悔するかもしれない。だから、余計なことは忘れさせるんだ』

 

 『君はいいのかい? これがあれば、君だって』

 

 親友は、秋鳴に生きてもらいたかった。共に学び、過ごした親友に。

 秋鳴は、親友の提案を拒み、代償を確認する。

 

 『代償は三つ。《ロスト・ボーイ》を生贄として永遠の時間へ閉じ込める』

 

 『そして、一つの命を代価に《ロスト・ボーイ》を召喚し』

 

 『もう一つの《存在》によって《ロスト・ボーイ》が代わりに世界に在り続ける』

 

 『俺はもうすぐ死ぬ命だ。多分召喚するための命にはなれない。だから俺が存在を捧げる』

 

 『秋鳴、でも』

 

 『いいんだ。むしろ感謝してる。死を受け入れた俺に、最後に誰かを助けるチャンスをくれたことを』

 

 魔法使いたちは、禁忌へと立ち入ることを決めた。

 妹は、何も知らない。兄が命を捨てることも、兄の親友がこの世界から完全に消えることも、何処かの誰かが巻き込まれることも。

 そして、来たる十月の最後の日。日付が変わる寸前。三人の少年少女は陣を描くように立ち、『永遠に訪れない五月祭(バルティナ)』を発動させる。

 これでいいと、秋鳴は満足した。自分の命で、親友の妹を救えた。自らの在り方に、最後まで納得することが出来た。

 消えていくのが、わかる。自らの身体が、何かに変わって消えていくのがわかる。

 ゆっくりと、立ち上る魔法の光。命を失い倒れる親友と、懸命に目を閉じて、生きたいと願う少女。

 ああ、これでいい。

 彼は、呟く。

 これで、死ねる。

 彼は、呪いでは死にたくなかった。

 でも、誰かに迷惑をかけたくなくて、死を受け入れていた。

 だから、誰かのために死ねる、そのことに、感謝していた。

 消えていく。出雲秋鳴という存在が。

 失われていく。陽ノ本守という命が。

 閉じ込められていく、世界に陽ノ本葵という少女が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『君は本当に生きたくないの? 死にたくないの?』

 

 

 

 邪悪な囁きが、彼を捕えた。


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