D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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27-アンハッピー・ニュー・イヤー

 シェルに、不安げな声のリッカからの通信が入る。

 それだけではない。清隆、姫乃、そしてクラスの生徒たち。秋鳴を知っている人物たちから、次々に連絡が入る。

 理由は、簡単だ。秋鳴がここ数日、部屋を出ていないから。

 もちろん、それを誰が咎めることなどできない。冬季休業の間である以上、その間の過ごし方は各個人の自由だからだ。

 だからと言って、心配しなくていい理由にはならない。秋鳴の立場もまた、それに関わってくる。

 秋鳴は、恐怖していた。眠ることに。意識を手放すことに。自分が何処かおかしくなってしまいそうな、そんな嫌な予感がして。

 姫乃との会話の際に頭を過ぎったビジョンは、真実ではない。それを理解していても秋鳴は垣間見た光景に恐怖し、一人孤独でいることを選んだ。

 ベッドに腰掛け、胸の前で指を絡め瞳を閉じて瞑想する。思考を張り巡らせ、この恐怖に打ち勝つ方法を模索する。

 一度集中してしまえば、それ以上の外界の声は秋鳴に届かない。多少の喧騒は秋鳴に何も影響しない。

 答えは、出ない。そもそも原因がわからないのだ。

 結果のビジョンだけ鮮烈に焼きついて、どうしてそうなったのか、その根本たる原因を何も知らない。何度思考をめぐらせても答えは出ない。

 

 

 

 シェルの時刻が、大きな音を上げる。新年を告げる音楽だ。

 

 

 

「……そうか。年が明けたか」

 

 つぶやいて、瞳を開いて、立ち上がる。ここ数日部屋から出ずに思考をめぐらせ、答えが出ない、という答えに辿り着いた。

 不安はある。リッカたちと出会ったらどうすればいいか。どういった会話をすればいいか。とりあえず、謝ろうと思った。

 それと、最愛の少女の顔を思い浮かべ、会いたい、と呟く。それだけで自分がどれほど彼女を―――サラを求めているかを自覚する。

 ラウンジは年明けのパーティーで賑やかだ。できるだけ気付かれないように、秋鳴はそっと玄関口へ向かう。

 玄関口には、地上との連絡用の電話が用意されている。生徒が勝手に使うことは認められていないが、秋鳴は生憎生徒ではない。

 覚えている番号。使うつもりはなかった。秋鳴は自分が弱くなったと悪態をつく。

 電話に出たのは、明らかに使用人だとわかる無機質な声。ご用件は、という問いに。

 

「もしもし。私はカテゴリー5、出雲秋鳴。サラ・クリサリスさんに連絡があってお電話させていただきました」

 

 カテゴリー5、という単語に使用人の口調が固まるのが感じられた。そしてすぐさま、慌てた様子で取り次がれる。

 

『あの、先輩、ですか?』

 

「ああ、サラ。俺だよ」

 

『どうしたんですか? その……いきなり電話って。何かありましたか?』

 

 不安を感じ取れるサラの声。

 

「ごめん。サラの声が聞きたくなって」

 

 なっ。と電話の向こうでサラの顔が真っ赤になるのが手に取るようにわかった。

 そしてすぐさま、サラも応えてくれる。

 

『私も……先輩の声が聞けて、嬉しいです。ちょっと、寂しいですね』

 

「サラ……」

 

 声を聞くだけでも、心が軽くなるのがわかった。サラの表情が浮かび上がり、幸せな心地になる。

 あまり時間は取れないとのことなので、他愛ない話を多少繰り返し、新学期の時にと約束をする。

 

『先輩。あの、その……お願いが、あります』

 

「どうした?」

 

『えとえと……そっちに戻ったら、ぎゅって、抱きしめてくれますか?』

 

「―――もちろんだ」

 

 電話を終え、軽くなった気持ちでラウンジに戻る。騒がしいのは変わらないが、どこか先ほどまでの和気藹々とした空気ではない。

 騒ぎの中心には、葛木姫乃と陽ノ本葵、そしてさくらの三人の少女。誰かを探してるようで、今にも泣きそうな表情をしている。

 姫乃が秋鳴の姿を捉え、慌てた様子で駆け寄ってくる。そして、助けてくださいと。

 どうしたと、問う。

 

「っ―――。兄さんが、リッカさんも、シャルルさんも」

 

「みんなみんな、目を覚まさないんです! 寝てるような、ちょっと違うような!」

 

「ぼくがいくら飛び乗っても起きないんだよっ!」

 

 状況が、理解できない。新年を迎えたばかりだというのに、何を突然と。

 そして、秋鳴自身は状況を把握して、その異常事態に戦慄する。そして同時に、女王陛下から齎された一方により、秋鳴は事の重大さを認識する。

 カテゴリー5、リッカ・グリーンウッドを初めとした、風見鶏に関わる名の知れた魔法使いたちが、一斉に昏睡状態に陥ったと。

 そしてその状況の中で。陽ノ本葵が、もっとも『諦めた』表情をしていた。





 新年を迎えて、三日が経った。解決の糸口は掴めず、次第に周囲の期待は秋鳴へと向けられる。
 秋鳴なら、できると。専門分野でもないことを、押し付けられて。
 疲弊してきた精神の中で。悲痛の表情の葵が、秋鳴に提案する。
 彼女から齎されたのは、人の心に、精神に介入する魔法。それは、葛木清隆が得意としていた魔法。
 皆を助けて欲しいと、願われて。
 秋鳴が戻ってきたら、大事な話があると告げられて。
 そして秋鳴は。出会うことのない親友と再会する。

次回『真実を告げる者。彼の名は陽ノ本(マモル)


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