D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と” 作:瑠川Abel
『ミラ』という少女は、『ミラ』という名しか持っていなかった。
親に捨てられた孤独の人生。それが如何に悲惨なものかは想像するに容易い。
ミラという少女は、運命を呪った。
ミラという少女は、世界を呪った。
ミラという少女は、当たり前のような生活を送りたかった。
親に愛されて、いつかは見知らぬ誰かに愛されて、そして子を宿し、いつか老いて死ぬことを望んだ。
でも、彼女の望みは何一つ叶うことはなかった。
誰かに愛されることも。世界を呪うことも。何もできずに、自分が無力だと気付くだけで。
世界は何も変わらない。ミラという少女一人死んだところで、変わるわけがない。
だから彼女は、望んだ。自分がいていい世界を。自分が認められている世界を。自分が、愛される世界を。
たとえそれが彼女の魂を呪うとしても、彼女は躊躇わない。
死した少女は、死して尚世界を呪う。否。死んだからこそ。
その敵意も、憧れも、好意も何もかも。目の前の存在にぶつける。
出雲秋鳴という、かつて少女が憧れた存在に。
何度も戸惑った。
自分はあの川辺で飢えて死んだはずなのに。騎士として生きていることに。
何度も悩んだ。
自分がしなければならないことを理解しても、それでも躊躇った。
そして、彼女はいつかの夜に決断する。
自分が成すべきことを。
黒騎士の一人として、自分がすべきことを。
今までとまったく違う、四肢を駆使し両手両足から迫り来る剣戟を秋鳴はアロンダイト一つで捌く。どれほどの集中力が必要か。それでも秋鳴はミラ―――黒騎士の攻撃を受け続ける。攻勢に出れず、後退りし、壁際まで追い込まれる。幾度となく剣を受け止めるごとに、彼女の記憶が秋鳴へと流れ込む。垣間見る彼女の記憶こそ、彼女がどうして黒騎士へ至ったかの理由。
黒騎士の攻撃をかわし、かわし、かわし。建物を壁を蹴り上げ跳び上がり距離をとる。
『逃がさないっ!』
「っ!」
中空へ飛んだ秋鳴を、黒騎士は人とは思えぬ跳躍力で追う。魔法を駆使し、人の世の理を捻じ曲げ動く秋鳴に対し、黒騎士は平然と秋鳴を追い詰める。
これまで幾度となく交戦してきた黒騎士のどれよりも、強い。
『貴方は何故そこにいる!?』
「何が……言いたいっ!」
『思い出せ思い出せオモイダセ貴方は違う違うチガウチガウ貴方は私たちの英雄なのに!』
「し……知るかっ!」
覚えのない問答に、一瞬だが秋鳴は動揺する。秋鳴は、誰かの英雄になったつもりはない。
『貴方は、あの子のために命を捨てて、あの子のために命を投げ出して、私たちの英雄になると!』
「誰だっつーの!」
咄嗟の判断で、秋鳴はアロンダイトの『封印』を解く。煌びやかな宝剣は一転して無骨な大剣へと姿を変える。
かつてこれを所持していた騎士は秋鳴よりよっぽど大柄だったのだろう。秋鳴が背負うには大きすぎる大剣を、力任せに振り下ろす。
決死の一撃に、黒騎士の剣が折れる。だが刃はそれ以上黒騎士へ届かず。秋鳴はすぐさま宝剣を封印し、扱いやすい状態へと戻す。
何か、違和感を覚える。それは本能的なもので、これ以上の戦闘をしてはならないと秋鳴の脳に直接警告がだされる。
それでも、逃げることは難しいだろう。
『……出雲秋鳴』
「ミラ……教えてくれ。どうしてお前は黒騎士なんかに―――」
『真実。私と貴方は出会ったことがない』
「―――っ!?」
黒き甲冑が、霧となって消失していく。
悲しい表情の、ミラを見て。
秋鳴は、吐血する。何が原因かは理解できず、そのまま膝から崩れ落ちそうになる。
『真実。貴方はカテゴリー5ではない』
「な、にを……!?」
彼女の言葉は、秋鳴を蝕んでいく。それは何故か。
『真実―――』
秋鳴は。
否定する。
これ以上聞いてはいけないと。
ミラの、ミラを、否定する。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!」
手を伸ばし、彼女の喉を押さえ込み。
そして、手に握り締めた宝剣を。
彼女の胸へと、突き刺した。
彼女はまるでそれを望んでいたかのように、安らかに微笑んで。
『真実。貴方は存在しない人間である』
最後に、呪いの言葉を紡いだ。