D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と” 作:瑠川Abel
一月一日。
日本で言う、元日。めでたい日に、明るい日に、今年一年の抱負を誓う大切な日に。
大切な友人たちが、昏睡状態に陥った。すぐさま教員に連絡し、医師を呼び診断してもらったが、結果としてはただ眠っているだけ。
だが目覚めない理由がわからない。
一月二日。
目覚めない。何度か医師に来てもらったが、結果は変わらず。魔法的要因は外部からでは発見できず。
秋鳴は自室から何冊も研究が纏められたノートを取り出して読み耽る。何か手がかりはないかと。
同時に、姫乃や巴も協力して図書館島から資料を持ってくる。だが活路は見い出せず。
一月三日。
身体の衰弱を恐れて、学園長へ頼み外部から強引に、だが傷つけるわけではなく、栄養を何とか供給する。
これで目覚めた時に倒れてしまうといった事態は避けれるだろう。
何が原因なのかは、未だわからない。不測の事態に備え、女王陛下から事態の解明が済むまで風見鶏内での講義はすべて休学とする旨が伝えられる。
何しろ昏睡状態に陥った一人はカテゴリー5のリッカ・グリーンウッドだ。もしこれが未知の魔法的要因ならば、との判断だろう。
一月四日。
関わる者全てが疲弊し憔悴していくのが目に見えてわかる。如何なる書物にも答えは書かれておらず、蜘蛛の糸を手繰るように似たような事象を探し少しでも使えそうな魔法を全て駆使しても事態は解決しない。
ここまでの事態をもって、女王陛下よりカテゴリー5出雲秋鳴へ勅命が下る。
それは秋鳴が偶然清隆の自室から手に入れた、夢見の魔法。
『眠っている』事象ならば、夢の中へ入り強引に、内側から魔法を解除させようというのだ。
確実に成功するとは限らない。そもそもこれが正解かどうかもわからない。
それでも、やるしかない手段である。高名な魔法使いを呼び寄せてはいるが、何より国外にいる人物である。到着するには日数もかかる。
「ゴー。言われた魔具全部仕入れたから配置しておくよー」
「すまないなセレン」
「いーよいーよ。ゴーは払いもいい上客だからねぇ。お姉さん頑張っちゃうよ。ついでにハグでもしてあげようか?」
胸元を強調するようにかがみこむセレンをあしらい、秋鳴は講堂で術式の確認をする。
自分が持っている知識と、図書館島で集め、そして葛木清隆の手記によって昇華させた大掛かりな、大多数の人間へアクセスするための魔法。
それは、並大抵の魔法使いでは発動させることすら困難な魔法となった。
秋鳴は、制服の上にローブを纏い、講堂の中心に立つ。ずっと昔、故郷からこの地へ着たばかりの際に師とも呼べる魔法使いから譲り受けた、身に着けた者の魔法を底上げするローブだ。効果は薄いが、気休め程度にはなる。
秋鳴を中心として、周囲にリッカやシャルルたちの、おそらく魔法の犠牲者である魔法使いたちをベッドごと並べ、床一面には複雑な円を中心とした魔方陣が刻まれて。
講堂の入り口には、姫乃や葵、学園長であるエリザベスや巴といった関係者が不安げな表情で秋鳴を見つめている。
大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。
「―――祖は偉大なる
詠唱を、始める。言葉は魔力を帯び、講堂の床一面に刻まれた魔方陣が反応する。
「―――我は
ここまで大掛かりな魔法は、一人一人に使うものではなくそれら全てが繋がっている『であるはずの』根源へ至る魔法。
それ故に、大規模な術式。そして、世界へ訴える魔法。
「我が求めるは、内なる世界への道」
―――講堂に異変が起きる。
「我が求めるは、彼方への足掛かり」
魔方陣は淡く青い輝きを放っている。だが、見えるのはそれだけで。
「我が求めるは、夢の何処へと」
秋鳴の周囲を、『霧』が覆っていく。視界を奪い、かろうじて魔方陣の輝きだけがわかるほど、濃い、霧。
まるで遥か遠くからのように、誰かの声が聞こえる。でも、術式に集中している秋鳴にその声は届かない。
ひとつでも間違えばこの術式は失敗する。そして、これだけの大規模な魔法を使える機会はそうそうない。
「求める。汝はだれぞ?」
『我は、黒騎士である』
答えが、出る。
不思議と、秋鳴の口元が歪む。わかっていた。心のどこかで。深い霧の中、眼前にたたずむ黒騎士。中が誰かなどどうでもいい。
そしてここが、どこだとしてもどうでもいい。ここは何処かの精神世界。肉体から離れた秋鳴は、制服ではなく私服の上にローブを纏っていた。
「黒騎士。今すぐ皆を解放させてもらおうか」
『ああ、構わないよ。俺としても目的はそっちじゃないし』
「目的、だと?」
流暢に会話する黒騎士に違和感を覚える。今までの黒騎士は支離滅裂だったり、一人称が違ったりしていた。
黒騎士は、目的といった。魔法使いたちを眠らせることが目的じゃないとすれば、一体何が目的なのだろうか。
『そうだよ。俺は迎えに来たんだ』
「誰をだ」
『英雄を。霧の英雄を。霧の騎士を』
ズキ、と頭痛。
聞かされた単語に覚えはないが、それが目的ならばどうして魔法使いたちを眠らせなければならなかったのだろうか。
「残念だが。お前の待ち人は来ない。お前はここで俺に消されるからな」
宝剣を握り締め、眼前の黒騎士を睨み付ける。
頭痛は、引かない。
『ははは』
笑い声。それは眼前の黒騎士からだけではなく。
秋鳴の周囲からも、聞こえてくる。
見渡せば、たくさんの人。魔法使いたちだけではなく、何処かで見たこともある一般人も混ざっている。
不意に、心臓を鷲掴みにされたような苦しさが秋鳴を襲う。思わず両膝を付き、大きく息を吐く。
『待っていたのは、お前だよ。秋鳴。いいや』
黒騎士が周囲を見渡し、そして自らの兜をゆっくりと脱ぐ。
『―――俺自身よ』
その下の顔は、秋鳴自身がよく知っている。
出雲秋鳴、その人だった。