D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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26-現実を侵す夢

 目が覚める。気分は最悪だった。

 顔を洗い、歯を磨き、朝食を摂り、誰一人からも気を使われることはない。

 大丈夫だ。平静を保てている。そう必死に自分に言い聞かせる。

 同時に、世界が酷く色褪せて見える。何かが引っかかる。

 会いたい。愛しい人に。

 

「……はあ」

 

 ため息。

 

「どうしたんですか。出雲さん」

 

 不意に、声をかけられた。視線を向けた先には、葛木姫乃。清隆の姿はなく、彼女もまた普段着のような和服を身に纏っていた。

 

「葛木妹か……珍しい服装だな」

 

「そ、そうですか? 私服は結構こうですけど……?」

 

「いやまぁ、和服を見ること自体が珍しいからなぁ。葛木妹も朝食か?」

 

「ええ、兄さんを待っていて」

 

「寝過ごしてるな。きっと」

 

「あ、あはは……」

 

 苦笑するあたり、姫乃もそう感じているのだろう。折角だからと、姫乃の分も合わせて朝食を用意してもらう。

 

「あの……先輩、ご馳走様です」

 

「いいさいいさ。構わない。それに―――姫乃には、聞きたいこともあったしな」

 

 にやり、と不敵な笑みを浮かべる秋鳴に冷や汗を流す姫乃。

 慌てふためく姫乃と、それを見て少し笑ってしまう秋鳴。恥ずかしさからか姫乃は顔を真っ赤にする。

 

「き、聞きたいことですか? 出雲さんが求めるような答え、私なんか持ち合わせてないと思いますが……」

 

「聞きたいことってのは……普段の教室でのサラだ」

 

「サラのことですか?」

 

「ああ。普段はやっぱり落ち着いて冷静なのかなーって」

 

「……そうですね。クラスを纏めるときにも、サラが声をかけたりすることが多いですね。クラスの男子でもサラのこと話題にすることが多くて……」

 

「……ほほう。その男子の名前とか教えてくれると嬉しいなあ」

 

「な、なんでですかっ!?」

 

「だってそりゃ……なあ?」

 

 そういえば、と秋鳴はリッカくらいにしか、サラと交際するようになったことを伝えていない。

 できればサラがいた時に報告した方がクラスメイトとしても祝福できるだろうから、その方がいいのかもしれないが。

 

「俺、サラと付き合ってるし」

 

「へ?」

 

 呆然としていた。

 次いで、驚きの表情と驚愕の声。あまりに騒ぐので口を押えて物理的に落ち着いてもらい、経緯を話す。

 納得はしたようで、サラのことを心から祝福していた。同時に、秋鳴に釘を差す。泣かせたら承知しませんと。

 

「でも、初めて出会った時から見てましたけど、なんだかんだでお似合いですよね」

 

「そうか? なんだかんだで不安だぞ? ずっと抱きしめていたいくらいだ……」

 

 自分でも怖いくらいに、サラに依存している、と秋鳴は語る。でもそれくらいサラを愛してるんですよねと笑顔で言う姫乃に抑え、真顔で頷いてしまう。

 

「サラのこと、お願いしますね。先輩」

 

「ああ、姫乃も清隆によろしくされてくれな」

 

「なっ!!」

 

 後輩にペースを掴まれたままが嫌だったのだろう。最高のタイミングで切り替えした秋鳴の言葉に、姫乃は顔を真っ赤にして言葉を失ってしまった。

 どこからどう見ても、姫乃が清隆に兄妹以上の感情を抱いているのは明らかだった。むしろ気付かない周囲のほうがおかしいといつも思う。

 ざざ、と頭をよぎる映像。記憶なのかどうか怪しいそれは。清隆と姫乃の。

 

 

 二人の/ヤクソク

 

 

 抱き合/テヲツナギ

 

 

 眠る/ツヅケル

 

 

 少女の/マホウ

 

 

 キリノセカイニソンザイスルキシ。

 

 

 

 そして。

 

「―――!」

 

 ガタッ、と椅子を蹴飛ばして席を立つ。

 脳裏を過ぎった、自分の、姿。

 血まみれの、姿。

 そしてその周囲に広がる、惨状を。

 

「あー……すまん。なんか気分悪くてな」

 

 顔色が悪いのは事実だが、急変した秋鳴の態度に姫乃は戸惑うだけだ。心配はするが、混乱しているのが手に取るようにわかる。

 そこへようやく現れた清隆。ちょうどいいと秋鳴は清隆に姫乃を押し付け、足早に食堂を去る。

 割れるような頭痛と、謎のビジョン。

 ただの妄想にしても酷すぎる。見知った顔の、友人たちを、『自分が殺す』ビジョンなんて。

 悪態をついて、秋鳴は部屋に戻る。それを、小柄な少女が悲しそうな瞳で見つめていた。

 少女は。

 

 

 

 

 

 陽ノ本葵。


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