D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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20-確信

 時刻は登校するにはちょうどいい時間となっていた。用意しておいた鞄を手に取り、軽い挨拶を交わして寮を後にする。

 今日は、明日に控えた選挙の最終演説が行われる。副監督生という立場である秋鳴は直接選挙に関わりはないが、進行の関係上授業は行われない。

 教室に鞄を起き、講堂で設営の手伝いをする中、生徒会役員であるリッカやシャルルたちの姿が見える。

 だが直接声をかけることはせず、遠目に異常がないかだけを確認する。特にシャルルに目に見えて異常がないかを確認し、何もないと判断すると安堵のため息を吐く。

 講堂から出ようとして、本校の男子生徒が目に入る。お互い軽口も叩ける程度の仲の生徒なのだが、妙に焦っているようで、落ち着きがない。準備は有志によって行われるから、この場にいること自体には何の問題もないのだが。

 

「……お、どうした、そわそわして」

 

「ああ、坊ちゃんに頼まれたことがありまして……」

 

「ふーん……選挙の関係者も大変だな」

 

「貴方ほど暇じゃないってことですよ、ロリコンナイトさん」

 

「なん、だと……」

 

「最近予科のクリサリスの子と仲がいいらしいそうで? あんなちっさいのに」

 

「俺はロリコンじゃない」

 

「だってあの体格―――」

 

「俺はロリコンじゃないし―――サラを馬鹿にするなら、ちょっと本気で怒るぞ?」

 

「お、オーケーオーケー落ち着いてっ」

 

「ったく……くだらない」

 

「いやいや、『カテゴリー5』である出雲秋鳴さんが特定の女の子に関わってるってだけで有名で」

 

「……は?」

 

「男色なんじゃないかと噂されるくらい、女性からの告白を断ってきてるそうで……」

 

「だってお互い顔見知り程度で深い仲にはなりたくないじゃないか」

 

「じゃあ、そのサラって娘とは?」

 

「……さあな」

 

 バレバレだろうが、あえてお茶を濁してその場を去る。

 椅子や来賓用のテーブルを設置し、指示された通りに準備をこなしていく。

 会場が完成した時には、さすがの秋鳴も汗をかいて隅の方で座り込んでいた。

 少し休むと、会場に次々と生徒が集まってくる。どうやら演説の時間が迫ってきたようで、集まった生徒が整列すると、司会進行のシャルルが軽い挨拶を済ませ、最初の演説者―――メアリー・ホームズが壇上に姿を現した。他の演説者は別室で待機しているようで。せっかくだから、秋鳴は清隆をからかいに別室へと向かう。

 

「ちょ、ちょっとっ!?」

 

 騒がしい声が聞こえ、気配を消して物陰から待機用の教室を覗く―――そこには、本科生が五人ほど、清隆を左右からがっちりと拘束している姿があった。怪しい気配しかない。清隆は抵抗することすらできず、連れ去られていく。

 待て、と声をかけようとしたが。突如として起きた頭痛によってそれは阻まれる。

 うめき声をあげ、崩れるように壁に寄りかかる。頭が割れそうなほどの痛みに悶え、視界が霞み身体から力が抜けていく。

 

 

 

 聞こえてくるのは、ジャマヲシテハイケナイ。という聞いた覚えのない声。感情の込められていない、無機質な声。

 霞んだ視界の先に、黒い存在。黒騎士ではない。鎧などではない。ではなんだ、それは。それは、少年だ。

 黒い少年が、こちらに手を伸ばしてくる。秋鳴は動くことが出来ない。視界はさらに悪くなり、意識が朦朧とする。

 来るな、と拒絶の言葉が出てこない。触れてはいけないと理解しているのに、身体は動いてくれやしない。

 影の手が秋鳴に触れようとして。

 

「やめろ……」

 

 かすれた声。

 

「来ないでくれ……!」

 

 それは、恐怖。

 

「俺は、マダ―――」

 

 そして、秋鳴の意識は暗転する。

 

 ………

 ……

 …

 

「……?」

 

 気付けば秋鳴は、学園の廊下を歩いていた。目的もなく、ただ、歩く。

 歩き、歩き、歩く。思考は停止して、ポケットに入れていたシェルに届く通信も何も聞こえず、ただ、歩く。

 扉が見えた。暗い廊下の先に、本科の生徒が一人立っている。先ほど見た顔だ。

 

「出雲さん、ここからさきは――――っ!?」

 

「……」

 

 言葉を無視して、男子の首を抑えて壁へ叩き付ける。手に力を込めて、男子がもがき暴れようとしても、秋鳴は男子から与えられる痛みを気にもせず、空いている手でドアノブを回す。掴んでいた男子をそのまま投げ捨てる。投げ捨てられた生徒は必死に酸素を求めて呼吸していた。

 

「あ、秋鳴っ!?」

 

「な、なんでここが――」

 

「せ、先輩?」

 

 暗い室内には、五人の男子がいた。四人の本科生と、一人の予科生。葛木清隆だ。だが秋鳴は清隆の存在に気付かず、目の前にいた男子生徒を先ほどと同じように捕える。

 今度は力任せに投げ、動揺していた者へ当て。混乱した者を追撃する。

 幽鬼のような表情で、語る秋鳴の姿は―――ロープで捕まっていた清隆すら戦慄させた。

 秋鳴の瞳が、清隆を捉える。一歩ずつ清隆へと迫る。あまりの恐怖に、清隆は目を閉じてしまう。

 だがいくら待っても誰からの接触もなく、清隆が目を開けた時には、倒れ伏した男子生徒たちしか室内には残されていなかった……。

 廊下を少し早歩きで進む秋鳴は、焦燥感に駆られていた。

 自らの内に広がる狂気に震え、自らの内から侵そうとしてくる意識に抗って。先ほどまでの自分が、如何におかしかったかは、秋鳴自身が一番よくわかる。

 だが同時に、あの方法でよかったと納得する自分がいることに気付き、慌てて頭を振る。それはおかしいことだ。

 生きたいと。

 どうして、秋鳴が生きるために男子生徒たちに危害を加えなければならないのか。答えは見つからない。

 生きたいと。

 今も頭の、身体の奥から秋鳴へ命令してくる声。

 生きたい。

 生きたい。

 生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたいイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイイキタイ―――。

 

「会いたい……」

 

 落ち着かない。自分が怖い。どうにかなってしまいそうで。

 意識ははっきりとせず、自分が何をしているかも何も理解できない。ただただ歩く。得も知れぬ恐怖に怯え、ただただイキタイと呟く。

 

「あれ、先輩?」

 

「ッ!?」

 

 おそらく誰かに頼まれて清隆を探しに来ていたサラを見つけて、拡散していた意識が固まる。

 何も言わず抱きしめる。顔を真っ赤にしたサラは慌てて離れようとするが、秋鳴の異変をなんとなく察したのか、背中に手をまわして抱きしめ返す。

 

「先輩、大丈夫です」

 

 その声は、深く、深く、秋鳴の身体へ浸透していく。

 まるで、その声をずっと求めていたかのように。

 

「さ、ら……」

 

「私なら、ここにいますから」

 

「……ごめん、もう少し、このままで……」

 

 暖かい気持ちが、胸の中に溢れてくる。

 互いの鼓動が伝わり、秋鳴の中に確固たる意志が生まれていく。答えが導き出される。

 目の前の少女のことが、好きだと。共に在りたいと。これが、恋愛感情だということを。


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