D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と” 作:瑠川Abel
「落ち着きましたか?」
「……ああ。済まない」
無人の教室に入り、サラが用意してくれた水を飲み干し、大きく息を吐いて秋鳴はようやく平静を取り戻す。
先ほどまでの濁った意識はすでに消え失せ、同時に暖かい感情が意識を支配する。
「ひゃう」
ぎゅ、とサラの手を握り、立ち上がる。顔を真っ赤にしながらも、サラは繋がれた手を振りほどこうとしない。
心地良い沈黙が流れ始めた瞬間、全ての教室に設置されている通信の魔法具から大きな歓声が聞こえた。内容は単純で、生徒会役員に選出されたのは葛木清隆だ。という報告。歓声は恐らく講堂にいる生徒たちのものだろう。
「清隆、上手くいったみたいだな」
「そうみたいですね」
「つまり選挙は終わりか」
「そう……ですね」
「……サラ」
「はい」
手を繋いだまま、サラと向き合う。
少しだけ強く握りしめる。それはきっと、秋鳴が気付かない程度の拒絶してほしくないという意思表明。
「一緒にパーティー、回らないか?」
「はい」
秋鳴の誘いに、サラは満面の笑みで答えた。
………
……
…
「さあさあ、こちら魔法を使わずして貴女が引いたカードを当てて見せます!」
「おー!」
本校生が軽やかに見せる手品に称賛の拍手を送って。
「わわわ、クレープがたくさん……!」
「勝つ限りクレープが増えるとか言ったからつい全力でな」
ジャンケンで勝つたびにクレープを貰えるという店で秋鳴が無双して。
「おぉ、サラは賢いなぁ」
「賢いといっても……ただの神経衰弱ですよ?」
「完敗だ……ちくしょう! この特等でも持って行けぇ!!!!」
「……か、可愛いです」
神経衰弱で勝利したら巨大なテディベアを手に入れて。
相性診断で盛大に冷やかされて。
リッカをエスコートする清隆を二人で冷やかして。
「……いずれ、大きな試練が貴方たちの前に現れるでしょう」
占いの館で不吉なことを言われても。
「ですがお互いを信じて行動すれば、それは乗り越えられるでしょう」
希望の言葉も貰って。
とにかく校内の出店を全て踏破するかのように。
………
……
…
「あっー、楽しかった」
「私も、すんごい満足です……」
うっとりと目を細めて、満足した表情でサラは笑顔を見せる。二人で校内を回る最中もずっと手は繋がれたままで、最初の空き教室に戻ってきてようやく落ち着いた。
少しはしゃぎすぎました、と苦笑するサラを労わるように、自然と二人は肩を並べて座る。
暖かい紅茶を、二人して傾ける。ほっと一息ついて、外から聞こえてくる喧騒が遠い世界のことであるような錯覚に陥る。
はぁ、とため息をついて……サラは、意を決した表情でポケットから手紙を取り出した。
「先輩……あの」
「これは?」
「父からの、手紙です」
「俺が、読んだ方がいいのか?」
小さく頷くサラに、秋鳴は手紙を読み始めることで応えた。
風見鶏に入学してすぐ届いた手紙だと、サラは告げる。
そこには、サラを気遣う、サラへの期待。そして―――元名門であるクリサリス家の復興への渇望と、期待が書き綴られていた。
これを、風見鶏に入学したばかりの頃に受け取った。きっと、だが―――もっともっと、時には酷い言葉までついて、様々な手紙が送られてきたのだろう。
クリサリス家の復興への渇望は、そこまで重いのか、と思わず尻込みする。
そして、幼いころからだったからか、それを当たり前のように受け取っているサラに―――不思議な感情を抱く。
きっと、自分だったら何もかも捨てて逃げ出していただろう。そんなことを考えながら、サラと見つめ合う。
不安げな表情をしていたサラを見て、直感的に気付いた。当たり前のように受け取っているわけではないと。初めて出会った時の、自信をつけてあげてほしいとリッカに頼まれたことを思いだす。きっと、ずっとずっと不安で潰れそうだったのかもしれない。
期待に応えたいと、そのために努力を惜しまないと。でも同時に、酷く脆く見えてしまう。
誇り、だとサラは語る。それは誇りじゃなく、強迫観念だ、と秋鳴は返そうとするが、押し止める。
何かを、大事な何かを告げようと、サラの肩が震えていた。秋鳴はそっと彼女の肩に手を回して、自分の肩へ寄りかからせる。
「でも……すこし、不安もあって……」
「わかるよ」
「楽しいことも……こうして知ってしまいました」
きっと、普通の女の子であればだれでも知っていることを知る機会すら、努力の時間に費やしてきたのだろう。
潤んだ瞳で、サラは秋鳴を見つめる。
「今まではずっと家のことしか考えてなくて、期待に応えられるように勉強だけをして……だから、友達もいなくて、それでもいいって、思ってました」
だけど。と言葉を繋げる。
「先輩と出会って、今まで知らなかった楽しいことをたくさん知ってしまいました……」
「そっか」
驚くほど、冷静に。
秋鳴の口から、言葉が出ていた。
それから出てこようとするサラの言葉全部を、秋鳴はたった一言でかき消してしまう。
「俺は、サラのことが好きだ。何処が好きだ、って聞かれたら、答えられないくらい―――サラに惹かれてる」
「あ……っ」
嬉しそうに、頬を染めて。
「私、今までなるべく人に頼らないように生きてきました。誰かに頼ってしまったら、弱くなってしまうような気がして……」
「俺が知っているサラは、ずっと一人で、弱そうに見えたよ……だから」
だから、と二人の声が重なって。
「先輩に、凄く頼っちゃいそうです。甘えちゃいそうです。……いい、ですか?」
勿論、だとか。
どんとこい、だとか。
いつもの秋鳴なら、真っ先にそんな言葉が出ていただろう。
でも、言葉はいらなかった。抱きしめあい、見つめ合い。
そっと、優しく、秋鳴はサラに口づけした。
重なる鼓動、重なる想い。感じる温もりと少女の甘い匂いに頭がくらくらして。
唇を重ねたまま、華奢なサラの身体を抱きしめる。強く、サラが、少し苦しいくらいに。
そんなサラも首に腕を回し、全身で秋鳴に抱き着く。強い想いを表すように、息をするのも忘れるくらい、唇を重ねる。
何度も何度も、啄むように、何度も何度も口付けを交わす。
やがてどちらかともなく離れ、見つめ合う。互いに顔を真っ赤にして。
「私……先輩のこと、好きです。大好きです!」