D.C.Ⅲ M.K.S “魔法と霧と、桜と騎士と”   作:瑠川Abel

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1-ハジマリノウタ

 慣れない学生服に袖を通して、姿見を通して改めて今の自分の全体像を見る。

 壊滅的に似合わねえ、と悪態を吐く。着こなしてはいるが、どことなくぎこちない。

 そうだ、と思いついて胸元をはだけ、左の胸に騎士の勲章を取り付ける。

 

「うん、少しまともになった」

 

 白を基調として、各部に青を散りばめた真新しい制服はだらしなく胸元が開いている。

 鞄の中に一通りの教材は揃っているが、彼にとっては珍しいものではない。むしろ必要ないくらいだ。

 それでも女王陛下からの指令も兼ねてあるから、無碍にはできない。

 彼のために宛がわれた男子寮の一室。初めから用意されていた家具以外これといったモノは彼が独自に集めた研究書くらいしかない。

 元から講義には出ない、と宣言している以上、教材もいらないという判断なのか。

 無人のラウンジを通って、正面玄関を抜けて、桜並木を歩く。この世界―――ロンドンの地下に広大に広がる学園都市中に咲き乱れる桜の木。

 これが彼の顔見知りの人物の研究成果だとは理解しているが、どうしてこんなに咲かせる必要があるのかと地下都市に来てからずっと思っている。

 そして、本当に見ていたくない、と―――そんな感情が沸き出て、そんなことに自己嫌悪して。

 

 桜並木の通学路にはまだ人はまばらだ。教員に挨拶をしておこうと早めに出たのだから。

 彼の歩く速度は自然と早い。一秒でも早くこの桜並木を抜けたいのだろう。そんな彼が人を抜き去るたびに、その誰もが彼を見て何かを話す。

 会話の全部が聞こえるわけではないし、人を見て出される話題に興味もない。

 一本道を歩いて行くと、やがて見えてくる階段。そしてその先の広場と中央の噴水。

 そして―――学園の門とも言うべき巨大な通路。

 

 その下に、彼女はいた。

 

「……わざわざお出迎えとはな」

 

 意外、という表情を見せる。でも、順当に考えれば当然なのかもしれない。

 『カテゴリー5』。この世界に五人しかいない最高峰の魔法使い。

 『騎士』。女王陛下より与えられる、誇るべき英雄の証。

 その二つの名を持っている、出雲秋鳴の唯一の知り合いとなれば。

 

「私はそもそもアンタが来ること自体が意外なのよ。なんでいまさらアンタと学園生活を送らなきゃいけないのよ」

 

「ったく、変わってない」

 

「そうね、変わってない」

 

 クスリと微笑みあう。短めだが二つに分けられた金色の髪と、宝石(サファイア)を思わせる青い瞳。見れば誰もが振り向きそうな、花のような容姿を持ち、魔法使いとしての実力は、彼と並ぶカテゴリー5。

 

 その通称は、誰もが知っている『孤高のカトレア』

 

 その実力は、彼がいない限りこの魔法学園『風見鶏』で最高峰。

 

 桜並木に花を咲かせ続ける少女。

 

「―――久しぶりね、秋鳴」

 

「―――久しぶりだな、リッカ」

 

 

 邂逅を終えて、彼女の後ろを歩いて不慣れな通路を歩く。リッカは秋鳴の制服姿を見てまず爆笑した。わかっていると諦めた秋鳴はため息を吐いた。

 まず通されたのは、学園長室であり、生徒会室でもある部屋。挨拶としては当たり前の場所だろう。

 左右の机で、少々硬い表情の少女たちがいた。

 

「お、おはおはおはようございますっ!」

 

「おはようございます。出雲秋鳴殿」

 

「……何やってんのよ、シャルルも巴も」

 

「だだだだってリッカと同じとは思えないくらいしっかりした人でしょ!?」

 

「失敬なっ!」

 

「私は純粋に敬意と憧れなのだが。出雲秋鳴殿。私は本科一年C組並びに、予科一年C組の監督生(マスター)、五条院巴です」

 

 深々と、黒髪の少女が頭を下げる。敬意と憧れと言われても、秋鳴自身に自覚はない。

 あぁ、そう。と簡単に返す。

 

「え、えとえとえとえとシャルル・マロースですっ! 本科一年B組並びに予科一年B組の監督生(マスター)もやってますっ!」

 

 勢いだけで頭を下げる、銀色の髪の少女。秋鳴の地位に緊張しているのだろうか、その動きはぎこちない。

 こちらにも、彼はあぁ、よろしく。と簡単に返す。

 二人のそんな態度に呆れたように、リッカが拍手をして場の空気を一旦入れ替える。秋鳴はそのままリッカの隣に立つ。

 

「すでに存じ上げてると思いますが、出雲秋鳴。本日よりこの風見鶏で皆様と机を並べさせてもらいます。以後、よろしく」

 

「アンタ机並べる気ないでしょうが」

 

「ばれた?」

 

「そりゃもう編入の条件とか見させてもらえればねぇ……とにかく」

 

 シャルルと巴に、リッカは告げる。多分、彼女の意見なのだろう。

 秋鳴が最大限に動くためにはどうすればいいか。普通に編入しては一般学生と同じで講義を受けなければならないし、教員たちへの印象も悪くなる。

 

「秋鳴には、私が担当してる予科一年A組の補佐監督生(サブマスター)をしてもらうわ。講義は私が行うし、その間、アンタは自由にしていいわよ」

 

「おう。それは助かる」

 

「でもその代わり、『女王の鐘』が鳴った時は協力して頂戴。アンタを補佐監督生にするための条件として、条件が厳しい任務も多く任されることになったから」

 

 そのくらいなら、と秋鳴はリッカの言葉を受け取り、握手を交わす。そのままシャルルや巴とも握手を交わし、秋鳴は無事、風見鶏に受け入れてもらえた。

 そのままの足で、教員たちへ挨拶に回る。その誰もが秋鳴の立場に萎縮してしまいろくな会話もできず終わってしまったことに秋鳴は苦笑する他なかった。




リッカの補佐をすることになった秋鳴は、まるで当然のようにリッカのクラスに連れられて挨拶をすることに。驚愕の表情をする生徒たちの中で、自分と似た―――明らかに東洋人の生徒たちだけが、秋鳴の存在に首を傾げていた。

葛木清隆―――風のうわさで聞いた、若くしてカテゴリー4の地位を得た少年と、彼は出会う。


次回、カツラギキヨタカ

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