D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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23-ウラギリナイトメア

 

「畜生っ! なんでこんな……こんな運命、認めたくねえよっ!」

 

 風見鶏の寮の玄関に響く悲痛な叫び。愛しい彼女へ手を伸ばすも、その手は空を切る。

 

「私もです……せっかく、せっかく先輩と恋人同士になれたのに……っ」

 

 悲しそうに、辛そうに。少女もまた、愛する青年に飛びつきたい思いを堪えている。

 

「サラ、行かないでくれ。俺の傍にいてくれっ!」

 

 視界が滲みそうになり、一歩、届かない、その一歩を踏み出そうと。

 

「ですが、駄目なんです……私はもう、上の世界にいかないと……」

 

 少女は背負わされた宿命のために、愛する青年に背を向けてしまう。

 

「くそ、くそ、くそ……っ!」

 

 

 

 

「何くだらない三文芝居やってるのよアンタたち……」

 

 そんな秋鳴とサラの空気を壊したのは、他ならないリッカ・グリーンウッド。

 

「芝居なんかじゃないっ! せっかく冬休みをサラといちゃいちゃあまあま過ごそうと思ってたのに、実家に帰らなきゃ行けないだなんて!」

 

「あぅ……本当にすいません……」

 

「くそぅ…………」

 

「サラごめんね。少しの間、秋鳴を借りるわよ?」

 

「先輩、浮気だけは、やめて、くださいね?」

 

「当たり前だっ! サラ以外の女なんて眼中にないっ!!」

 

「先輩……」

 

 ひし、と抱き合い、その光景にリッカがうんざりする。起こしに行った時からそうだけども、二人の距離感が近すぎて見ていられない。というか見ててうざったい。

 幸せを満喫するのはいいことなのだが、公私混同だけはやめてほしいと。これから秋鳴に手伝ってもらうのは、秋鳴にとってもリッカにとっても間違いなく『公』の立場で関わること。サラの姿が見えなくなるまで手を振り続けた秋鳴は、リッカに向き直ると表情を引き締めた。

 

「―――で、どうした」

 

「よかった。普通の秋鳴ね」

 

「サラのことは大好きだ愛してる。でも―――お前の表情を見るにそう言ってられないようだな」

 

「切り替えが早くて助かるわ。昨晩―――市街地に黒騎士が現れたそうよ」

 

 またか、とため息をついてこめかみを抑える。これまでに幾度も交戦し、その度に撃破してきたつもりだが。相手も魔法生物のようなものらしく、途絶えることはない。

 ここ数日は出てこなかったものの、風見鶏が冬期休暇にはいると同時に活動を再開したということは、一つの推測が導き出される。

 

「対応はどうなってる?」

 

「常駐していた騎士によって一応撃退されているわ」

 

「一応?」

 

 一応、とその単語に引っかかる。あれほど手ごわい黒騎士を撃退させているのならば、さぞかし名のある騎士が対応したと思うのだが。

 

「交戦した矢先に黒騎士が逃げたらしいのよ。ご丁寧に名指しであんたを指名して、ね」

 

「はぁ……何が目的なんだか。了解した。とりあえず交戦した奴に会ってくる」

 

 誰が、と問うとそれは秋鳴にとっても既知の存在だった。

 

 ………

 ……

 …

 

「ミラ、いるかー?」

 

「ああ出雲さん、お待ちしておりました!」

 

‏ まるで飼い主を待っていた犬のように満面の笑みでミラが秋鳴を宿舎に迎え入れる。彼女は以前と変わらず真紅の甲冑のようなドレスを纏い、落ち着いてみれば凛とした、まさに騎士である。

 

「というかお前、よく黒騎士と交戦して無事だったな……」

 

「いえいえ、すぐに逃げられてしまいましたから」

 

 それでも多少は剣を交えただろうに。秋鳴から‪してみればミラという騎士は決して弱い存在ではないが、それでも黒騎士という存在の脅威は並みの騎士では太刀打ちできない。

 それは幾度となく交戦してきた秋鳴がもっともわかっている。だからこそ、黒騎士とその背後にいるであろう術者は秋鳴が倒すべきだと自負している。

 

「とりあえずその交戦した場所に案内してもらえるか? 手がかりが残っているかもしれない」

 

「そういうと思いまして! ちゃんと人避けもしておきました!」

 

「仕事できるなぁ」

 

 宿舎を出て、警戒態勢でロンドンの街を進む。ミラに指定された時刻が夕刻だったのも相俟って、あたりは次第に夕闇が広がっている。

 ミラについて歩くこと数十分。闇は完全に街を支配し、街頭の明かりが唯一の照明となる。

 案内されたのは、人通りもない路地裏。心なしか、霧も、濃い。

 

「随分奥なんだな」

 

「……はい」

 

「こんなところで追い込まれて、本当にお前は―――」

 

 暗がりで、ようやく気付く。

 ミラの表情が、怪しい微笑を浮かべていることに。

 

「お前は、誰だ」

 

「あらぁ……私の名前を何度呼んでも、気付けないんですかぁ……」

 

 振り向いたミラは、いつもの明るい表情ではなく。何処か妖艶さを髣髴させる、何かに魅せられた表情をしていた。

 

「出雲秋鳴……なんで、なんで思い出さないのでしょう。嗚呼、悲しい。世界はこんなにも満ちているのに。貴方のために、満ちているのに!!!」

 

 そこで秋鳴は気付く。誘い込まれたことに。ミラが秋鳴にとって本当に敵なのか―――はたまた操られているだけかはわからない。

 でも。

 ミラの影から現れる。漆黒の甲冑。それはまるで意思を持つかのように、分解され、ミラの身体を包み込んでいく。

 真紅のドレスを隠すように、漆黒の甲冑が、彼女を覆いつくす。

 

『思い出せよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

 ミラ・S・トランスは―――黒騎士となって秋鳴に襲い掛かる。

 明確な敵意を。露骨な殺意を。そして、救いを求めるかのような、悲痛な叫びと共に。


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