D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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22-夜明けの決意

 夢を見ていた。

 街を駆け抜け、誰からも慕われ、そして、高らかに勝利を宣言する姿を。

 刀を携えながらも、戦うことなくホテルに立てこもったテロリストを説得し、皆から称えられた姿を。

 泣いている少女がいれば、優しく抱きしめあやし涙をぬぐい。

 やりきれない思いを抱える者がいれば、自分がそれを全て受け止めて。

 困難に立ち向かい、解決する。現実だから問題はないが、物語であればきっと退屈してしまいそうな活躍に。

 騎士として、そして、魔法使いとして、模範的な存在。

 『二人』の英雄がそこにはいた。

 

 ………

 ……

 …

 

「ん……」

 

 目覚めた秋鳴は、まるで猫でも抱いたかのような胸の暖かさに気付く。

 むにゅ……という小さな声が聞こえ、腕の中へ視線を落とす。そこには、髪を下ろしたパジャマのサラの姿があった。

 告白してから、そのまま部屋で談笑し、泊まりたい、と言い出したサラを秋鳴は当然受け入れた。

 結果、二人は同じベッドで抱きしめ合いながら眠っていたということだ。

 

「むにゅにゅ……」

 

 可愛いな、と思って頬をぷにぷにとつつく。

 長い睫毛に少し開いたローズ色の唇と、艶やかな髪が少し乱れている。

 昨日交わしたキスを思い出して、秋鳴はこそばゆい。撫でるように髪を梳かし、それでもサラが起きないように細心の注意を払う。

 サラは何度も秋鳴の胸板に頬ずりしており、まるで子猫のようだ。

 

「……ん」

 

 寝惚け眼で、秋鳴に強くしがみついたサラが目を覚ます。うすぼんやりとした意識で、秋鳴を見上げている。

 

「おはよう」

 

「……ん……にゃふ……まだ、もうちょっと……」

 

 それだけ言って、サラは再び目を閉じる。この微睡の中にいたい気持ちはよくわかり、秋鳴はガラス細工を触るように、優しくサラを抱きしめる。

 

「まだ眠い?」

 

「にゅふ……朝は、苦手だもん……」

 

「そっか」

 

 平静を保っていはいるが、秋鳴の内心はかなり動揺している。動揺しているというか、悶えている。

 普段は絶対使わないような言葉を使うサラに、自分だけが特別なんだと思えて。

 秋鳴だけに見せる、素の表情。寝起きと言うこともあるが、サラの寝顔もかなり可愛いなと秋鳴もつい思ってしまう。

 小さく、シェルが鳴る。サラを起こさないようにとって、送られてきたテキストを確認する。

 リッカから送られてきたそれは、冬休みに入ったことだし研究の手伝いをしてほしいとのことだった。迎えに行くとも追記されていたが秋鳴はさらっと読み終えるとシェルを放り投げる。

 腕の中で眠るサラを優しく撫でて、もっと微睡んでいようと。今日はずっとこのままこうしていたいと。

 つい、イタズラ心がわいてしまう。少しだけサラの身体を持ち上げて、彼女の頬にキスをする。

 

「んにゅ……」

 

 何度も何度も、頬だけではなく額や鼻先などにも、キスの雨を降らす。

 もう一度抱きしめて、彼女の匂いを堪能する。

 

「んにゃ……先輩、いいにおい……」

 

 すりすりと頬ずりしてきて、秋鳴はもっともっと強く抱きしめてしまいたい衝動に駆られるが、それを何とか堪える。

 リッカがやってくるまで、二人は幸せな時間をずっと微睡んでいた。

 

 ………

 ……

 …

 

 寝間着姿で、秋鳴とサラは正座していた。目の前には、薄ら笑みを浮かべたリッカ・グリーンウッドが仁王立ちをして阿修羅のような雰囲気を纏っている。

 

「で、何か弁明はあるのかしら」

 

「俺はサラが好きだ」

 

「わ、私も先輩が好き、です……っ」

 

 きっぱりと告げる秋鳴に、頬を染めながら繋げるサラを見て、リッカは盛大にため息を吐く。

 

「というかなんなの。秋鳴にサラも……ようやく付き合いだしたの?」

 

「ああ、昨日から」

 

「は、はいです……」

 

「で、早速規則を破ったと?」

 

「お前が連絡を寄越さなければばれなかったなっ!」

 

「偉そうに言うんじゃないの! まったく、シャルルがいないから誤魔化せるものを……」

 

「えと、あの……申し訳ありません」

 

「いいのよ。サラは悪くないわ。悪いのは年上のこいつよ」

 

 秋鳴を指差して、リッカはもう一度ため息を吐く。頭を抱えて、もう一度ため息。

 

「ため息は幸せを逃すぞ?」

 

「誰の所為だと思ってるのよ……」

 

「俺は幸せだから知らん」

 

「猿のつがいめ……」

 

 いつの間にか正座を崩して当たり前のように膝の上でサラを抱きしめている秋鳴に、リッカは苦笑することしかできなかった。

 一旦サラを部屋に戻す。サラは着替えてお弁当でも作ってきます、と笑顔で秋鳴に手を振っていた。

 色ボケとはまさにこのことだろう。終始笑顔を浮かべている秋鳴は今までと全く違う存在みたいに見えて、リッカは少し戸惑ってしまう。

 

「そういえば、ねえ秋鳴」

 

 サラがいなくなったからか、リッカは一転して真面目な表情になる。秋鳴もそれを察してか、部屋の空気は一瞬にして重くなる。

 

「貴方は、ロンドンを覆う霧についてどんな推測を立てているの」

 

「まずあれは魔法によって発生している。ということだけはわかってる」

 

「でしょうね。どんな優れた魔法使いでもあの霧を晴らすことはできていないわ」

 

 それは自分のことを指しているのだろうか。リッカも秋鳴の意見に頷く。

 次に語られるのは、その霧がもたらす作用だ。

 

「これは断言できないが、人を催眠状態にしているようだ」

 

「それはどうして?」

 

「脱獄囚や、テロリストたち。ここ最近のロンドンの治安は悪くなるばかりだし、捕えたやつらの大半がささいな動機だ」

 

 それはたとえば小さなすれ違い。

 大規模なテロ行為はホテルに仕掛けられた魔法による爆弾騒ぎくらいであり、突発的な要素の魔法犯罪が多い。

 そして、それらの犯人の共通点が、一つあった。

 

「話を聞く限り、犯行に及んだものたちは犯行時は浅いけれどトランス状態に陥っていたとの報告もある」

 

「解決策は見つかったの?」

 

「俺としてはこれは……『禁呪』と推測している」

 

「まさか……一体誰が?」

 

 リッカの問いに答えることはできない。できたとしても、禁呪―――封印された、使用することを禁じられた魔法を行使する。そんな術者の思惑を理解することはできない。

 言える事は、一つだけ。

 

「魔法使いとして、騎士として、そして―――カテゴリー5として」

 

 部屋の隅に飾ってあった宝剣・アロンダイトを握り締める。

 それは、彼の魔法使いとしての矜持。人々を守ろうとする騎士としての本懐。カテゴリー5に選ばれたものの宿命。

 

「絶対に、この霧を晴らしてみせる」


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