D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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25-『アコガレ』という『ノロイ』

「―――っ!」

 

 意識が覚醒する。視界に広がる見慣れた光景。風見鶏に用意された秋鳴の部屋。

 全身に感じる酷い不快感と、異常なまでの怖気と冷や汗。

 呼吸が、荒い。あれから何が起こったのだろうか。

 後輩である騎士と戦い、何かの言葉に混乱し、そして。

 

「……だ、れのことだ」

 

 戦ったはずの相手が、知っているはずの相手のことが、わからない。思い出せない。

 知っている、はず。それすらも自信が持てない。ぽっかりとその人のことが頭から抜け落ちたようで。

 何か大事なことを忘れてしまったのだろうか。不快感と、喪失感。

 

「俺は、知ってるはずだ。なのに、どうして?」

 

 不意に、胸に去来する思い。

 大切な、人だったはずだ。自分を構成する、大事な人だったはずだ。なのに、思い出せない。

 どうして、その理由もわからない。自分の思い込みと妄想が生んだだけの存在かもしれない。

 でも、知っているはず。

 

 そして、部屋に鳴り響くシェルの音。戸惑いの中それを確認する。

 差出人は、リッカから。内容は、不思議な遺体が川辺で発見されたとのこと。その確認をしてほしいとのこと。

 何故か、と問う。リッカも返答に困った様子で、とにかく秋鳴に知らせなければならないと思ったらしい。

 汗を拭い、投げ捨ててあった私服に着替え、秋鳴は目的地へ急ぐ。

 

 

 

「リッカ」

 

「秋鳴」

 

 テムズ川の船着場。そこから少し離れたところにある、小さな小屋。誰も使わない寂れた小屋。その中に、少女はいた。

 いや、もう少女ではない。不可思議な事象。それでも、秋鳴は自分が呼ばれた理由がわからない。

 

「……死因は、餓死、だそうよ」

 

「……まさか。冗談だろう? こんなに肉体が残っていて、やつれてはいるけど、とても―――」

 

 秋鳴の言葉に、リッカは首を横に振る。死因は確かなものらしく、他に死因は見当たらないと。

 寂れた小屋の中。何もない。寝具もろくなものはなく、穴が開いた毛布に包まった少女の遺体は、まるで夢を見ているようで。今にも目覚めそうで。

 

「秋鳴、これ……」

 

 リッカが目配せし、手渡してきた物。それは、ぼろぼろな日記帳。十一月で止まっているようで、早くてもその時に亡くなっていたかもしれない、という見解だ。

 ぱらぱらと、内容を見ていく。それは悲惨なもので、凄惨なもので、自らの生い立ちから始まり親に捨てられ身体を売るしか生きる方法がなくて。

 そして、いつしか病に罹り身体を売ることもできなくなり、食料を手に入れることもできず、そして、何度も何度も世界を呪い続けた日記。

 日記の最後。それは、秋鳴にしかわからない言葉。そして、少しだけ思い出す。

 頭を抱え、あふれ出す涙。戸惑うリッカに、秋鳴はすがるように。

 

「名前もわからない。でも、この子を俺は知っている。知っている。夏に、彼女が巻き込まれた魔法の事件に、俺は、関わってる。でも、それだけで、それだけで。俺はわからない。この子のことも、何もかも。どうして。知らなかった。この子がこんな酷い生活をしていたなんて。知ってれば、知ってれば……!」

 

「あ、秋鳴っ。落ち着いて!」

 

「救えたはずだ! この子は俺に助けを求めていた! 最後の頁に、俺を求める言葉が綴られてる!!! 俺はっ、俺は……!」

 

 胸が、痛む。幻痛か、外傷はない。左胸が、痛む。呼吸が苦しい。何か、知ってはいけないことを知ってしまったかのように。

 苦しさのあまり、少女の遺体へ手を伸ばす。触れた手は、冷たい。生気も何も感じられず、少女が死んでいることを痛感する。

 

「ごめん。ごめん。救えなくて、ごめん……! 生きたかったろう。もっと人生を楽しみたかったろう。すまない。俺が気付ければ、気付いてあげれれば……!」

 

 リッカも、秋鳴へかける言葉が見つからない。

 どこまでも自分を責める彼を、慰める言葉がわからない。教えなければよかったと、自分の選択を後悔する。

 秋鳴は、意外なほど冷静に、平静を取り戻す。頁の最後に、浮かび上がる文字に気付いた。

 それは、秋鳴の魔力に反応したのか。ただ一言。少女の、言葉。名も知らぬ少女の、秋鳴への憧れの言葉。

 

 

 

『あの夏の日に、私を助けてくれた。カテゴリー4のかっこいい魔法使いさん。あの人のために、いつか、役に立ちたい。生まれ変わっても、死んでも』


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